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選ばれしもの
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ドラグーン王国は、竜とともに歩む戦の民である。
空を翔ける巨大な竜を操り、敵を駆逐し、災禍を退ける。
竜騎士こそ、この国の誇りであり、最強の戦力であった。
その竜騎士団を率いるのは、侯爵家の令嬢にして、ただ一人の女性団長――ラグナス・ウェーネガー。
強く、美しく、冷徹さを秘めたその眼差しは、多くの部下を震え上がらせると同時に、無条件の敬意を抱かせた。
そして、その右腕たる副官は、名門ニコライゼ家の若き貴公子、ケビン。
豪放磊落な性格で、人好きのする微笑を浮かべる男だが、その剣腕と空中戦の操竜技術は団内随一。
女にも男にもモテる厄介な性質の持ち主である。
そんな竜騎士団に、今年も新たな若者たちがやって来た。
•
「……なあ、あいつ、本当に入隊できたのかよ?」
訓練場の片隅で、伯爵家のフォン・マービングが眉をひそめた。
視線の先には、泥だらけの見習いがひとり、竜舎の掃除に励んでいる。
「噂じゃ、騎士試験はほとんど最下位。どうせコネか竜の気まぐれだろう」
隣で吐き捨てるのは、男爵家のアーネスト・ランクル。
育ちの違う者を前にしたときの、あの鼻につく物言いが如実に表れていた。
その名はヴィル。年は十六。
名もなき農村の生まれ。読み書きもままならず、礼儀作法も知らぬが、なぜか……竜たちに異様なほど懐かれていた。
最初は訓練竜のベック。次に猛竜ハーゲル。そして今では、団長ラグナスの竜・アルゲイルさえ、彼の手から餌をもらう始末だった。
「おや、また怪我?」
背後から聞こえた声に、ヴィルはハッとして振り返る。
そこに立っていたのは、微笑みをたたえたユーフェミア・リコラス。
侯爵家の麗しの令嬢にして、看護師見習いのマドンナ。
白いドレスに身を包み、細やかな手で包帯を持つその姿は、竜よりも神聖な存在のようだった。
「あ、あの……すみません。また……転んで」
「もう、手当てする方の身にもなってくださいね。今日だけで三回目です」
彼女の声は呆れたようでいて、どこか柔らかい。
それを見ていたフォンとアーネストの顔が強張る。
「なんで……なんであいつばっかり、あんな目で見られるんだよ……」
「……おかしいだろ、どう考えても……」
羨望、嫉妬、そして憎しみ。
その感情が静かに、二人の胸に巣を作っていく。
•
その夜。
ラグナス団長の元に、ある報告が届く。
「団長、今日の巡回飛行中、演習竜が暴走しかけました。制御不能になり……ですが、あの見習いのヴィルが近づいただけで、竜は静まりました」
「……またか」
ラグナスは机に肘をつき、深く考え込んだ。
「竜の言葉がわかる」とでも言いたげなその少年。
規律を知らず、礼儀もなっていないが、竜の心には……届くらしい。
副官ケビンが、肩をすくめて言う。
「竜ってのは人間よりもよっぽど正直だ。強き者に従う、ってわけでもない。相性というか、本能というか……あいつは、選ばれてるんだろうよ」
「選ばれてる……?」
「ラグナス。お前も気づいてるんだろ? あの少年は、竜の《声》を聞いている。もしかすると、伝承にある“竜語の民”の末裔かもな」
ラグナスの目がわずかに見開かれる。
それは――百年前に絶えたとされる、竜と心を通わせる術を持つ一族。
今となっては伝説でしかない存在。
「だが……もしそれが事実なら、彼は――」
•
翌朝、訓練場にて。
「ヴィル・ロートフェン、前へ!」
団長ラグナスの号令に、場がざわめいた。
「な、なんであんなやつが……?」
「まさか、除隊処分か?」
誰もがそう思った。
だが。
「貴様を、正式に《竜騎士見習い》として登録する」
「……え?」
呆然とするヴィルを前に、ラグナスは冷然と続ける。
「本来ならばあり得ぬ措置だ。だが、竜は貴様を選んだ。ならば、我々も従わねばならぬ」
副官ケビンが茶化すように笑った。
「良かったな、小僧。お前、今日から俺たちの弟分だ」
その瞬間、ヴィルの背後の竜舎から、ひときわ高く竜の咆哮が響いた。
まるで、その決定を祝福するかのように。
•
――こうして、名もなき田舎の少年は、《竜に選ばれし者》として、運命の扉を開けることになる。
彼の真の力が、やがて王国の未来を左右するとは、この時、誰も知る由もなかった。
空を翔ける巨大な竜を操り、敵を駆逐し、災禍を退ける。
竜騎士こそ、この国の誇りであり、最強の戦力であった。
その竜騎士団を率いるのは、侯爵家の令嬢にして、ただ一人の女性団長――ラグナス・ウェーネガー。
強く、美しく、冷徹さを秘めたその眼差しは、多くの部下を震え上がらせると同時に、無条件の敬意を抱かせた。
そして、その右腕たる副官は、名門ニコライゼ家の若き貴公子、ケビン。
豪放磊落な性格で、人好きのする微笑を浮かべる男だが、その剣腕と空中戦の操竜技術は団内随一。
女にも男にもモテる厄介な性質の持ち主である。
そんな竜騎士団に、今年も新たな若者たちがやって来た。
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「……なあ、あいつ、本当に入隊できたのかよ?」
訓練場の片隅で、伯爵家のフォン・マービングが眉をひそめた。
視線の先には、泥だらけの見習いがひとり、竜舎の掃除に励んでいる。
「噂じゃ、騎士試験はほとんど最下位。どうせコネか竜の気まぐれだろう」
隣で吐き捨てるのは、男爵家のアーネスト・ランクル。
育ちの違う者を前にしたときの、あの鼻につく物言いが如実に表れていた。
その名はヴィル。年は十六。
名もなき農村の生まれ。読み書きもままならず、礼儀作法も知らぬが、なぜか……竜たちに異様なほど懐かれていた。
最初は訓練竜のベック。次に猛竜ハーゲル。そして今では、団長ラグナスの竜・アルゲイルさえ、彼の手から餌をもらう始末だった。
「おや、また怪我?」
背後から聞こえた声に、ヴィルはハッとして振り返る。
そこに立っていたのは、微笑みをたたえたユーフェミア・リコラス。
侯爵家の麗しの令嬢にして、看護師見習いのマドンナ。
白いドレスに身を包み、細やかな手で包帯を持つその姿は、竜よりも神聖な存在のようだった。
「あ、あの……すみません。また……転んで」
「もう、手当てする方の身にもなってくださいね。今日だけで三回目です」
彼女の声は呆れたようでいて、どこか柔らかい。
それを見ていたフォンとアーネストの顔が強張る。
「なんで……なんであいつばっかり、あんな目で見られるんだよ……」
「……おかしいだろ、どう考えても……」
羨望、嫉妬、そして憎しみ。
その感情が静かに、二人の胸に巣を作っていく。
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その夜。
ラグナス団長の元に、ある報告が届く。
「団長、今日の巡回飛行中、演習竜が暴走しかけました。制御不能になり……ですが、あの見習いのヴィルが近づいただけで、竜は静まりました」
「……またか」
ラグナスは机に肘をつき、深く考え込んだ。
「竜の言葉がわかる」とでも言いたげなその少年。
規律を知らず、礼儀もなっていないが、竜の心には……届くらしい。
副官ケビンが、肩をすくめて言う。
「竜ってのは人間よりもよっぽど正直だ。強き者に従う、ってわけでもない。相性というか、本能というか……あいつは、選ばれてるんだろうよ」
「選ばれてる……?」
「ラグナス。お前も気づいてるんだろ? あの少年は、竜の《声》を聞いている。もしかすると、伝承にある“竜語の民”の末裔かもな」
ラグナスの目がわずかに見開かれる。
それは――百年前に絶えたとされる、竜と心を通わせる術を持つ一族。
今となっては伝説でしかない存在。
「だが……もしそれが事実なら、彼は――」
•
翌朝、訓練場にて。
「ヴィル・ロートフェン、前へ!」
団長ラグナスの号令に、場がざわめいた。
「な、なんであんなやつが……?」
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誰もがそう思った。
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「……え?」
呆然とするヴィルを前に、ラグナスは冷然と続ける。
「本来ならばあり得ぬ措置だ。だが、竜は貴様を選んだ。ならば、我々も従わねばならぬ」
副官ケビンが茶化すように笑った。
「良かったな、小僧。お前、今日から俺たちの弟分だ」
その瞬間、ヴィルの背後の竜舎から、ひときわ高く竜の咆哮が響いた。
まるで、その決定を祝福するかのように。
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――こうして、名もなき田舎の少年は、《竜に選ばれし者》として、運命の扉を開けることになる。
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