【2章完結】これは暴走愛あふれる王子が私を呪縛から解き放つ幸せな結婚でした。~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~

松ノ木るな

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ボリジの章

㉒ 離れていても

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『で、でも、衣服の色と髪の色はまた別の話です。この国でも、大陸をふたつに分けた、忌まわしい逸話は語り継がれているのでしょう?』

 ダインスレイヴ様から僅かに目を逸らし、私は口早にまくし立てる。

『国境の中心部、ディースの土地で暮らしていた乙女ノルンは、こんな髪色に変わってしまって……それをきっかけに、人々の日々の営みに混沌が』

 いつになく言葉が止まらない私の唇。

 しかし、それを彼はごつごつした親指で撫でながら、そっと塞ぐのだった。

『国民ひとりひとりがどう思うか、それは私にも定かではない。しかし私は君に、この命の終わる時まで、伴侶として共にいて欲しい。どうか何事にも屈しない勇気を、この私に』

『あ、頬ずり、くすぐったいですっ……』

 なんだかもう、本当に犬みたい!

『ありったけのマドンナの加護をくれ』

 戸惑う私を目を細めて見つめてくる。この髪に大きな手で触れながら。

『私なんかが、あなたに勇気を与えることができるのですか……?』

『もちろん。古来から戦士は、出陣前にルリジサの花をワインに浮かべ、勇気を奮い立たせたと伝わる。ゲン担ぎなんだと』

『へえ……。え、ワイン!?』

 はっと気付いた私に、彼はにっと笑って白い歯を見せた。

『これから出陣前夜は君とワイン風呂で過ごす。衣装も髪飾りも君が求めるものを用意する。月見が必要なら外に浴場を作ろう。なんでも言ってくれ』

『こんな私が……、あなたの役に、立つというのですか……』

 私があなたの、心の支えに……?

『立つ立つ!』

 また満面の笑顔を見せてくれた。

 もう、触れてもいないところがくすぐったい。胸の鼓動が落ち着かない。

 心なんてどこにあるのか分からないところがこそばゆくて、

 彼の目が見られなくて……モゾモゾしてしまう。

『だからさ、たまにはこの髪を下ろしてくれ。出会って初めての夜に見せてくれたような、君の流れる長い髪が好みなんだ』

『あ……』

 言いながら彼は私の髪留めを外し、ワインの湯船に放り投げた。すかさず髪がするりと下りる。

『「え……?」』

 信じられない光景が私たちの目に映る。

 ワインに浸かる、腰より下の髪が、みるみるうちに桃色に染まってゆく──。

「どうして……」

 輝く白ワインの湖面に浮かぶ、私の髪の先がストロベリーブロンドの艶めきを放ち、ゆらゆら揺れる。震える両手でこの髪をすくってみた。

『今まで、どんなに染めようとしても不可能だったのに……』

『ははっ、これはすごい』

 彼を振り向いたら、長い睫毛の奥の澄んだ瞳を、まん丸くしている。

『君は本当にルリジサの花の精だったか』
『え?』

『ルリジサの花はワインに浮かべると桃色に変化するんだ』
『そうなんですか?』

『昔話ではたしか、ふたりの風の精が美しい乙女を取り合って、冷たい威嚇の風を吹かせたら、それを受けた彼女は髪も肌も真っ青に変わってしまった。嘆く乙女は傷心のあまり花に姿を変えた。ということだが』

 考えるそぶりの彼は、虚空を眺めている。

『その先の物語は、そうだな。通りすがりの戦士が、その花の美しさに惹かれ持ち帰り、ワインに浸けた。それが桃のように色を変えたのだからまあ驚いた!』

『まぁ、なんですそれ』

 私は小さく噴き出してしまった。

『以後、花の精のおかげで戦士は連戦連勝。武功を立て富と名声を得、ふたり幸せに暮らしていったとさ。どうだ?』

『それはなんとも……漁夫の利、ですね……』
『ユニヴェール?』

 そんなふうに応えた私は、どうしてだろう、涙があふれて止まらなくなった。

 この涙をぬぐいながら、次に彼が言うのは。

『でも私は青髪のが好きだな。だから私とワイン風呂に入る時以外は、そのままでいてくれ』

『はい……はいっ……』

 返事をする以外、どうにも言い表せないの。今のこの気持ちを。

 ひとつわかるのは、私は心から、あなたの妻になりたいです。

『じゃあそろそろ君の部屋で、「キョリカンバグテル」しよう!』

『んっ?』

 またずいぶん屈託のないお顔で、なんですかそれは……。

『ん、不服なのか? では私の部屋ならどうだ?』

『…………』
 いえ、場所がどうとかではなく、キョリカンバグテルが分かりません。




『あ、あのっ……』
 浴場から出て侍女らに着替えを手伝ってもらったら、ダインスレイヴ様はほぼ無言で私の腰を抱き、寝室へ向かっている。

 そのエスコートはいつにも増して強引で、入浴後の火照った身体には……。


 早歩きのせいでもう私の部屋に戻ってきてしまった。室内だというのに、留まることを知らない勢いで彼は……。

「あっ……」
 ふたりしてベッドにどさっと飛び込んだら、彼は私を優しく枕元に寄せ、自身もベッドに横たわり、
『…………』
「…………」
頬を染めて、見てくる。

「…………」
 ただひたすら見つめられてる私……。

 あ、キョリカンバグテルの答えが分かった。

 それは彼の中で“添い寝”のことであった。

 そして、私の乾ききらない髪を少しのあいだ撫でていたら、彼はすぐに寝息を立て寝てしまったのだった。


 私はふぅと息を抜いた。
「寝つきのいい、子どもみたい」

 夜明けから出立だものね。かりそめの休息。

 想像できるわ。これからもこの方は、王子という立場で果敢に戦場に立つのだろう。争いの起こる限り。

「必ず無事に帰ってきてください……」

 まだ知り合って日も浅く、その間も何かと離ればなれでいたのに、もうずっと長く一緒にいるような気がする。この方の存在感の大きさかしら。

 だから……やっぱり寂しい。
 戦地に行く夫を思いやり、ただ祈りを捧げるべき立場で「寂しい」だなんて……妻失格だわ。
 失格だけど、それが私の真心ほんねなの。

「ちゃんと無事に帰ってきて、登校してください」

 私、あなたの言いつけ通り、両国の架け橋を育むことに力を尽くすわ。部活の顧問もしっかり果たす。だから、

「早く帰ってきて、部活にも出席してくださいね」

 私、こんなに甘えただったかしら。出会ったことのない、知らない自分が今ここにいる。

「明日からも、頑張りましょう……」

 身体の火照りが完全にはおさまらないまま、彼の低い寝息に、心地よい眠りの世界へ誘われる。

 このようにして、嫁入りによる私の新しい人生は幕を開けたのだった。




                    ~ to be continued...



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第一章、お読みくださいましてありがとうございました。


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