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本編 殿下、全力で婚約破棄させて頂きます

5.“白の騎士団”

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 “白の騎士団”は剣を持って戦地に赴く団の1つなのだが、“青の騎士団”と“緑の騎士団”とは全く違う。そこに「死の騎士団」と呼ばれる要因が隠されている。



 一昔前までは“白の騎士団”なんてものは無かったそうだ。何故“白の騎士団”が結成されたかは、ある1つの伝説から来ている。



 隣国との殺戮とした大戦争で、シェナード王国軍が敵の本拠地に乗り込んだという伝説がある。押され気味だったシェナード王国は、その将軍達の勇気によって逆転勝ちをする事が出来たそう。その采配をしたのは、他でもなく当時の将軍であった。



 殺戮とした状況で、将軍として部下達を纏め敵陣に乗り込まなければいけない彼の気持ちを考えると苦しくなる。



 きっと彼は自分の身を犠牲にする事を、死を、覚悟したのだろう。結果、シェナード王国は勝ったが、将軍含め殆どの騎士が戦死したそうだ。私はこの話を、書物――当時、別の隊にいた騎士が書いた日記――を読んで知ったのだ。



 それを民は、国は伝説だと持ち上げて、残虐な無慈悲な所でも勇敢な心を持って突撃する騎士を育てるべきだ、と言った。



 騎士団の人間は「これはおかしい」と気がついている。しかしそれは民には届かない。これは不当だと訴えた者は非国民だと罵られるのだ。



 これでお分かりだろうが、民は今の“白の騎士団”を想像しているのではなく、昔の大戦争の将軍達の事を想像している。つまり、“白の騎士団”という存在自体知らないのだ。知っているのは極一部の有力貴族と王族と騎士団の者のみ。



 それだけではない。“白の騎士団”に入団した者は簡単に外に出られない。家を捨てたも同然なのだ。



 一応“白の騎士団”だけは希望制だ。向こうの勝手で配属されることは絶対に無い。だからこそ私は混乱していた。





 このままではアルが自ら“白の騎士団”に入団した事になるじゃないか、と。





 気がつけば私はへなへなと床に座って泣きじゃくっていた。公爵令嬢なのにも関わらず床に座り込んでいる、令嬢としてあるまじき行為を行っているが、もうそんな事は気にしていちゃ居られなかった。執事も涙を流している。



 暫くして無理矢理涙を拭った執事は、「セレイラ様、お時間です」と私に促す。



 あぁ。

 何でよ。

 何で私に一言も言わなかったの?

 そんな素振り1回も無かったじゃない。

 遠くに行かないでよ。

 貴方を本当に愛していたの。

 今までずっと。これからもそう。

 なのに。なのに。



 彼が私に言った言葉。





『ずっと僕はセレイラの隣に居るから』





 それは嘘だったの……?



 私の胸の中でそんな言葉が渦めく。お陰で涙が止まらない。



 大きく深呼吸をした私は震える足に力を込めて、執事のエスコートの元、馬車に戻る。



 髪も服も乱れ、瞼が涙のせいで赤く腫れ上がっている。今も涙を流し廃人と化している私を見て御者達は目を見開いて固まる。ポーカーフェイスが得意な使用人達が公爵家に仕えているが、明らかに隠せていなかった。それ程私が酷いのだろう。これでも完璧な淑女を使用人の前でも演じてきたつもりだ。だから、私の姿に驚愕したという想像は容易い。



 馬車に乗り込んだ私は、赤く赤く染まる空を焦点の合わない瞳で見つめた。左頬を伝う一筋の涙がぽとりと手の甲の上に落ちた。その音が心做しか響いて聴こえて――。



 家に帰ってきた私は両親の前で淑女になる余裕すら無かった。遅くなった私を心配してくれてか、エントランスで待機していたらしい両親は、私の酷い壊れ具合に愕然とし、母は私に駆け寄って強く抱き締めた。その温もりが私の涙腺を更に緩め、久しぶりに声を上げて泣いた。私は母と父に挟まれながら、涙を流し続けたのだった。





 ☆☆





 翌日の私の顔は一言で言えば酷い。目は赤く腫れていつもの2分の1程の大きさになり、よく寝れず浮腫んでいる。私を起こしに来た侍女は何事も無かったように私に接してくれたが、ぎこちないのは私でもわかる程だった。



 私は泣いたことを後悔していた。今日は婚約発表のパーティーだからだ。目元の腫れの酷さを自虐して侍女に言うと、侍女はエリザベート公爵家専属の治癒師を呼んでくれた。



 治癒師に目元の腫れを治してもらうと、まだ少し腫れは残るものの、よくよく見なければ分からない程度に収まってくれたのでほっとする。



 取り敢えず午前中は学園に行かなければならないので、制服を身につけて馬車に向かう。今日の夜会にお呼ばれしている子息や令嬢は何やらそわそわしていた。そしてチラチラと私を見ては、今度はウィリアムをチラチラ見るのだ。



 こうなる事は予想はしていたが気のいいものでは無い。むず痒い思いをしながら今日は学園を後にした。





 ☆☆





 今日用意されたのは胸元が広く空いた真っ赤なAラインのドレス。真っ赤=ウィリアムだが、今日は婚約を発表するので避けられないだろう。しかもデコルテが開いたデザインなので胸元が目立つ。色とデザインのせいで、何処か妖艶な雰囲気なドレスなのは否めない。



 鼻息荒い侍女達に囲まれて着飾った私は、侍女らに絶賛されるが、苦笑いしか出来なかった。



 アルの事もあってあまり精神状態は良くない上に、これから婚約発表だと考えると、どうしても気が滅入ってしまう。



 今日は王宮から迎えの馬車が来ているので待っていると、訪れたのは――赤い髪に赤い瞳の見た目麗しい王子様だった。



 紺色の燕尾服をかっちりと着こなし、髪はかきあげられている。耳にはダイヤモンドのピアスが煌めき、ネクタイやハンカチーフは特殊なシルクで作られているようで銀色に見える。よく見ると燕尾服も銀糸で刺繍されているようだ。胸元にはしっかり王家の紋章が刻まれていた。



 ウィリアムは私を1目見ると一瞬たじろぎ、甘く微笑んだ。そして流れる動作で手を差し出し私をエスコートする。





「とても綺麗ですよ、セレイラ嬢」



「ありがとうございます、殿下」





 私はにっこり微笑んだつもりだったが、ウィリアムは困ったように笑った。私はいつもの彼と違う様子に戸惑いつつ馬車に乗ったのだった。



 私の目の前に座ったウィリアムは、真剣な眼差しで私の漆黒の瞳を掴む。私はその綺麗なルビーから目を逸らせられず、瞬きを繰り返すのみ。悩むような素振りを一瞬見せたウィリアムは口をおずおずと開いた。





「……セレイラ嬢大丈夫か…?学園でもいつもと違う気がしたが……」





 私は驚きのあまり体が固まる。学園では視線は合わないし視線も感じなかったので、てっきり見ていないと思っていたが違ったようだ。友人にも気が付かれなかったのに、何故気がついたのかと疑問を抱いた。





「……何のことでしょうか……?」





 こういう所が私の可愛らしくないところだ。前世から変わらない。意地を張って誑かすのはいつもの癖だった。





「隠しても無駄だよ。気にすると思って言わないつもりだったけど、目の腫れとか気落ち具合とかを見れば一瞬でわかる。隠しているという方が無理があるよ」



「うっ……」



「………私には言えない?貴方がここまで気落ちして狼狽えているのを見るのが初めてだったから心配なんだ」





 私の手に自分の手を重ね、俯く私の顔を覗き込むウィリアム。





(言えない……アルが“白の騎士団”に入団した事を私が知ったって……)





 私は形だけでも王子の婚約者だ。だから私は他の殿方の事で涙を流して恋焦がれてはならない。それと、私はこの男の前で弱味を見せたくは無かった。後で婚約破棄に踏み切るのに面倒になりそうだったからである。



 押し黙っている私に観念したウィリアムは、溜息を1つついて苦笑いを零した。少し切ない色を纏った笑顔に私は少し申し訳なくなった。



 少しの沈黙が流れた後、ウィリアムが再度口を開いた。





「……セレイラ」





 私は呼び捨てで呼ばれたことに驚いてバッと顔を上げる。私を見つめる目は熱を帯びていた。その燃えるような瞳に私は体を震わせる。



 ウィリアムも無意識だったのが、自分の呟いた声に驚いて目を見張り、口元を抑えてそっぽを向いた。





(耳まで真っ赤……)





 そっぽを向いても隠しきれていない頬の赤みや耳の赤みを見て私は少しウィリアムの事を可愛いと思ってしまった。


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