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ニャー
しおりを挟む目が覚めたら広いベッドに一人で寝てて、思わず飛び起きてしまった。
部屋を出る前にベッドの方に向かって一応手合わせとく。
南~無~心静かに眠りたまへ。
ちょこっとドア開けたらイケメン眼鏡君はノーネクタイ姿で朝食の準備中だった。
「おはよ」
「おはようございます」
振り返った笑顔がフレッシュで歯が眩しいなオイ。
ササッとトイレに行って鍵閉める。
昨日はあのままモジモジしてたら、着替えましょうってナゼか枕元に用意してあったタオルで拭かれてパンツ履き替えさせられたのだ。
そして目も合わさずに寝た。
おやすみとか絶対言ってやんね、って背中向けてぬいぐるみ抱いてたんだけど結局後ろから抱き着かれた。
重苦しいしやだったけど口聞きたくなかったからそのまま目瞑った。
トイレから部屋戻ってきたらイス引いてくれて、ありがとうも言わずまだ怒ってるアピールしながらイスを押してもらう。
ギギッてイスの足がフローリングを擦って……。
「ハッ……!! この音はシ♯……!!」
「眼鏡キラッ! じゃねぇよ何だその唐突の絶対音感設定は」
「ありそうじゃないですか俺」
「ヴァイオリンとか弾けそうな顔はしてるよな。僕達兄弟は音楽の才能皆無だけど」
豹はフフッと笑うとイスに置かれていたカバンとジャケットを取った。
「兄さん、鍵ここに置いておきますから使って下さい。うちのマンションはエントランス、エレベーター、玄関と三重ロックになってます。エレベーターは鍵がないと動かないから気を付けて下さい。部屋の階とラウンジにしか停まらないようになってます」
「へぇ」
「なくさないで下さいね」
「わかった…………あ、もう行くの? 僕も一緒に出たかったのに」
高そうなイチゴジャムをつけたトーストかじりながら弟見上げたら、大きな手が僕の頬を擦った。
「そんな怖がらなくて大丈夫ですよ。ふふふ死んだって言うのは飼っていた猫の話です、ちなみに老衰。オーナーがちょうどアメリカに帰る時期とかぶって一時的にこの部屋任されてるだけです」
「え?」
「あっちの部屋にオーナーの荷物が残ってたでしょ? まぁ猫の幽霊は出ちゃうかもしれないですけど、化けても生前は大人しいロシアンブルーの美人さんだったので兄さんになついてくれると思いますよ」
擦ったほっぺにちゅってされて。
え?
え??
えええ?!!
「お、お……お前ぇえ! 最悪ッー!! 僕家に居たくないからバイトいれちゃったんだぞ! まだDVD途中だったのにぃ! 別に恐くないけどさ!」
「心配ないですよ。俺からの愛がたくさん刻まれてるし性欲もないでしょうから変な虫は寄り付きません」
「そんなとこ心配してねーよハゲ!」
「はいはい、じゃぁ行ってきます」
殴ろうと思ったのにヒョイと避けられて弟はそのまま部屋を出ていってしまった。
ムカつくムカつくムカつくムカつく!
何だよだったら家でダラダラしてたかったあ!!
宿代なんて建前だったのにクッソ。
バイト…………登録んとこはイベント系ばっかだったから友達にゲームのデバッグの仕事行くって言っちゃったんだよな……。
体調が…………あああ、すこぶる元気です。
友達にドタキャンとか有り得ないしとりあえず行くか。
着てきた服はリュックの上に洗濯されて置いてあった。
黒いシャツにジーパン……じ、地味だな……我ながら。
洗い物して何か一応洗面所にあったパンちゃんのワックスを…………つけてどうなる頭じゃないからブラシでとかして顔洗った。
ひげ……あんま伸びねぇな……太陽に当たらないからかな。
化粧水はこっちのメンズ系のスースーして肌痒くなるから、仕方ないけどこっちの女子用のお肌しっとりうるうるとか書いてある方だな。
リュック背負って枕元の携帯取って部屋を出る瞬間、振り返って一応。
「ニャー」
って言っとく。
行ってきますよロシアンブルーのぬこ様よ、あ、名前聞いとくんだったな。
いや、もう飼い主のとこにいんのかな、幽霊だもんな。
っつーか対象が人から猫に変わっただけでこの僕の余裕はなんだよ。
玄関を出て、何か内廊下ホテルみたいだし来た時は周りなんて見てなかったけど億ションなんだっけ?
すっげー僕場違いじゃん! 死ねる。
逃げるようにマンションを出てマンションは駅から徒歩二分で少し歩いたらホームが見えた。
そっか……豹は毎日ここ通るんだ……。
昔は毎日学校通ってたし、中学も高校もどっちが誘った訳じゃなく朝は一緒に家を出てた。
でも大学は違かったから…………そっかじゃぁもう十年豹と一緒に朝日を浴びてないんだ。
ふーん、そっか…………あれ、なんだよ。
胸、痛い。
深呼吸、深呼吸。
ご期待に添えなくて申し訳ないんだけど、ニートしてるのにそんな深い過去とかない。
マジ働いてない、そんだけ。
ブラック会社で働いてメンタルけがして休養中とか暗い過去とかまるでない。
強いて言うなふらふらしてた、以上。
卒業したのは割りと良い大学だった。
名前を言えば誰もがへぇって言うような私大、ちなみに豹は国立。
特にコンプレックスもない、勉強は好きだったしうちには勉強法を教えてくれる強い味方がいたしね、勉強に苦手意識はなかった。
むしろ、恋愛と違って努力が目に見えて返ってくる勉強は単純で好きだった。
そして多分それが良くなかった。
勉強もそれなりにできたし、弟がいた分人よりリーダーシップも取れて気が配れた友達もいた。
両親も優しくて、僕は僕が好きなんだ。
ナルシスト的な意味じゃなくてね、これで満足なんだ。
僕はあまり向上心がないって、それが良くないとこだと、そんな簡単な自分の性格に気付いたのは遅いかな大学生になって回りが就活始めた頃だった。
そう、僕はこのまんまでもいいやって色んな事が平等に出来すぎてやりたい事が胸に何も据えられてなかった。
大きくなれば自然と自分のやりたい事やなりたい自分が見付かると思ってた。
でも現実は違った。
時間ばっかりが過ぎて僕は何者にもなれなかった。
けれど周りもなりたかった人になった人はいなかった。
皆同じように髪を黒く染めてスーツを着ていた。
僕はそれをただ見ていた。
あの時僕もスーツを着ていたら、それらしい自分になれたのかもしれない。
今の自分がなりたかった自分なのかもこれからの自分が何になるのかもわからない。
明日だって何してるのかわからない。
でもそれでも君が隣で笑ってくれるなら、それが全てで充分だって言える人もいない。
それでも僕は僕が好きだ。
何にもネガティブなものはない。
悲しいとかあんまり思わないし、こんな僕を受け止めてくれる両親がいるって最高の幸せじゃないか。
だからもうこの事は考えない。
電車に揺られて揺られて少し歩いて。
到着したのはビルの一室だった。
友達がその部署の一番偉い人なんだ、ネトゲで知り合った人、何度かオフしてて一緒にゲーセンとか行ってる。
いつもは気楽に会ってるけど、今日はちょっと緊張すんな。
震えた指でピンポンして、開いた向こう側にはワサビ(ハンドルネーム)ならぬ無藤 熊茂君がいた。
昨日初めて名前聞いた、ポッチャリしてて相変わらず可愛い体形。
「あん、リラッ熊! おはよー」
「おはよー久しぶり」
「もーお前熊茂って名前なら教えてくれたら良かったのに~ぴったりじゃん」
「やめろよー信長(僕のハンドルネーム)殿~」
僕より小さい体にポヨンと抱き着いたらよせやいよせやいって肘で押してきた。
「役に立てるかわかんないけど、宜しくな」
「うん、こっちきて」
後ろから顎肉ポヨポヨしながら歩く、部屋にはずらっとデスクの上にPCが並んでてその前にゲーム機が置かれてた。
皆黙ってゲームしてて異様だ。
働いてるのは男ばかりで楽でいいな、目合ったら逸らされたりちょっと頭下げられたり、まぁオタクってそんなもんだよな。
奥の席に通されて鞄を降ろした。
「斑鳩殿ともう一人、今日からバイトの子が入るんだ」
「へぇ」
「うちも登録制で仕事の出来によってはこっちから仕事頼んだりして使えそうな子だったらレギュラーで来てもらっていい感じだったら正社員登用ありって感じでござる母体はでかいから福利厚生それなりにありにけりだよ」
「誠か、僕は正社員とか無理じゃがのぅ」
バイトで来た子に渡す雇用契約書だよって熊は書類を見せてくれた。
質問しながら読んでたら、コツンコツンと靴音がして僕らの横で止まった。
「すみません一番奥に行けって言われたんスけど…………」
「んんんんん!!」
えっ!! 怖ッ! その人物を見て熊ちゃんの豊満な肉体を思わず抱き締めてしまった。
そりゃチェッカーなんて裏方は服装髪型自由なとこ多いけど、来たのはなんか金髪にピアスちょー開けてる僕らを狩りそうな見た目の若者だった。
鼻に開いてるピアスがキラッて光って。
あ、あれ? この顔どっかで……。
ヤンキー君はビビった拍子に僕が落としたプリントを拾うと、半目の眠たそうな瞳で薄く笑った。
「どうぞ」
「あっ…………うん、ありがとうございます……」
お肉に抱き付きながら、恐る恐る手を出したら差し出された手に薔薇のタトゥーが見えて。
あ、あ、あ!!
そっかどっかで見た事あると思ったら。
「君! 怖すぎ太郎君じゃん!!」
「いや、高杉 華狼なんスけど」
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