上 下
10 / 15

あまるちゃんとお人形

しおりを挟む
 どの範囲からが趣味で、どの範囲からが日課で、どの範囲からが好き、なのかわからないし。
 どれだけできたら特技って言っていいのか、プロとかアマとか明確にはわからないけれど、こんな私にも得意なものがあって、そうそれは今、夏目さんが触っているウサギのストラップだ。

 小さい頃からお裁縫が好きだった、お父さんが出て行ってお母さんは仕事で、お兄ちゃんは反抗期いつも私の世話をしてくれたのはおばあちゃんだったから。
 おばあちゃんは、よく服を作ってくれて私は成長が早くて直ぐ袖や裾が短くなるから作り直してくれた。
 セーターなんかも脇を編み足して、マチを編んで裾丈を編んで、襟ぐりを編み直してまた着られるようにしてくれて、これがまたダサくなくていい感じにオシャレだったのだ。
 たまに「作った服? ああ巨人だから服がないの」なんていじってくる男子もいたけど、直に友達が庇ってくれた。
 そもそもおばあちゃんの方が私なんかよりも全然オシャレだったし、被服科を出ていたおばあちゃんは現役でデザイナーをやってるお友達がいるって流行りにも敏感だった。

 おばあちゃんがファッション誌を買って持って来て、こういう服が今流行ってるんだよって教えてくれた。
 私には似合わないだろうけど、トップを飾る女の子達の洋服はキラキラしてて、私も服に興味をもって服飾の大学に進んだ。
 自分が着るのは別として綺麗な女の人を見るのは好きだったから、将来はパタンナーになりたいな、とか色々考えてた。
 そんな中でおばあちゃんとハマったのが、この羊毛フェルトだった。
 きっかけは旅行先のペンションの入り口、羊毛フェルト作られた犬が丸まって寝ていたからだった。
 ほんの、手の平サイズの柴犬が尻尾を巻いて寝ていて、胸の奥からくるムズムズした愛らしさに、思わず遠吠えしてしまったら、ペンションのオーナーの奥さんの手作りだと教えてくれた。
 興味津々に話を聞くと他にも作品を見せてくれて、可愛いミニサイズのワンちゃんからクリスタルアイを使用したリアルなものまであって、家に帰って直ぐ調べておばあちゃんとキャッキャしてしまった。
 ちなみにモデルになってるペンションで飼われている柴ちゃんはとってもいい子でした。

 新しいおもちゃが手に入った子供みたいに、時間あれば熱中して人形を作成して出来上がったらネットに作品を上げて、いつしかファンもついて、私の人形とおばあちゃんが作ってくれるお洋服のコラボは最強だった。
 そんな中で私を一躍有名にしたのは、羊毛フェルトで作ったアニメのキャラクターだった。
 流行っているアニメやラノベやゲームのモンスターにキャラクター、気に入ったのモノがあれば針を刺しておばあちゃんに服を作ってもらって自画自賛する完成度だった。
 
 特に動物を作るのが好きだった私はモンスターキャラをデフォルメした人形を作るのが得意で全てのキャラクターを作った時なんで数十万出すから買いたいって人が現れた程だった。
 でもこれを営利目的ではしないって変なプライドがあって、いくらお金を積まれてもやんわり断っていた。
 それでだ、作品を上げればどうやって作ったんですか、なんて質問はよくあるし、動画を上げたり、そういうのにも良心的に答えていたら、ある日その中の一人が「私も作ってみました!」と画像を上げたのだ。
 私と同じようなモンスターの羊毛フェルト、拡大して細かな所を見れば荒さが目立つけど、綺麗に仕上がっていた。
 イイネって押して、皆もイイネって言った。
 そして翌日にはまた私の作品をまた真似て……っと毎日何体も何体も私の作品を真似ては
 作り上げてくる。
 そして画面いっぱいに広がった人形を前に、彼女は言ったのだ、

「せっかく作った作品ですが置く場所がないので、誰か貰って下さい」

 と、呟けば、どんどん買い手が声を上げていった。
 翌日には何万って金額を提示してる人もいて、喜んだ彼女は需要があるならもっと作りますって……。
 え、って思ったけどそれを止める権限は私にはない、だって元々は私だって人を真似て作ったものだったし、その原点になる柴ちゃんも画像に上げて真似て作った一号も上げてる。
 でも…………やだ苦しい、このモヤモヤする感じ何て言葉か分からないけど、どうしたらいいのか分からなくて、黙ってその状況を見つめてたら、最終的に何十万とお金を出して買った人はゲームが大好き! と謳っているかなり有名な芸能人だった。
 その人が「やっと手に入りました! ありがとう!!」とタグ付きで発信すれば何百万といるフォロワーは一斉にイイネした。
 そして彼女のフォロワーは一気に跳ね上がって、それでも私の先生はまるまるさん(私のHN)だって言ってたけど、一夜にして彼女は有名人になっていた。
 そんな彼女から言われる先生の新作待ってますの言葉はもう恐怖でしかなくて、次は何を盗まれるんだろうって盗むって言葉可笑しいかもしれないけど、怖くなって作品を作れなくなってしまった。
 あっちこっちから称賛されて時の人となった彼女を見てるのはなんだか辛くて、少し自信を無くしてネットからも引き込もっていた私だけど、そんな私をかばう……というか、彼女を許せないって言ってくれる人もいて、作品の完成度から本家の私の作品の方が素晴らしいですって慰めてくれる人もたくさんいた。
 だから私は、その人の為に作品を作っていこうって決めた、決めたのに…………。

 たまたまおばあちゃんとお昼を一緒にしていた時だ。
 理由もなくつけていたテレビには主婦向けのワイドショーが映し出されていた、おばあちゃんが冷えたそうめんを持って来るまで、私は箸並べたり、コップに麦茶入れながら何気なくテレビを見ていたら

【家で稼ぐ!! 月収○○万! まさかの旦那越えを達成した凄腕美人妻!!!】


 とテロップが出て、司会者や出演者達がオーバーなリアクションで驚いていた。
 それで、出題していたのが、あのゲーム好きの俳優で「彼女は凄いですよ」なんて言うからちょっとドキっとした、いや、ヒヤッとした。
 ヒヤッとして、クイズが始まって、使う道具にあれこれと作業風景が映し出されて吐きそうになって、最終的に正解はこちら、っとスタジオの中央に置かれた真っ赤に布に包まれた箱を俳優が引き上げた。
 予想はしてたけど固まった、その瞬間おばあちゃんがそうめんをお盆に乗せながら、暖簾をくぐって来て、テレビを見て言う。

「あれ? これあまるのお人形じゃないの」って、でもよく見て「ああ、アンタのはもっと上手だ」って言い直して入ってくる、続けて、あら~随分流行ってるんだねとお盆をテーブルに乗せて膝を折った。
 泣きそうだった、【その完成度の高さからネットで騒然! 大人気になった羊毛フェルト職人!】と題されてスタジオの奥から出て来たのは、私を先生と呼んでいたあの彼女だった。
 そしてプロフィール紹介で私の名前が出てくることはなく、繊細な彼女のフェルト作品は国内外からも注目を浴びてるって……。
 めんつゆにポタっと涙が落ちて何とも言えない気持ちになった。
 でも泣いていたのは、私だけじゃないスタジオの芸能人だ、何故ならば彼女には障害を持った子供がいて、介護に付きっきりの中で出会ったのがこの羊毛フェルトアートだったんだって、息子の好きな人形を作ったら凄い喜んでくれて今がある、息子の為にこれを作るようになったって素晴らしい美談だ。
 今の社会が求めてそうな、涙ながらの話、そしてそれを聞いて僕も協力してあげたいと思ったって俳優の好感度上げ、同じ年齢の子供がいると涙するスタジオ芸能人。


 私の世界はそこで終わった。


 求められているのは【作品】だけではないのだと、あの世界が真っ暗に見えた。

 そしておばあちゃんは、落ち込む私を慰めはするものの、ハッキリと言ったんだ。

「おばあちゃんはあまるのお人形が一番好きだよ。でもねこれからも、いい作品っていうのは何でも模されるよ。歌だって食べ物だって詩だって小説だって漫画だって飲み物だって洋服も、何だって、流行りだ、今の傾向だって、売れると思ったモノは皆真似するよ、人気にあやかる。だってそれが簡単に人気者になれる方法だし。誰だって人気者になりたいもの。でも本物の作品っていうのは本人にしか作れないから、やっぱり最後は本人が残るんだよ。だからどん底にいる時こそ頑張れば本当の強さが生まれるんだよ」
 って楽しい時間が永遠に続く人生なんてないでしょう、おばあちゃんはそういう励まし方だった。
 それで、私はどうしたかって? 

 逃げた。

 分かってるだろうけど、逃げた。
 一生懸命作り上げたものを横取りされて、それをバネにして奮起できるほど、当時の私は強くなかった。
 学校の単位も卒業制作もそこそこに、家の都合でって誤魔化して就職先は事務員だった。

 それでも、暇になった時にやる事がなくてこういうのチマチマ作っちゃう。
 久々に褒められてそれだけで泣きそうで、夏目さんと目が合わせられなった。

「こういうのが趣味だって作れちゃう女性、きゅんときちゃいますね」



 夏目さんはウサギさんの小さな額を撫でてくれて、自分の頭を撫でられるより胸が苦しかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】メイドとお坊ちゃまの性事情

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:11

おさげ髪との思春期

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:18

高嶺の花は摘まれたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:65

いつだって、そばに。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:10

従姉妹に告白

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

わたしは「あなたがいい」のです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:12

【R-18】幼艶、連れ去られた先にて。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

処理中です...