Paradigm Zero

狐島 秋

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[1] 『蓮くんへ』

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天気予報は雨だったにも関わらず、空は青々と晴れ渡っていた。

夏も過ぎ、3ヶ月近くもじりじりと照りつけた日差しも、秋も終盤となったこの頃には恋しさを覚えていた。

「もうすぐ5年だな。今年は晴れて良かったよ」

そう言って、俺は手を合わせる。
線香の煙越しに、『古矢家之墓』の文字が目に入った。

その中に眠るのは、古矢 卯月(ふるや うづき)。俺──鷹栖蓮(たかす れん)の彼女だ。

5年前、彼女を突然の交通事故で失った。その夜は雨で視界が悪かったようで、正面から来たトラックと衝突し、ガードレールの外に弾き出されるようなかたちで亡くなったそうだ。

近くを通った通行人が見つけた時には既に息は無かったという。

弾かれた衝撃というよりも、傷口からの出血と氷雨を浴びた末の衰弱が主だった死因らしかった。

卯月が亡くなったと連絡を受けたのは翌日の昼前、学校を飛び出して病院に向かった。

そこで目の当たりにした、泣き叫ぶ彼女の親と、目を閉じ眠る冷たくなった彼女の姿。



「もう台風も過ぎたし、もう今年いっぱい雨は降らないだろうって、ニュースで言ってた。もし次降るなら雪になるだろうしな」

そう言って墓石に触れる。

───なんで、お前なんだろうな。

そう言いかけた口を閉ざし、俺は立ち上がった。

「雪でも降ったらまた掃除しに来るよ。冷たいままじゃ嫌だろ?」

手桶を持って去ろうとすると、対面から歩いて来た人と目があった。

「あれ?鷹栖君?」

水の入った手桶と花を携えた、卯月の父親だった。




「そうか。じゃあこの花は家の仏壇に飾っておくとするよ」

俺たちは、二人で墓参りを済ませた後、卯月の家へ向かっていた。命日からちょうど節目の今日、卯月の部屋の片付けをしているらしく、それを手伝うためだった。

「毎年毎年ありがとう。あの子は本当に幸せ者だ」

「いえ。あいつにもらった恩も返しきれてないですしね。あいつが見てたら『未練がましい』って怒られそうですけど」

卯月の性格からすれば、死んだ女にいつまでもしがみついてんな、ぐらいは言いそうなものだ。

「あの子なら言うかもしれないね。いつまでも暗い顔してちゃそれこそ恨まれてしまう。だからこそしっかりと自分たちの中で折り合いをつけようって妻と決めたんだ」

そう言った彼の顔は、聢と前を見つめていた。

「…そうですね」

俺の返答はどこか曖昧になった。『折り合い』という言葉が俺の中でチクリと痛む。

果たして、俺にとっての折り合いとは。
新しい恋でも探すべきなのだろうか。
卯月の存在がそれを阻んでいるのだろうか。

「…俺も、先を見ないとな」

先。それがどこか見えないまま、俺は呟いた。



卯月の家へと着いた。紺色の屋根に、レンガ風の外壁。庭の隅に植えられた柿の木に、玄関前のゴールデンレトリバーの置物。
幼い頃、犬が欲しいとねだる卯月に父親が買ってきたものらしい。渡された時はすごく喜んだけど、よくよく考えたらあれ騙されてるよね、と本人談。

「じゃあ、上がってよ。部屋は…」

「二階の突き当たり。覚えてます」

「ふふ。それじゃあ部屋の荷物は任せていいかな。私たちは下の荷物をまとめるから。多分部屋の前辺りに空の段ボール箱が置いてあると思うから、それに詰めてくれるかい」

わかりました、と頷いて、俺は階段を登っていった。
二階の廊下。突き当たりの扉にはウサギのプレートに『Uzuki』と書かれていた。

「卯月の部屋………」

ドアノブに手をかけ、押し開いた。

扉の先は、5年前となんら変わっていなかった。

机の上や、床にはほこりはほとんどない。彼女の両親が恒常的にこの部屋を掃除していたのだろう。

参考書の類いや記念写真もそのままだ。

部屋の中央に段ボールを置いた。手始めに本棚から片付けていこう。

扉の脇に置かれた大きな本棚。
半分くらいは彼女の好きな恋愛小説。もう半分は俺の勧めた漫画類。
そのため、棚の中は女性向け恋愛小説と少年漫画が混在している奇妙なものになっていた。

サイズや種類ごとに丁寧に並べられた本棚の中も、5年前で止まっている。

俺のなかで終わったストーリーも、彼女の中では終わっていないのだ、と思うと本を持つ手が重くなった。

「感傷に浸ってちゃ終わらない……」

一息深呼吸してから、元のペースで片付けを再開する。

2、3時間もすれば、部屋のめぼしい物は片付けきれた。
本や小物は段ボールに詰め、クリアケースに入った衣類はそのまま搬出した。ハンガーにかかったものは畳んで段ボールへ。

「残るは………」

クローゼットの奥。段ボールが幾つか積まれていた。

「あれだけか……」

クローゼットの奥へと入り、段ボールを持ち上げる。

「………ん?」

視界の端に、白いものを捉えた。
段ボールを脇に置き、それを拾い上げる。

真っ白な封筒だった。微かに重さを感じる。宛名は───。

「……蓮………!?」

『蓮くんへ』と黒いボールペンで記されていた。

俺は慌てて封筒をテーブルの上へ開けた。中から出てきたのは三つ折りにされた一通の便箋と、2本の鍵。
1本は銀色の、どこにでもあるような普通の鍵。もう一本は見たこともないような装飾の施された金色の鍵。

便箋を広げる。

『私がいなくなって寂しがっている蓮くんへ 

   この手紙は私からキミへの最後の言葉です。自殺をしようとかそういう訳じゃないけれど、この手紙を君が読む頃には私はいないと思います。

   もしこの手紙を君が読んでいる時に私が生きていれば、読むのを止めて速やかに私に手紙と鍵を返すこと。

   そうじゃなければ、このまま読み進めて下さい。

   2本の鍵は君に託します。金色の鍵は大切に持っていて下さい。誰にも渡しちゃダメ。私自身と同じぐらい大切にしてね?♥️

銀色の方は君もよく知る場所にあるロッカーの鍵。本当の事が知りたくなったら開けて欲しい。

最後に。

私は君にとても感謝しています。こんな私を好きになってくれた事。こんな私と毎日を過ごしてくれた事。私の事は忘れて欲しいけど、きっと忘れてくれない君が大好きです。

ありがとう。
                                              愛しの卯月ちゃんより』



「………………は?」

なんだ。なんだこの手紙は。

金色の鍵を渡すな?銀色の鍵はロッカーの鍵?

いや、そんな事じゃない。

大好きとか、ありがとうとか、それより前に───



「……卯月は事故死だろう?」



なんでこんな『遺書』みたいな手紙があるんだ?

卯月は自分が死ぬのを分かっていたのか?事故を予言したってのか?

そんなバカな事がある訳ない。

じゃあ何故?なんでこんなものが………………いや…もしかして、

いや、これが本当ならとてつもない事だ。

第一、俺達は5年間とんでもない事実を知らなかった事になる。



「………卯月は……………殺されたのか?」




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