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第1章 Aperitif(アペリティフ)
11杯目:麻生さんの意外な趣味
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家まで送る……?
って、それってまだ解散出来ないってこと……?
ということは、まだしばらくこの緊張が続くという事……だよね!?
「……。――え! いや、むっ、無理!」
「え? 無理?」
予想だにしていないことが起こり、思わず本音が出てしまう。こんな言い方をしたら、麻生さんと一緒に帰るのが無理だって言ってるのと一緒だ。間違ってはいないが、少し語弊がある。
「いえ、ちがっ、その……。だ、大丈夫です! まっ、まだ電車ありますし!」
こう言えば、何も問題ないだろう。
私は進めていた足をピタリと止め、先程入ってきた入り口に戻ろうとした。でも、振り返れば同じような扉がいくつもあって、一体どの扉から入ってきたのかがわからない。
「……あれ? えっと、どの扉でしたっけ?」
「知りません」
「えっ」
私があからさまに拒否したことでどうやら気を悪くしたのか、麻生さんはプイッと顔を背けるとスタスタと歩き始めた。
親切心から「送る」と言ったとはいえ、よもや私程度の人間に断られるとは思ってもいなかったに違いない。上司の機嫌を損ねた事によって、明日からの仕事に影響するのではとオロオロしている内に、麻生さんは一台の車の前でピタリと止まった。もう一度こっちを向き、「早く乗って」と少し強めの口調でそう言った。
・
・
・
・
・
車高が低く、後部座席のドアが無いこの車は、いわゆるスポーツタイプの車の様だ。シートの位置が低すぎるせいでどうにも座り心地が悪く、まるで地面を這うような感覚に陥った。たまに桑山さんの車に乗せて貰うことがあったが、機材などを積む為のワンボックスカーの助手席とは全く別のものだった。
「――」
「――」
とにかく、車に乗り込んだ時から沈黙がヤバい。だから言わんこっちゃないと、五分前の麻生さんに教えて上げたくなった。
「芳野さんは――」
「……! は、はははい?」
急に声を掛けられて、肩が大きく上がる。いい加減、話し掛けられただけでビクビクするこの癖をどうにかしたい。お客さんに声を掛けられる度にこんなことになっていては、まともに仕事なんてやれやしないと焦りを感じ始めた。
「明日からはラストまでだよね?」
「そ、そうです……」
「明日はどうやって出勤する予定? ラストまでだと帰りの電車が間に合わないよね?」
「あ、えーと、じ、自転車で」
「自転車!?」
あまりにも裏返った声だったので、チラリと運転席の麻生さんを横目で見る。涼やかな目元が一気に拡大し、心底驚いたといった顔をしていた。
「――。……? ――!」
「え? もう一回聞くけど、家はT区だよね? T高の近くの」
「そ、そうです」
運転中だから目が合わないと油断していたらいつの間にか信号待ちになっていて、振り向いた麻生さんとバッチリ目が合い慌てて下を向いた。
「いや、あそこから自転車って……。一体何分くらいかかるの?」
「多分、五十分くらいかと……」
まだ自転車で来たことがないから、本当のところはよくわからない。人の多い電車に乗るより自転車で移動する方が好きだし、長い時間乗っていても苦にならない方だから丁度いいと思っていた。
「ダメ」
「え?」
「絶対ダメ。自転車通勤禁止」
「え! や、で……――え?」
俯いていた顔を上げ、思わず麻生さんの顔をまじまじと見る。彼の表情を見る限り、冗談とかで言っているわけではなさそうだ。
「いや、でも、電車は無いですし……」
至極当然の事を言ったつもりだったが、何故かはぁーっと大きな溜め息を吐かれてしまった。
「だったら、来るときは電車で来て? 帰りは僕が送るから。僕が休みの日は、別の社員に送らせる」
「え!!」
いやいやいや、そんなもう止めてください。仕事してるだけでも緊張しっぱなしなのに、帰る時まで誰かと一緒だなんて気が休まらない。
また、あからさまに嫌そうな顔をしてしまっていたのか、麻生さんの眉根がぐっと寄った。
「女の子が夜遅くに一人で自転車だなんて、どう考えても危ないでしょ」
「だ、大丈夫で――」
「ダーメーでーすっ! ……第一、一時間近く自転車こいでから仕事なんて出来る?」
「……あ」
そう言われてみるとそうだなと、考えを改める。電車の無い帰りの事ばかりを考えていたからか、そんなことに気付かなかった。
ほらねと言わんばかりに麻生さんが首を曲げる。信号が青に変わり、再び前を向いてゆっくり車を走らせた。
「……いや、でも! あ、麻生さんお忙しいでしょうし、こんな一アルバイトの為にそこまでさせるのは流石に気が引けると言うか」
そもそも、契約の時点で深夜になるというのは聞いていたし、私よりも勤務時間が長くて忙しい社員さんに毎日送らせるなんて。いくら世間知らずな私でも、それはやはりおかしいと言うことはわかった。
なのに、
「ぜーんぜん! ほぼ毎日深夜に終わるからね、どこも開いてなくて寄り道すら出来ないよ。基本車だから飲みにも行けないし、真っ直ぐ帰ってネトゲする位で――」
「ネトゲですか?」
そのワードを聞いた途端、私の中のヲタクセンサーがピコンと反応した。先程までオロオロしていたのが嘘のように、麻生さんが言い終わる前に言葉を被せるほどであった。
当然、麻生さんもそれに気付いたのかニヤリと口許を吊り上げている。その顔を見た時、またしてもやってしまったと狼狽えた。
「おおっと、急に食い付いて来たねー。さては芳野さんも?」
「いやっ、まぁ、たっ、嗜む程度ですが」
急に落ち着かなくなり、ずれているわけでもない眼鏡のブリッジを、クッと中指で押し上げた。
ネトゲ廃人と言われても仕方がない程、毎日毎晩ネトゲばかりしている。フリーターとは言えちゃんと働く以上、これは流石に隠した方がいいだろうという考えがとっさに働いた。
「普段何やってるの?」
「あー、えと。……あ、麻生さんは?」
日頃プレイしているものは何かと聞かれて口ごもる。どのゲームのタイトルを言えば正解なのかがわからず、逆に麻生さんのプレイしているゲームを聞くことで逃げようとした。
「僕はゴーハン」
「ああ、ゴーストハンターですか?」
なのに、つい瞬時に答えてしまった事で麻生さんは確信を得たのだろう。仕方なく、私もプレイしていると素直に認めると、ジョブはなんだとか武器は何を使っているのかとか、根掘り葉掘り問い詰められてしまった。
「どうしてもクエストがコンプリート出来なくて、レベルが解放されなくてさ」
「え? あのクエは一瞬で終わると思うんですけど。パーティー組んでやってます?」
「ううん。時間的に人もあまりいないし、僕下手くそだから迷惑かけちゃうんじゃないかなって思うとなかなか、ね」
「あー、ね」
私も始めた頃はそんな感じだったなぁと懐かしむ。でも結局ソロじゃどうにもならなくて、レベルの高い人によく手伝って貰ったっけ。
「……」
これってもしかして、手伝って欲しいって遠回しにアピールしてたりするのかな。でも、そんなに依存してる様には見えないけれども。
「――。……?」
そんなこんなしてる内に、見覚えのある町並みに変わっていたことに気付いた。もうすぐ家だ。やっとこの緊張感から解放される。
「あの、もうここで大丈夫です。すぐそこのマンションなん――」
「芳野さん、SNSやってる?」
「え? いえ? ――ああ……」
私の声が届かなかったのか、一向に車が止まる気配がない。このまま通りすぎるんじゃないかとハラハラしていると、「目的地に到着しました」という機械的な音声と共に、車がマンションの真ん前で緩やかに停車した。そう言えば、車に乗り込んだ時に住所を聞かれていたのを思い出した。
「へー、珍しいね。困らない?」
「い、いえ、全く。あまり必要性を感じていませんので」
「ふーん」
「……? で、では、私はこれで。送って下さってありがとう御座いま――、……んん???」
急いで車から降りようと身体を起こす。しかし、どうやったらこの扉を開けられるのかがわからず、じっと固まってしまった。
「あの、これ――?」
「じゃさ、今アカウント作ろうよ。で、一緒にゴーハンしよう!」
「――。……へ? い、いいいいい今ですか?」
「そう、今すぐ! ほら、スマホ出してー」
「えええええ……」
半ば強引にインストールさせられた上に、早速今日このあと一緒にプレイしようと約束を取り付けられた。どうせ今からするつもりだったし、まぁ別にいいか、と、スマホをリュックの中にし舞い込んだ。
「……? ――!?」
ふと、背もたれが少し下がるのを感じたと同時に、麻生さんの長い腕が目の前にニュッと伸びる。間近に端正な顔立ちが迫ってきたことに驚き、思わず息を止めた。
「いーよっと。はい、じゃあ、お疲、れ――?」
「……!」
さっき、私がドアを開けるのに躊躇していたのを見て、気を利かせて開けてくれたのだろう。今までにないくらい近い距離で、他人、しかも異性と目があってしまったせいで一気に身体が硬直した。
って、それってまだ解散出来ないってこと……?
ということは、まだしばらくこの緊張が続くという事……だよね!?
「……。――え! いや、むっ、無理!」
「え? 無理?」
予想だにしていないことが起こり、思わず本音が出てしまう。こんな言い方をしたら、麻生さんと一緒に帰るのが無理だって言ってるのと一緒だ。間違ってはいないが、少し語弊がある。
「いえ、ちがっ、その……。だ、大丈夫です! まっ、まだ電車ありますし!」
こう言えば、何も問題ないだろう。
私は進めていた足をピタリと止め、先程入ってきた入り口に戻ろうとした。でも、振り返れば同じような扉がいくつもあって、一体どの扉から入ってきたのかがわからない。
「……あれ? えっと、どの扉でしたっけ?」
「知りません」
「えっ」
私があからさまに拒否したことでどうやら気を悪くしたのか、麻生さんはプイッと顔を背けるとスタスタと歩き始めた。
親切心から「送る」と言ったとはいえ、よもや私程度の人間に断られるとは思ってもいなかったに違いない。上司の機嫌を損ねた事によって、明日からの仕事に影響するのではとオロオロしている内に、麻生さんは一台の車の前でピタリと止まった。もう一度こっちを向き、「早く乗って」と少し強めの口調でそう言った。
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車高が低く、後部座席のドアが無いこの車は、いわゆるスポーツタイプの車の様だ。シートの位置が低すぎるせいでどうにも座り心地が悪く、まるで地面を這うような感覚に陥った。たまに桑山さんの車に乗せて貰うことがあったが、機材などを積む為のワンボックスカーの助手席とは全く別のものだった。
「――」
「――」
とにかく、車に乗り込んだ時から沈黙がヤバい。だから言わんこっちゃないと、五分前の麻生さんに教えて上げたくなった。
「芳野さんは――」
「……! は、はははい?」
急に声を掛けられて、肩が大きく上がる。いい加減、話し掛けられただけでビクビクするこの癖をどうにかしたい。お客さんに声を掛けられる度にこんなことになっていては、まともに仕事なんてやれやしないと焦りを感じ始めた。
「明日からはラストまでだよね?」
「そ、そうです……」
「明日はどうやって出勤する予定? ラストまでだと帰りの電車が間に合わないよね?」
「あ、えーと、じ、自転車で」
「自転車!?」
あまりにも裏返った声だったので、チラリと運転席の麻生さんを横目で見る。涼やかな目元が一気に拡大し、心底驚いたといった顔をしていた。
「――。……? ――!」
「え? もう一回聞くけど、家はT区だよね? T高の近くの」
「そ、そうです」
運転中だから目が合わないと油断していたらいつの間にか信号待ちになっていて、振り向いた麻生さんとバッチリ目が合い慌てて下を向いた。
「いや、あそこから自転車って……。一体何分くらいかかるの?」
「多分、五十分くらいかと……」
まだ自転車で来たことがないから、本当のところはよくわからない。人の多い電車に乗るより自転車で移動する方が好きだし、長い時間乗っていても苦にならない方だから丁度いいと思っていた。
「ダメ」
「え?」
「絶対ダメ。自転車通勤禁止」
「え! や、で……――え?」
俯いていた顔を上げ、思わず麻生さんの顔をまじまじと見る。彼の表情を見る限り、冗談とかで言っているわけではなさそうだ。
「いや、でも、電車は無いですし……」
至極当然の事を言ったつもりだったが、何故かはぁーっと大きな溜め息を吐かれてしまった。
「だったら、来るときは電車で来て? 帰りは僕が送るから。僕が休みの日は、別の社員に送らせる」
「え!!」
いやいやいや、そんなもう止めてください。仕事してるだけでも緊張しっぱなしなのに、帰る時まで誰かと一緒だなんて気が休まらない。
また、あからさまに嫌そうな顔をしてしまっていたのか、麻生さんの眉根がぐっと寄った。
「女の子が夜遅くに一人で自転車だなんて、どう考えても危ないでしょ」
「だ、大丈夫で――」
「ダーメーでーすっ! ……第一、一時間近く自転車こいでから仕事なんて出来る?」
「……あ」
そう言われてみるとそうだなと、考えを改める。電車の無い帰りの事ばかりを考えていたからか、そんなことに気付かなかった。
ほらねと言わんばかりに麻生さんが首を曲げる。信号が青に変わり、再び前を向いてゆっくり車を走らせた。
「……いや、でも! あ、麻生さんお忙しいでしょうし、こんな一アルバイトの為にそこまでさせるのは流石に気が引けると言うか」
そもそも、契約の時点で深夜になるというのは聞いていたし、私よりも勤務時間が長くて忙しい社員さんに毎日送らせるなんて。いくら世間知らずな私でも、それはやはりおかしいと言うことはわかった。
なのに、
「ぜーんぜん! ほぼ毎日深夜に終わるからね、どこも開いてなくて寄り道すら出来ないよ。基本車だから飲みにも行けないし、真っ直ぐ帰ってネトゲする位で――」
「ネトゲですか?」
そのワードを聞いた途端、私の中のヲタクセンサーがピコンと反応した。先程までオロオロしていたのが嘘のように、麻生さんが言い終わる前に言葉を被せるほどであった。
当然、麻生さんもそれに気付いたのかニヤリと口許を吊り上げている。その顔を見た時、またしてもやってしまったと狼狽えた。
「おおっと、急に食い付いて来たねー。さては芳野さんも?」
「いやっ、まぁ、たっ、嗜む程度ですが」
急に落ち着かなくなり、ずれているわけでもない眼鏡のブリッジを、クッと中指で押し上げた。
ネトゲ廃人と言われても仕方がない程、毎日毎晩ネトゲばかりしている。フリーターとは言えちゃんと働く以上、これは流石に隠した方がいいだろうという考えがとっさに働いた。
「普段何やってるの?」
「あー、えと。……あ、麻生さんは?」
日頃プレイしているものは何かと聞かれて口ごもる。どのゲームのタイトルを言えば正解なのかがわからず、逆に麻生さんのプレイしているゲームを聞くことで逃げようとした。
「僕はゴーハン」
「ああ、ゴーストハンターですか?」
なのに、つい瞬時に答えてしまった事で麻生さんは確信を得たのだろう。仕方なく、私もプレイしていると素直に認めると、ジョブはなんだとか武器は何を使っているのかとか、根掘り葉掘り問い詰められてしまった。
「どうしてもクエストがコンプリート出来なくて、レベルが解放されなくてさ」
「え? あのクエは一瞬で終わると思うんですけど。パーティー組んでやってます?」
「ううん。時間的に人もあまりいないし、僕下手くそだから迷惑かけちゃうんじゃないかなって思うとなかなか、ね」
「あー、ね」
私も始めた頃はそんな感じだったなぁと懐かしむ。でも結局ソロじゃどうにもならなくて、レベルの高い人によく手伝って貰ったっけ。
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これってもしかして、手伝って欲しいって遠回しにアピールしてたりするのかな。でも、そんなに依存してる様には見えないけれども。
「――。……?」
そんなこんなしてる内に、見覚えのある町並みに変わっていたことに気付いた。もうすぐ家だ。やっとこの緊張感から解放される。
「あの、もうここで大丈夫です。すぐそこのマンションなん――」
「芳野さん、SNSやってる?」
「え? いえ? ――ああ……」
私の声が届かなかったのか、一向に車が止まる気配がない。このまま通りすぎるんじゃないかとハラハラしていると、「目的地に到着しました」という機械的な音声と共に、車がマンションの真ん前で緩やかに停車した。そう言えば、車に乗り込んだ時に住所を聞かれていたのを思い出した。
「へー、珍しいね。困らない?」
「い、いえ、全く。あまり必要性を感じていませんので」
「ふーん」
「……? で、では、私はこれで。送って下さってありがとう御座いま――、……んん???」
急いで車から降りようと身体を起こす。しかし、どうやったらこの扉を開けられるのかがわからず、じっと固まってしまった。
「あの、これ――?」
「じゃさ、今アカウント作ろうよ。で、一緒にゴーハンしよう!」
「――。……へ? い、いいいいい今ですか?」
「そう、今すぐ! ほら、スマホ出してー」
「えええええ……」
半ば強引にインストールさせられた上に、早速今日このあと一緒にプレイしようと約束を取り付けられた。どうせ今からするつもりだったし、まぁ別にいいか、と、スマホをリュックの中にし舞い込んだ。
「……? ――!?」
ふと、背もたれが少し下がるのを感じたと同時に、麻生さんの長い腕が目の前にニュッと伸びる。間近に端正な顔立ちが迫ってきたことに驚き、思わず息を止めた。
「いーよっと。はい、じゃあ、お疲、れ――?」
「……!」
さっき、私がドアを開けるのに躊躇していたのを見て、気を利かせて開けてくれたのだろう。今までにないくらい近い距離で、他人、しかも異性と目があってしまったせいで一気に身体が硬直した。
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