パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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88.パウパウの夏とタガメ探し 23

  見習い冒険者への指名依頼の手続きを終えて、冒険者ギルド(兼漁業ギルド)のロビーへと戻って来た三人は、フッバーから帰りがてら町を案内すると言われ、
「ぼく、ちょっと、お腹すいた」とのパウパウの声で、フッバーお勧めの店に行くことにした。

「魔蜂の活動は日中だし、お願いは明日にして今日はフッバー殿の店で少し早いけど食事しようか。パウパウ」
「あのな、ウルジェド、そろそろフッバー殿って止めてくれよ、フッバーで頼むわ」
 伝説の白金プラチナム様に殿を付けられるなんて、とんでもないと、フッバーは思う。


 ギルドを出ようとした時、丁度、外から入って来た男と鉢合わせになった。
「!」
「あ、これは、すまない」
 ミッちゃんは体をずらして、男が中に入れるように道を開ける。
 定位置の左腕に居たパウパウには、入って来た男の人が立ちすくんでいた為に、こうなったように見えた。

(まるで、ミッちゃんに驚いたような感じ……)

 雰囲気が柔らかい男だった。
 金色の髪は潮風で痛んでいるのか褪せているし、肌も日焼けしている。
 それでも、凛とした奇麗な人だとパウパウは思った。

「あぁ、これはパティオル先生、納品ですか?」
「あ、フッバーさん、こんにちは。今日はフィリが随分とお世話になってしまったようで、申し訳ありません」

 出入り口では邪魔になるだろうと一度、ロビーに戻る。

「パティオル先生、フィリを助けたのは、こちらのウルジェドさんですわ」
「え?あ、じゃあ、あの薬も?」
「そうだが、フィリ君を抱えて魔蜂から子供たちを守って逃げ切った功労者はフッバーだ、あの数の魔蜂から、大した者だ」
「よしてくれ、褒めても何も出ないぞ」

 パティオル先生のはしばみ色の目に涙が溢れそうになると、フッバーが慌てだした。
「お二人とも、本当に有難うございます。フィリがあの程度で済んだのは、お二人のお陰です」
 そういって深々と頭をさげると、益々ますますフッバーが挙動不審になる。

「いや、あの先生、泣かないでください」
「あ、すみま……グスっ……」
 おたおたと、どうしていいか分からないで中途半端な場所で、うろつく腕。
 アワワと、どうやって慰めればいいか分からずに、キョロキョロと動く目。
 いくらうといミッちゃんでも、これなら分かる。
 いや、誰にでも分かりやすい状況である。

「あぁ、そうだ。フッバー、この方に依頼の話をしておいてくれ、今日は付き合ってくれて助かった。では」
 パウパウが笑顔で手を振るオマケ付きである。
 ミッちゃんはそう言い捨てると転移で外へ

「おい、ウルジェド。お……


 さてギルドの外に出てきたはいいが、この町の事は全く知らない二人だ。
「……道案内がいなくなっちゃったねぇ。どうするパウパウ」
「ん~、誰か、美味しいお店、知ってる人に聞く!」
 行き当たりばったりである。

 幸いなのは見物人が居なくなったことだろう。
 そして不運なことは、通りかかる人すら居ないことだろう。

「ミッちゃん、ここ海があるの?」
「うん、ここは漁師さんの町だからね」
「……でも、海、見えないね」
「じゃぁ、山を背にして歩いてみようか。御飯は、お店があったらで」
「うん!探検だね」

 あえて眷属の目を借りずに、二人で知らない町を歩くことにする。
 日が暮れるより、少し前の中途半端な時合いだ。
 お店があっても準備中かもしれない。
 それでもパウパウは、ミッちゃんと手を繋いでの歩くのが何だか嬉しい。

 ギルド前の大きな十字路を、山を背するように曲がると、前に石積みの壁が見えた。

 そして鼻に微かに感じるのは

 多分、いままでいだ事が無い、でも記憶が覚えている匂い。
 潮の匂いだ。

「ミッちゃん、これ海の匂い?」
 カナチョロ探しの時は崖の途中だったので、におっては来なかったし、お風呂場では板水晶越しで、感じる事すら出来なかった。

「あぁ、あの壁の向こうが海だね、きっと」
「ボーチョーテー?」
 波の音がしないのは、今日の海が凪いでいるからなのだろうか。

 壁沿いの道を歩きながら、ミッちゃんが上の何かに気が付いた。
「すごいねぇ、この壁。ほら、見て見てパウパウ」
 パウパウを掲げるように抱き上げた。
 高い高いをされて、「キャア」と声が上がる。

「銀色の見えた?あれ、錬金符だよ」
「れんきんふ?」

 確かに高い石壁の上のほうには、銀色に輝く金属板のような物が付いていた。

 ミッちゃんはパウパウを降ろして、話を続ける。
「ここからでは、術式は見えないけれど、高波とかが来たら障壁を張ったりするんだと思うよ」
「へぇ~。魔道具じゃないんだ」

「全部を魔道具で作るには大きすぎるし、維持…ん、魔石とか魔力とかの用意が大変だからね。あぁして術を込めた札にしておくんだよ」
「凄いねぇ。ガルデンおじちゃんとかも作れる?」
「作れるとは思うけど、本職の錬金術師さんにはかなわないんじゃないかな」
「ふぅん……」

 パウパウは石積みの壁を見上げた。
 自分の身長では錬金符を見ることは出来ないけれど、所々が光を受けて白く輝いている。
 あれが、そうだろう。
 来なければいい何時いつかのために、人知れず在る孤高の騎士だ。
 
 そんな気持ちで、少しばかりしんみりと銀色の錬金符を見ていたら、

「オメラドッカラキタナァニソッタラカベミテンダワルサァシヨッテンジャナカロウナ!」
 いきなり、もの凄い早口で怒鳴られた。

「ピ⁉」パウパウは驚いて固まる。
 人の気配に気づいてはいたが、まさか、で怒鳴られるとは思わなかったミッちゃんも驚いて声の主を見た。
 言うまでもなく、既にパウパウを腕に抱き上げている。
 
「え?」
 ヒト族の老人だ。杖をついているが、元は立派な体格だったのが分かる、ガッシリした、お爺さんだった。
 
 お爺さんは、杖をトントンとしながら、もう一回
「お前ラドッカラキタナァニソッタラカベミテンダワルサァシヨッテンジャナカろうな!」

 うん、”お前”と最後の”ろうな!”は、かろうじて聞き取れたが、肝心の内容は全く分からない。

(これは、浜言葉ってやつなのかなぁ……)
 流石のハイエルフも途方に暮れる。
 と、パウパウが腕をペチペチして、降ろしての催促だ。

 抱き下ろすと、既に復活したのか躊躇なく老人のそばに近寄った。
「はじめまして、ぼくパウパウです。いま、ミッちゃんと御飯が食べられる、お店を探してました」

(ばぁちゃぁん!リヨスアルヴァで、きっとヤバい事やってる、ばぁちゃぁん‼パウパウが、スッゴイ立派な挨拶を、知らないお爺さんにしたよぉ!)
 ミッちゃんは、心の中で絶叫した。

 本当にヤバいのは自分だとは、これっぽっちも思っていない。
(叔父上のバッタ、100匹くらい貰っておけば良かった……)
 そうすれば、花畑で自分のための腕輪を作っている姿も残せたのだと気づいて、ミッちゃんは自分の失敗に愕然とした。
 誰も、お前の頭が花畑だと言ってくれる者はいない。
 

 お爺さんはパウパウとミッちゃんを上から下まで見て、
「ソッタラエェべべサキテンボンボンガクヨナモンダストカァココラサネェゾ」
「え?お店、ないの」

「ンダネスッタラベベノモンハイルミセハネ」
「そっかぁ……お店、ないんだぁ」
 奇跡的に何となくでも、お爺さんとの会話が成立しているパウパウは、お店が無いと聞いてガッカリする。
 正確には、そんな奇麗な服を着ている、いいトコの坊ちゃんが入るような店は無いと言われているのだが。

 少し、しょんとしたパウパウと、その横の打ちひしがれているミッちゃん(自爆中)を見たお爺さんは、二人を可哀そうに思ったのか
「ナンダオメラソッタラハラァヘッテンダラウチサキテメシサケ」と言い、
 
 自分の家の扉を開けると
「オィペルナコンハラヘラシニメェシチィトクワシテケレ」と、大声で言った。

「ウェス、そったら声あげんでも聞こえるて、なん?お客さんかぇ。おぉらっしゃい、こりゃまたメンケェのが来たなぁ。そっちのシュっとしてんのも、さぁさあ上がりんさい」
「え?」
 全然、知らない人のお家だ。当然、遠慮する。

 ところが、意外と力が強い二人の老人に、ぐいぐい手を引かれて入った、その家の中を見た瞬間に、遠慮も何もかもが吹っ飛んだ。

「うわ……」

 一階の玄関を抜けた途端に目に入ったのは、色、色、色、
 見たこともないような色の洪水だった。

 心に刺さるような鮮烈な赤。
 海を思わせる青、蒼、碧、藍、が押し寄せる。
 生きた波のように華やかで凛とした白。
 あでやかな漆黒。
 黄色は朱を帯びて光となり、緑は生命の輝きで目に飛び込んでくる。

 その色の中を、大魚が泳ぐ。跳ねる。水しぶきを上げてひらめく。
 取り巻きのような小魚が踊り。飛び、水鳥が笑う。


 余りの素晴らしさに息を吞んで見入っていた二人に、
「な~も無い残りモンばっかだけンども、よかったら食ってけばいいさ」
 のんびりとしたお爺さんの声と、

「イィカラスッタラモンサメェカッピライテミテネェデトットトキテメェシサケ」
 やっぱり聞き取りが難しい、お爺さんの怒鳴るような声が聞こえた。
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