咎の華

庭伊 凛

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咎の華ー在る令嬢の軌跡ー

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少女は幼い頃からの婚約者がいた。

隣国の公爵家の少年だった。

 時たま少女に会いに来たときは少女は喜び勇んで彼を連れ回したものだ。
 お気に入りのバラの園で彼とのんびりと会話することが少女にとってとても楽しかった。

 成長してゆくうちに幼い好意は恋心へと変わってゆく。
大きくなっても相も変わらず自身に優しい笑顔を向けてくれる彼のことをどうして嫌いになれようか。

 恋は人を変えると多くの人が云う。

 全くその通りだと彼女は思う。嫌いな勉学も、マナー講座も、彼のためならばと彼女は頑張れた。
 例え、異国の地で外様として辛い思いをするだろうからと心配されても彼の側で、あのいつもの様に手を握って話をしてくれる。

 たったそれだけで彼女は頑張れた。


 そして、少女が淑女に、少年が立派な青年になった頃。

 戦争が始まった。

 大陸の外の大国がこの大陸に攻めてきたのだ。
 商人たちの噂では外の国(この大陸以外の国を皆、そう呼んでいた)は寒く枯れた土壌しかないのだと云う。だから此処を羨ましがって戦を仕掛けてきたのだと云う。

 だが、外の国は強かった。多くの国が同盟国を結んで戦わねば勝てないほどに。

 多くのものが戦場へと旅立っていった。

 己の故郷を守る。と言う大儀をもって。

 その中には令嬢の婚約者もいた。
 
 キミを守りたいから。だから待っていてくれ。

 そう言い残して。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    それから、しばらくして戦争は終わった。
 婚約者は約束通り彼女の元に帰ってきた。只々それだけで彼女にとっては一番嬉しかった。

 別に“英雄”じゃなくてもいい貴方が帰ってきた。
 ただそれだけで私は十分なの。

 貴方と手を繋いでたわいもないことをお話しする。

 それがわたしの幸せ。

 だが、帰ってきた婚約者は“英雄”だった。誰もが英雄を褒め称え、羨み、その背に英雄を夢見た。

 それは彼女にとって悲しいこと。
    彼は英雄なんかじゃないでしかないのに。

 婚約者は帰ってきてから時たま魘されていることに彼女は気づいていた。手を握るときも恐る恐る握ってくることにも。

 別に、血に染まった汚れた手であろうが私には関係ないのに......。戦いで貴方が汚れたというのなら、守って貰った私たちはもっと薄汚い.....令嬢はそう思っていた。

 だからこそ彼を支えてゆこう。例え令嬢自身が彼と同じように汚れてしまっても。

 そう、決意した矢先だった。

 戦争がまた始まった。

 仲の良かった隣国との戦争。

 婚約者の国との戦争。

 大儀なんてない。ただ何方かが生き残ることを賭けたセンソウ。

 最初は良かった。先の戦争と同じように決められていた兵が戦争へと旅立って行った。令嬢はまた両国が元に戻ることを願って彼の無事を祈った。

 けれど、センソウはなかなか終わらなかった。

 1人また1人と殉職の報せが届き、誰かが泣き崩れた。

 数百数千と戦場忌まわしい場所へと旅立って行った。

 そして、父の甥であり、婚約者だった彼の友人だった男の訃報が届いた。話ではその彼に殺されたのだと云う。

 多くの者たちが“英雄”と言った彼のことを“悪魔”と言った。友を平気で斃せる心のない魔物だと。

 だから令嬢は泣いた。

 きっと泣けない優しい彼の為に。

 辛い戦いをした2人のために。

 わたくしたちは国にはー王には逆らえないのだから。きっと優しい彼は心を壊してしまうほど哭いているのだからと。

 それから、暫くしてこの国の王は全ての者が武器を取るようにとお触れを出した。


 それから、暫くして令嬢の兄は出兵して行った。

 そして、二度と戻ってこなかった。

 令嬢は泣いた。己の無力さに、己の情けなさに。

 こうして彼女は剣を取った。

 センソウは長く続いた。誰もが笑顔を忘れてしまうほどに。飢えた人々は目をギラギラとさせてお互いで争い合った。

 でも、令嬢にとってそんなことはどうでも良かった。
 例え食べ物が暖かいスープと真っ白いパンが無くなって黴たパンだけになっても彼女にとってどうでもよかった。

 きっと、彼は泣いている。苦しんでいる。

 わたくしよりずっと。

 そう知っていたから。

 だから彼女は待つことをやめた。


 戦場狂気の渦巻くそこは恐ろしい場所だった。

 兵士たちは何が楽しいのか人を殺して嗤っていた。
 女に飢えた兵士ケダモノに襲われそうになった。

 人を斬って、令嬢ー少女は初めて吐いた。

 足元を血の池で満たして、手を血で真っ赤に染めて、真っ白だったマントが真っ黒になった。
 もう、幾人殺したのだろうか少女は忘れてしまった。

 それでも、よかった。

 いつか何処かで彼に逢えるのなら。

 また、手を繋ぐことができるのなら。

 たったそれだけが、少女の願いだった。

 在る戦さ場でこんな噂が流れた。敵国には恐ろしく強い青年がいると。人を殺しながら涙を流して嗤うんだと。その歪さから悪魔と言われているのだと。そして次の戦場は


ーーー少女と同じ戦場だろうと。


 だから、その日少女は駆けた、戦場狂気の渦の中にいるであろう婚約者の元に。

 貴方とともに堕ちるのなら。

 それでいいのです。

 ただ手を繋いでくだされば

 それでいいのです。

 そして彼らは戦場で逢った。狂気の渦の中で2人だけの逢瀬のように。

 けれど

 青年はその紫紺の瞳に何も映してはいなかった。
   青年は悲しそうに嗤っていた。
 青年愛しい人は狂ってしまっていた。

 だから、少女は決めたのだ。己の全てを賭けて狂ってしまった彼を止めるために。

 もう、とうに馴染んでしまった白銀の剣の切っ先を彼に向ける。さあ、舞踏会で踊ったあの日のように一緒に踊りましょう。そうつぶやいて。

 剣がすれ違い、交わり、離れ、また交わる。

 彼は強かった。“英雄”と言われるくらいに“悪魔”と言われるくらいに。きっと少女は負けるだろう。

 でも、それでもいいのだ。彼が私に気づいてくれるのなら。

 そして、その時が来た。

 さくりと胸に入って来た剣は冷たかった。

 でも、少女にとってそれ以上に嬉しかったのだ。

 彼は私を見てくれた。

 その、いつもの優しい紫紺の瞳で。

 遠くなる意識の中、少女は微笑んだ。例え汚れてても良い。嫌われても良い。後世で裏切りだと罵られても良いのだ。

 只々、貴方と共に手を携えて堕ちてゆくそれだけで私は良いのです。

ただ、それだけ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 いつか、どこかの時代。この戦場には伝説が残っているという。それを見るために多くの観光客が訪れる。
毎年、この戦場に咲く真っ白い花は戦で亡くなった人の鎮魂花だという。
 
 だがよく見てみると2輪だけ違う色の花があるのだと云う。

血を吸ったような真紅の花が2輪だけ寄り添って咲いているのだと云う。
 
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