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第九話 デカ箱ピラミッドがお好き

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 静かな湖畔の森の影から、もう起きちゃいかがとカッコウが鳴く。カッコウ、カッコウ、カッコウカッコウカッコウ。これが日本で歌われている童謡『静かな湖畔』の歌詞の一つである。かつての一発台であるスーパーコンビが当たった時はこの静かな湖畔がチープな音源で鳴り響いたのだが、それはこの異世界にあるスーパーコンビを模倣したロケットという台でも変わらない。
 メルは静かな湖畔の鼻歌を歌いながら抱えたデカ箱にどっさりと玉を詰め込んでいく、いやそれは既に詰め込む工程を過ぎており、遂には山なりに玉を盛り始めた。
「フッフフッフフーン、とくらぁ! 祐介、見ろ! 遂に一箱完成したぜ!」
 デカ箱ギリギリに詰められた玉を土台にしてそのまま三角錐──箱が長方形なので完全な三角錐とはいかず、少し横長に積まれた玉のピラミッドがそこには形成されていた。メルの盛れるだけ盛るという言葉の通りにこれ以上は一玉も乗せる事は出来ないだろう。
「わぁ! 凄いです! メルさんって器用なんですねぇ!」
「確かにこれは見事なもんだ、凄いな」
「だろー? アタシに掛かればざっとこんなもんよ! さ、次はマオのデカ箱を作ってやるからな!」
「お願いしますぅ!」
 ピラミッドと化したデカ箱を一旦通路に置くと、マオのデカ箱を手に取りまた玉を盛り始める。祐介が打っている台のデカ箱は完成したので最早これ以上玉を打つ意味は無い。祐介は手を止めてデカ箱にせっせと玉を入れるメルをぼーっと見ていたが、そこでふと気になる事が一つできた。
「ところでメル、この流れている曲の事は知っているのか?」
 メルは自然に鼻歌として静かな湖畔を歌っているのだが、この異世界でも日本と同じ様に周知されているのだろうか。そもそも静かな湖畔の原曲はアメリカともスイスとも言われている。しかしこの異世界にアメリカやスイスが同じ様に存在するとは思えない。
「あん? この曲って静かな湖畔だろ? エルフのメルちゃんにぴったりの曲じゃん!」
「……へぇ、どんな歌詞なの?」
「んもう! 祐介って奴はホントにしゃーにゃー奴だにゃー! エルフの森で人魚の歌声と呼ばれたアタシの美声を聞かせてやるよ! よーしマオ、しっかりとついて来いよ!」
「え、えぇっ!? は、はい! 僕も頑張ります!」
 メルは玉を詰め込む手を止め、祐介に向かって静かにしてくださいと言いたげに人差し指を唇に当てて軽くウインクをする。そしてロケットから流れる曲に合わせて歌い出した。
「しっずかなこっはんのもっりの影からっ! エルフが獲物を狙ってるー!」
「えっるふがえものをねらってるぅー!」
 歌詞は多少違えど、メルの歌声の後をマオがしっかりと輪唱でついてきている。やはりこの世界でも静かな湖畔は輪唱なのだろう。考えれば考える程に不思議な世界である。
「出せー! 出せー! 金、酒、出せぇー!」
「かね、さけ、だせー!」
「追い剥ぎの歌じゃねーか! 獲物ってそっちの事かよ!」
「ぐしし……ま、昔はエルフと言えば森の狩人と呼ばれていたからな。狩れるもんは何でも狩ってたんだよ! しかしそんなメルちゃんも今では立派に出玉を狩る、謂わば都会の狩人ですな!」
 1000万も借金しといて狩られてるのはどっちだよ、と祐介は苦笑いである。
 それからも静かな湖畔をBGMにチリーン、チリーンと歓喜の時は続いていたがそれも遂に終わりの時を迎える。
「よいしょっと! どうよ、デカ箱二つとも寸分狂わず限度一杯のピラミッドじゃーい!」
「凄ーい! 本当に全く同じ出来映えですよぉ!」
 どどん、と通路に置かれた二つのデカ箱は本当に瓜二つの出来映えであり、その完成度に他の客も態々見に来る程であった。
「よし、じゃ店員を呼んで玉を流そうか。メルのお陰で思ったより多く玉を流せそうだ、ありがとな」
 メルはふふーん、と嬉しそうに笑う。
 祐介が呼び出しボタンを押すと、通路脇から店員の斉藤がぬっと姿を表した。
「おーおー、凄い積み方しちゃってまぁ」
 斉藤は言いながらメルとマオが当てたロケットの盤面硝子を開けて三つ穴クルーンの手前の穴へと玉を一玉ずつ手で入れた。すると先程まではピカピカと騒がしかった電飾ランプも奏でられていた静かな湖畔もぱったりと途切れる。一発台の象徴とも言える中央のチューリップもカチャリと寂しげな音を立ててその身を閉じた。
 祐介はまるで祭りの後の様な侘しさを感じたが、その袖をくいっくいっとメルが引いてきた。
「なぁ祐介、店員が来ない様に通路を塞いだら閉店まで玉を出せるよな?」
「……出せるけど、交換してくれなくなるだけだぞ」
 メルは「あー、そっかー」とつまらなそうに息を吐いた。メルにはこの店の筋骨隆々とした店員達を止めておける自信でもあるのだろうか、相変わらず乱暴な考えを持った奴である。斉藤が打ち止めの張り紙を台にペタペタと張り付けると此方を向いた。
「さて、お三方よ。今からこのデカ箱を運ぶんだけど……もし俺がこの箱の玉を溢したら怒るかい?」
「当たり前だこのやろー! 一玉溢す毎にアタシがお前の指を折るからな、分かったら気を付けて運べよ!」
「おー、こえぇ。だったらもう少し運ぶ方も考慮して欲しいもんだぜ」
 斉藤の言い分も尤もである。冗談の様な言い方ではあったが、メルの脅しの通りなら一握りも玉を溢せば折れてない指を探すのも難しくなる。
「斉藤さん、どうします? デカ箱のピラミッド部分だけでも別の箱に移し替えますか?」
「あーそうするか、こんなことで一々指を折られてちゃたまんねぇからな」
「ちょいちょーい! 移すですと!? 折角このメルちゃんが作ったピラミッドを壊すですと!? むしろこの店の天然記念物にするべきでは!?」
「天然にこんな物が出来てたまるか! だけどさ、これだけ玉を詰めてあると結構重いから溢さずに運ぶのは難しいぞ?」
 するとメルは両手を肩まで上げてやれやれと言わんばかりに首を振り、デカ箱をひょいと胸に抱えて通路脇に設置してあるジェットカウンターまで持っていく。
「あーあ、全く情けない奴等だにゃー! メルちゃんはこうして玉を溢さず迅速丁寧に運べるのになぁー!」
「うわぁ! メルさんって力持ちなんですねぇ!」
「祐介よぉ、あいつって本当にエルフなのか? 俺達より力があるんじゃないのか?」
「さぁ、どうなんでしょう。自分の事をキュートなエルフとはよく言ってますけどね」
 それに祐介は他に比較対象となるエルフを見たことが無い。メルのようにパチンコで身を持ち崩すエルフは珍しいかも知れないが、大概のエルフはメルの様な身体能力なのかも知れない。
 メルは二つ目のデカ箱も運び終わると斉藤を「おーし、流してくれい!」と手で招いた。
「はいはい、それじゃ流すぜ」
 出玉のピラミッドがジェットカウンターの中へ激しい音をたてながら流されていく。祐介の目算では6000発弱といった所であったがその予想は大きく外れていて、メルに手渡されたレシートには7623発と書かれていた。
「……こりゃこのデカ箱企画は廃止だな。毎回ここまで積まれたらたまんねーよ、溢しちまうから運べねーし。指は折られそうになるしでよ」
 斉藤の愚痴もそこそこにもう一つのデカ箱も流される、マオの分である。それも流し終えるとレシートがマオへと手渡される。
「ありがとうございますぅ!」
 祐介は計測を終えたジェットカウンターの数字に驚愕した。そこにはなんと7623発と書かれていたのである。同じデカ箱とはいえ全く同じ様に玉を詰められる物なのであろうか。デカ箱ピラミッドを作った当の本人を見てみるとその結果に満足したのか得意気な顔で此方を見て輝かしい笑顔である。
 玉を流し終え、箱をさらりと拭いた後に斉藤が「ところでよ」と祐介に話し掛ける。
「祐介達はもうカップルシートには座らねーのか? お前ら二人の時はえらく盛り上がったからな、良かったらまた座ってくれよ」
「いやいや、斉藤さんも見てたでしょ!? メルに俺の身体をあんな好き勝手されるなんて二度と御免だ、絶対に嫌です!」
「そんな固い事言うなよ、なぁ? おい、メルからも何とか言ってやってくれよ!」
 話を振られたメルは興味無さげに「あーん?」と空返事である。
「ま、アタシはいいけど祐介が嫌がるんじゃ無理だな。それに──」
 三人はメルの勿体振った言葉の続きを待つ。
「次にカップルタイムがきたら……祐介がすっぽんぽーんになっちまうぜ? 上は散々攻めてやったから今度は当然下になるよなぁ! ぐしし……おいマオ、祐介の乳首を見たことあるか? 意外と綺麗なんだぜ?」
「ホントですかぁ? 僕も是非一度見てみたいですぅ!」
「ぐしし……本当はそう簡単に見せないんだけどなぁ。しょーがねーからマオには今日の夜、特別に見せてやる! うちに来い!」
「俺の乳首はお前のペットか何かか!? うちに来たって見せる訳無いだろ! 勝手に決めるな、あほメルッ!」
「えぇぇーー……っ!? 見せてくれないんですかぁ?」
「……嬉々として見せるとしたらそれはそれで問題だろ。何でこの世界の奴等はこんなに俺の乳首に興味津々なんだ……」
 祐介はボソリと呟いた。カップルタイムで自身の乳首が露になった時もいやに盛り上がっていたのを思い出すが、自身の乳首は特に変哲も無い普通の乳首である……はずだ。
「あーっと、そういえばあっちのパチンコ台の横に何故かスポンジが置いてあったんだけど、斉藤は何で置いてあるか知ってるか?」
 メルの言葉に斉藤は首を振る。
「いいや、知らないな。俺達は上に言われた通りに台を設置してこの店を営業している。だからあそこの台の横にはスポンジを置けって言われたら置くだけだ。そのスポンジを何に使うかは知らん。じゃ、カップルシートの件は考えておいてくれよ……つーかよ」
 斉藤は祐介だけに聞こえるように耳打ちする。
「カップルタイムで襲われるのが嫌なら逆に襲えばいいじゃねーか、お前ら指輪持ちだろ? だったら逆に襲ってもメルは文句言わねーだろ。大体一緒に住んでるんだから夜は手を出してはいるんだよな?」
 祐介は手をぶんぶんと振って否定する。
「してないですよ! そんな事をしたら絶対逆に何かやられますって!」
 夜中に寝込みを襲おうとしたら手首を捕まれて「いい度胸してんじゃーん?」と返り討ちに遭うのが関の山である。尤も祐介にそんな度胸は端から無い、但し住まわせて貰っている恩義も含んでの話ではあるのだが。
 斉藤はその返事にガッカリとした様子で祐介の肩をポンポンと叩いた。
「……祐介、お前もまだ若いな」
「それってどういう……?」
 斉藤は返事をせずにまた祐介の肩をポンポンと叩いて去っていった。
「……斉藤さんは何が言いたかったんだろ、メルを襲えとでも言いたいのか?」
「お前ら何を二人でコソコソしてたんだぁ? あれだろ、どうせまたえっちな事を話してたんでしょ! やだもう、祐介のえろす人ぉ!」
 胸を手で隠して芝居掛かった言い方のメルの頬を祐介はそっと撫でてみる。陶器の様な透き通った白い肌が手のひらに吸い付きそうな程に瑞々しい。メルに抵抗の様子は無く、むしろ頬に触れた手を受け入れる様に其方側へと体重を少し預けてきた。
「何だよぉ、ん?」
 悪戯に微笑むその顔に祐介は「もしもだけど」と前置きをする。
「カップルタイムで俺が逆にメルを襲おうとしたら、どうする?」
 メルは祐介がしている様に自身の手で祐介の頬を触れる。撫でるような、擦るような、そんな柔らかなタッチで触れてくるメルの手はひんやりと心地良い冷たさである。
「……気になるならさぁ、やってみればいいじゃん?」
 祐介の頬をぐにっと摘まんで挑戦的なその目付きで微笑むメル。此方の奥底を覗き込むような眼差しがねっとりと熱を持ち、その蠱惑的とも言える視線に祐介は思わずたじろいだ。これは危険な誘いである、しかし魅力的でもあった。そのまま御互いに見詰めあっていると、右手の小指に嵌めた指輪が熱く脈動する。火傷しそうなその熱に祐介は息を呑んだ、しかし──。
「……次はすっぽんぽんだっけ? 店内で素っ裸は嫌だな、あぁ嫌だ嫌だ」
 そう自身に言い聞かすように祐介は呟くとメルから距離を取る。
「おいおいおーい、へたれてんのかぁ? どんとこいよどんとよぉ!」
「メルのその勢いが怖いんだよなー、次にカップルシートなんて座ったら何をされるかわからないから止めとこう。さて、次は何を打つ? それとも食事にするか?」
「そんなもんパチンコを打つに決まってんだろぉ! メルちゃんはもうあのスポンジの使い方にピンッと来たもんね! 早速試しに行こうぜぇ、なぁ!」
「メルが斉藤さんに聞いてた奴? それにしても台の横にスポンジねぇ……」
 そしてメルは祐介にレシートを渡す、それは先程の7623発分のレシートであった。謀らずとも1000万の借金を山分けすることになった二人は結魂の契りを交わした時の言葉の通りに常に一緒に過ごしていた。しかしメルに財布を任せると勝手にパチンコを打ちそうなので財布の管理は祐介が担っていた。なのでパチンコを打つ時は常にノリ打ちで、出玉のレシート等は祐介が管理しているのだ。
「あれぇ、何でメルさんはレシートを祐介さんに渡すんですかぁ?」
 その光景は知らない人が見れば異様に見えるのだろうか、マオは不思議そうな顔で二人を見ていた。
「そんなの決まってるだろ! アタシ達は……これだからな!」
「あーいや、俺達は二人で暮らしているから二人のパチンコの金も同じ財布から出しているんだよ。だからこうして出玉も合わせるんだ」
 バッと指輪を見せ付けるメルと、懇切丁寧に説明をする祐介。流石に1000万の借金の事は言えなかったが、二人の関係やノリ打ちの事を軽く説明をした。
「はへぇ、そうなんですかぁ。じゃ、じゃあこれもお願いします!」
 マオは決意した表情で自身のレシートを祐介に差し出した。
「いや、それは……」
「ぼぼぼ、僕もそのノリ打ちに入れてください! が、頑張りますから!」
「……マオは今止めれば充分な勝ち額を手に出来るんだぞ? だけど三人でノリ打ちとなると話は変わってくる。しかも俺達はまだ打つつもりだからここからマイナスになる可能性もある。止めておいた方がいい」
「頑張りますから、死ぬ気で頑張りますから! む、むしろ死にみゃしゅ!」
「待て待て、死ぬな死ぬな! うーん、メル、どうする?」
 メルは腕を組んで「むぅ」と唸る。
「いいんじゃね? ノリ打ちは人数が多い程良いって祐介が言っていたじゃん? なーに、ぐずぐず言ってないで勝てばいいんだよ勝てばよぉ! おいマオ! お前に勝つ気はあるのか!?」
「あ、ありましゅ! 僕は皆で勝ちたいです! だから仲間に入れてくださぁい!」
「……だってよ。ほら、とっととそれを受け取れって。そして……皆で勝とうぜ?」
 マオの差し出したレシートをメルがさっと取って祐介に渡した。祐介は観念した様にそれを受け取ると、マオに向き直った。
「それならこれは預かるよ。三人で頑張ろうな、マオ!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
 投資は三人総額で27000円だが、レシートに換えてある出玉が合わせて15246玉である。これからまた現金投資なのを考えると決して予断を許さない状況ではあるが折角マオが力を貸してくれると言うのだ、出来れば店を出る時は笑顔でありたい、祐介は強くそう思った。
「ぐしし……ま、今日はまだ当てていない祐介君もメルちゃんとマオちゃんを見習って頑張りたまえよ!」
「……メルならそう言うと思ったから黙ってたのに! ここから俺も頑張るから勘弁してくれよ!」
「はい、皆で頑張りましょう!」
 パンパンとメルに背中を叩かれた祐介を慰める様にマオが背中を擦る。三人で歩くホールの通路は一人や二人よりも狭く、だが不思議な安心感を漂わせていた。
 ──次に打つのは何故か台の横にスポンジが置いてあるパチンコである。
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