マフィア幹部の俺の執着ストーカーは凄腕情報屋でした。

おもち

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接待

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マフィア組織「Diavolo」の幹部、アルト・ナイトのオフィス。彼はモニターに向かい、溜まった報告書に目を通していた。組織の運営は常に問題が山積みで、集中しなければならない、はずなのだが。

ふわり、と背後から甘い香りが漂い、次の瞬間にはその体温がアルトに伝わる。


「やあ、レイ。頑張ってるね♡」
「……ジル」

返事をする間もなくアルトは背後から抱きしめられていた。ジルはアルトの肩口に顔を寄せて首筋の匂いを嗅いだり、アルトの髪やこめかみに、ちゅ、ちゅ、と軽いキスを繰り返す。

「…邪魔だなぁ……」

アルトはモニターから目を離さずに、鬱陶しそうに肩口で邪魔をするジルの頭を、蚊でも追い払うかのように軽く手をパタパタと振って押しやろうとする。だが、その抵抗はジルを退かすにはあまりにも弱く、ジルは全く意に介さない。アルトがパソコン業務をしているのをいいことに、ジルはこうして背後から抱きつき、彼の匂いを確かめたり、一方的に触れたりするのが常態化していた。

『ジルの機嫌を損ねて、彼が姿をくらませたら?』
『Diavoloからの依頼を受けなくなったら?』

他の組織が彼の情報を得られず苦労している現状を、アルトはよく知っていた。それを踏まえると、この唯一無二の情報源を失うリスクは決して冒せない。
それが故にアルトは彼のビジネスパートナーとしては過剰すぎるスキンシップを辞めさせることができずにいた。

「…………俺にキスするのって、そんなに楽しい?」
「ああ、ものすごく」

ひたすらに髪や耳朶や首筋へのキスを繰り返していたジルは、そのままごく自然にアルトの頬に顔を寄せ、唇を近づけようとする。しかし、さすがのアルトも顔を背けてそれを避けた。

「な、にすんだ…!」
「いいじゃないか、少しぐらい。減るものでもないだろう?」

ジルは悪びれもせず、楽しそうに笑う。

「減る!気だって散る!こっちは仕事中なんだから…!」
「ん~~……でも、レイ」

ジルの声色が少しだけ真剣みを帯びる。抱きしめる腕にほんの少し力がこもった。

「僕がいなくなったら、Diavoloは困るだろう? ……そして、君も」

その言葉は、脅しであり、紛れもない事実だった。
アルトは言葉に詰まり、タイピングしていた手が止まる。

「…………くそ、卑怯者」

絞り出した声は、諦めに満ちていた。完全に足元を見られている。ジルはそんなアルトの反応に満足したように、再び甘い声色に戻る。

「レイこそ。はやく僕を受け入れてよ」

その言葉と共に、ジルはアルトの唇をそっと奪った。

「んん…っ…!」

アルトは驚いて肩を揺らし、反射的に身を引こうとするが、アルトの後頭部に回されたジルの腕がそれを拒む。
反対の手はアルトの頬に添えて、角度を固定するようにして、ジルは深く唇を重ね合わせた。
アルトの頭の中が驚きと混乱で真っ白になる。仕事中だというのに、男同士だというのに、相手はただのビジネスパートナーなのに。そんな思考がぐるぐると巡るが、ジルの唇から伝わる熱は、そんな理性を溶かしてしまうかのように甘く執拗だった。

「…ふ、…ぁ…」

息が苦しくなって、アルトがわずかに唇を開くと、それを待っていたかのようにジルの舌が滑り込んでくる。そして有無を言わさぬように、深く、濃密に絡め取られる。アルトは為す術もなく、ジルを受け入れるしかなかった。

「は、っ……はぁっ……」

アルトは荒い息を繰り返し、わずかに潤んだ瞳で、すぐ近くにあるジルの満足げな顔を睨みつけようとするが、その視線には力がこもらない。

「ふふ、かわいい顔だね、レイ?」

ジルは愛おしそうに目を細め、アルトの頬を優しく撫でる。その指の動きにアルトはびくりと体を震わせた。
そして、ジルの手はアルトの頬からゆっくりと首筋を滑り、鎖骨を通って、やがてアルトが着ているシャツの第一ボタンへと辿り着いた。

「…ッ、おい、待て……!」

ジルの指は躊躇なく簡単にボタンを外していく。その指が第三ボタンにかかろうとした瞬間、ようやくアルトはしっかりとした力でジルの手首を掴んだ。

「いい加減にしろ…!」

その抵抗にジルの指の動きがぴたりと止まる。しかし、彼は掴まれた手首を振りほどこうとはしなかった。
代わりにジルは黙ったまま、ただじっとアルトの瞳を見つめ返す。
アルトはその強い視線に射抜かれ息を呑んだ。確かに彼はアルトに惚れ込んでいるお調子者であったが、その本質は裏社会で名を馳せる情報屋であり、欲しいものは必ず手に入れようとする執念深さを持っている。

アルトは悔しさで唇を噛み締めながら、ふいっと顔を逸らした。それは完全な敗北宣言だった。
それを同意と捉えたジルの口元に満足そうな笑みが浮かぶ。今度は抵抗されることなく、ジルはアルトのシャツの第三、第四のボタンを外していく。その間アルトはただ固く目を閉じて耐えるように息を詰める。

「キレイな肌だね。…跡つけてもいい?」
「いまさら聞くなよ」

露わになったアルトの首筋や鎖骨に次々とキスを落としていく。熱い唇が肌に触れるたび、ぞくりと電流が走るような感覚に、アルトは小さく息を呑んだ。

「ん、んん……」

歯で軽く噛まれたかと思えば、すぐに舌で舐められ、吸い上げられて、湿った音が静かなオフィスに響き渡る。アルトの白い肌に、みるみるうちに赤いキスマークが浮かび上がった。
抵抗できない状況への苛立ちと屈辱の間に、アルトの身体にじわりと熱が灯り始める。ジルの大きな温かい手が肌に触れるたびに、身体甘く痺れていくのを感じる。

しかし、ふと、ジルの動きが止まった。
アルトの体からジルの熱が離れ、抱きしめる腕の力が緩む。ジルはアルトの首筋に残った赤い跡を満足げに眺めると、ジルはアルトから完全に体を離し、くるりと背を向けた。

「ちょっと、お手洗いに行ってくる」
「…………は?」

全く予想していなかった言葉に、アルトは間の抜けた声を上げる。そのままジルはささっとアルトのオフィスにあるトイレに駆け込んだ。
一人残されたアルトは状況が全く理解できずに固まっていた。首筋に残る熱と、シャツのボタンが外されたままの胸元。今にも、もっと深く触れられて、そのまま最後まで致すことまでも覚悟した矢先の、あまりにも突然の中断だった。

触られるだけ触られて、いい雰囲気にさせられて、そしてぽいと置き捨てられた気分だ。消化不良のような、釈然としない気持ちが募る。
数分後、水を流す音が聞こえ、ジルは何事もなかったかのようにトイレから出てきた。少しだけ髪が乱れているように見えるが、顔色は普段通りだ。

「…なんでトイレに行ってたんだよ」
「なんでって、男ならわかるでしょ?」

その言葉にアルトは察した。この男、自分で処理してきたのか。あの寸前まで盛り上げておいて、まさか自分で、と、呆れるような、ほんの少しだけ不満げな顔をする。
ジルはそんなアルトの様子を伺うように見つめると、ふふと優しげな笑みを浮かべた。そして、無造作に外されたままのアルトのシャツのボタンに手を伸ばす。

「そのままじゃ風邪ひいちゃうね」

まるで子供にするように、ジルはアルトのシャツのボタンを一つずつ丁寧に留めていく。その手つきは穏やかで、先程の激しい触れ合いが嘘のようだった。

ボタンを全て留め終え、ジルはアルトの顔を覗き込んだ。そこにはまだ気持ちが収まらないのか、もっと先を期待していたのに、という惜しい気持ちが滲んだアルトの表情があった。そんなアルトの顔を見て、ジルはそっとアルトの額にキスを落とした。

「僕は両思いのイチャラブセックスしか興味ないんだ」

それは単なる拒絶の言葉ではなかった。
君が僕をビジネスパートナー以上の存在として愛しいと思ってくれるまでこの先はない。そう、アルトに突きつける条件提示だった。
そして、これほどまでジルに気を許し、身を許しているアルト自身に、早く自分の気持ちに気づいて言葉にしてほしいという、ジルからの切なる願いも込められていた。

ジルの真意をどこまで理解したのか、アルトは複雑な表情のまま、何も言わなかった。しかし、その瞳には、ジルの言葉がしっかりと焼き付けられたことは間違いなかった。

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