14 / 25
3.バルト海を並び行く幽霊たち
3-10.お嬢の船
しおりを挟む
3-10.お嬢の船
「クソッ、クソ、クソ!」
そう叫ぶと、私は、テーブルを何度もたたいていた。
情けない。あまりにも情けない。
今の私は、自分自身に腹が立つという状況に陥っていた。
今日、何があったかを整理しよう。
ゴットランド島で怪しい中型船:キャラベルを三隻発見した。
帆がボロけているのが霧の中から、薄っすらと見えており、この船が幽霊船だと直感した!
「よし、後を付けるぞ。停まったところで襲撃だ。証拠をつかむ」と、言うとキャラベルの灯りを目印に、こちらは灯りを消して尾行した。
幽霊船なら、証拠をつかむ。無関係の商船や海賊なら略奪すれば良し。
しばらくすると、霧が、さらに濃くなり進行が難しくなってきた。
「よし、停船した。乗り込む」と言うと、女海賊団は乗り込んだ。
乗り込まれた船員は驚いているようだが、芝居臭い感じがする。
「キーナ・コスペル海賊団だ! 全員、甲板に並べ!」
そして、その間に部下たちが、船内に入り込んだ。
「怪しい物があったら持ってきてくれ」
「「「了解」」」
しばらくして、部下たちが戻ってきた。
「お頭、まったく積荷がありません」
「他の船も同じだと言っています」
「なに?」
私は、一人の船員を捕まえて、「おい、説明しろ!」と胸ぐらをつかんだ。
「ああ、俺たちは、積荷を売りさばいて帰るところだ。売上は船荷証券で済ませている」
「なんだと!」
船荷証券!
それは、古代ローマ人が発明した交易のやり方だ。
信用できる相手との交易には、いちいち、商品と銀や貨幣と交換などしない。そんなことをしていたら、私の様な海賊に狙われてしまうし、面倒だ。
そこで、輸入業者は発注と共に船荷証券を発行し、輸出業者は船積みが終わると船荷証券を受け取ることが出来き、この時点で、すぐに銀行で還元が出来る制度が船荷証券なのだ。
つまり、輸出業者は船荷を送ってから、貨幣を受け取って、輸出業者のもとに帰って来るまで売上金が手に入らないなんてことになると、航行中に海賊に狙われるし、無事でも遅い収益で倒産するリスクを回避するというものだ。
ただ、商品が着く前に売り上げることが出来るので、信用のある者通しでしか行われない。
これは、13世紀のイタリアの商人で流行った取引となる。
そして、この船には積荷も船荷証券も乗っていないと言っている。
幽霊船の手がかりもなく、金目のものもなく……
その時、「お嬢ッ、海賊こわい」と、歳のころなら、五歳ぐらいの女の子が大きな声で言ったのが聞えた。
「ペティー、お静かにね」と、身なりの良い若い女が言った。
――なんだ、貴族か? 大商人か?
五歳ぐらいの幼女が二十過ぎの女に、「お嬢ッ」と呼ぶのは不思議に思えたので、訳を知りたくなった。
「おい、女。その子は?」と、私が言うと、“お嬢”の後ろにいた従者らしき女のひとりが、彼女をかばうように、前に出てきた。
「アレクサンドラ、良いのよ」と、“お嬢”が言った。
「お嬢様……」
――やはり、貴族か大商人の娘か?
「この子は、うちの飼い犬ですわ」
「おおお、お嬢ぉ」と、仔犬が震えている。
うちのクライネスと同じかと思うと、少し苦笑してしまった。
「海賊ッ、何がおかしいぃ」と、果敢にも飼い犬が吠えているわ。いとおかし。
「ペティーッ、おやめなさい」
非常に興味深い二人なのだけれども、長居は無用だ。
が、これだけは聞いておかなければならない。
「何故、ご令嬢が幽霊船などに乗っている?」
「幽霊船? 失礼ですわ」
「失礼も何も、このボロけた帆は……」と言い、帆を見ると、ボロけていないでは!
そう、この帆は、通常の帆の周りに、飾りをしているだけだ。
それが、霧の中では、帆がボロけた幽霊船に見えたのだ。
「バカンスを楽しんだ後、この船で領地に帰る途中でしたの。おわかり?」
「……」
「分かった、これで失礼しよう」
「海賊、帰れぇ」
「これ、ペティー」
「最後に、御領地はどちらで?」
「答える必要があって?」
「いいや」
「フランスですわ」
「ありがとう。では」
「なぁにが、『では』だ。海賊!」
「ペティーッ!」と、その時、“お嬢”はきつく、飼い犬を叱った。
そして、恥ずかしいことに、このキャラベルと共にケーニヒスベルクまで行くことになったのは、一生の不覚。
「なんか、嫌味ったらしいですねぇ」
「嫌味だろう」
と、イリーゼとエルメンヒルデが愚痴っている。
そして、ケーニヒスベルクに着くと、漁村組合の男が、「西のデンマーク近くに幽霊船が出たんだ」と駆けてきた。
「なに?」
「また、『ドイツ人、許すまじ』と言っていたって!」
――東に行っている間に西に幽霊船が出たと!
その時の私は、力なく膝間づこうとしていた。
そこに、“バッシ”とでもいう音が出ようかという勢いで、私の腕をつかんだのは、エマリーとイライザだった。
「ミーナ、お腹でも空いた?」
「『お頭が付いているから大丈夫』と、みんなが信じているでがす」
「すまない。頭も体力も使ったのでエネルギー切れだったのよ」と、見え透いた言い訳をした。
しかし、それで良いのだ。
言い訳でも、気持ちが前向きになれたのだから。
それを遠巻きに見ていた、例の“お嬢”は、
「ふぅん、何が『キーナ・コスペル海賊団』だよ。ヴィルヘルミーナ! お前らドイツ人には、これから苦しんでもらうよ。イタリア戦争の恨みをたっぷりとな」と。
「「「お嬢様」」」
「アレクサンドラ、ジョルジェット、ペティー。これは戦争なんだよ。戦争なんだよ」
「クソッ、クソ、クソ!」
そう叫ぶと、私は、テーブルを何度もたたいていた。
情けない。あまりにも情けない。
今の私は、自分自身に腹が立つという状況に陥っていた。
今日、何があったかを整理しよう。
ゴットランド島で怪しい中型船:キャラベルを三隻発見した。
帆がボロけているのが霧の中から、薄っすらと見えており、この船が幽霊船だと直感した!
「よし、後を付けるぞ。停まったところで襲撃だ。証拠をつかむ」と、言うとキャラベルの灯りを目印に、こちらは灯りを消して尾行した。
幽霊船なら、証拠をつかむ。無関係の商船や海賊なら略奪すれば良し。
しばらくすると、霧が、さらに濃くなり進行が難しくなってきた。
「よし、停船した。乗り込む」と言うと、女海賊団は乗り込んだ。
乗り込まれた船員は驚いているようだが、芝居臭い感じがする。
「キーナ・コスペル海賊団だ! 全員、甲板に並べ!」
そして、その間に部下たちが、船内に入り込んだ。
「怪しい物があったら持ってきてくれ」
「「「了解」」」
しばらくして、部下たちが戻ってきた。
「お頭、まったく積荷がありません」
「他の船も同じだと言っています」
「なに?」
私は、一人の船員を捕まえて、「おい、説明しろ!」と胸ぐらをつかんだ。
「ああ、俺たちは、積荷を売りさばいて帰るところだ。売上は船荷証券で済ませている」
「なんだと!」
船荷証券!
それは、古代ローマ人が発明した交易のやり方だ。
信用できる相手との交易には、いちいち、商品と銀や貨幣と交換などしない。そんなことをしていたら、私の様な海賊に狙われてしまうし、面倒だ。
そこで、輸入業者は発注と共に船荷証券を発行し、輸出業者は船積みが終わると船荷証券を受け取ることが出来き、この時点で、すぐに銀行で還元が出来る制度が船荷証券なのだ。
つまり、輸出業者は船荷を送ってから、貨幣を受け取って、輸出業者のもとに帰って来るまで売上金が手に入らないなんてことになると、航行中に海賊に狙われるし、無事でも遅い収益で倒産するリスクを回避するというものだ。
ただ、商品が着く前に売り上げることが出来るので、信用のある者通しでしか行われない。
これは、13世紀のイタリアの商人で流行った取引となる。
そして、この船には積荷も船荷証券も乗っていないと言っている。
幽霊船の手がかりもなく、金目のものもなく……
その時、「お嬢ッ、海賊こわい」と、歳のころなら、五歳ぐらいの女の子が大きな声で言ったのが聞えた。
「ペティー、お静かにね」と、身なりの良い若い女が言った。
――なんだ、貴族か? 大商人か?
五歳ぐらいの幼女が二十過ぎの女に、「お嬢ッ」と呼ぶのは不思議に思えたので、訳を知りたくなった。
「おい、女。その子は?」と、私が言うと、“お嬢”の後ろにいた従者らしき女のひとりが、彼女をかばうように、前に出てきた。
「アレクサンドラ、良いのよ」と、“お嬢”が言った。
「お嬢様……」
――やはり、貴族か大商人の娘か?
「この子は、うちの飼い犬ですわ」
「おおお、お嬢ぉ」と、仔犬が震えている。
うちのクライネスと同じかと思うと、少し苦笑してしまった。
「海賊ッ、何がおかしいぃ」と、果敢にも飼い犬が吠えているわ。いとおかし。
「ペティーッ、おやめなさい」
非常に興味深い二人なのだけれども、長居は無用だ。
が、これだけは聞いておかなければならない。
「何故、ご令嬢が幽霊船などに乗っている?」
「幽霊船? 失礼ですわ」
「失礼も何も、このボロけた帆は……」と言い、帆を見ると、ボロけていないでは!
そう、この帆は、通常の帆の周りに、飾りをしているだけだ。
それが、霧の中では、帆がボロけた幽霊船に見えたのだ。
「バカンスを楽しんだ後、この船で領地に帰る途中でしたの。おわかり?」
「……」
「分かった、これで失礼しよう」
「海賊、帰れぇ」
「これ、ペティー」
「最後に、御領地はどちらで?」
「答える必要があって?」
「いいや」
「フランスですわ」
「ありがとう。では」
「なぁにが、『では』だ。海賊!」
「ペティーッ!」と、その時、“お嬢”はきつく、飼い犬を叱った。
そして、恥ずかしいことに、このキャラベルと共にケーニヒスベルクまで行くことになったのは、一生の不覚。
「なんか、嫌味ったらしいですねぇ」
「嫌味だろう」
と、イリーゼとエルメンヒルデが愚痴っている。
そして、ケーニヒスベルクに着くと、漁村組合の男が、「西のデンマーク近くに幽霊船が出たんだ」と駆けてきた。
「なに?」
「また、『ドイツ人、許すまじ』と言っていたって!」
――東に行っている間に西に幽霊船が出たと!
その時の私は、力なく膝間づこうとしていた。
そこに、“バッシ”とでもいう音が出ようかという勢いで、私の腕をつかんだのは、エマリーとイライザだった。
「ミーナ、お腹でも空いた?」
「『お頭が付いているから大丈夫』と、みんなが信じているでがす」
「すまない。頭も体力も使ったのでエネルギー切れだったのよ」と、見え透いた言い訳をした。
しかし、それで良いのだ。
言い訳でも、気持ちが前向きになれたのだから。
それを遠巻きに見ていた、例の“お嬢”は、
「ふぅん、何が『キーナ・コスペル海賊団』だよ。ヴィルヘルミーナ! お前らドイツ人には、これから苦しんでもらうよ。イタリア戦争の恨みをたっぷりとな」と。
「「「お嬢様」」」
「アレクサンドラ、ジョルジェット、ペティー。これは戦争なんだよ。戦争なんだよ」
0
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる