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第9話 動き始めた時間と動けない心
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あの喧嘩……と呼べるかは分からないけれど、あれ以降、アシェルト様と私の関係は少しずつ変わってきたような気がする。少しだけ……ほんの少しだけ、アシェルト様の表情が以前よりも変わってきた。以前の仮面のような笑顔ではなく、ほんの少しだけれど感情の籠った表情。
優しい笑顔に困った顔、楽しそうな笑顔も見られるようになってきた。きっと私以外の人たちからしたら、以前と左程変わりはないのだろうけれど、毎日見ている私にはそれは大きな変化だった。少しずつでも私に心を開いてくれているような気がして嬉しかった。
それでもまだラシャ様本人について聞くことはまだ私には出来なかった。ラシャ様を想う優し気な顔を見ると複雑な気持ちになる。ラシャ様を想って悲し気な顔を見ると胸が苦しくなる。だから聞くことは出来なかった。
暴発した魔導具の研究については少しずつ教えてもらえるようになってきた。しかし、条件としてアシェルト様が今研究している障壁結界を完璧なものに仕上げ、そして習得すること。それはおそらく再び魔導具が暴発しないとも限らないから、というアシェルト様の不安からだった。それは理解出来た。だから私はアシェルト様と共に必死に障壁結界の研究をした。
その時間は今までなかったとても有意義な時間だった。今までずっとアシェルト様の研究を見ているだけだった。それを自分のなかに落とし込んで理解し、それを自分なりに解釈し、改良していく。それだけだった。弟子としてなにかを教えてくれる訳ではない。
それは最初から言われていたことだったし、私自身がそれを受け入れていたので、不満はなかったのだが、それでもやはりいつも拒絶を感じていて辛かった。しかし今はこうやって教えてもらうことが出来て、しかも共に話し合うことが出来る。
今まで私自身が改良していった内容をアシェルト様に報告していくと、驚いた顔をしていた。今まで自分にはなかった視点だと驚き、そして喜んでくれていた。そうやってアシェルト様と私の研究は、私という今までにない視点を取り込むことで少しずつ動き始めているようだった。
研究以外の生活でも、今までほとんど一緒に出掛けることはなかったが、最近では買い物に出掛けるときにたまに一緒に付いてきてくれるようにもなった。それが嬉しくて、幸せで、なんてことはない、ただの買い物だとしても、私はふわふわと嬉しい気分となった。
「なんだか色々飾り付けがあるね。なんだろう」
アシェルト様が街で買い物中に周りを見回し言った。街の広場や店が色とりどりの飾り付けで多く飾られてあり、賑やかな雰囲気となっていた。
「あぁ、もうすぐ建国記念日だからですよ」
建国記念日にはお祭りが開催される。街には多くの露店が並び、大道芸や演劇などが青空舞台で行われる。
広場にも魔導師団による魔法演舞のための舞台が設置されてあった。大きな舞台は私の腰よりも高い位置にあり、幼い頃に見た舞台はもっと高く見えたなぁ、と思い出す。
そしてあのときに見たアシェルト様の美しい魔法演舞。今でも鮮明に思い出す。初めて見た魔法。しかしあのときに見たアシェルト様の魔法よりも美しい魔法を、今のこの年になっても他に見たことがない。それほどアシェルト様の魔法は綺麗で美しかったのだ。
「君は幼いときに僕の魔法演舞を見て感動してくれたんだっけ? ごめんね?」
「え?」
アシェルト様は舞台を眺めながら、遠い目をしている。そして複雑そうな表情をしていた。
「どうして謝るんですか?」
アシェルト様はこちらに向くと、眉を下げた。
「だって、僕の魔法に憧れてくれて魔法師団に入ったのに、本人はこんなのでガッカリさせただろう?」
そう言ったアシェルト様は眉を下げながら申し訳なさそうな顔をした。
「そんなことありません。そりゃ、最初は魔法師団を辞めていて驚きましたし、いざ会いに行ってみると、話は聞いてもらえないまま門前払いだし、家にお邪魔すると生活能力皆無だし……」
最初の印象は確かにあまり良いものだったとは言えない。それを正直に口にするとアシェルト様は苦笑していた。
「でも……やっぱりアシェルト様の魔法は綺麗だった。大した魔法でなくても、アシェルト様の魔法はなんというか綺麗なんですよ。それは生まれ持った所作とかも関係あるのかもしれませんし、魔法そのものの扱い方なのかもしれませんし、なにがそうさせているのかは分からないけれど……アシェルト様の魔法が綺麗で美しいということだけははっきりと分かりましたから」
アシェルト様の目を真っ直ぐ見詰める。
「だから私はアシェルト様がいくら生活能力皆無だろうと……駄目人間だったとしても、ガッカリなんてしません」
強い瞳でそう訴えた。
笑顔の仮面を貼り付けていたことは事実だが、感情のない人でもない。あのとき私を迎えに来てくれた。それは私が傷付いたことをきっと理解してくれたのだと思うから。ラシャ様のこと以外どうでも良い訳ではない。今まではラシャ様のこと以外を考えることが出来なかっただけ。余裕がなかっただけ。ただ不器用な人なのだ、とそう思えるようになった。
生活能力が皆無だろうと、駄目人間だろうと、アシェルト様の凄さは変わらない。私にとって大事なことは『生活能力のあるアシェルト様』ではなく、『魔導師のアシェルト様』なのだ。駄目なところは私が支えれば良い。私がアシェルト様を支えたい。
アシェルト様は目を見開いて驚いた顔となり、そして、ふにゃりとはにかんだ。
「ありがとう」
か、可愛いわ! 初めてこんな可愛い顔を見ることが出来た! 嬉しい!
今なら誘ってみても大丈夫かしら……一緒に魔法演舞を見たい。魔導師団を思い出すだろうから無理だと思っていた……でも、今のアシェルト様ならもしかして……
「あの……、今度の建国記念日の魔法演舞、一緒に見に行きませんか?」
恐る恐る聞いてみる。アシェルト様は驚いた顔をしたが、舞台に目をやると懐かしそうな、それでいて少し寂しそうな顔となり、目を細め呟いた。
「良いよ」
ザザッと風が吹き、アシェルト様の綺麗な銀髪が大きく揺らいだ。
一緒に行ってもらえる、それは今までにないほどの嬉しさが込み上げた。
しかし……なんだか……やはりアシェルト様のその横顔は寂しそうで、なんだか消えてしまいそうな儚さが、以前感じたままなにも変わっていないのだ、と痛感した。
私に対して次第に心を開いて来てくれたにしても、やはりラシャ様のことが解決しない限りは、アシェルト様は前には進めない。いつまでも同じ場所で立ち止まったままなのね……。
私はそれ以上なにも言えなくなってしまった……。
優しい笑顔に困った顔、楽しそうな笑顔も見られるようになってきた。きっと私以外の人たちからしたら、以前と左程変わりはないのだろうけれど、毎日見ている私にはそれは大きな変化だった。少しずつでも私に心を開いてくれているような気がして嬉しかった。
それでもまだラシャ様本人について聞くことはまだ私には出来なかった。ラシャ様を想う優し気な顔を見ると複雑な気持ちになる。ラシャ様を想って悲し気な顔を見ると胸が苦しくなる。だから聞くことは出来なかった。
暴発した魔導具の研究については少しずつ教えてもらえるようになってきた。しかし、条件としてアシェルト様が今研究している障壁結界を完璧なものに仕上げ、そして習得すること。それはおそらく再び魔導具が暴発しないとも限らないから、というアシェルト様の不安からだった。それは理解出来た。だから私はアシェルト様と共に必死に障壁結界の研究をした。
その時間は今までなかったとても有意義な時間だった。今までずっとアシェルト様の研究を見ているだけだった。それを自分のなかに落とし込んで理解し、それを自分なりに解釈し、改良していく。それだけだった。弟子としてなにかを教えてくれる訳ではない。
それは最初から言われていたことだったし、私自身がそれを受け入れていたので、不満はなかったのだが、それでもやはりいつも拒絶を感じていて辛かった。しかし今はこうやって教えてもらうことが出来て、しかも共に話し合うことが出来る。
今まで私自身が改良していった内容をアシェルト様に報告していくと、驚いた顔をしていた。今まで自分にはなかった視点だと驚き、そして喜んでくれていた。そうやってアシェルト様と私の研究は、私という今までにない視点を取り込むことで少しずつ動き始めているようだった。
研究以外の生活でも、今までほとんど一緒に出掛けることはなかったが、最近では買い物に出掛けるときにたまに一緒に付いてきてくれるようにもなった。それが嬉しくて、幸せで、なんてことはない、ただの買い物だとしても、私はふわふわと嬉しい気分となった。
「なんだか色々飾り付けがあるね。なんだろう」
アシェルト様が街で買い物中に周りを見回し言った。街の広場や店が色とりどりの飾り付けで多く飾られてあり、賑やかな雰囲気となっていた。
「あぁ、もうすぐ建国記念日だからですよ」
建国記念日にはお祭りが開催される。街には多くの露店が並び、大道芸や演劇などが青空舞台で行われる。
広場にも魔導師団による魔法演舞のための舞台が設置されてあった。大きな舞台は私の腰よりも高い位置にあり、幼い頃に見た舞台はもっと高く見えたなぁ、と思い出す。
そしてあのときに見たアシェルト様の美しい魔法演舞。今でも鮮明に思い出す。初めて見た魔法。しかしあのときに見たアシェルト様の魔法よりも美しい魔法を、今のこの年になっても他に見たことがない。それほどアシェルト様の魔法は綺麗で美しかったのだ。
「君は幼いときに僕の魔法演舞を見て感動してくれたんだっけ? ごめんね?」
「え?」
アシェルト様は舞台を眺めながら、遠い目をしている。そして複雑そうな表情をしていた。
「どうして謝るんですか?」
アシェルト様はこちらに向くと、眉を下げた。
「だって、僕の魔法に憧れてくれて魔法師団に入ったのに、本人はこんなのでガッカリさせただろう?」
そう言ったアシェルト様は眉を下げながら申し訳なさそうな顔をした。
「そんなことありません。そりゃ、最初は魔法師団を辞めていて驚きましたし、いざ会いに行ってみると、話は聞いてもらえないまま門前払いだし、家にお邪魔すると生活能力皆無だし……」
最初の印象は確かにあまり良いものだったとは言えない。それを正直に口にするとアシェルト様は苦笑していた。
「でも……やっぱりアシェルト様の魔法は綺麗だった。大した魔法でなくても、アシェルト様の魔法はなんというか綺麗なんですよ。それは生まれ持った所作とかも関係あるのかもしれませんし、魔法そのものの扱い方なのかもしれませんし、なにがそうさせているのかは分からないけれど……アシェルト様の魔法が綺麗で美しいということだけははっきりと分かりましたから」
アシェルト様の目を真っ直ぐ見詰める。
「だから私はアシェルト様がいくら生活能力皆無だろうと……駄目人間だったとしても、ガッカリなんてしません」
強い瞳でそう訴えた。
笑顔の仮面を貼り付けていたことは事実だが、感情のない人でもない。あのとき私を迎えに来てくれた。それは私が傷付いたことをきっと理解してくれたのだと思うから。ラシャ様のこと以外どうでも良い訳ではない。今まではラシャ様のこと以外を考えることが出来なかっただけ。余裕がなかっただけ。ただ不器用な人なのだ、とそう思えるようになった。
生活能力が皆無だろうと、駄目人間だろうと、アシェルト様の凄さは変わらない。私にとって大事なことは『生活能力のあるアシェルト様』ではなく、『魔導師のアシェルト様』なのだ。駄目なところは私が支えれば良い。私がアシェルト様を支えたい。
アシェルト様は目を見開いて驚いた顔となり、そして、ふにゃりとはにかんだ。
「ありがとう」
か、可愛いわ! 初めてこんな可愛い顔を見ることが出来た! 嬉しい!
今なら誘ってみても大丈夫かしら……一緒に魔法演舞を見たい。魔導師団を思い出すだろうから無理だと思っていた……でも、今のアシェルト様ならもしかして……
「あの……、今度の建国記念日の魔法演舞、一緒に見に行きませんか?」
恐る恐る聞いてみる。アシェルト様は驚いた顔をしたが、舞台に目をやると懐かしそうな、それでいて少し寂しそうな顔となり、目を細め呟いた。
「良いよ」
ザザッと風が吹き、アシェルト様の綺麗な銀髪が大きく揺らいだ。
一緒に行ってもらえる、それは今までにないほどの嬉しさが込み上げた。
しかし……なんだか……やはりアシェルト様のその横顔は寂しそうで、なんだか消えてしまいそうな儚さが、以前感じたままなにも変わっていないのだ、と痛感した。
私に対して次第に心を開いて来てくれたにしても、やはりラシャ様のことが解決しない限りは、アシェルト様は前には進めない。いつまでも同じ場所で立ち止まったままなのね……。
私はそれ以上なにも言えなくなってしまった……。
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