青空の下で君を想う時

まる。

文字の大きさ
5 / 29

第5話~思いやる気持ち~

しおりを挟む
 同じ大学に通ってるとはいえ、僕は二年生でスージーは一年生。常に同じ行動が出来るわけではない。家から大学までの行き帰りとランチタイムは一緒に過ごせるが、それ以外は基本的には別行動だ。

 ――彼女はもう子供じゃない。
 自分にそう言い聞かせながらも、不安な日々を過ごしていた。

 学校生活にも慣れた頃、僕はいつもの様に校内の噴水の縁に座り、本を読みながら彼女がやってくるのを待ち詫びていた。目は文字を辿っているが、一向に頭に入ってはいない。
 彼女が来たら何を話そうか? バス停の二ブロック手前の角のお店で、たまには君が食べたがっていたワッフルでも食べて帰ろうよって誘ってみようかな? ……いや、待てよ。ダイエット中だからって嫌がりそうだ。
 十分細いのに、女性ってのは何故あんなにダイエットに夢中になるのだろう。
 結局、そんな事がいつも頭の中を支配して、本を読んでいる‘フリ’になってしまっていた。

 彼女が待ち合わせ場所に着いた時に本を片手に待っている僕を見て、少しでも知的に見えたら……。なんて、くだらない事を考えては僕の口元は緩んでいた。

「せんせーい!」

 彼女がやって来たことに気付いた僕は、本当はすぐにでも駆け寄りたい気持ちを押し殺し、慌てずパタンと本を閉じてカバンの中にしまい込んだ。

「……スージー遅っ、――!?」

 顔を上げて彼女を見つけると、格好つけて冷静に振舞っていた自分に後悔の念が押し寄せた。僕に手を振りながら駆け寄ってくる彼女を見て、心臓が一瞬活動を停止したかと思うほど、僕は今目の前の光景に愕然とする。

「スージー! 走らないで! 走っちゃダメだ!」

 僕のかけた言葉が終ると同時に、彼女の表情にも変化が現れる。彼女は走る足を止め、胸を押さえながらその場に崩れ落ちてしまった。

「スージー!!」

 震える足で彼女に駆け寄った。
 地面にうずくまるスージーの肩に両手をかけ、僕は何度も彼女の名を呼んだ。

「スージー! スージー! ……誰か、――誰か救急車を!!」

 周りに居た人達が『なんだ、何事だ?』とチラチラと見ている。次第に人が集まりだした時、あろう事かスージーはがばっと顔を上げて、僕を見て悪戯に笑った。

「なーんてね、びっくりした?」
「っ!?」
「先生、凄い慌てすぎ……」

 ――パシッ
 彼女の言葉を遮るようにして、乾いた音が響き渡った。 
 周りに居た学生達が僕のした事を見て、「ひゃっ!」っと小さな声を上げている。
 スージーは何が起こったのかわからないと言った顔で、自分の頬に指先を触れさせ目を泳がせていた。

「っ! 当たり前じゃないかっ! 僕が何の為にずっと君と一緒に居ると思ってるんだ!? そんなに僕が慌てるのを見るのが楽しいのか!」
「せん、せ……?」

 僕はスージーを怒鳴りつけると、彼女を残してその場を去ってしまった。


 ◇◆◇

「えー、ぶっちゃったのぉ?」
「うん。思わず……ね」

 リオは自分の頬をおさえながら、まるで自分が叩かれたかの様に目を丸くしている。僕が人を……ましてや女性を引っぱたくなんて、想像もつかなかった様だ。
 僕自身も自分のした事に驚いたのだから、そう思うのも無理も無いだろう。咄嗟にやってしまったこととはいえ、あの時の僕はスージーを許すことが出来なかった。


 ◇◆◇

 その日の夜。僕は中々寝付けなくてベッドの中で何度も寝返りをうっては、昼間の事を思い出していた。
 こんな大きな手で殴られたら痛いだろうな。
 自分の手の平をじっと見つめ、ぎゅっと握り締めては大きく息を吐く。僕は幾度と無くそれを繰り返していた。

 喉が渇き、水を飲みに行こうと体を起こすと暗い家の中をトボトボと歩き出す。
 キッチンに入り冷蔵庫の扉を開けようと手を掛けたとき、何処からか少しひんやりした風が吹いてきたのを感じた。その風の流れを辿っていくと、リビングのカーテンが風になびいて揺らめいているのを見つけた。

 閉め忘れか、無用心だなぁ。
 カーテンに手を掛けて施錠しようとした時、目の前の小高い丘に人影が見えた。

「……スージー?」

 扉から出てその人影に近づいて行く。小高い丘の上に小さなレジャーシートを広げ、星を見上げていたのはやはりスージーだった。

「……?」

 近づく僕の草を踏みしめる音で、彼女は振り向くと驚いた顔をしている。

「何してるの? こんな所で」
「あ、あの……。眠れなくて少し風にあたりに来たの」
「少し? にしては、レジャーシート迄準備して用意周到だね」
「へへ……」

 昼間の事を気にしているのか、スージーは僕と目を合わそうとはしなかった。

「隣、座っていい?」
「う、うん、どうぞ」

 スージがー横にずれ、小さいレジャーシートになんとか二人座れるスペースを作ってくれた。
 しばらく二人とも無言で星を見たり手をさすったりと、なんとも間が持たないと言った感じだった。

「昼間は――」「あの、今日」

 意を決して話し出すと、どうやらスージーと被ってしまったようだ。同じ事を話そうとしていたのがわかり、先に謝りたいと思った僕は自分から先に話しだした。

「あの、昼間はごめんね」

 スージーは頭を大袈裟に横に振りながら、

「ううん! 私の方こそ……。ごめんなさい」

 少し俯き加減でそう言って、スージーは更に言葉を続けた。

「何の為に一緒に居てくれるのかなんて考えても見なかった。ずっと側に居てくれるのが当たり前に感じていたから……。叩かれて初めて気付いたの。先生は私の病気のせいでいつも側に居るんだって。それが先生の仕事なんだって」
「……スージー?」
「ごめんね先生、私なんかの為に人生棒に振っちゃったね」

 俯いた顔にかかる髪の隙間から、彼女の悲しそうな顔が見える。
 自分のせいで僕を縛り付けていると思った彼女は、そう言いながらもきっと僕にその事を否定して欲しかったのだろう。

「そんな事ないよ」

 彼女の頭をそっと撫で、僕は彼女の望むであろう言葉を呟いた。

「僕は君とずっと一緒に居れて楽しいんだ。確かに仕事ではあるけど、仕事じゃなくてもきっとほっとけないよ」

 彼女の目じりが下がり始めるのを見て、僕もほっとした。
 手の甲で彼女をぶった頬をそっと触ると、スージーは思わずピクッと体を震わせる。その仕草を見て、僕はなんて事をしてしまったのだろうと、出来ることなら自分を殴りつけてやりたかった。

「痛かった、……よね? 本当にごめんね」

 頬に触れた僕の手を彼女が握り、僕の肩に頭をもたげてくる。スージーは何も言わなかったが多分許してくれたのだと思う。
 僕もそれ以上何も言わず、彼女の頭に自分の頭を重ねた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...