2 / 20
真夜中のスチュワード
しおりを挟む
「はっ…!!」
草木眠る夜陰のさなか、里梨お嬢様はたびたび前世の夢にうなされ飛び起きる。
「ああぁ……」
ぎゅっと上掛けを握り、しばらく夢と現実の狭間で惑ったまま、荒い息を整えやり過ごす。
そしてナイトテーブルに置かれたベルに手を伸ばし俺を呼ぼうとするが、震える指先はそれを突きとばしてしまうことも。
カラン、カラン……それが俺を求める合図となる。
「里梨様、失礼いたします」
コンコンとドアを小さくノックし、返事を待たず扉を開ける。
「次郎ぅ……」
瞳に貯めた涙が月光を浴びわずかに瞬く。
この時の里梨様は夜の露ほどに儚げで、胸を締め付けられた俺は早急な足取りで彼女の元にかしずいた。
「はい、雪路です。大丈夫ですよ、俺がここにいます」
垂れた彼女の頭をそっとさすり、その後ろ頭を枕元に導く。
「雪路。かならず朝まで手を握っておってくれ」
小さく開いた口から、きらり耀う犬歯が見えた。彼女の破顔はあの頃からずっと変わらない。
「もちろん。安心してお眠りください」
「うん」
左手でその小さな手を握り、右手で艶めく黒髪をゆるりと撫でる。安らかな眠りにつくように。
「遅刻は御免じゃからな、ちゃんと起こせよ」
彼女はまもなくスゥと入眠した。柔らかな頬が月明かりに照らされ蒼白く染まってゆく。まるで永遠の眠りについたかのような……。
しかしこの指から伝わる温もりは“あの時”と違い、俺に明確に伝える。彼女の魂は確かにここに存在しているのだと。
里梨様の持つ前世の記憶は、“あの時”がとりわけ鮮烈のようだ。あとは断片的なものだと話していた。
俺もそうなんだ。姿を消した小鶴様を探し回った数日間──
見つかった土気色の遺体、哀しみに包まれる城、彼女の眠る墓、そして、俺だけが見た……
墓石にまとわりつく白い蛇、水鉢をついばむ清白の鶴。
数々の忌まわしい情景が鮮明に、脳裏にこびりついている。
あの日、俺が彼女から目を離したせいで──そう、悔恨の記憶が今も夜もすがら、しばしば俺を苛むから。
──『わらわを守って。おぬしだけがわらわの……』
こんな折には──
彼女に必要とされる高揚感で眠気を蹴散らし、朝までこの熱を感じていよう。日が昇ればまたこの家の使用人として、雑用に身を砕く一日が始まるのだけど──……
草木眠る夜陰のさなか、里梨お嬢様はたびたび前世の夢にうなされ飛び起きる。
「ああぁ……」
ぎゅっと上掛けを握り、しばらく夢と現実の狭間で惑ったまま、荒い息を整えやり過ごす。
そしてナイトテーブルに置かれたベルに手を伸ばし俺を呼ぼうとするが、震える指先はそれを突きとばしてしまうことも。
カラン、カラン……それが俺を求める合図となる。
「里梨様、失礼いたします」
コンコンとドアを小さくノックし、返事を待たず扉を開ける。
「次郎ぅ……」
瞳に貯めた涙が月光を浴びわずかに瞬く。
この時の里梨様は夜の露ほどに儚げで、胸を締め付けられた俺は早急な足取りで彼女の元にかしずいた。
「はい、雪路です。大丈夫ですよ、俺がここにいます」
垂れた彼女の頭をそっとさすり、その後ろ頭を枕元に導く。
「雪路。かならず朝まで手を握っておってくれ」
小さく開いた口から、きらり耀う犬歯が見えた。彼女の破顔はあの頃からずっと変わらない。
「もちろん。安心してお眠りください」
「うん」
左手でその小さな手を握り、右手で艶めく黒髪をゆるりと撫でる。安らかな眠りにつくように。
「遅刻は御免じゃからな、ちゃんと起こせよ」
彼女はまもなくスゥと入眠した。柔らかな頬が月明かりに照らされ蒼白く染まってゆく。まるで永遠の眠りについたかのような……。
しかしこの指から伝わる温もりは“あの時”と違い、俺に明確に伝える。彼女の魂は確かにここに存在しているのだと。
里梨様の持つ前世の記憶は、“あの時”がとりわけ鮮烈のようだ。あとは断片的なものだと話していた。
俺もそうなんだ。姿を消した小鶴様を探し回った数日間──
見つかった土気色の遺体、哀しみに包まれる城、彼女の眠る墓、そして、俺だけが見た……
墓石にまとわりつく白い蛇、水鉢をついばむ清白の鶴。
数々の忌まわしい情景が鮮明に、脳裏にこびりついている。
あの日、俺が彼女から目を離したせいで──そう、悔恨の記憶が今も夜もすがら、しばしば俺を苛むから。
──『わらわを守って。おぬしだけがわらわの……』
こんな折には──
彼女に必要とされる高揚感で眠気を蹴散らし、朝までこの熱を感じていよう。日が昇ればまたこの家の使用人として、雑用に身を砕く一日が始まるのだけど──……
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる