なびく旗と歩く騎士〜追放貴族の英雄譚〜

ふわとろオムライス

文字の大きさ
17 / 22
旅立ち編

13話 憤怒

しおりを挟む

 マリスが近づいてくる。幼馴染で慣れているはずなのに、少しばかしの緊張が、クリスから感じられる。
 顔を襟元で少し隠しながら、マリスの顔をまじまじと見る。懐かしい感情に駆られて、ついあだ名で彼を呼んでしまう。

「マリー!おめでとう!」

 ただ純粋な祝福の気持で、彼に言葉を投げかける。マリスも懐かしい呼び名に反応してこちらに視線を向けてくる。すると、指を刺され名指しで叫ばれる。

「クリス!貴族を捨てた臆病者が!気安く私の名前を呼ぶな!」

 自分の耳を疑う……。クリスの記憶では、優しい顔となだめるように語りかける、あの清純なマリスを想像していたからだ。
 しかしクリスの思考がまとまる前に、マリスはさらに追い打ちをかける。

「私は当主となったのだ!貴族でもない貴様にかける言葉などないわ!」

 通りの反対にいる観客達には聞こえてないが、こちら側にいる人は全員クリスに視線を向ける。

「貴様は気抜けではなく、腑抜けだ!オマケに薄汚い土人小人と一緒にいる!名誉も誇りも捨てたか!『平民』!」

 自分だけではなく、マーナに矛先が向いた事により怒りがクリスの感情を支配し始める。
 しかしここではあいつマリスの方が偉いのだ。敵意を向ければ、即座に衛兵に捕縛されるのがオチだろう。マーナの手をしっかりと握り、この場を足早に去ろうとするも、後ろから軽蔑の言葉を投げられる。

「ハッ!見ろ!臆病者と原始人が逃げていく!」

 言葉の意味は考えない。考えたくもない。ただただあの現実から遠ざかる。過去の記憶も、思い出も、優しさも、全てあの場に置いてきた。悔しくもなく、怒りもわかない。クリスに残った感情はただ哀しい。それに尽きた。もう限界だ。彼に寄り添う者が1人消え、心の支えが崩れていくのが傍から見ているマーナにもよく見えた。
 クリスは無意識の内に宿に戻って、ベットの上でただ天井を見据える。先程のオリアナとの会話も頭から完全に抜けており、自分が今どこにいるのすら分かっていない。

「なぁ、クリス~。大丈夫か~?」

 明らかに心配した装いで、クリスに優しく声をかけてくれる。しかし今の彼には蛇足だった……。

「少し黙ってくれ!」
「ひぃ!ごめんよぉ……」

 普段のふんわりとしたやり取りからは考えられない、心の奥底からの怒鳴り声が、ついマーナに向いてしまう。
 決してマーナに怒っている訳では無い。ただマーナ自身も馬鹿にされていたのに、先にクリスを心配している事が許せなかったのだ。

「少し……1人になる……」

 そう言って重い足取りをしながら、近場の森に向かう。
 
 悲しさを晴らすために魔法の練習に来た。明後日には召喚魔法の試験がある。一連の流れだけでも確認をしておこうと思っていたが、誰もいない静かな森を前にして怒りが再燃してくる。

「ぬがぁぁぁぁ!」

 言葉にならない怒りが心臓から続々と湧いて止まらない。
 闇雲に剣を振るい、木を斬りつける。時折、飛んでくる鳥や虫、小動物でさえ魔法や剣を使い、無闇に殺していく。

「トカゲ如きが見てんじゃねえよ!」

 先日の『フェンドレイク』がこちらを覗いてくる。
 普段使い慣れてない火の召喚魔法を準備し始める。トカゲの全身を捉えて、発射の準備を整え終える。

「『第三炎天魔法ヒートルシオンⅢ』」

 ……不発だった。発射魔法トリガーが過剰な魔力を検知して、強制的に魔法を打ち消した。

「……チッ」

 剣を構え、トカゲ野郎を斬る。無駄な行為であっても、刃こぼれをしても関係なく、ただ目の前の生き物を殺すことだけに集中していた。

 ……彼の蛮行は日が傾くまで続いた。

 ◇◇

「規約違反です」

 ギルドで注意を受けるクリス。依頼もないのに、勝手に森に入った事と、無闇に生物を殺した事が、森の巡回兵に見つかった。

「今回は初犯ですので、違約金の支払いのみで結構です」

 高くも、安くもない無意味な違約金を払い、昨日よりも疲れた表情で宿に戻る。
 先程の気まずい会話を思い出し、ドアノブに乗せた手が止まる。
 恐る恐る扉を開けるも、部屋には誰も居なかった……。強く当たった事を今更後悔する。もしかしたらマーナは皇都から離れてしまったのではと考え、1人寂しく暖炉の前で、揺らぐ炎を眺める。
 小1時間ほど落ち込んでいた所に、ドアが突如として開く。
 そこには、マーナとオリアナが一緒に部屋に入ってきた。

「良かったぁ~あのままどっかに行っちゃうかと思ってたよ~」
「だいぶ応えたようだねぇ~」

 皆口を揃えて、心配をしてくれる。クリス自身も、マーナや師匠の顔を見たことで孤独感が薄れていく。

「マリスは……どうしたのですか?」
「……家を継ぐには早すぎただけよ。周囲から舐められないように虚勢を張る……彼には『我』を通し切れる程の強さが無かったのよ」
「と言うと?」
「彼も『貴族』の被害者さ」

 その真意は分からないが、マリスが豹変した……その事実は変わらない。ならば認識を変えなければ。彼は幼馴染でも、友でもなく…『貴族』になってしまったと……。

「さぁてリリシアちゃん!この後は彼としっかり頑張って行くんだよ!それじゃあね」

 そう言って後ろからリリシアを引っ張って来る。
 辛い状況に面倒事を増やされ、クリスの機嫌は悪化する。

 ◇

 次の日、リリシアと会話を進める。

「……私、旅の心得はある程度あるかと。オリアナ様と出会う前は一人でさまよっていたので……」
「……待て、リリシア。今年齢はいくつだ?」
「今年で460です」 
「……」

 龍人の平均年齢はだいたい4000歳ぐらいだ。確かに龍人の中ではまだあどけない年齢だ。しかしクリスにとっては圧倒的歳上だ。

(これは……敬語を使うべきか?)

「別に歳上だからと言って気を使う必要無いですよ。そもそもオリシア様からは兄弟子として聞いていたので」

『龍人は心を読む力でもあるのか?』と言いたくなるほど、思考の先を行かれる。
  とはいえ、彼の旅は困難を極める。戦闘の経験が無いものを連れて行くのは危険な行為だ。そしてそれは、二人とも理解をしていたのであった。

「クリス様は明日試験を控えているのですから、私の事はお気になさらず。何とかしてみせます」
「あぁ、頼むよ」 

 何を頼むのかは彼自身よく分からないが、今は自分の事で精一杯だ。 


 
 翌朝、また不快な夢で目が覚める。

「ん?……!!!」

 ……足に何か巻きついている……目で追っていくと、自分だけのベットにリリシアも寝ていた。となると、巻きついてるのはリリシアのしっぽだ。……言葉にならない驚きと、心臓がスライムになりそうな程、鼓動している。

 (何か……してないよな俺?)

 自分の記憶を産まれた瞬間まで遡る……。
 やましいことはして無いはずだ。

「お目覚めねぇ~」

「!!!」

 言葉にならない驚きが、またも駆け巡る。オリアナが居ることにも驚きだが、この光景を見らてる事実の方がより驚きと焦りを醸し出す。

「か、勝手に居ただけですからね!」

 何も言ってないオリアナに、よく分からない弁明をしてしまう。

「早速仲が良い事ねぇ~」

 昨晩は確か、リリシアとは別の部屋をとった筈だ。
 よく分からないまま、とりあえず尻尾を撫でる。冷静になってきた頭は、彼女が言っていた事を思い出す。

『普段、抱き枕を使って寝ているのでもしかしたらクリス様に頼ることになるかもしれません』
『はぁ?流石にそれは勘弁だぞ!』
『いえ、多分無意識にやっちゃうと思います』
『……』

 巻きついた尻尾を優しく撫で続けるクリス。案外触り心地が良い。

「てことは……部屋を渡ってここまで?」
「そうよ~この子よく私に抱きついて来たわよ」
「てか、師匠。なんで部屋にいるのですか?」
「少し『報告』があってねぇ~。でも寝ている様なら出直すわ」

 そう言い残し、師匠は部屋を後にした。
 明朝のこんな時間にやってくるのはおかしいのだが、寝ぼけてる頭では状況をよく理解出来ないのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...