竜に選ばれしもの(完結)

もちもち

文字の大きさ
1 / 1

選ばれしもの

しおりを挟む
ドラグーン王国は、竜とともに歩む戦の民である。
空を翔ける巨大な竜を操り、敵を駆逐し、災禍を退ける。
竜騎士こそ、この国の誇りであり、最強の戦力であった。

その竜騎士団を率いるのは、侯爵家の令嬢にして、ただ一人の女性団長――ラグナス・ウェーネガー。
強く、美しく、冷徹さを秘めたその眼差しは、多くの部下を震え上がらせると同時に、無条件の敬意を抱かせた。

そして、その右腕たる副官は、名門ニコライゼ家の若き貴公子、ケビン。
豪放磊落な性格で、人好きのする微笑を浮かべる男だが、その剣腕と空中戦の操竜技術は団内随一。
女にも男にもモテる厄介な性質の持ち主である。

そんな竜騎士団に、今年も新たな若者たちがやって来た。


「……なあ、あいつ、本当に入隊できたのかよ?」

訓練場の片隅で、伯爵家のフォン・マービングが眉をひそめた。
視線の先には、泥だらけの見習いがひとり、竜舎の掃除に励んでいる。

「噂じゃ、騎士試験はほとんど最下位。どうせコネか竜の気まぐれだろう」

隣で吐き捨てるのは、男爵家のアーネスト・ランクル。
育ちの違う者を前にしたときの、あの鼻につく物言いが如実に表れていた。

その名はヴィル。年は十六。
名もなき農村の生まれ。読み書きもままならず、礼儀作法も知らぬが、なぜか……竜たちに異様なほど懐かれていた。

最初は訓練竜のベック。次に猛竜ハーゲル。そして今では、団長ラグナスの竜・アルゲイルさえ、彼の手から餌をもらう始末だった。

「おや、また怪我?」

背後から聞こえた声に、ヴィルはハッとして振り返る。
そこに立っていたのは、微笑みをたたえたユーフェミア・リコラス。
侯爵家の麗しの令嬢にして、看護師見習いのマドンナ。
白いドレスに身を包み、細やかな手で包帯を持つその姿は、竜よりも神聖な存在のようだった。

「あ、あの……すみません。また……転んで」

「もう、手当てする方の身にもなってくださいね。今日だけで三回目です」

彼女の声は呆れたようでいて、どこか柔らかい。
それを見ていたフォンとアーネストの顔が強張る。

「なんで……なんであいつばっかり、あんな目で見られるんだよ……」

「……おかしいだろ、どう考えても……」

羨望、嫉妬、そして憎しみ。
その感情が静かに、二人の胸に巣を作っていく。


その夜。
ラグナス団長の元に、ある報告が届く。

「団長、今日の巡回飛行中、演習竜が暴走しかけました。制御不能になり……ですが、あの見習いのヴィルが近づいただけで、竜は静まりました」

「……またか」

ラグナスは机に肘をつき、深く考え込んだ。
「竜の言葉がわかる」とでも言いたげなその少年。
規律を知らず、礼儀もなっていないが、竜の心には……届くらしい。

副官ケビンが、肩をすくめて言う。

「竜ってのは人間よりもよっぽど正直だ。強き者に従う、ってわけでもない。相性というか、本能というか……あいつは、選ばれてるんだろうよ」

「選ばれてる……?」

「ラグナス。お前も気づいてるんだろ? あの少年は、竜の《声》を聞いている。もしかすると、伝承にある“竜語の民”の末裔かもな」

ラグナスの目がわずかに見開かれる。
それは――百年前に絶えたとされる、竜と心を通わせる術を持つ一族。

今となっては伝説でしかない存在。

「だが……もしそれが事実なら、彼は――」


翌朝、訓練場にて。

「ヴィル・ロートフェン、前へ!」

団長ラグナスの号令に、場がざわめいた。

「な、なんであんなやつが……?」

「まさか、除隊処分か?」

誰もがそう思った。

だが。

「貴様を、正式に《竜騎士見習い》として登録する」

「……え?」

呆然とするヴィルを前に、ラグナスは冷然と続ける。

「本来ならばあり得ぬ措置だ。だが、竜は貴様を選んだ。ならば、我々も従わねばならぬ」

副官ケビンが茶化すように笑った。

「良かったな、小僧。お前、今日から俺たちの弟分だ」

その瞬間、ヴィルの背後の竜舎から、ひときわ高く竜の咆哮が響いた。
まるで、その決定を祝福するかのように。


――こうして、名もなき田舎の少年は、《竜に選ばれし者》として、運命の扉を開けることになる。

彼の真の力が、やがて王国の未来を左右するとは、この時、誰も知る由もなかった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世を越えてみせましょう

あんど もあ
ファンタジー
私には前世で殺された記憶がある。異世界転生し、前世とはまるで違う貴族令嬢として生きて来たのだが、前世を彷彿とさせる状況を見た私は……。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...