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2 年上の新人
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そして、一週間後。
「みんなー、大谷君を紹介するから集まってくれるー?」
光とその他の日勤スタッフ達が朝から忙しなく日勤業務の準備をしている最中、師長が詰所に入ってくるなり大きな声で呼びかけた。師長の隣には、背の高い男性看護師が両目をかっぴらいて顔を強張らせ、ピシッと直立不動になっている。
光は途中までやっていた点滴確認作業をいったん止めて、他のスタッフとともに二人が立っている詰所の入り口近くに集まった。
「じゃあ大谷君、自己紹介してね」
「はいっ、は、初めまして、大谷勇気と申します! これから沢山ご迷惑をおかけするかと思いますが、皆さん、お忙しいでしょうがご指導よろしくお願いします!」
大谷は直角に腰を折り、少し噛みながら馬鹿丁寧な挨拶をした。緊張が伝わりすぎて、なんだか少し可哀想にも思えてくる。
「こちらこそよろしくね! 今日の看護リーダーの金井でーす」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。パートの介護士の西田です、よろしく~」
そんな大谷の緊張をほぐそうと、ベテランスタッフたちが次々に声を掛ける。声を掛けられた大谷は、安心したのか泣き笑いのような顔になっていた。
光はそんな大谷の様子をぼんやりと観察しつつ、ある疑問を抱いていた。
(このひと、四月の朝礼で見たときはもっと明るくハキハキしていたのにな……なんだか今は、別人みたいだ。いったい何があったんだろ……)
「ほら、三澄君もこっちにいらっしゃい。大谷君、貴方の新しいプリセプターの三澄君よ」
光は師長に促されて慌てて前に出た。大谷は光の顔を見るなり、一瞬目を泳がせたあと、ばっと深く頭を下げた。
「あ、お、大谷です! これからよろしくお願いします……!」
「三澄です。こちらこそよろしく……です」
(なんか怯えられてる……? え、俺なんかしたっけ?)
心当たりは全くない。身長もガタイも大谷の方が圧倒的に勝っているというのに、なんだか居心地が悪い。
「大谷君の方が三澄君より年上なのよね~、今いくつだったっけ?」
「えっと……今年で二十八になります」
「へっ? と、としう……え?」
初耳であっけにとられている様子の光を見て、師長はのんきに『あら? 言ってなかったかしら?』などと言っている。
「き、聞いてません」
「まあ~、でも見た目で分かるでしょう?」
ちょっと老け顔の年下だと思っていた、なんて本人を前にして言えるわけがない。
「大谷君、前の病棟のプリセプターも年下だったんでしょう? 大丈夫よね?」
「それはもちろんです。あの、三澄さんがお嫌でなければ……」
「じゃあ問題ないわね! うふふ、若い男の子どうし仲良くやってね。今日は初日だから大谷君はオリエンテーションだけど、明日から三澄君に付けるからよろしくね」
「……はい」
光は、大谷のことを高校卒業後に看護専門学校か看護大を出たばかりの、いわゆる新卒で新人の看護師だとばかり思っていた。四月の新人紹介のときも、大谷を見て今年の新人は老けてるなぁと思っただけで、それ以降はさして興味もなかったため思考停止していた。(光は職員全体朝礼のとき、だいたいいつも思考停止している)
年上だと分かった途端、光の目に大谷は年相応の人間にうつった。なるほど、よく見たらどう見ても年上だ。何故年下と思っていたのか、人間を見る目がない――と、光は少し恥ずかしくなった。
(年上に教えるとか、思っていたよりハードルが高そうだな……でも前の病棟のプリセプターが三年目なら、そっちは俺より年下なのか……うーん)
光はいまいちど大谷の方をちらりと盗み見て、その全体像を観察した。身長は180以上はありそうだ。清潔感のある爽やかな黒髪短髪で、顔のつくりも悪くない。そしてやたらと筋肉質だった。わりと厚めの素材で作られている看護師のユニホームを着ていても、そのガタイの良さが外からも分かるほどだ。
(筋トレが趣味なのかな……すっごい女にモテそう……いや、男にもモテそう……?)
光もいちおう独自で筋トレをしているが、なかなか筋肉がつかないので大谷の引き締まった硬そうな身体は素直に羨ましかった。
「ねえねえ大谷君、前職はなんだったの? 普通の会社員?」
三十代主婦で本日の看護リーダーの金井が、興味津々な態度で大谷に質問をした。
「えっと、自衛隊員でした」
「え!? 元自衛隊の人!?」
「すっご~い! だからそんなにムキムキなんだー、腕とか凄い太いし!」
大谷の予想外の返答に女性陣がわっと色めきだった。そばで聞いていた介護士の男性陣も『ほー、すげ~』と洩らし、大谷に注目する。
「いや、全然凄くなんかないですよ。見た目はこんなでも、訓練の厳しさに耐えきれなくて辞めたクチなんで……なのにここでも似たようなことになって、本当に情けないです」
形のいい眉毛を八の字にし、今にも泣きだしそうな大谷に対して先輩ナース達が『人には向き不向きがあるんだから気にすることないわ』『そうよそうよ』と口ぐちに慰めている。光はその様子をぼんやりと眺めながら、
(自衛隊からわざわざ看護師になる人なんているんだ? ……めずらし~)
と思っていた。ちなみに、大谷のように他で働いたあと看護師の免許を取って就職する者は毎年一定多数いるので、特に珍しくはない。光がその可能性を考えなかったのは、光自身が高校・専門学校卒業後にストレートで看護師になったからだ。
「みんなー、大谷君を紹介するから集まってくれるー?」
光とその他の日勤スタッフ達が朝から忙しなく日勤業務の準備をしている最中、師長が詰所に入ってくるなり大きな声で呼びかけた。師長の隣には、背の高い男性看護師が両目をかっぴらいて顔を強張らせ、ピシッと直立不動になっている。
光は途中までやっていた点滴確認作業をいったん止めて、他のスタッフとともに二人が立っている詰所の入り口近くに集まった。
「じゃあ大谷君、自己紹介してね」
「はいっ、は、初めまして、大谷勇気と申します! これから沢山ご迷惑をおかけするかと思いますが、皆さん、お忙しいでしょうがご指導よろしくお願いします!」
大谷は直角に腰を折り、少し噛みながら馬鹿丁寧な挨拶をした。緊張が伝わりすぎて、なんだか少し可哀想にも思えてくる。
「こちらこそよろしくね! 今日の看護リーダーの金井でーす」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。パートの介護士の西田です、よろしく~」
そんな大谷の緊張をほぐそうと、ベテランスタッフたちが次々に声を掛ける。声を掛けられた大谷は、安心したのか泣き笑いのような顔になっていた。
光はそんな大谷の様子をぼんやりと観察しつつ、ある疑問を抱いていた。
(このひと、四月の朝礼で見たときはもっと明るくハキハキしていたのにな……なんだか今は、別人みたいだ。いったい何があったんだろ……)
「ほら、三澄君もこっちにいらっしゃい。大谷君、貴方の新しいプリセプターの三澄君よ」
光は師長に促されて慌てて前に出た。大谷は光の顔を見るなり、一瞬目を泳がせたあと、ばっと深く頭を下げた。
「あ、お、大谷です! これからよろしくお願いします……!」
「三澄です。こちらこそよろしく……です」
(なんか怯えられてる……? え、俺なんかしたっけ?)
心当たりは全くない。身長もガタイも大谷の方が圧倒的に勝っているというのに、なんだか居心地が悪い。
「大谷君の方が三澄君より年上なのよね~、今いくつだったっけ?」
「えっと……今年で二十八になります」
「へっ? と、としう……え?」
初耳であっけにとられている様子の光を見て、師長はのんきに『あら? 言ってなかったかしら?』などと言っている。
「き、聞いてません」
「まあ~、でも見た目で分かるでしょう?」
ちょっと老け顔の年下だと思っていた、なんて本人を前にして言えるわけがない。
「大谷君、前の病棟のプリセプターも年下だったんでしょう? 大丈夫よね?」
「それはもちろんです。あの、三澄さんがお嫌でなければ……」
「じゃあ問題ないわね! うふふ、若い男の子どうし仲良くやってね。今日は初日だから大谷君はオリエンテーションだけど、明日から三澄君に付けるからよろしくね」
「……はい」
光は、大谷のことを高校卒業後に看護専門学校か看護大を出たばかりの、いわゆる新卒で新人の看護師だとばかり思っていた。四月の新人紹介のときも、大谷を見て今年の新人は老けてるなぁと思っただけで、それ以降はさして興味もなかったため思考停止していた。(光は職員全体朝礼のとき、だいたいいつも思考停止している)
年上だと分かった途端、光の目に大谷は年相応の人間にうつった。なるほど、よく見たらどう見ても年上だ。何故年下と思っていたのか、人間を見る目がない――と、光は少し恥ずかしくなった。
(年上に教えるとか、思っていたよりハードルが高そうだな……でも前の病棟のプリセプターが三年目なら、そっちは俺より年下なのか……うーん)
光はいまいちど大谷の方をちらりと盗み見て、その全体像を観察した。身長は180以上はありそうだ。清潔感のある爽やかな黒髪短髪で、顔のつくりも悪くない。そしてやたらと筋肉質だった。わりと厚めの素材で作られている看護師のユニホームを着ていても、そのガタイの良さが外からも分かるほどだ。
(筋トレが趣味なのかな……すっごい女にモテそう……いや、男にもモテそう……?)
光もいちおう独自で筋トレをしているが、なかなか筋肉がつかないので大谷の引き締まった硬そうな身体は素直に羨ましかった。
「ねえねえ大谷君、前職はなんだったの? 普通の会社員?」
三十代主婦で本日の看護リーダーの金井が、興味津々な態度で大谷に質問をした。
「えっと、自衛隊員でした」
「え!? 元自衛隊の人!?」
「すっご~い! だからそんなにムキムキなんだー、腕とか凄い太いし!」
大谷の予想外の返答に女性陣がわっと色めきだった。そばで聞いていた介護士の男性陣も『ほー、すげ~』と洩らし、大谷に注目する。
「いや、全然凄くなんかないですよ。見た目はこんなでも、訓練の厳しさに耐えきれなくて辞めたクチなんで……なのにここでも似たようなことになって、本当に情けないです」
形のいい眉毛を八の字にし、今にも泣きだしそうな大谷に対して先輩ナース達が『人には向き不向きがあるんだから気にすることないわ』『そうよそうよ』と口ぐちに慰めている。光はその様子をぼんやりと眺めながら、
(自衛隊からわざわざ看護師になる人なんているんだ? ……めずらし~)
と思っていた。ちなみに、大谷のように他で働いたあと看護師の免許を取って就職する者は毎年一定多数いるので、特に珍しくはない。光がその可能性を考えなかったのは、光自身が高校・専門学校卒業後にストレートで看護師になったからだ。
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