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魔王編

同郷者が変な奴で辛い

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「魔王様、たまにはこういうのもいいもんでゴザルな」

 いま俺の横には蛇吉が歩いている。
 珍しい組み合わせだろ?
 そしてここは魔王城城下町だ。

「ああ、そうじゃの……お主とこうして歩くのは初めてかもしれんな」

 確かに蛇吉は近衛で護衛騎士隊長でもあるが、あまりこうして労った事は無かったわ。
 まぁ、苦労を掛けてるとは言い難いが……

 出がけにウロ子に

「せっかく勇者も来ない平穏な一日に、男2人でお出かけとか寂しくないですか?」

 と言われたが、まあたまには悪くないもんだぞ。
 男同士変に気を遣う事なく散策が出来るってもんだ。
 さらにムカ娘の刺さるような視線を感じたが、俺は逃げるようにして蛇吉を連れて転移で城下町まで来ている。
 今日は人間の町では月に一度の勇者巡礼の日だ。
 世界中の勇者が最寄りの教会にて活動報告を行っている。
 平和だ……

 遠くから子供たちの笑い声が聞こえる。

「ふむ……なかなかに健脚な様子。獣人の子らでゴザルな……なかなかに将来が楽しみでゴザル」
「うむ、そうじゃの」

 蛇吉の言葉に、俺が笑顔で頷く。
 ちなみに今日は老人バージョンだ。
 別にウロ子に言われたからじゃないよ!
 若い男二人が町をウロウロするのが恥ずかしかったわけじゃないんだからね!

「あっ! 魔王様だー!」
「隊長も居るよ!」

 違う方向からおっさんの声が聞こえる。
 ふとそちらに目をやると、2m近いサイクロプス族が声を掛けてくる。

「おお、サイクロプスの児子か……めんこいでゴザルの」
「そ……そうじゃの……」

 あれで子供か……でかくね?

『魔王様! 蛇吉様! おはようございます!』

 いくつぐらいだろ? 完全に変声期通り越しておっさんの声なんだが……

「うむ、おはようでゴザル!」
「オハヨウ」

 はっ! いかんいかん! 魔王がこんな事でどうする。

「お主ら元気がいいな、そうじゃこれをやろう」

 俺はそう言って【三分調理キューピー】で骨付き肉を作りだす。

「わー! 美味しそう!」
「すごーい! 魔王様ってこんな事も出来るんだ!」

 おっさんどもが……ゴホン! 子供たちがキラキラとした目で俺が作り出した骨付き肉を見つめる。
 別に他の子供と差別したわけじゃないからな!
 ただ、こんだけデカいと飴玉じゃ物足りないと思ったからだ。
 区別だ! 区別!

「しっかり食して! しっかり育つのじゃぞ!」
「うん! ありがとう魔王様!」
「いただきます!」
「わー! 持って帰って妹にも分けてあげようっと!」

 妹……だと?

「そ……そうか、お主は妹思いなのじゃな! もう一本やるゆえ、それはお主が食うとよかろう」
「うわぁ! ありがとう!」

 両手に骨付き肉を持って駆けって行く2mのサイクロプス……子供なのか……

 それからしばらくすると、少女たちに囲まれる。

『魔王様! 蛇吉様! おはようございます!』
「うむ、おはよう!」

 次に出会ったのはサキュバスの子供たちだ。
 3人居たが、頭を下げると少し大きめの服の隙間から未発達の胸が見えそうになる。
 だが、残念なことに俺は小児愛者ではない。
 不思議な魅力を感じたが、基本全ステータス異常無効なので特に動揺することなく応える。
 が……横の馬鹿は違った……

「おい! 蛇吉! どこを見ておる?」
「はっ! 魔王様! おっぱいでゴザル!」

 馬鹿め!
 というか、この程度のチャームもレジストできないのか……
 若干トロンとした目をしている。

「あー! 蛇吉様イヤらしいんだー!」
「もう! 蛇吉様のへんたーい!」
「でも蛇吉様ならいいかな? 蛇吉様いっしょに遊ばない?」

 おい! 3人目の奴! ちょっと意味が違わなくないか?

「魔王様! 拙者は火急の用が出来た故、ここで……」
 ドカッ!

 俺が思いっきり蛇吉の頭をどつく。

「馬鹿たれ!」
「はっ! 拙者は一体何を!」

 我に返った蛇吉が辺りをキョロキョロと見回している。
 その時遠くから一人の妖艶なサキュバスが走ってくる。

「これは魔王様! 隊長殿! 娘達が大変失礼致しました」
「いや、構わぬ。お主の娘か……なかなか末恐ろしい娘達じゃな」

 そう言って目の前で頭を下げる。
 大きく開いた胸元から、大きめの乳房の先端が見えそうで見えない。
 だが、俺はかろうじて自制心を保って応えることが出来た!
 きっとチラリとも見ていないはずだ!
 間違いない! そうだと信じたい!
 そしてチラリと横の馬鹿を見る。
 思いっきり胸元を凝視している。

「おい……蛇吉? 何を見ておる?」
「はっ! 魔王様! 大きなおっぱいでゴザル!」

 ズドガッ!

 今度はかなり強めに蹴り飛ばす。

「はっ! 拙者は何を!」
「いやだわ蛇吉様ったら……でも蛇吉様なら……」
「あまりからかってやるな……まあ良い……ほどほどにな」

 俺はそう言って彼女たちにチーズケーキと豆乳ラテを渡す。
 セロトニンが多く含まれる食料を摂取すれば、幸福感が満たされ性欲が減退すると聞いたことがあったからな。

「まあ美味しそう! 早速帰ってティータイムにしましょう!」
「はーい! ありがとう魔王様!」
「いただきまーす!」
「残念ですが、今回はこれで我慢します」

 3人目が肉食過ぎる件……

「はっはっは……サキュバス殿達は恐ろしいでゴザルな!」
「……」

 蛇吉が何か言ってるが、俺はジト目で返す。

「はっは……はぁ……拙者もまだまだでゴザル」

 少しは反省したようだ。

 取りあえず食事にしようという事で飲食街の方に向かうと、何やら人だかりが出来ている。

「魔王様! 何かあったようでゴザル!」
「……気にするな」

 人だかりの中心の人物の気配を感知して、関わらない方が良いと判断した。

「拙者、見て参るでゴザル」
「おい! 余計な事をするんじゃない!」
「しかし市井でのもめ事でござりませぬか?」

 特に聞くつもりも無かったが、人だかりの中から一際大きな声が聞こえてくる。

「おい、こいつはぐれ勇者だぞ!」
「なんで、今日ここに居るんだ……」
「しかも倒れてるし……どうする?」
「どうするつってもなー……」

 やっぱり……

「魔王様! 勇者が現れたようでござりまする!」

 知ってるよ……てか蛇吉声がでかい!

「魔王様だって!」
「良かった……魔王様! 勇者が!」

 ほら見ろ! 蛇吉の馬鹿め!
 こっちに気付いた住民が声を掛けてくる。
 本当は気付かないふりをしてやり過ごすつもりだったが、見つかってしまってはしょうがない。
 というか、完全に連れてくる人選間違ったわ……

「ま……魔王だと……」

 弱弱しい声が人だかりの中心から聞こえてくる。
 最近聞いた少女の声だ……

「ここで……会ったが……百年……ダメだ……お腹が空いて力が出ない」

 お前はカバ男か!
 俺はアンパン男じゃねーぞ!
 しかしそれにしてもこいつ、よくここまで辿り着けたな……
 前回は国境に着いた時点で2日食べて無かったんだっけ?
 少しは成長したみたいだな……

「何をしておる? マイ?」
「お知り合いでゴザルか?」

 俺が近付いて行って声を掛ける。
 蛇吉が少し驚いている。
 というか、結構な数の勇者と知り合ってるからね……
 まあ、こいつは特別だが。

「……お前? 誰だ?」

 あっ、そうか!
 前回会った時は普通バージョンだったもんな……

「あー、俺だよ!」

 そう言って俺が老化の魔法を解くと、マイが目を見開く。

「お前は魔王!」
「あれが魔王様の真のお姿」
「なんと美しい……」
「なぜあのような美しい姿をいつも隠しておられるのか」

 俺の姿を初めて見た面々が驚きに声を上げる。
 と言っても普通バージョンでもたまに来てるから、そんなには居ないが。

「で、お前は何をしにここに来た?」
「お……お前を倒しに来たのだが……もう7日も何も食べていないのだ……昨日魔力も尽きてついに水すら飲めなくなった……」

 よく喋るな……
 てか、国境からここまで普通に歩けば4日くらいで着くだろ……
 歩くのも遅いのか……てか、全然成長してねーじゃねーか!

「で?」
「そ……それで……恥ずかしいのだが何か食べるものを……いや! この際贅沢は言わん……飲み物でも良い……」

 はっ? 何言ってんのコイツ?
 俺魔王!
 ドゥーユーアンダースタン?
 アイ・アム・MAOH!
 なんでそれで飯貰えるとか思うかな?
 てか飲み物でも良いとか、普通飲み物すら貰えねーよ!
 同郷者が馬鹿で辛い……

「はあ……仕方の無い奴だ……ちょうど俺らも飯に行く途中だ。一緒に来るか?」
「食事に行く? 魔族の作ったものなど食えるか! 魔王の作る飯をくれ!」
「バカか!」

 普通魔族の飯より、魔王の飯の方が嫌だろう?
 こいつ本当に何考えてんだ?

「ま……魔王様……こやつは何者でゴザルか? 半端ない大物感を感じるでゴザル」

 蛇吉が冷や汗をかきかながこっち見てくる。

「大馬鹿たれだ」
「ちょっ、魔王酷い! てか、飯!」

 腹立つを通り過ぎて呆れるわ!

「魔王様の飯だ……と?」
「えっ? 魔王様料理なされるの?」
「お……俺も食いたい……」
「私、それ食べられたら死んでもいいかも……」

 周りの市民がざわつき始める……
 クッソ! 勇者クッソ!

「魔王様の作る食事は、それはそれは見た事も食べた事も無い素晴らしい物だぞ! 拙者も何度か頂いた事があるが、それは形容しがたい甘美なものであったでゴザル」
「へ……蛇吉様は食べた事があるのか」
「う……羨ましい!」
「流石幹部」
「どうせ俺たちは一生口にすることは出来ないのだろうな……」
「ああ、なんでそんな事をこの年になって知ってしまったのじゃろう……これからの残り少ない余生が辛いのじゃ……」

 クッソ! 蛇吉マジクッソ!
 魔族空気読めや!
 しょうがない……
 特に最後のゴブリン族の老人の言葉を聞いてしまっては、無碍にはできないだろう……
 俺は大きく溜息を吐くと、魔法で周囲にテーブルを作り出す。

『こっ! これは!』

 周りの住民たちのざわめきがさらに大きくなる。

「はぁ、国民の期待に応えるのもまた王の仕事だろう……仕方がない! 今日は俺がお前らに飯を振る舞おう!」

 俺がそう言うと住民から歓声が上がる。

「流石魔王様でゴザル! 人心把握の術が底を知らないでゴザルな!」
「うん! それでこそ私が認めた魔王! 私だけじゃなくて皆に振る舞うなんて、あんたやるじゃん!」

 誰のせいだ! 誰の!
 てかマイお前元気だなコラ!

「【三分調理キューピー】」

 俺はいつものヤツで様々な料理を創り出し、テーブルに次々と並べる。
 と言ってもスーパーや、ヒヤットモットのオードブルとかだが……
 勿論飲み物も忘れていない。
 さらに有名チェーンのジャンクフードや、某喫茶店のサンドイッチなどバラエティに富んだものを用意し始める。
 周囲の魔族たちが口をあんぐり開けて驚いている様は中々に気持ちが良い。
 てか、涎もめっちゃ垂れてる……

「他の者たちも連れて来い! 足りなくなったらドンドン作ってやるから!」

 そう言うと住民の皆が大歓声を上げて、急いで家族や友人たちを連れてくる。
 こうなったら自棄だ!
 どうせ無限にある魔力だし、とことん接待おごってやろう!

「うめー! うめーよ!」
「なんでこの肉こんなに柔らけーんだ!」
「何この味付け! 黒くて気持ち悪い色したソースなのに、甘くて芳醇な香りが……この香りは牡蠣?」
「このサクサクしたの中がエビだ!」
「このグチャグチャした食べ物すげーわ! 見た目キモイのに、いろんな食材が入ってて、それでいて調和が取れてる……まるで味の宝石箱や!」

 あれ? 彦摩呂? てかお好み焼きね。

「やばい! この茶色いのカリカリしてるけど、中鶏肉だわ! しかもめっちゃジューシー!」
「この下痢みたいなのが乗った白い蛆の集まったやつ、マジヤベー! ちょっと辛いけどめっちゃフルーティー! 幸せ過ぎる食べ物や!」

 おいっ! それカレーや!
 やめれその感想! 作ったの俺だぞ! 魔王様だぞ! 失礼にも程があるだろ!

「それカレーよ! ケビンが大好きなやつよ! この茶色い塊の中に豚入ったトンカツての乗せるとウマウマよ!」

 おい! ケビン! お前他所の魔王の城下町で何してんだ。

「うぉー! これムギダのカツサンドじゃん! しかもウィンナーコーヒーまであるぜ!」

 お前は誰だ?

「おい! 西野! めっちゃタナカに見られてるぞ!」
「おっ、ヤベー! 隠れろ! 隠れろ! おい! 南野! 後ろの方行くぞ!」
「あっ! あれってまさか……エンダー(A&D)のA&Dバーガー?」

 おい、お前ら西と南の魔王だろ!
 つかお前らも同郷者か!
 そして南野は沖縄出身か?
 どんどん城下町に人が集まって来て、気が付いたら大宴会になっていた。

 まあ、一度に大量に料理が作れるから特に問題は無かったが……

***
「ふぅ、食った食った……さて魔王! 私に殺されろ!」
「なんでだよ!」

 相変わらずこんガキャ―!
 マジ良い性格してるわ!

「おっ! はぐれ勇者が魔王様に勝負挑んでるぞ!」
「いいぞ! やれやれー!」

 周りの魔族たちも大盛り上がりで囃し立てる。

「その前に一つ聞く……何故貴様は魔王をやっている?」
「何故?」

 マイが急に真面目な顔になる。
 まあ確かに俺が逆の立場なら、日本人が魔王やってたら不思議に思うわな。

「なんで料理人じゃないんだよー! お前倒したら、もう日本の飯食えないんだろ?」
「……そうだな」

 そっちか……やっぱこいつはアホだ……

「くっそ! せめて死ぬ前に料理教えれ!」
「くだらん心配するな、お前程度にやられはせん! さあ、我が腕の中で息絶えるが良い」
「やっべー、久々に聞いたわ!」
「あれ良いよなー……俺も自分とこで勇者と戦う時使おうっと」

 おい! 西野、南野! お前ら全然隠す気ねーだろ!
 でも知ってる人が居て嬉しい。
 いやそうじゃねー! とっとと帰れや!
 日本人が馬鹿ばっかで辛い……トウゴさんとアズマさんに無性に会いたくなってきた……

「くっ! 完全に私の事嘗めてるわね! 後で後悔しても知らないんだからね!」

 マイはマイでキャラがブレブレやなー……
 いっつも思うが後で後悔って……先に後悔する事なんて無いぞ?
 多分、勇者っぽく振る舞おうとしてるんだろうけど、基本日本の女の子だしね。
 それにゲームとかあんまりやって無さそうだし……

「行くよ! 成長した私を見るが良い! 全てを斬り裂け! ブレイブスラッシュ!」

 おー! 確かに成長してるわ!
 これならウロ子の鱗を5~6枚剥がした上に掠り傷くらいは入れられそうだな。
 カインのブレイブスラッシュは越えたか……
 でも

「無駄だ!」

 その程度じゃ魔法障壁を貫く事は出来ないよね?

「無理だ!」

 マイが膝を付く。
 だから諦めんの早すぎじゃね?

「てかさ? お前今日何の日か知ってる?」
「えっ? 何の日? ……まさか! お前、誕生日か!」
「違うわ! アホめ! 今日は月1の巡礼の日じゃないのか?」
「あっ!」

 俺の言葉を聞いたマイが途端に青くなる……

「……えっと……魔王様? もしよければ希望の町に……「送ってやるからとっとと帰れ!」」

 マジなんなの?
 マジ日本人なんなの?
 てか勇者ってなんなの?
 もういいわ! 希望の町じゃなくて、一番遠い町に飛ばしてやろう!

「ちょっと待って!」
「金か?」

 俺が強制送還おくりかえそうとすると、マイがまた拒否る。
 もしかしてこないだ渡した金……もしかしなくても、コイツなら使い切ってそうだな……

「えへへ……実はもう倒す気満々だったから……」
「アホかー!」
「ちょっと待っててば! こないだ胸触ったでしょ?」

 バレてたー!
 マイがニヤニヤしてこっち見ている。

「ホラッ! 大声で叫ばれたくなかったら……」

 強請る気か? どっちが悪役かわけわかんねーわ!

「うっせー! とっとと帰れや―!」

 そう言って余計な事言われる前に、強引に強制送還おくりかえした。
 腹立ったから、懐に金貨5枚入れるついでに胸鷲掴みしたった!
 悔いは無い!

「聞いたか? あいつ同郷の娘の胸触ったんだってさ!」
「ひでーな、俺も西野もやったこと無いのに!」
「さすがタナカ! おれたちに出来ない事を平然とやってのけるッそこにシビれる! あこがれるゥ!」
「あっ?」

 他の阿呆共が何かほざいてたから、全力の魔力開放で威圧かましてやった。

「よしっ、西野帰るぞ!」
「おうっ!」

 一瞬で目の前から転移で消えて居なくなる。
 比嘉よりは圧倒的に強そうだな……
 だが、次会ったら殺す……
 てか……同郷者が変な奴ばっかで辛い

***
「魔王様? 勇者の胸を触ったというのは事実でしょうか?」

 誰やエリーにバラしたやつ!

「どうなんですか?」
「すいませんしたー」

 また夕飯抜きにされた……辛い……
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