19 / 20
おいしかった?
しおりを挟む
ゴールデンウィーク明けの月曜日。学生らは新緑きらめく校庭を抜け、順に教室へ流れていく。
朝の会も終わり間際の4年A組、その教壇に、廊下で待機していたらしい転入生が、教師に手招かれ姿を現した。「こんな半端な時期に…?」と生徒らの戸惑いが机と机の間で渦巻く。
前方に佇む彼は、小学生の男子にありがちな制服に着られてるふうもなく、大人びていて知的な印象の少年だ。
「富山玲凰です。どうぞよろしく」
そのとき少し強い風が吹き抜け、転入生の淡い栗色の髪先を揺らした。その風を一身にまとうような彼の悠然とした姿勢に、幾人かは目を少し眩ませた。
「富山君は…、窓際の、あの席に座って」
「えっ」
紬嬢が小さく声を上げた。なぜなら担任教師の指さすそこは里梨様の席の前。いつも紬嬢が休み時間に腰かけ、里梨様にちょっかいを出すための空席なのだ。が、仕方なし。
この日3限目は連休中に課せられた職業体験の発表会だ。各自壇上にあがりハキハキと発表する。小学生が軽々とプロジェクターを使いこなすのも時代か。
発表を終え一息つく湊君を、紬嬢がペンの先で突っついた。
「無難な発表におさまったわね?」
「うるさい。機密情報をもらしていいわけないだろ!」
彼らの掛け合いを目に留めた里梨様はくすりと一笑し、心に落ちていた緊張の残像をかき消した。
「そういえば、最近も行方不明事件があってさ」
「んっ。またヒーローの活躍で子どもが救われたの!?」
次の休み時間、彼らの話題はやはりこれになる。教室の隅に落ち着いて、自然の流れで里梨様を囲む陣形だ。
「今回はいなくなったのが子どもじゃないんだ」
「? 大人の行方不明は事件とは限らないんじゃ?」
「あの」
その時、この輪をめがけ飛び込んできた声が。
「僕も仲間に入れてくれないかな?」
声の主は転入生の富山少年だ。
「いいわよ」
男子ふたりは「えっ?」とあからさまな顔を紬嬢に向ける。
紬嬢こそ、「里梨目当てでは?」と考える「里梨バカ」の筆頭だが、慣れない環境で心細いだろう転入生を排除する気は毛頭ない。
ただ会話がいちど始まれば大した気遣いもせず、彼らの雰囲気は何ら変わることもなかった。
「行方不明者は男子児童の父親だ。けど……」
神妙な顔で湊君が説明するには、その足取りが確認できたのは居住地から30キロ離れた道の駅で、女子児童を連れていたという目撃情報があったのだと。
「じゃあ、その小学生に聞けば」
「その正体がわからないんだ。一緒にいたっていう子の情報があやふやらしくて」
そこで聞き役に徹していた転入生、富山玲鳳が口火を切った。
「僕の見立てを話していい?」
「え、ええ」
琥珀色の瞳に光を宿し彼は、「君たちのいう“ヒーロー”が本当にいるとしたら」と前置きした。
「その暗躍者が今回は事件が事件になる前に、加害者を≪始末≫した」
「!」
彼の見立てにみな揃ってゴクリと唾を飲んだ。いよいよ完全無欠ヒーローの輪郭が浮き上がる。
「始末ってやっぱり……?」
その言葉に敏感に反応し、それぞれ不穏な想像を巡らすのだが。
「悪は滅びるべきよ! どんな方法でも犯罪を無くすなら正義だわ。ね、さとりんもそう思うでしょ」
「え? ああ、うん、そうね」
里梨様は少しの間ぼんやりしていたのを見破られ、マスクの上端をつまんで位置を正しながら苦笑いした。
「単独で行動してるのかな、そのスーパーヒーローは」
「かなりの成功率のはずだからチームかもな」
ここでチャイムが鳴る。十五分間の中休みもあっという間だが、話に区切りはついた。みなさっさと席に戻る。
里梨様も席に到着し、椅子を引くという時だった。
背後から転入生君は唇を彼女の肩へ、そのまま流れるように耳元へ寄せた。
「このあいだの“おじさん”は美味かった?」
「!」
里梨様はその瞬間、目を大きく見開いた。黒曜石の瞳が刹那、暗闇に覆われた。
それはほんの一瞬の出来事で、周囲のクラスメートには怪しまれる隙もなかったが──。
「…………」
不意を突かれた里梨様は、マスクの下で一滴の冷や汗を流していた。
流水のような挙動で前の席に着席した富山少年の頬に、薄く笑みが浮かんでいたことを、彼女は気付けずにいた。
里梨様は帰宅の道中、思い煩う様相を崩さなかった。
自宅に着きまもなく我らは、メイドにこう伝えられる。
「つい先ほど旦那様がお越しです」
病院の経営管理に外部機関との渉外で非常にお忙しい方が。突然、何用で……?
朝の会も終わり間際の4年A組、その教壇に、廊下で待機していたらしい転入生が、教師に手招かれ姿を現した。「こんな半端な時期に…?」と生徒らの戸惑いが机と机の間で渦巻く。
前方に佇む彼は、小学生の男子にありがちな制服に着られてるふうもなく、大人びていて知的な印象の少年だ。
「富山玲凰です。どうぞよろしく」
そのとき少し強い風が吹き抜け、転入生の淡い栗色の髪先を揺らした。その風を一身にまとうような彼の悠然とした姿勢に、幾人かは目を少し眩ませた。
「富山君は…、窓際の、あの席に座って」
「えっ」
紬嬢が小さく声を上げた。なぜなら担任教師の指さすそこは里梨様の席の前。いつも紬嬢が休み時間に腰かけ、里梨様にちょっかいを出すための空席なのだ。が、仕方なし。
この日3限目は連休中に課せられた職業体験の発表会だ。各自壇上にあがりハキハキと発表する。小学生が軽々とプロジェクターを使いこなすのも時代か。
発表を終え一息つく湊君を、紬嬢がペンの先で突っついた。
「無難な発表におさまったわね?」
「うるさい。機密情報をもらしていいわけないだろ!」
彼らの掛け合いを目に留めた里梨様はくすりと一笑し、心に落ちていた緊張の残像をかき消した。
「そういえば、最近も行方不明事件があってさ」
「んっ。またヒーローの活躍で子どもが救われたの!?」
次の休み時間、彼らの話題はやはりこれになる。教室の隅に落ち着いて、自然の流れで里梨様を囲む陣形だ。
「今回はいなくなったのが子どもじゃないんだ」
「? 大人の行方不明は事件とは限らないんじゃ?」
「あの」
その時、この輪をめがけ飛び込んできた声が。
「僕も仲間に入れてくれないかな?」
声の主は転入生の富山少年だ。
「いいわよ」
男子ふたりは「えっ?」とあからさまな顔を紬嬢に向ける。
紬嬢こそ、「里梨目当てでは?」と考える「里梨バカ」の筆頭だが、慣れない環境で心細いだろう転入生を排除する気は毛頭ない。
ただ会話がいちど始まれば大した気遣いもせず、彼らの雰囲気は何ら変わることもなかった。
「行方不明者は男子児童の父親だ。けど……」
神妙な顔で湊君が説明するには、その足取りが確認できたのは居住地から30キロ離れた道の駅で、女子児童を連れていたという目撃情報があったのだと。
「じゃあ、その小学生に聞けば」
「その正体がわからないんだ。一緒にいたっていう子の情報があやふやらしくて」
そこで聞き役に徹していた転入生、富山玲鳳が口火を切った。
「僕の見立てを話していい?」
「え、ええ」
琥珀色の瞳に光を宿し彼は、「君たちのいう“ヒーロー”が本当にいるとしたら」と前置きした。
「その暗躍者が今回は事件が事件になる前に、加害者を≪始末≫した」
「!」
彼の見立てにみな揃ってゴクリと唾を飲んだ。いよいよ完全無欠ヒーローの輪郭が浮き上がる。
「始末ってやっぱり……?」
その言葉に敏感に反応し、それぞれ不穏な想像を巡らすのだが。
「悪は滅びるべきよ! どんな方法でも犯罪を無くすなら正義だわ。ね、さとりんもそう思うでしょ」
「え? ああ、うん、そうね」
里梨様は少しの間ぼんやりしていたのを見破られ、マスクの上端をつまんで位置を正しながら苦笑いした。
「単独で行動してるのかな、そのスーパーヒーローは」
「かなりの成功率のはずだからチームかもな」
ここでチャイムが鳴る。十五分間の中休みもあっという間だが、話に区切りはついた。みなさっさと席に戻る。
里梨様も席に到着し、椅子を引くという時だった。
背後から転入生君は唇を彼女の肩へ、そのまま流れるように耳元へ寄せた。
「このあいだの“おじさん”は美味かった?」
「!」
里梨様はその瞬間、目を大きく見開いた。黒曜石の瞳が刹那、暗闇に覆われた。
それはほんの一瞬の出来事で、周囲のクラスメートには怪しまれる隙もなかったが──。
「…………」
不意を突かれた里梨様は、マスクの下で一滴の冷や汗を流していた。
流水のような挙動で前の席に着席した富山少年の頬に、薄く笑みが浮かんでいたことを、彼女は気付けずにいた。
里梨様は帰宅の道中、思い煩う様相を崩さなかった。
自宅に着きまもなく我らは、メイドにこう伝えられる。
「つい先ほど旦那様がお越しです」
病院の経営管理に外部機関との渉外で非常にお忙しい方が。突然、何用で……?
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛
MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる