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① 六本目の指
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そこは野戦病院の裏庭。
月夜の晩に、シルクのワンピースをかぶった少女と、ひとりの入院患者が、ふたりでこっそり会っています。
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私はその年の夏、夜空の下で恋をした。
彼は片目の兵隊だった。
野戦病院を抜け出して、裏林を抜けたところに小川の流れることを知っていた私は、彼を誘うようにそこへ駆けていった。
ふたり岸辺にたたずみ、少しの時をやり過ごす。水面に映る細い月は静かに揺れ、心地よいせせらぎが聴こえる。
先に踏み出したのは、またも私。逸る心おさえきれずに靴を脱ぎ捨て、素足で前へ駆けだした。
それなのに早く捕まえて欲しくて、すぐに彼を振り向いていた。
彼は綺麗だ。斜めに巻かれる、包帯の上のプラチナの髪が、月の光に照らされ輝きを帯びる。
彼の片方だけの碧の瞳に、いつしか私は鋭く捉えられた。その獣のような美しさに、この胸はより高鳴る。
逞しい肩に寄り添いたくてたった今、思わず手を差し伸べた私は。
そこでつるりと滑ったのだ。
彼は慌てて駆けてきた。そして、彼も同じくつるりと滑った。
浅い川だ、それでも揃って衣服の裾はずぶ濡れに。だからそのまま笑い合った。
ひとしきり笑った後、また、ふとした瞬間、見つめ合う。
水しぶきで彼の髪はいっそう輝き、私はいっそう欲しくなった。きっと彼もこの刹那、同じ思いを抱いている。
彼はゆっくりと、私の目と鼻の先に来て、私はそれを受け入れるために瞳を閉じた。
これは秘密の恋。
彼は私の、よく知らない人。どこの御家のどういう人なのか。
私は彼の、よく知らない人。何者かは言えない。だって私は看護婦だから。患者のひとりに特別な思いを寄せるなんて、許されないこと。
これが最後の逢引き。これが最初で最後の口づけ。
「ここでのことは、……私のことは、決して誰にも言わないでください」
「分かった。約束しよう」
「夢みたい」
「そうだな。このひと時は、ふたりでみた真夏の夜の夢だ」
私たちの出逢いも別れも、ふたりだけの秘密。ひと夏の恋は、川を流れる水にキラキラと解けていった。
***
私は、国境近くに小さな領地を持つマクスウェル男爵家にて、領主の末子として生を受けた。名をセスリーンという。
両親の愛情を一身に受けて育ち、恵まれた人生の始まりであった。物心ついた頃から学問にも芸事にも興味を持って励み、勤勉な娘だと、そこここで評価されていた。性根も真面目で素直だ、と悪くない評判だ。
ただ、それにはわけがある。私には齢一桁の頃から、そのような良い娘であろうと努める、奇異な理由があった。
「ねぇ、お母様。どうして私の足には指が6本あるの?」
「さぁ、どうしてでしょうね? 神様からのギフトかしら」
私の足には6本めの指がある。生まれつき、左足の小指の先に、6本めの指の頭が付いているのだ。
物心ついた頃の私に母は言った、それは神からの特別な贈り物だと。
子どもの頃は、幾分それを信じていたように思う。病とは違い、痛くも痒くもない。ただ余分なものがある、というだけだ。
だというのに、少し年を重ね、社交界へ出る頃のこと。私は足の形に沿った、タイトでスリムな靴が履けない、そのことを強く意識した。
そこでやっと、私は他の少女たちと違い、異端である、と感じたのだった。
月夜の晩に、シルクのワンピースをかぶった少女と、ひとりの入院患者が、ふたりでこっそり会っています。
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私はその年の夏、夜空の下で恋をした。
彼は片目の兵隊だった。
野戦病院を抜け出して、裏林を抜けたところに小川の流れることを知っていた私は、彼を誘うようにそこへ駆けていった。
ふたり岸辺にたたずみ、少しの時をやり過ごす。水面に映る細い月は静かに揺れ、心地よいせせらぎが聴こえる。
先に踏み出したのは、またも私。逸る心おさえきれずに靴を脱ぎ捨て、素足で前へ駆けだした。
それなのに早く捕まえて欲しくて、すぐに彼を振り向いていた。
彼は綺麗だ。斜めに巻かれる、包帯の上のプラチナの髪が、月の光に照らされ輝きを帯びる。
彼の片方だけの碧の瞳に、いつしか私は鋭く捉えられた。その獣のような美しさに、この胸はより高鳴る。
逞しい肩に寄り添いたくてたった今、思わず手を差し伸べた私は。
そこでつるりと滑ったのだ。
彼は慌てて駆けてきた。そして、彼も同じくつるりと滑った。
浅い川だ、それでも揃って衣服の裾はずぶ濡れに。だからそのまま笑い合った。
ひとしきり笑った後、また、ふとした瞬間、見つめ合う。
水しぶきで彼の髪はいっそう輝き、私はいっそう欲しくなった。きっと彼もこの刹那、同じ思いを抱いている。
彼はゆっくりと、私の目と鼻の先に来て、私はそれを受け入れるために瞳を閉じた。
これは秘密の恋。
彼は私の、よく知らない人。どこの御家のどういう人なのか。
私は彼の、よく知らない人。何者かは言えない。だって私は看護婦だから。患者のひとりに特別な思いを寄せるなんて、許されないこと。
これが最後の逢引き。これが最初で最後の口づけ。
「ここでのことは、……私のことは、決して誰にも言わないでください」
「分かった。約束しよう」
「夢みたい」
「そうだな。このひと時は、ふたりでみた真夏の夜の夢だ」
私たちの出逢いも別れも、ふたりだけの秘密。ひと夏の恋は、川を流れる水にキラキラと解けていった。
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私は、国境近くに小さな領地を持つマクスウェル男爵家にて、領主の末子として生を受けた。名をセスリーンという。
両親の愛情を一身に受けて育ち、恵まれた人生の始まりであった。物心ついた頃から学問にも芸事にも興味を持って励み、勤勉な娘だと、そこここで評価されていた。性根も真面目で素直だ、と悪くない評判だ。
ただ、それにはわけがある。私には齢一桁の頃から、そのような良い娘であろうと努める、奇異な理由があった。
「ねぇ、お母様。どうして私の足には指が6本あるの?」
「さぁ、どうしてでしょうね? 神様からのギフトかしら」
私の足には6本めの指がある。生まれつき、左足の小指の先に、6本めの指の頭が付いているのだ。
物心ついた頃の私に母は言った、それは神からの特別な贈り物だと。
子どもの頃は、幾分それを信じていたように思う。病とは違い、痛くも痒くもない。ただ余分なものがある、というだけだ。
だというのに、少し年を重ね、社交界へ出る頃のこと。私は足の形に沿った、タイトでスリムな靴が履けない、そのことを強く意識した。
そこでやっと、私は他の少女たちと違い、異端である、と感じたのだった。
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