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第一章 ルイーザ建国
08.住むならダンジョン
しおりを挟む第二の拠点を出てから二六日後のお昼前、僕達は無事にマキーナ=ユーリウス王国跡に着いた。
テールス王国内では、乗合馬車に乗ったり、進行方向が同じ行商人の馬車に乗せて貰ったりもしつつ、テールス王国の国境を目指した。
もしかすると、公爵様の追手が来るかも知れないと注意はしていたけれど、追手の気配は無く、何者かに襲撃されるようなことも無かったため、旅は非常に順調に進んだと言える。
途中の街で冒険者ギルドにも顔を出してみたけど、僕が指名手配されている様子は無かったから、死んだと勘違いしてくれていると非常にありがたい。楽観視は出来ないけど、大っぴらに追われていないと知れたことは大きいだろう。
そんなわけで、国境近くの最後の街で宿を取り、体力を回復させてから、徒歩で魔王国へと入った。
魔王国へ向かうところを誰かに見られると変に目立ってしまう可能性があったから、人目に付かないように行動はしたけれど、特に問題無く魔王国へと入れたし、道中で魔族に襲われることも無かった。
魔物に襲われることはあったけれど、『継承』で得た知識通り、対処に困るような強い魔物は現われず、僕もリーゼも無傷。
『剣術』等のスキルが開花した事も大きいんだと思う。思った以上に簡単に魔物を撃退できたのは、非常に行幸だ。
そして今、僕達は、マキーナ=ユーリウス王国跡の中心地まで来ている。
「ここが、マキーナ=ユーリウス王国跡地なんですねー」
「そうだね。この湖のあたりが王都の中心だった筈だよ」
マキーナ=ユーリウス王国が存在していたのは、今から一○○○年以上前の話だ。
イルテア暦が使われるより遥か前の大昔。気の遠くなるような大昔だ。
故に、今目の前に広がっているのは、大森林と、その中にぽっかりと存在する湖という具合で、大自然そのものだった。
僕の記憶によると、この湖を中心に半径五○キロメルト程がマキーナ=ユーリウス王国だった筈だが、今は湖以外は森となってしまっている。まぁ、一○○○年も経てば仕方ないことだろう。
水が豊富な森だからか、木々は太く大きく成長していて、地面には苔が多く生えている。
それでいて、湖周辺や、湖に流れ込むいくつかの川──沢と言う方がしっくりくるような小さなものもある──周辺では、柔らかな日差しが降り注いでいる。
人に汚されること無く、魔族や魔物に破壊されること無く、一○○○という星霜を経て作り上げられた奇跡の結晶こそが、そこに広がっていた。
「凄く綺麗な場所ですねー。まさに大自然っ! 自然しかないっ」
「うん、大自然だね。ここまで来るのもほぼ獣道だったし、大変だったよね」
湖は広く、肉眼でうっすらと見える程度の距離に対岸が確認できた。つまり、対岸までは一○~一五キロメルトくらいあるのだと思われる。
湖は見た目からして、ほぼ円形に近い形をしているようだ。
そして、湖の中心には島がある。
恐らくだけど、幅が五キロメルトくらいはありそうな、大きな島だ。
その島の中央部は丘になっていて、崩れたのであろう、何らかの建造物跡が見てとれる。
大きさと位置から推測すると、かつてのマキーナ=ユーリウス王城跡になるのかな。
大自然の中で、この建造物跡が、唯一、かつて此処に人の営みがあった証として、小さく存在していた。
近くの湖岸は、静かな波が寄せては返すを繰り返しており、心地良い音がする。
ここが魔王国だということを忘れてしまうくらい、手つかずの自然が残っていて、澄んだ空気が心を洗ってくれるようだ。
「目的地って、湖の中にある島ですか?」
「多分ね。どうしよう、舟なんて無いよね」
「ありますよ?」
突如、近くの湖岸に、小さな舟が現われた。白く塗られた木製の舟で、オールまで付いている。
ふふん、と得意気に胸を張るリーゼ。
「ノア様と湖畔で優雅なティータイムを過ごすために必要な備品です。公爵邸のお庭から拝借してきましたっ。今頃は、池のボートが一つ無くなったと、ちょっとした騒ぎになっていることでしょう」
「……うん。まぁ、出所含めて色々気になるけど、気にしても仕方ないか。ていうか、持ってるんだね」
「はい、優雅なティータイムを演出するのはメイドの嗜みです。きらりんっ☆」
道中でも思ったことだけど、リーゼの『収納術』に収納されているものが凄すぎる。
食器類や食材、衣類、日用品は言うまでも無く、テーブルや椅子、ガゼボなんかも入っているようだ。
因みに、ガゼボって言うのは、庭園の中にある休憩所みたいな建造物の事だ。
屋根があって、雨を凌げるようになっている。壁はなく、景観に溶け込むような作りになっているアレ。
別の国では東屋とも言うらしいね。
道中の休憩で登場し、香りの良いハーブティーが振る舞われるなんて、旅立つ前は想像もしていなかった。
因みに、このガゼボ。公爵邸の庭にあったものにもの凄く似てるんだけど、どこから持ってきたのかな? 嫌な想像が当たっているとしたら、ボートどころの騒ぎじゃないと思うんだけど。
気にしたら負けなのかな。負けなんだろうな。
というか、ガゼボも舟も入って、他にも色んな道具も入ってるって、収納術の容量はどれくらいなんだろう?
宮廷魔術士の『亜空間収納』でもそんなに容量無かった気がするんだけど……。
もう細かく考えるのは止そう。
今は、その底知れないメイドの嗜みに感謝だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
舟があれば、視認出来ている島へ渡るくらいは何の問題も無い。
波の殆ど無い湖面を滑るように進み、あっという間に島へと着く。
この周辺は魔物も居ないようなので、本当に快適なクルージングだった。
もちろん、舟は僕が漕いだよ。
数分の舟旅だったけど、リーゼは大はしゃぎだった。
島に着くと、リーゼは生活魔法で舟を軽く洗浄してから乾燥させ、また『収納術』で仕舞う。
ホント、そこいらの魔術士が裸足で逃げ出しそうな魔術なんだけど。
「島の方は、何となく昔の面影が残っているんですねー」
「そうだね、この辺はマキーナ=ユーリウスの王城があったんだろうね」
島に上陸してみると、そこは古城跡という言葉がしっくりくるような場所になっていた。
明らかに人工物であろうと言う巨石が積み重なった場所があったり、石畳跡があったりと、かつて誰かがここで暮らしていたであろうことが窺える。
「ノア様、この古城跡を拠点にしようと思ったんですか? 景色がすっごく気に入りましたけど」
僕よりも数歩前を歩くリーゼが、周囲を見回しながら聞いてくる。
王城跡は小さな丘のようになっている場所にあるため、とても景色が良い。
鏡のような湖面の向こうには森林が広がり、その奥にはうっすらと山脈が見える。
空気も清涼で、過ごしやすい気候だ。
「そうだけど、半分正解ってところかな。景色だけだったら、ここ以外にも幾つか良い所があるし」
「だったら、ここを選んだのは、どうしてなんですか?」
リーゼがくるりと僕の方に体を向けて、立ち止まった。
ゆるふわの淡い紫、藤色の房が、ふわりと揺れる。
僕は、リーゼの隣を通り過ぎ、王城跡の中心地の方へと歩く。
初めて来る場所だけれど、『継承』にある知識が、目的地はこちらだと告げていた。
「景色も良い上に、住みやすさも抜群な筈だからだよ。
多分、丘の上の方が目的地だろうから、このまま進んでみよう」
僕がそういうと、一度頷いたリーゼは、楽しそうに鼻歌を歌いながら、丘を登り始めた。
丘と言っても、周りより少しだけ高くなっている程度のもの。一○分もしないうちに登り切ってしまうであろう距離だったが──。
「……あれ?」
ふと、リーゼが立ち止まった。
湖岸から少し丘を登った、特に何も無い場所で、きょろきょろと辺りを見回している。
「どうしたの?」
「何か、上手く説明出来ないんですけど、辺りの様子が変わったと言いますか……」
リーゼの言葉に首を傾げながら、彼女の隣へ並び立つ。
すると、僕にも、彼女の言う意味が理解出来た。
見えている景色はさっきと全く同じであるにも関わらず、空気が変わったような感覚がある。
「あー、なる程ね。良かった、想定通りだよ、リーゼ。すごすごとテールス王国に帰る事にならなくて済みそうだ」
「どういうことですか?」
「空気──というか、正確には辺りの魔素構成が変わったのは、ここから向こうがダンジョンになっているからだよ」
「ダンジョン……って、魔物とかが出るあのダンジョンですか?」
リーゼの言葉に、僕は頷いた。
「うん。マキーナ=ユーリウス王国は、ダンジョンを国土とした珍しい国なのさ」
「え、ダンジョンって国になるんですか? というより、住めるんですか?!」
驚いた様子のリーゼ。
確かに、ダンジョンは探索するものであり、魔物や罠があって危険なところという認識が一般的だ。
だけど、『継承』で得た知識では、少し違う。
「住める、というか……、住むことも可能って感じかな。一般的には魔物が跋扈して住めたものじゃないって認識だし、その認識は間違ってはいないよ。でも、マキーナ=ユーリウス王国跡はちょっと特殊なんだ」
「そうなんですね……。 確かに、言われてみれば今いる場所なんか凄く心地良いですし、魔物も見当たらないですね」
「うーん、住めなくはないのかな」なんて、独り言のように呟きながら、リーゼは辺りを見回していた。
ダンジョンに入ってからも、周囲の清涼感は変わらない。
実際、周りは大自然──豊かな森に囲まれている。野生の動物もいるし、キノコをはじめとした山菜も豊富に採れる。湖もあるから水には困らない。
魔物がまったく居ないなんてことは無いだろうけど、ここに来るまでに遭遇した魔物は対処可能な範囲だった。
だから、十分に好条件ではある。
しかも、過去にはマキーナ=ユーリウス王国の王城があったという前例もあるのだ。
「ダンジョンに住むなんて、ワクワクしない?」
「ノア様って、そういう所ありますよねー。私は可愛いと思いますけど、共感はできないかも知れないです」
リーゼは、にこやかにサムズアップする僕とは対象的で、非常に困惑しているみたいだ。
ワクワクするでしょ?
だってダンジョンだよ?!
秘密基地みたいだし、普通は住もうとしない場所に住んじゃうんだよ?!
ロマンが溢れちゃうよ。
住めば都だと思うんだ。
一人テンションが上がり気味だけど、やっぱりリーゼはどこか距離を感じる生暖かい目をしていた。
「……ノア様って、男の子ですねっ」
「何だよ、その目は。……ていうか、良いじゃないかそれくらい。実際男なんだから」
「別に文句なんて言ってないじゃないですかー。被害妄想が過ぎますよ? 寝顔はあんなにもキュートなのに」
「寝顔関係無いよね?!」
この旅を始めてから、ますますリーゼに色々弱みを握られている気がする。
公爵邸に居たことから強敵だったのに、ますます手に負えなくなってしまったんじゃないだろうか……。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
ダンジョン[名詞]
とある世界線にあると言われる、地球という惑星では、本来「地下牢」を意味し、城などの地下に作られた監獄や地下室を指すのだが、この世界では迷宮核によって作られた、ある種の異空間を意味する。
人族や魔族が沢山訪れれば訪れるほど、魔力を集めることが出来、より大きなダンジョンを構築することができる。
魅力的なコンテンツを用意し、あの手この手で客を呼び込み、その収益で更に発展させていくと考えれば、テーマパークのようなものかも知れない。
主人公は当たり前のようにダンジョンに住もうと言っているが、維持にもそれなりの魔力が必要になるし、何より迷宮核そのものがなかなか手に入らないのと、人族の間では研究が進んでいないことから、やっていることはとても前衛的。
ディ○ニーランドを自宅にしようと思うかどうか、というところか。
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