彼女があなたを思い出したから

MOMO-tank

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第23話 ディラン スタインベック公爵

あれから予定が詰まっていて、約一週間ぶりに近衛騎士団の式典出席の為王都へ戻った。 
会場を歩いていると、しばらく振りにウィンチェスター伯爵の姿を見かけた。
王妃殿下の父上である伯爵には、十二歳の頃から数年に渡って語学を習っていた。

「伯爵、お久しぶりです」

「これは、これは、公爵閣下。 
お久しぶりです、お元気ですか?」

当時、わが国と国交があるボルコフ王国から王子殿下が留学、学友として過ごした。
そうするうちに、殿下はこの国の言葉を話すが、私を含むこの国の者がボルコフ語を話せないないことに気がついて、教師に疑問を投げかけた。

『ボルコフ語は他の言語に比べて文法、発音が難しく、習得するのが大変困難なのです。
あと、ボルコフ王国の方がわが国の言語を話せますので、そういう経緯もあり学園のカリキュラムからも消えてしまったと思われます。
もしボルコフ語に興味がおありでしたら、ウィンチェスター伯爵がお話になりますよ。
それは流暢とお聞きしました』

伯爵に経緯を話すと、快く教師役を引き受けてくれることになった。
大抵は王宮で学んだが、時折ウィンチェスター伯爵の屋敷を訪れた。
すると、カールした栗色の髪の小さな女の子が絵本を何冊も持って、危なっかしく走ってきた。

『娘のリリーです。
二歳なんですが、本が大好きでして。
まだ本は早いと絵本を渡しておりますが、大人が本を持っていると真似したいようです』

大きな緑色の瞳をキラキラ輝かせて、絵本を開いて自分もボルコフ語を教わっているかのように伯爵の話を聞いていた。
かと思えば、小さな虫がいたと大騒ぎして泣いたり、突然眠ってしまったり。
あまり小さな子どもと接していないせいか、可愛いとも思ったが、ずいぶん忙しそうだな。と他人事のように感じた。

子どもの成長は早いもので、数ヶ月会わなければリリーは会話も上達し、出来ることが増えていた。

『リリー おべんきょ』
『おうてい でんか しゃま』
走っては転んで泣き、

『リリーは れでぇ ですの』
『れでぇは おしとやか』
スキップをして、マズイと感じたのか、うずうずしていたり、

『わたくし、おとうと・・・・ができましたの』
“グレッソン語 基本のあいさつ”というタイトルの本を大切そうに腕にかかえ、教えてくれた。

そして、最後の日には、
『さみしくなりますわ』
『・・・っ、・・・うっ、レディは、レディは、声をたてずに・・・・・・っ・・・』
泣いてくれた。



伯爵とは他愛もない世間話をした。
そういえば、伯爵とリリーは定期的に王宮で会っていると聞いていたが。

「王妃殿下とお茶会でボルコフ語で会話されているとか」

「ええ、でも、最近は忙しいみたいで・・・。
ボルコフ語も使わないと、忘れてしまいそうですよ」

寂し気な表情で笑顔を見せると、そろそろ席についたほうが良さそうですね。会釈して歩いて行った。

「清々しい青空ですわね」
「ええ、式典日和ですこと」
御婦人達の声が耳に入る。

確かに、雲一つない青空は清々しいといえるだろう。
平和の象徴ともれる鳩が一斉に飛び立つ姿も映えるというものだ。

拍手が湧き起こるなか視線を正面へ向けると、王妃殿下はエリオットの隣に座り、凛とした表情で近衛騎士団を眺め、団長に祝いの言葉を贈っている。
微笑みを浮かべてエリオットと並んでいる姿を見ていると、先日彼女を支えた腕から小さな悲鳴が聞こえたような気がした。

カミンスキー公爵の件も、あとは違法薬物の入手ルートの特定のみという段階。 
今までと変わらず、決して相手に悟られることなく動き、全ての証拠が揃い相手の逃げ場が無い状態まで追い詰める。
それまでは、カミンスキー公爵に怪しまれないように派手な行動は極力控える。

ここ五年決してブレることが無かった自分の中の軸がおかしい動きを始めている。
仕事をしていても、頭の片隅で何かが訴えているような感覚が続いている。

あのカードをリリーに渡したと思われる侍女は翌日退職している。
カミンスキー公爵家と当縁の子爵令嬢。
実家の財政は圧迫か・・・。

「 この筆跡を調べてくれ。
カミンスキー公爵絡みと思われる。
くれぐれも慎重に頼む」

「御意」


ーー王妃殿下は、バルコニーにおられます。

控え室で公爵家から持ち込んだワインと果実水をグラスに注ぎ、ショートカットしてバルコニーへ向かう。

ガラス扉の向こうには、手摺に手を置いて庭園を眺めるリリーの姿があった。

そっと扉を開くと、ため息が聞こえた。

「美しい貴女ひと
ため息をつくと、幸せが逃げていってしまいますよ」

自分の口から出た軟派な台詞に呆れていると、案の定リリーが固まっている。

《そんなに警戒しないでいただきたい》

慌ててボルコフ語で返すと、

《スタインベック公爵閣下、背後からレディ・・・に話しかけるのは如何かと思いますが?〉

流暢なボルコフ語で、返事がきた。

『リリーは れでぇ ですの』
『・・・っ、・・・うっ、レディは、レディは、声をたてずに・・・・・・っ・・・』

その言葉レディを耳にすると、小さな女の子が脳裏に浮かび、振り返った美しく成長したリリーと重なった。

《それは失礼した》

冷静を装いながら、確実に自分の胸がざわついているのを認識し、

『マズイことになったな』

心の中で苦笑した。





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