【完結】魔石精製師とときどき魔王 ~家族を失った伯爵令嬢の数奇な人生~

樹結理(きゆり)

文字の大きさ
31 / 247
第2章《修行》編

第29話 伯爵と夫人とお嬢様の行方

しおりを挟む
 ひとしきり屋敷の周りを見て回ってもなにもなかった。あそこはお母様と歩いたな、とか、あそこは私の部屋だった窓だな、あそこはお父様の書斎だな、とか、そんな思い出が蘇るだけだった。

 街へ歩いてみると皆少し不安気な顔だったような気がする。皆、今後この街がどうなっていくのか不安なのだろう。
 話を聞いても皆、不安と共にローグ伯爵、お父様とお母様を心配してくれる声ばかりだった。


「あのローグ伯爵と夫人が無責任にいなくなったりなんかしない」
「きっと事件かなにかに巻き込まれたんだ」
「屋敷の使用人たちも可哀想に。国からの使者が来たと思ったら、すぐさま追い出されてしまったわ」
「伯爵と夫人の話は聞くけれど、お嬢様はどうなされたのかしら」
「そういえばお嬢様はどこへ行ってしまったのかしら」


 次第にお父様やお母様の話ではなく、消えてしまったお嬢様、私の話となっていた。

「お嬢様がいらっしゃったのですねぇ」

 ウィスさんのやり取りがある魔導具屋へと足を運び、そこで話を聞いた。私の顔がバレることはおそらくないだろうけれど、それでも覚えている人もいるかもしれない。少し緊張しながらウィスさんの横で話を聞く。

「あぁ。遠目でしか見たことがないけれど、伯爵や夫人と同じように優しく可愛らしいお嬢様だったよ。一体どこへ行ってしまったのか……」
「伯爵たちが行方不明になるときにお嬢様はいたんですか?」
「さあなぁ、俺たちは滅多にお屋敷に出向くことはなかったし。行方不明になっていたことも、国からの使者が来て、使用人たちが騒がしくなったから、街の俺たちも気付いたってくらいだしな」

「伯爵たちが行方不明になってから国から使者が来たんですね?」

 ウィスさんが真面目な顔で聞いた。

「詳しくは知らんが、確かそうだったはずだ」
「うーん、なるほど……」


 魔導具屋の店主にお礼を言い、お昼を食べようと店に入った。昼食を取りながら先程聞いた話をする。

「行方不明になってから国の使者が来るということは、やはり伯爵は自らの意思で姿を消し、爵位返上したということかなぁ」

「そんなはずありません!!」

 ウィスさんの言葉に思わず大声を上げてしまう。ウィスさんもリラーナも驚いた顔をする。

「あ、ご、ごめんなさい。でも……でも伯爵が自ら姿を消すなんて信じられない……」

「うん、そうなんだよねぇ。あれだけ領民から慕われている領主様が、領民を置いて、屋敷の人間たちを置いて、勝手になにも言わず消えるなんてありえないと思うんだよね」

「じゃあなんで……」

「うーん……なにか理由があるのかなぁ……」

 三人で考え込んでもやはり理由は分からなかった。

 お父様とお母様は私と別れてからすぐに爵位返上をしたの? そして使用人たちになにも言わずにいなくなってしまった?
 どうして? お父様たちはそんなことをするはずがない……するはずがないと分かっているはずなのに……一体お父様とお母様はなぜ使用人たちにも何も言わずにいなくなってしまったの……なぜ……なぜ……。

 いつまでも考えていたところで答えは出ない。

 自らの意思で爵位返上したというのなら、きっとお父様たちが生きているのは確かなはず。なんの理由があったのかは分からないけれど、姿を消す必要があったのだろう。そう信じた。きっとどこかで生きている。今は会えないだけなのだ。きっと姿を消す必要がなくなれば戻って来てくれるはず。迎えに来てくれるはず。そう信じた。信じないと生きていけなかった。


 夕方近くまで街をうろつき、色々話を聞いて回ってみたが、やはり出てくる返答は皆同じようなものだった。誰もお父様たちの行方を知る人はいなかった。それが分かっただけだった。

 夕方になり乗合馬車で再び王都へと戻る。すっかりと夜になり、ウィスさんにお礼を言い別れた。帰ったときにはダラスさんが眉間に皺を寄せながら、「遅い」と叱られた。しかし、その言葉と共に頭をワシワシと撫でられ、それがとても温かく、でもなんだか切なく泣きそうになってしまったのだった。


 その夜ベッドに横になりうずくまっていると、再びあの声が聞こえた。

『お前はなにも考えずに修行だけしていろ』

「……ルーちゃん?」

『ルーちゃん!?』

 驚いた声を上げたルギニアスはポンッと飛び出し、再びあの可愛い姿を見せてくれた。

「ルーちゃんとはなんだ! 馬鹿にしているのか!?」

「え? だってルギニアスって長いんだもん。それにそんな可愛い姿なのにルギニアスって呼ぶより、ルーちゃんのほうが似合うじゃない」

「似合う訳があるか! やめろ!」

「えー」
「えー、じゃない!」

 ブスッと文句を言うと、ルギニアスはその小さな身体で私の顔の横に座った。そして私の頬にそっと手を伸ばし触れた。小さな手、しかし温かい。

「フフ、私が修行で疲れて眠っているときに触れてくれていたのはやっぱりルギニアスだったのね」
「フン」

 ルギニアスはそっぽを向いたが、触れるその手は優しくて、安心する。やっぱり夢じゃなかった。ルギニアス……なんだか、見守られているような、そんな安心感……。その理由は分からないけれど、両親のことにやはり不安があったのか、ルギニアスの存在が心強かった。

 そしてルギニアスの触れる手に安心し、眠りに落ちていった……。





『ルギニアス、あの子をお願いね……』

 ルーサの頬に手を触れながら、ルギニアスは遠い記憶を思い出す。

「フン、なんで俺が……」

 ルーサの首にかかる紫色の石を手に取り、溜め息を吐いた。今の小さな身体では手から零れ落ちてしまう。顔を上げ、窓から見える月を眺めると、再び深く溜め息を吐いたのだった……。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され…… ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜

月城 蓮桜音(旧・神木 空)
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。 ※この作品は、カクヨムでも掲載しています。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

処理中です...