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攻略対象・幼馴染編
【真珠】好奇心と『人魚の涙』
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わたしが貴志に対して超絶不服そうな顔をしていたところ──理香が咲也に声をかけた。
「咲ちゃん、貴志とあんたの関係が面白おかしく書かれてるわよ。ネット上で」
咲也は「へぇ」と楽しそうに写真を覗き込んでいる。
「まあ、いいんじゃないの? 噂されるうちが花ってやつだ。言いたいやつには言わせておけばいい。人の噂も七十五日──あっと言う間に皆忘れるさ」
咲也は仕方ないな、とでも言うかのように笑っている
子供の頃から人目に触れる、プライバシーのない生活をしてきたのだろうか。
彼はこの手のゴシップには慣れっこのようで、返って楽しんでいるような印象だ。
「俺は、多大なる迷惑を被っているんだがな。まったく」
貴志は溜め息をついて、ウェブ上の画像に見入る咲也へ文句を垂れる。
新たな画像を見つけた咲也が興味津々で口を開いた。
「でも、貴志、なんだこれは? 柊紅子に俺にと、相手に事欠かないヤツだな。まあ、恨むならその自分の見てくれを恨むんだな」
まあ、たしかにそうだ。
咲也も加山も相当な美男子だが、貴志の容姿はそれを軽く飛び抜けているのだ。
造形だけではなく、内側から滲み出る華やかさと気品ある色気が、更に超越した美しさを創り上げているのだろう。
ゲームの中の彼は、これほどまでに人目を惹いていただろうか──いや、ここまでではなかったような気がする。
貴志の中の何が、彼をこれほどまで魅力的な存在へと変えているのだろう。
わたしは物思いに耽りながら、笑う咲也と不機嫌な貴志を交互に眺めた。
対照的な反応だな、と思って見ていたところ、何かを調べていた加山が、わたしと晴夏に視線を留めたまま口を挟んだ。
「いま調べていたんだけど、動画も画像も削除依頼できるみたいだね。子供たちも載っているし、そういう対応も検討──」
「やめたほうがいい」
「やめたほうがいいよ」
加山の言葉を遮って、わたしと咲也が同時に反応する。
咲也が意外そうな表情で、わたしの顔を見た。
お前はどうしてそう思う?──彼から、そう、問われた気がした。
「──消せば、更に増える。人間の好奇心って、そういう物だから。今は流れに任せて放置するのが一番いい選択だと思う。だから……このままでいい」
咲也が「へぇ」と感心したような声を洩らし、こちらの様子を静かにうかがっている。
わたしは加山に笑顔を向けた。
「でも、加山ン、心配してくれてありがとう。わたしたちのことまで考えてくれて、嬉しかった」
加山も少し考えてから、納得してくれた。
「たしかに……そう、かもしれないね」
人の好奇心とは、恐ろしいものだ。
善方位に向かう好奇心や探究心は、新たな発明や世紀の大発見につながることもあるけれど、ゴシップ系の下世話な好奇心は隠せば隠すほど面白おかしく脚色されて暴かれていく。
それが世の常だ。
『昔』のわたしはそれを身を持って経験している。
正直隠すような話ではなかったけれど、人の口に戸はたてられない。
だから、他の人にどう思われようと、自分と、自分が大切に思う人たちが本当のことを知っていてくれるだけで良い──そう思うようになった。
わたしと加山の遣り取りを黙って聞いていた咲也が、二人の会話が終わるのを見計らい、わたしの耳元に口を寄せる。
咲也が少し焦れたような声音で、わたしに耳打ちする。
「お前は──お前が飼っているのはセイレーンなのか? やっぱり……お前は、子供ではない……のか?」
──と。
まあ、子供が口にするような内容じゃなかったなと思ったわたしは「怪物確定か」と思ってクスッと笑った。
「わたしは私だよ。セイレーンなんて、そんな怪物じゃないけどね」
咲也は不思議そうな顔をしてわたしを見た。
わたしの返答が理解できないという表情だ。
「怪物? セイレーンの魔女は、美しい──『人魚』だろう」
わたしは訳が分からず、キョトンと咲也を見つめた。
あれ?
わたしは半人半鳥の怪物と言われたのだと思って衝撃を受けたのだけれど、咲也は『人魚』だと思っていたのか。
意外だった。
じゃあ、わたしに対して、悪い感情があって怪物呼びをしていた訳ではない──ということでいいのだろうか。
いや、でも、貴志にうっかり懸想してしまった──という可能性はまだ残っている。
「人魚……? なんで人魚なの?」
不思議に思って、わたしは訊ねる。
どこからそんな『人魚』なんてものが出てきたのだろう。
咲也は逡巡したあと、軽い溜め息をついて言葉を紡ぐ。
「お前の名前にぴったりだろう?」
わたしは訳が分からずコテリと首を傾げる。
「名前? どういうこと?」
そのわたしの様子を見た咲也は、何故か少し得意気になる。
「『真珠』は『人魚の涙』と昔から言われているじゃないか」
おお!
これは思ったよりロマンチックだったぞ!
わたしは目をキラキラ輝かせて、咲也の話を聞く態勢を整える。
「咲也よ、そこをもっと詳しく!」
わたしの全メルヘン脳が活性化中だ。
人魚か。
本当ならアンデルセンの『人魚姫』の方が嬉しいが、妖鳥よりはマーメイド系セイレーンの方がまだ綺麗だ。多分。
「なんだよ。調子が狂うな。やっぱりお前はお子様か! 大人なのか子供なのか、一体どっちなんだ?!」
わたしと咲也がコソコソと話をしていたところ、その様子を見ていた理香につかまった。
「咲ちゃん、いやらしいわね。なに影で真珠を口説いてるのよ。貴志に言いつけるわよ!」
聞き捨てならない科白だったが、ここは咲也に反論してもらおうと彼を見る。
「はぁ!? 口説く? なに言ってんだよ。『人魚』の話をしていただけだろう? 口説くも何も、こいつはただのお子様だ!」
わたしもコクコクと頷く。
そうだ、わたしはただの無害なお子様だ。
理香は何故か含み笑いだ。
「そうね、咲ちゃん。さっきまで、子供に見えないって大騒ぎしてたくせに。ま、良かったわね~。セイレーンに『魂』を取られずに、済・ん・で♡」
そう言うと、理香は「ね? 真珠?」とわたしの肩を叩く。
理香が何を言いたいのかさっぱり分からないが、ここはわたしが頷くべき場所なのだろうなと察し、「うむ」と首肯する。
咲也はその手で、慌てたように理香の口を塞ぎにかかる。
じゃれ合っている二人を横目に、わたしは疑問を口にする。
「わたしね、咲也はてっきり貴志に魂を奪われたんだと思っていたんだけど──違うってこと? 個人の性的嗜好に興味はないんだけど、今後の為に聞いておきたいの」
わたしの科白に、咲也がアングリと口を開け、爆発したように反論する。
「なに言ってんだ!? 俺に男色の気は無い!」
理香はお腹を抱えて笑いだした。
加山も、クスクスと笑っている。
貴志は何故か溜め息だ。
晴夏は意味がわからなくて戸惑っている。
そうか、違うのか。
何故か、ちょっとだけホッとしている自分に気づく。
眉間に寄っていた皺も解消された。
「咲ちゃん、お楽しみのところ悪いけど、そろそろ真珠を返してもらうわよ」
咲也は「なにが『お楽しみ』だよっ」と悪態をつき、その言葉を耳にした理香は「ふふん」と鼻で笑う。
ああ、きっと彼も理香におちょくられる人生を送っているのだな──貴志のように。
「さぁ! それじゃ、真珠、晴夏、練習に戻りましょう!
良ちゃん、また後でね。
貴志、あんたは頑張りなさいよ!
咲ちゃん、魂──絶対に死守! 返事は?」
咲也は辟易した声で「へいへい」と彼女に返す。
理香は、三人の男たち各々に言いたいことを伝えると、わたしと晴夏に「行くわよ!」と言って踵を返した。
わたしは晴夏の手を繋いで、理香の後を追う。
さあ、リハーサルだ。
心して取り掛からねば!
「咲ちゃん、貴志とあんたの関係が面白おかしく書かれてるわよ。ネット上で」
咲也は「へぇ」と楽しそうに写真を覗き込んでいる。
「まあ、いいんじゃないの? 噂されるうちが花ってやつだ。言いたいやつには言わせておけばいい。人の噂も七十五日──あっと言う間に皆忘れるさ」
咲也は仕方ないな、とでも言うかのように笑っている
子供の頃から人目に触れる、プライバシーのない生活をしてきたのだろうか。
彼はこの手のゴシップには慣れっこのようで、返って楽しんでいるような印象だ。
「俺は、多大なる迷惑を被っているんだがな。まったく」
貴志は溜め息をついて、ウェブ上の画像に見入る咲也へ文句を垂れる。
新たな画像を見つけた咲也が興味津々で口を開いた。
「でも、貴志、なんだこれは? 柊紅子に俺にと、相手に事欠かないヤツだな。まあ、恨むならその自分の見てくれを恨むんだな」
まあ、たしかにそうだ。
咲也も加山も相当な美男子だが、貴志の容姿はそれを軽く飛び抜けているのだ。
造形だけではなく、内側から滲み出る華やかさと気品ある色気が、更に超越した美しさを創り上げているのだろう。
ゲームの中の彼は、これほどまでに人目を惹いていただろうか──いや、ここまでではなかったような気がする。
貴志の中の何が、彼をこれほどまで魅力的な存在へと変えているのだろう。
わたしは物思いに耽りながら、笑う咲也と不機嫌な貴志を交互に眺めた。
対照的な反応だな、と思って見ていたところ、何かを調べていた加山が、わたしと晴夏に視線を留めたまま口を挟んだ。
「いま調べていたんだけど、動画も画像も削除依頼できるみたいだね。子供たちも載っているし、そういう対応も検討──」
「やめたほうがいい」
「やめたほうがいいよ」
加山の言葉を遮って、わたしと咲也が同時に反応する。
咲也が意外そうな表情で、わたしの顔を見た。
お前はどうしてそう思う?──彼から、そう、問われた気がした。
「──消せば、更に増える。人間の好奇心って、そういう物だから。今は流れに任せて放置するのが一番いい選択だと思う。だから……このままでいい」
咲也が「へぇ」と感心したような声を洩らし、こちらの様子を静かにうかがっている。
わたしは加山に笑顔を向けた。
「でも、加山ン、心配してくれてありがとう。わたしたちのことまで考えてくれて、嬉しかった」
加山も少し考えてから、納得してくれた。
「たしかに……そう、かもしれないね」
人の好奇心とは、恐ろしいものだ。
善方位に向かう好奇心や探究心は、新たな発明や世紀の大発見につながることもあるけれど、ゴシップ系の下世話な好奇心は隠せば隠すほど面白おかしく脚色されて暴かれていく。
それが世の常だ。
『昔』のわたしはそれを身を持って経験している。
正直隠すような話ではなかったけれど、人の口に戸はたてられない。
だから、他の人にどう思われようと、自分と、自分が大切に思う人たちが本当のことを知っていてくれるだけで良い──そう思うようになった。
わたしと加山の遣り取りを黙って聞いていた咲也が、二人の会話が終わるのを見計らい、わたしの耳元に口を寄せる。
咲也が少し焦れたような声音で、わたしに耳打ちする。
「お前は──お前が飼っているのはセイレーンなのか? やっぱり……お前は、子供ではない……のか?」
──と。
まあ、子供が口にするような内容じゃなかったなと思ったわたしは「怪物確定か」と思ってクスッと笑った。
「わたしは私だよ。セイレーンなんて、そんな怪物じゃないけどね」
咲也は不思議そうな顔をしてわたしを見た。
わたしの返答が理解できないという表情だ。
「怪物? セイレーンの魔女は、美しい──『人魚』だろう」
わたしは訳が分からず、キョトンと咲也を見つめた。
あれ?
わたしは半人半鳥の怪物と言われたのだと思って衝撃を受けたのだけれど、咲也は『人魚』だと思っていたのか。
意外だった。
じゃあ、わたしに対して、悪い感情があって怪物呼びをしていた訳ではない──ということでいいのだろうか。
いや、でも、貴志にうっかり懸想してしまった──という可能性はまだ残っている。
「人魚……? なんで人魚なの?」
不思議に思って、わたしは訊ねる。
どこからそんな『人魚』なんてものが出てきたのだろう。
咲也は逡巡したあと、軽い溜め息をついて言葉を紡ぐ。
「お前の名前にぴったりだろう?」
わたしは訳が分からずコテリと首を傾げる。
「名前? どういうこと?」
そのわたしの様子を見た咲也は、何故か少し得意気になる。
「『真珠』は『人魚の涙』と昔から言われているじゃないか」
おお!
これは思ったよりロマンチックだったぞ!
わたしは目をキラキラ輝かせて、咲也の話を聞く態勢を整える。
「咲也よ、そこをもっと詳しく!」
わたしの全メルヘン脳が活性化中だ。
人魚か。
本当ならアンデルセンの『人魚姫』の方が嬉しいが、妖鳥よりはマーメイド系セイレーンの方がまだ綺麗だ。多分。
「なんだよ。調子が狂うな。やっぱりお前はお子様か! 大人なのか子供なのか、一体どっちなんだ?!」
わたしと咲也がコソコソと話をしていたところ、その様子を見ていた理香につかまった。
「咲ちゃん、いやらしいわね。なに影で真珠を口説いてるのよ。貴志に言いつけるわよ!」
聞き捨てならない科白だったが、ここは咲也に反論してもらおうと彼を見る。
「はぁ!? 口説く? なに言ってんだよ。『人魚』の話をしていただけだろう? 口説くも何も、こいつはただのお子様だ!」
わたしもコクコクと頷く。
そうだ、わたしはただの無害なお子様だ。
理香は何故か含み笑いだ。
「そうね、咲ちゃん。さっきまで、子供に見えないって大騒ぎしてたくせに。ま、良かったわね~。セイレーンに『魂』を取られずに、済・ん・で♡」
そう言うと、理香は「ね? 真珠?」とわたしの肩を叩く。
理香が何を言いたいのかさっぱり分からないが、ここはわたしが頷くべき場所なのだろうなと察し、「うむ」と首肯する。
咲也はその手で、慌てたように理香の口を塞ぎにかかる。
じゃれ合っている二人を横目に、わたしは疑問を口にする。
「わたしね、咲也はてっきり貴志に魂を奪われたんだと思っていたんだけど──違うってこと? 個人の性的嗜好に興味はないんだけど、今後の為に聞いておきたいの」
わたしの科白に、咲也がアングリと口を開け、爆発したように反論する。
「なに言ってんだ!? 俺に男色の気は無い!」
理香はお腹を抱えて笑いだした。
加山も、クスクスと笑っている。
貴志は何故か溜め息だ。
晴夏は意味がわからなくて戸惑っている。
そうか、違うのか。
何故か、ちょっとだけホッとしている自分に気づく。
眉間に寄っていた皺も解消された。
「咲ちゃん、お楽しみのところ悪いけど、そろそろ真珠を返してもらうわよ」
咲也は「なにが『お楽しみ』だよっ」と悪態をつき、その言葉を耳にした理香は「ふふん」と鼻で笑う。
ああ、きっと彼も理香におちょくられる人生を送っているのだな──貴志のように。
「さぁ! それじゃ、真珠、晴夏、練習に戻りましょう!
良ちゃん、また後でね。
貴志、あんたは頑張りなさいよ!
咲ちゃん、魂──絶対に死守! 返事は?」
咲也は辟易した声で「へいへい」と彼女に返す。
理香は、三人の男たち各々に言いたいことを伝えると、わたしと晴夏に「行くわよ!」と言って踵を返した。
わたしは晴夏の手を繋いで、理香の後を追う。
さあ、リハーサルだ。
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