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中学生

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 肩ほどの濃茶の髪を靡かせ、ほんの少し上がった口角。頬は薔薇色に染まり、桜の花弁のシャワーの中で佇む、一見どこにでもいるような中性的な顔立ちの女の子だ。
 私、泉屋麗華は転生者であり少女漫画の悪女キャラだった。
 この少女漫画がどういうものなのか説明しよう。

 舞台は「櫻川高校」。正確には「櫻川中学高等学校」だが、実際物語が始まるのは高校からなので省略する。

 如月財閥のトップ、如月社長は私の父に頼み込み、7歳の時私と如月蓮の婚約が成立した。

 漫画の中の私はかなり蓮に執着しており、取り巻きを侍らせ虐めることで、蓮に近づく女子をねじ伏せてきたとんでもない悪女である。

 勿論、蓮はそんな麗華を好ましくは思っておらず婚約を破棄したいのだが、婚約破棄の話を持ち込むと麗華はヒステリックになって収拾がつかなくなるので出来ずにいた。

 そんな蓮に女神が舞い降りる。―――ヒロインの安達菫だ。
 菫は、たった10枠の編入試験を見事突破して櫻川高校に入学した。

 高校の入学式、蓮は昇降口の前に掲示してあるクラス割を見るヒロインに一目惚れする。

 芸能人の血が流れる人、有名子役、大手会社の御曹司、更には自分で起業し取締役を勤める者がざらにいる櫻川高校では、ごく一般家庭の子は「普通人」レッテルを貼られる傾向にあった。

 なのでヒロインは同級生から壁を作られ、そして自分も彼らに近づかないようにしていたが、本当は皆と仲良くしたいという思いを抱えている菫は、学校の裏庭にいるうさぎにその思いを話すことが習慣になっていた。

 それを目撃するのは言わずもがな如月蓮である。

 麗華に縛られ苦しい思いをする自分を、「普通人」のレッテルを貼られた菫を重ね、最初同情する気持ちを半分下心半分で話しかけるのだ。

 段々同じ時を過ごすうちに、蓮は更にその思いを膨らませ、菫も最初は戸惑うものの、蓮に想いを寄せるようになる。しかし、これでハッピーエンドにならないのが少女漫画だ。

 ここで出て来るのが麗華だ。何かあるごとに菫を虐め倒し、蓮と菫の仲を邪魔する。
 麗華をかいくぐり、蓮と愛を育むことで、最終的に蓮は婚約破棄を達成し、蓮と菫は結ばれるのだ。

 普通なら「フラグを折る!」と奮闘したり、「悪女に徹するわ!」と全力で悪役になるだろう。しかし私はそんなことはしない。フラグを折ったり、悪女になれば、ヒロインとヒーローに接触することになる。余計な事をして結局卒業できなくなるのだったら、そもそも放っておくほうが何倍もいい。

 私の作戦は「ヒロインとヒーローに近づかない」だ。
 ただ…。これは漫画通りの麗華の場合に通用する話であって…。

 今の麗華はどうやら前世の私の意志が強かったらしく、蓮に近づく女の子を虐めたこと等ない。前世の私は麗華のような、所謂「1軍」と呼ばれる位置とは真逆にいた。どちらかといえばクラスに紛れている方だ。いじめを先導切ってやる勇気は無い。

 だからなのか。蓮に嫌われている感覚が無い。向こうから「一緒に帰らないか」と毎日のように誘われたり、「これ、麗華が好きだったよな」と、記念日でもないのにナチュラルに贈り物をしてくれたり。

 中学生まで徹底的に悪役でいれば、私の描いたシナリオ通りになったのに…、と思ったが今更後悔しても遅い。高校生になるまでの約1か月の間に蓮に嫌われる又は無関心にさせなければ、放置プレイができない。

 よし。ここは一先ず「蓮のことが実は嫌いなんだ」と言ってみよう。心苦しいが、蓮はこれから陽だまりのような可愛い将来のお嫁さんと出会えるんだから、そのために必要なことだよね!と勝手に正当化して自分に言い聞かせた。



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