ガマンできない小鶴は今日も甘くとろける蜜を吸う

松ノ木るな

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 ゴールデンウィーク明けの月曜日。学生らは新緑きらめく校庭を抜け、順に教室へ流れていく。

 朝の会も終わり間際の4年A組、その教壇に、廊下で待機していたらしい転入生が、教師に手招かれ姿を現した。「こんな半端な時期に…?」と生徒らの戸惑いが机と机の間で渦巻く。

 前方に佇む彼は、小学生の男子にありがちな制服に着られてるふうもなく、大人びていて知的な印象の少年だ。
富山とみやま玲凰れおです。どうぞよろしく」
 そのとき少し強い風が吹き抜け、転入生の淡い栗色の髪先を揺らした。その風を一身にまとうような彼の悠然とした姿勢に、幾人かは目を少し眩ませた。

「富山君は…、窓際の、あの席に座って」
「えっ」
 紬嬢が小さく声を上げた。なぜなら担任教師の指さすそこは里梨様の席の前。いつも紬嬢が休み時間に腰かけ、里梨様にちょっかいを出すための空席なのだ。が、仕方なし。


 この日3限目は連休中に課せられた職業体験の発表会だ。各自壇上にあがりハキハキと発表する。小学生が軽々とプロジェクターを使いこなすのも時代か。
 発表を終え一息つく湊君を、紬嬢がペンの先で突っついた。
「無難な発表におさまったわね?」
「うるさい。機密情報をもらしていいわけないだろ!」
 彼らの掛け合いを目に留めた里梨様はくすりと一笑し、心に落ちていた緊張の残像をかき消した。

「そういえば、最近も行方不明事件があってさ」
「んっ。またヒーローの活躍で子どもが救われたの!?」
 次の休み時間、彼らの話題はやはりこれになる。教室の隅に落ち着いて、自然の流れで里梨様を囲む陣形だ。

「今回はいなくなったのが子どもじゃないんだ」
「? 大人の行方不明は事件とは限らないんじゃ?」
「あの」
 その時、この輪をめがけ飛び込んできた声が。

「僕も仲間に入れてくれないかな?」

 声の主は転入生の富山少年だ。

「いいわよ」
 男子ふたりは「えっ?」とあからさまな顔を紬嬢に向ける。
 紬嬢こそ、「里梨この子目当てでは?」と考える「里梨バカ」の筆頭だが、慣れない環境で心細いだろう転入生を排除する気は毛頭ない。
 ただ会話がいちど始まれば大した気遣いもせず、彼らの雰囲気は何ら変わることもなかった。

「行方不明者は男子児童の父親だ。けど……」
 神妙な顔で湊君が説明するには、その足取りが確認できたのは居住地から30キロ離れた道の駅で、女子児童を連れていたという目撃情報があったのだと。
「じゃあ、その小学生に聞けば」
「その正体がわからないんだ。一緒にいたっていう子の情報があやふやらしくて」
 そこで聞き役に徹していた転入生、富山玲鳳が口火を切った。
「僕の見立てを話していい?」
「え、ええ」

 琥珀色の瞳に光を宿し彼は、「君たちのいう“ヒーロー”が本当にいるとしたら」と前置きした。
「その暗躍者が今回は事件が事件になる前に、加害者を≪始末≫した」
「!」
 彼の見立てにみな揃ってゴクリと唾を飲んだ。いよいよ完全無欠ヒーローの輪郭が浮き上がる。

「始末ってやっぱり……?」
 その言葉に敏感に反応し、それぞれ不穏な想像を巡らすのだが。
「悪は滅びるべきよ! どんな方法でも犯罪を無くすなら正義だわ。ね、さとりんもそう思うでしょ」
「え? ああ、うん、そうね」
 里梨様は少しの間ぼんやりしていたのを見破られ、マスクの上端をつまんで位置を正しながら苦笑いした。

「単独で行動してるのかな、そのスーパーヒーローは」
「かなりの成功率のはずだからチームかもな」
 ここでチャイムが鳴る。十五分間の中休みもあっという間だが、話に区切りはついた。みなさっさと席に戻る。

 里梨様も席に到着し、椅子を引くという時だった。
 背後から転入生君は唇を彼女の肩へ、そのまま流れるように耳元へ寄せた。

「このあいだの“おじさん”は美味かった?」
「!」

 里梨様はその瞬間、目を大きく見開いた。黒曜石の瞳が刹那、暗闇に覆われた。

 それはほんの一瞬の出来事で、周囲のクラスメートには怪しまれる隙もなかったが──。

「…………」
 不意を突かれた里梨様は、マスクの下で一滴の冷や汗を流していた。

 流水のような挙動で前の席に着席した富山少年の頬に、薄く笑みが浮かんでいたことを、彼女は気付けずにいた。

 里梨様は帰宅の道中、思い煩う様相を崩さなかった。

 自宅に着きまもなく我らは、メイドにこう伝えられる。
「つい先ほど旦那様がお越しです」
 病院の経営管理に外部機関との渉外で非常にお忙しい方が。突然、何用で……?

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