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本編 殿下、全力で婚約破棄させて頂きます

1.お断り致します

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 足元は花々が咲き乱れ、桜の吹雪が煌めいている。

 気持ちの良い晴天。空気がふわりと花の甘い香りを漂わせている。



 こんな告白もってこいの状況。

 意中の男性から告白されたとして、普通のご令嬢なら頬を染めて涙目になって、快く受けるだろう。

 それは非常に画になるだろうし、感動的になるに違いない。



 それがあくまでもだったならば。



「セレイラ=エリザベート嬢、私の婚約者になって「お断り致します」」



 そう、私のように、簡単に画はぶち壊されてしまうのだ。





 ☆☆





 私は、前世の記憶を持っている。



 前世では乙女ゲームを良く好んでプレイしていた、女子高校生だった。今の私が生きるこの世界はまさにその乙女ゲーム『花畑でプロポーズ』の世界だ。

 それを理解した時は感極まって涙してしまった事は記憶に新しい。



 しかも、私はこの乙女ゲームの主人公である、エリザベート公爵家令嬢セレイラだ。間近でキャラを見ることが出来る幸せを噛み締める。



『花畑でプロポーズ』のプレイの仕方はざっとこんな感じだ。

 悪役令嬢の虐めに耐えながら、攻略対象者の主人公の好感度を正解の台詞を選択しながら上げていく。好感度のレベルが上がる度に、ラブラブなシーンがご褒美として見ることが出来るのだ。



 1番最後、差出人不明の手紙によって花畑に呼び出され、そこでセレイラは1番好感度の高かった攻略者からプロポーズされるのだ。



 そこから『花畑でプロポーズ』となった訳である。



『花畑でプロポーズ』の主な攻略対象は3人。



 1人目、ウィリアム=シェナード。

 このゲームの舞台、シェナード王国の第1王子だ。



 深い赤色の髪に、透き通った赤色の目。

 ウィリアムは正統派王子様キャラで、多くの典型的女子が惚れ惚れする人気キャラである。



 彼と結ばれた際は、正妃となり、王妃となり、甘い時間を過ごす事が出来る。



 2人目、ロビン=フェリス。

 有力貴族フェリス公爵家の子息であり、シェナード王国の筆頭魔術師の一族でもある。



 少し長めの癖毛の黒髪にちょっぴり垂れ目の黒目。

 守りたくなる様なふわりとした柔らかい笑みをして誰にでも優しい紳士的な一面がある一方で、本当に好きな人には嫉妬深く、肉食な1面もある、言わばロールキャベツ男子だ。

 人気NO.1キャラである。



 彼と結ばれると、フェリス公爵家に嫁入りして幸せに暮らす事が出来る。



 3人目、ガリレオ=ティリダテス。

 ガリレオはセレイラの従者だ。セレイラの父、エリザベート公爵が保護した元ティリダテス子爵家の息子だ。



 色素の薄い金色の髪に栗色の瞳。

 硬派で、あまり表情を表に出さない。段々と慣れてくると、少しだけ笑みを浮かべたり、なかなか可愛らしい表情もするようになる。攻略してしまうと、主人公にデレッデレになるのだが。



 彼と結ばれると、ガリレオがエリザベート公爵家に婿入りし、公爵夫人として幸せになる。



 しかし。しかしだ。



 私はこの3人の攻略対象はさして目的ではない。

 キャラとして好きな事は好きなのだが、この世界で生きる上では恋情を持つ対象ではない。



 隠しキャラである、アル=ユーフォリア。

 セレイラの幼馴染みのユーフォリア侯爵家の次男。



 紫色の瞳に、深い紫色の少しだけ長い髪を後ろで束ねている。

 セレイラの恋を応援する一方で、アルはセレイラの事が好きなのだが、セレイラに告白するまでは辿りつけない、中々焦れったいキャラだ。



 ただ単にプレイしている時は、アルは台詞という台詞を喋らない。とあるシーンである選択をすると、アルのモードに切り替えることが出来る。



 アルと結ばれた際には、セレイラはユーフォリア侯爵家に嫁入りし、アルに溺愛されるという未来が待っている。



 私はこのアルという男を攻略したい。そして彼と結ばれて幸せになりたい。



 だから私はメインの攻略者達にわざと嫌われる真似をして、アルだけに愛を注いだ。





 なのに何故だ、この状況は。





 今現在私は最終場面の花畑にいる。絶対に来るのはアルだと思っていた。だって、彼しか見ていなかったから。

 台詞の選択は絶対間違っていない。バグるまでプレイしたもの。



 なのに、なのに、なのに。



 目の前にいたのは――――ウィリアム=シェナード。



 何故?

 私は彼のアプローチには振り向かなかった。

 フラグは完璧に折ってきた。

 だからこそ今目の前で起こっている状況が飲み込めず唖然としている。



 王族になるなんて真っ平御免だ。

 前世の私は「王族になるなんて素敵!」とか思っていた、というかほざいていたが、今考えるとそれはそれは恐ろしい。

 今の公爵令嬢という立場も重圧でひっくり返りそうなのに、王族なんて。



 ウィリアムは綺麗な流れるような動きで膝を付き、私の手を取ると、その形の良い口元に持っていった。



 微かなリップ音が聞こえたと思ったのもつかの間、彼の赤い瞳が私の漆黒の瞳を捉える。



 そして甘く微笑んで―――――





「セレイラ=エリザベート、私の婚約者になって「お断り致します」」





 反射的にそう答えてしまっていた。

 本来なら王族の婚約の申し入れは断るべきではないのは分かっているのだが、私は本当に目の前のこのウィリアム=シェナードという男に微塵も興味が無いのだ。

 心は完全にアル=ユーフォリアの所にある。



 ウィリアムは笑顔を硬直させ、そのまま戸惑いを隠すような声色で「な、何故かな?」と問う。





「わたくしは、想い人がおります故……殿下のお気持ちにはお答え出来ません。殿下のお気持ち、大変嬉しく思います」





 萎れた様に言う私に、ウィリアムは隠していた戸惑いの色をハッキリとさせる。





「それは……アル殿か?」



「………はい」



「……そしたら、私が彼の事を忘れてしまう位に愛する事を誓おう。だから、私の手を握り返してくれまいか」





 何 故 貴 方 は 諦 め な い の で す か ?





 もう私がプロポーズ断っている時点で本来のルートから離れているのだ。ウィリアムは、何故ここまでして私に婚約を申し込むのか……?



 そんな眉を下げて萎れて言われてしまうと、何だか申し訳なくなるのはイケメン補正なのだろうかと考えてしまう。



 でも、恐らくゲーム補正で私がプロポーズを受けるまできっとこのシーンを続けるだろう。



 だから、このプロポーズを1度受け入れてから婚約破棄に持ち込みたい。大丈夫、いける。





「……本当に、わたくしで宜しいのですか?わたくしの心は殿下以外の方の元にあるのに……」



「今はそうでも、私でいっぱいにして見せる。私が貴方を一生かけて幸せにする。約束しよう」





 赤い瞳はほんのり不安の色で揺れている。

 直ぐに婚約破棄に持ち込むのに、更に申し訳なくなった。

 眉を下げて、私はプロポーズを1度受ける。





「……はい。よろしくお願いします、殿下」





 私はゲームの力無しで、自分の力で婚約破棄に持ち込む。

 必ず私はアルと幸せになる。



 そう決心した。ウィリアムに気が付かれないように表情を繕いながら。

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