恋人に浮気された私は、辺境伯に見初められる

MOMO-tank

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34話 ハリー

かろうじて薄っすら開いた瞼の間から、金色の光が見えた。

ルル?

「一応治療は済みました。
かなり深い傷だったので、1週間は安静にして下さい」

若い、男の声がした。
ルルのわけがないか・・・・・・


アバディーン地方へ来て2年、いや3年が経っただろうか。  

ここは国境だというのに、周りに大きな町が無く住民がほぼ居ないせいか、それともただ手が回らないだけなのか、騎士団の駐在は小隊のみで、ほぼ傭兵がこの地を守っている。
俺も傭兵として、ここに居る。

ここでは、何度も負傷して倒れた。 
瀕死の状態にもなった。
その度に、ルルが転移魔法で現れて俺の怪我を治してくれるんじゃないかって思ってた。
ルルはデルの森に居る。
もうすぐ、魔法の手紙が届くはず。
そう考える事で、現実から逃げていた。


でも、本当は知っていた。
ルルはもう俺のところには二度と現れない。

『ハリーが浮気したら、私お得意の強化魔法で強烈パンチお見舞いするね』

あの時は、そんなことは絶対に起きない。
そう思っていた。

でも、俺は浮気をした。
ルルに何度も嘘をついて、約束を破って、他の女と遊んで、裏切って、そして傷つけた。

宣言通りに、ルルは強化魔法で俺にパンチをして、そして、
辺境へ行ってしまった。
 

左頬を、触る。

ルル、俺はどれだけ君を傷つけただろう。
どうして、あんなことが出来たんだろう。
ルルが大好きなのに、どうしてあんなことをしたんだろう。

後悔で押し潰されそうになる。
いや、いっそのこと潰れてしまいたい。


できることなら、もう一度やり直したい。
俺が木から落ちた所から。
そしたら、今度は間違えないで、よそ見なんかしないで、ルルだけを大切にして・・・・・・



ルル、
ごめん・・・


謝る権利すらないことも、わかってる。



俺は、忘れてはいけない。
ルルの痛みを。
自分のしたことを。


左頬を、触って。







「おーい、大将!
お客さんですよ、治療師さんですかね、こう真っ黒いローブって言うんですか。
アレをすっぽりと被ってて。
まぁ、来て下さいよ」

治療師?
怪我人はいないはず。
まぁ、行ってみるか。

椅子から立ち上がろうとした、その時、信じられない程の強い光と共に、フードを深く被った背の高い人物が現れた。

この光は、以前にもーー

「ふうん、君がここを纏めてる大将?
僕はウィリアム・アレクサンダー・ベイル。
第二王子って言えばわかるかな?」

いつの間にかフードを外したその顔は、銀髪に紫目。
整い過ぎと言える程の美形。

あの日の・・・

左頬を、そっと、触る。

「勿論、存じ上げております」

「単刀直入に言うね。
あれ?君、随分変わったけど、ハリー・ロックウェルだね。
まぁ、いいか・・・
急な話だけど、君には僕の護衛騎士になってもらうよ」
 
いきなり決定事項を俺に告げたと思うと、事の経緯を話し始めた。

先日、王太子妃殿下が3人目の王女様を出産された事で、また第二王子を担ぎあげる動きが活発になった。
でも、兄である王太子殿下とは関係も良好で、少しの問題も起こしたくはない。

現在、第二王子には実際には必要ないらしいが、立場上クルーズ伯爵家次男デイビッド・クルーズが侍従兼護衛騎士を務めている。
しかし、彼の父であるクルーズ伯爵は第二王子を推す派閥。

そんな時、アバディーンに10年いる傭兵の男が大将と言われている話を聞いて、面白いと俺に目をつけたらしい。

「まぁ、貴族なのは驚いたけど、ロックウェル侯爵家なら派閥的にむしろ大歓迎だよ。
誰かひとりは供をつけないと、立場上面倒なんだ」

既に俺がここからいつ離れても問題無いよう、手筈は整えられていた。
簡単に引き継ぎを済ませて、王城へ向かって。そう言うと、小さなピンバッジを渡された。
これがあれば、王城内ですべての物事が円滑に進むらしい。

「じゃあ、先に王城で待ってるよ」

手をヒラヒラさせて今にも転移魔法で去ろうとする第二王子を引き留めた。
10年以上前とはいえ、あんなことを仕出かした俺だ。 
一応聞いておきたかった。

「俺を傍におくのは不本意では」

「うーん、思うところ無しと言えば嘘になるけど、僕も王族だからね。
使えるものは使う」

それだけ言うと、強い光を残して消えてしまった。



王都かーー
あれから、11年になる。

この地で、傭兵としてやるべきこと
をやり、気づいたら大将なんて呼ばれていた。

別にこの場所に拘りがあるわけではない。
何処にいたって同じだ。

ただ、こんな形で戻るとは思いもしなかった。

久しぶりに鏡を見ると、伸び放題の髪と髭面の熊の様な男が映った。
あまりにも酷すぎるか・・・
髭を整えて、髪は革紐で結び直した。
左頬に髭で隠れていた深い傷が鏡に見えた。
これで、少しはマシか。

言われた通り、簡単に引き継ぎを済ませて、馬で王都へ向かった。





ウィリアム様は想像通り、いやそれ以上に優秀で無駄が無い方だった。
半年後には、周りを黙らせて臣籍降下し、ウィリアム・アレクサンダー・ミラー公爵となった。

この護衛騎士の仕事で一つだけ不満を挙げるなら、ウィリアム様の転移魔法で国中あちこちに連れ回されることだろう。
最初は倒れるんじゃないかと思うくらいにに具合悪くなった。

魔力のほぼ無い俺が護衛騎士でいいのか、疑問が湧いたが頭の切れるこの方だ。
考えがあるか、それとも何も考えていないか。

ウィリアム様は28歳。
美形の公爵様に世の女性は夢中で、夜会に出向けば皆が振り返り、注目を集めている。

「知ってる?
僕達に噂があるらしいよ。
美形の公爵に、退廃的な護衛騎士。
いやぁ、面倒で否定しなかったよ。
でも、この噂のおかげで縁談話もかなり減って助かってるよ。
もとより僕には結婚する気なんてまったく無いけどね」

ケラケラ笑っているが、ご自分の立場を理解し、日々仕事に忙殺されている。

『せいぜい貴族の責務を全うして』

あの時、どんな思いだったんだろう。
左頬を、そっと触る。

決して、
忘れてはいけない。




早いもので、王都に戻って1年が経っていた。

「ビリー、ハリー、ご機嫌よう。
わたくし、ビリーにはいつもの大好きなパイを、ハリーにはシェフ自慢のステーキのサンドイッチを持参しましたの」

半年前にクリスティを見かけた時は驚いた。
でも、考えてみればこの2人はいとこ同士だ。

クリスティは伯爵家に嫁ぎ一人息子を授かるも、夫である伯爵は病に倒れ2年前に亡くなった。
伯爵家は夫の弟が継ぎ、クリスティは侯爵家へ戻った。
兄である侯爵夫妻には子どもが居ないので、クリスティの息子アンソニーが次期侯爵として現在勉強中らしい。
10歳になるアンソニーは、伯爵家で幼い頃から剣を握っていた為、偶に俺が剣の相手をする。

護衛騎士である俺が勤務中に休憩して許されるものなのか。
でも、クリスティが現れると、ウィリアム様が必ず3人分の紅茶を魔法で淹れてくれる。

この時はいつも胸が苦しくて泣きたい気持ちになり、左頬にそっと触れる。






[珍しいことに、辺境伯夫妻が王城に来られるらしい]

ある時、そんな噂話が耳に入った。

辺境伯夫妻。
ルルが辺境伯である、クリストファー・シモンズ伯爵と結婚した話は、王都に戻ってから耳にしていた。

その噂話から数日後、主人であるウィリアム様が忙しそうに、でもどこか楽しそうにしていた。

「僕は個人的なことで少し外すよ。
護衛は必要無いからここで休んでて。

そう、そう。
今時期、庭園の花が見頃を迎えてそれは見事なんだよ。
そこの窓から見てるといい。
きっと、美しいものが見られるよ」

ご機嫌なのか、ローブのフードも被らずに、美しい顔を晒したまま部屋を出て行った。


庭園か・・・
部屋のいつもの定位置に少しの間立っていると、窓の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。

子どもの声?
ただ、何となく窓に近づいて庭園を眺めた。 



この、金色の優しい光は・・・


ルル・・・・・・


その光は色を帯びて、2頭の馬が現れた。
馬にはそれぞれに子どもを乗せた男女の姿が見える。
黒髪に緑色の瞳の精悍な男性ーー
以前、学園の騎士科に特別指導者として、まだ伯爵になる前の姿を見たことがある。
辺境伯。

もうひとりはーー
輝く金髪に、透き通るような金色の瞳は少し眩しそうに、笑っている。

ルル・・・


周りの景色は、湖から森、夕暮れ時の山々に変わっていく。

馬の姿は消え、一面にピンクの花畑が広がる。
花が風に揺れている。
陽を浴びてキラキラと花は輝いて、
花弁が一面に舞った。
一瞬、花の香りが、した。


庭園の風景に戻ったそこには、ローブ姿の金髪の女性が見えた。

そこに2人の黒いローブを羽織った子ども達が抱きついた。

大切そうに抱きしめる女性。


ルル、

君は、君は、


良かった・・・・・・



気づけば、涙が一筋流れていた。




窓から離れて、いつもの定位置に戻る。


『そこの窓から見てるといい。
きっと、美しいものが見られるよ』



「とても美しいものが見えました」


まだ帰らない主人に、そう答えた。



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