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魔王編

聖教会がおかしすぎて辛い(前編)

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 さてと、俺は今聖教会本部がある聖教国に来ている。
 供にはウロ子とエリーが付いて来ている。
 当然肩にはウララが乗っている……なんで?
 ウロ子は先の覚醒後、尾の蛇のサイズを変えられるようになったらしく今はスカートの中に隠している。
 勿論ラミアースタイルに戻る事も出来るようだが、今はこれで良いだろう。
 人型になってますます可愛さに磨きが掛かったな。

「ここに、女神が居ると思うんだけどな」

 そろそろ本格的に聖教会、そして女神に宣戦布告をしようと思って女神の居場所を探ったのだがどこにも見当たらない。
 唯一怪しいのは、巨大な神気を隠した聖教国なのだが、まあ教皇やら枢機卿、大司教が集まっているから確定的ではない。
 聖教国は、聖教会本部がある国らしくあちらこちらに白いローブを纏った神官が歩いており、建物も白で統一されている。
 教会の数はそんなに多くは無いんだな。
 城下町の大きさは、セントレアよりも少し小さいくらいか。
 一応国王も居るらしいが敬虔な信者らしく、国民より神官を大事にしているとか。
 実際に道を神官が歩くときは、住民の人達が道の脇に避けている。
 住みにくそうな町だな。
 そういえば、国王の名前はなんつったけな?まあいいや……

「しっかしまあ、不気味なくらい雰囲気の良い国だな」
「そうですね」

 俺の言葉に二人が頷く。
 道を行く国民たちに目をやると、ほぼ全員がニコニコと幸せそうにしている。
 しかし、その笑顔が張り付いたようなというか、笑っているけど笑っていないような顔をして不気味だ。
 多分、洗脳が魂の奥深くにまで達して居るんだろうな。
 この国に居るだけで、多幸感を感じてセロトニンが大量に分泌されてそうだ。
 キモい……

「止まれ!」

 その時背後から声を掛けられる。
 何事かと思って振り返ると、白い鎧を着た騎士がこちらに槍を向けて睨み付けている。
 聖教会の印が入ったマントを付けているあたり、聖騎士の一人だろうな。
 とはいえ、勇者の刻印らしきものは見当たらないので、一般兵か。

「旅人のフリか魔族め」

 一瞬で正体が看過された。
 流石は聖騎士、魔族を見抜く事に関してはそこそこの力があるのかな。
 これでも、結構完璧な人化だと思うのだが、どうも聖教会の洗脳を受けた人間にはバレてしまうのな。

「はて? なんの事かな?」

 俺はそう言って【心魂解放オシヘン】を発動させる。

「ん? あれ? なんか見てるだけでイラついたけど、勘違いだったか?」
「ほっほ、騎士様ともあろうお方が、あんまりな申しようですな」

 騎士が不思議そうに首を傾げている。
 その、見てるだけでイラつくとか、ムカつくとかで判断するなよと言いたいところだが、今まで外れた事無いしな。
 もしかすると、中には冤罪を掛けられた人も居るかもしれないが。

「失礼ですわ! 女性と老人に向かってみてるだけでイラつくとか」
「殺されても文句は言えない」

 エリーとウロ子がキッと睨み付けると、男が慌てて槍を下げながら頭を下げる。

「申し訳ない。先の災厄以来少し敏感になっておりましてな。ちょっとしたことでも反応するようにしてまして」
「うむ、それは良い心掛けじゃのう……じゃが騎士さんよ、わしらも今日初めてこの国に来たばかりでの、いきなり槍を向けられて心臓が止まるかと思うたわい」

 俺がそう言って、ハッハと笑うと男がさらに深く頭を下げる。

「本当に申し訳ない。せめてこの国を楽しんでください。これは驚かせたお詫びです」

 そう言って十字架のお守りを渡してくる。
 なるほど、少しだけ守りの加護が備わっているのか。

「この国にある村の民芸品の一つで、この街でもお土産として手軽に購入出来るものですが、お守りですよ」
「それは有り難いのう。遠慮なく貰っておくとしよう」

 俺はそう言ってお守りを受け取る。
 なるほど、破邪の力も備わっているのか。
 俺を拒絶するような力を感じるが、大した力でも無いし問題無く受け取る事は出来る。
 俺達を疑って渡したわけじゃなさそうだし、そこまで念入りに確認するほど頭が回るとも思えないしな。

「それでは良い旅を」

 そう言って男が頭を下げて、立ち去っていく。
 ふむ、人間相手にはそこまで高圧的な態度では無いのか。
 住民の様子を見る限り、教会関係者は傲慢な人間が多いのかと思ってたけど。
 それとも、観光客だから収入源として見られたのかな?

「危ないところでしたね」
「んっ? バレて騒ぎになったら皆殺しにすればいいだけ」
「おいおい! そんなすぐに暴れてたら、恐怖による統治しかできないじゃねーか! 何度も言ってるがそれじゃ意味がねーんだよ」

 エリーが小声でこっちに話しかけてくると、ウロ子が何やら物騒な事を言い出す。
 すでに先の災厄で若干の手遅れ感があるが、まだ取り戻せるだろう。
 交渉を有効にするためのカードを手に入れたと思えば良いわけだし。
 それにバレたらバレたで、転移で帰ればいいだけだろう。
 なにやら、こないだからちょっと考え方が危ない。

「まあ、なるべくバレないようにいこうか」
「おい! 魔族がこんなところで何してやがる!」

 早速バレた?
 すかさず【心魂解放オシヘン】を発動させる。
 流石聖教会本部がある国、歩けば聖騎士に当たるな。

「あれ? いま、ムカつく魔族の気配がしたんだけどな」
「おい! そいつ魔族じゃないか……」

 増えた!
 その騎士の後ろから、もう一人聖騎士が走ってくる。
 とりあえず、【心魂解放オシヘン】だ!

「あれー? お前もそう思うだろ?」
「でも、よく見たらそうでも無かったしおかしいな」
「おいっ! お前ら目の前に魔族が居るのに何してる?」

 だーキリがねー!
 次々と聖騎士が集まってくる。
 何人居るんだよ!
 まあ、先の災厄のせいで厳戒態勢っぽかったしな。
 それに勇者聖騎士だけで1000人居る国だから、それなりに軍事力はあるのだろう……
 聖教会ってなんなんだよ!
 あまりにイラついたので俺は変化の魔法を解いて、魔力を解放し兵達を弾き飛ばす。

「くっ! 魔族だ! 魔族が現れたぞ!」
「おい! 神官方を非難させろ! 住民は後で良い!」
「おいそこの住人! お前ら、こっちに来て肉の壁になれ」

 ブチッ!

「お前ら屑かああああ!」

 俺が叫んで、ファイア~ボ~ルを乱発する。
 周りの兵達が全員業火に包まれてのたうち回る。
 気の抜けた初級魔法すら防げないのか……やはり勇者は特別っぽいな。
 それにしても、いい気味だ。

「魔王様?」
「…………」

 あっ!
 スッキリして良い気分に浸っていたら、二人からジト目を向けられる。
 ウロ子はいいの? みたいな顔して若干呆れているような表情だ。

「俺がやるのは良いんだよ!」

 上司の権限を全力発動させるが、二人は納得してない。

「それなら私も……」

 そう言ってウロ子のロングスカートから巨大な大蛇が現れる。

「ひっ! あいつは西の大陸に現れた災厄の魔族の一体じゃないのか?」
「馬鹿な! こんなところまで来るとは」
「という事は、他の二人もか?」

 聖騎士や、住人達が恐怖し一斉に距離を取っていく。
 まあ、他の国では災厄が現れたら、即座に避難するように勧告されているようだしな。
 当然の反応か。
 ウロ子の尻から生えた大蛇が兵達に睨みを利かせると、周りの兵達が一斉に石化していく。
 良かったなお前ら、火が消えて。
 それにしてもヒデー能力だ。
 災厄とは上手い事言ったもんだ……一瞬で30人の兵が石化とか……1分あったら3000人くらい石化できそうだな。

「ウロ子、あなた……」

 エリーが溜息を吐くが、もう手遅れだ。
 ほら、周りから兵達が集まってくる。

「おい! どう……し……た?」
「あれは災厄の蛇神エキドナ……」
「西の災厄の一人か! おい枢機卿に伝令を送れ! 避難出来るだけの時間を稼ぐぞ!」
「無理ですよ! 国堕としの1体ですよ! 個人でどうこう出来る問題じゃ!」
「大丈夫だ! この国には勇者が1000人居るんだぞ! 時間を稼げば……」
「うわぁぁぁぁ!」
「おい、待て! 勝手に逃げるな!」

 全然統率が取れてないな……
 とうとう恐怖が洗脳に勝ったか。

「くっ! お前ら! いう事を聞け!」

 そう言って指示を出した男の指輪が光ったかと思うと、周りの喧騒が落ち着く。

「くっ、教皇様バンザーイ!」
「ああ、俺達で時間を稼いで、その間に勇者部隊が間に合えば俺達は英雄だ!」
「いいぞ、お前ら! それじゃ俺は報告に行ってくる」
「はっ! ここはお任せください!」

 うわぁ……
 洗脳の瞬間を目の当たりにしたわ。
 やっぱり、道具や薬を使ってやがったわ。
 聖教会絶対に許せんな。
 取りあえず、こいつらも被害者って事でいいかな……

「エリー! ウロ子! こいつら無視して取りあえず王城目指すぞ! ちなみにドベがトップの言う事なんでも一つ聞くな!」

 俺はそう言うと、魔法障壁を張って全力ダッシュする。
 俺の障壁に触れた兵共が吹き飛ばされていく。
 暴走特急状態だ。
 ウララが振り落とされないように必死でしがみ付いている。
 さらにその後ろを二人が慌てて走って付いてくる。

「魔王様待ってくださいよ!」
「魔王様! ズルい」

 フハハハハ! 勝てば良いんだよ! 勝てば!
 人間が根本から腐っているかどうかはまだハッキリしないが、洗脳による影響が大きい事が分かってちょっと気分が良くなって来た。
 さてと、どっちがドベか分からないが何をしてもらおう。
 膝枕で耳掃除とかいいよな。
 その時は、ウロ子にはラミアスタイル……で……

 一瞬で二人に追い抜かれた。
 な……なにー!
 えー、ボディのポテンシャルも二人より圧倒的に高いのに。

「魔王様に勝てば、なんでも言う事を……」
「魔王様に命令……ムフー」

 2人の目が逝ってる……
 これ、負けたらとんでも無い事になりそうだな……
 やべー、絶対負けられんわ! ここはズルしてでも勝たないと!
 俺は転移してエリーの少し前を走るウロ子の上に移動すると、ウララと自分に変化の魔法を掛け小型の虫になってウロ子の頭に乗る。
 うわー、はえーな……でもこれで、ドベは無いだろう。
 取りあえずゴール前まで運んでもらってから、最後に飛び越えればいいだろう。

「プラントチャーム!」

 その時背後から、何やらエリーがスキルを発動させるのを感じる。
 すると地面から草が伸びて来てウロ子を邪魔するように絡まりあう。
 ウロ子が気にする様子も無く引きちぎって走っているが、多少のスピードダウンにはなったらしくエリーが差を詰めてくる。

「待て! お前ら―!」
「邪魔!」

 通りの至るところから兵士が現れるが、風と共に置き去りにされている。
 しかもしっかり置き土産で石化させられている。

「エリーも邪魔!」

 ウロ子の尾がエリー目がけて伸びるが、エリーがそれを片手で弾く。

「うっ!」

 しかし、すぐにエリーが顔を顰める。
 足元を見ると靴が石化している。

「勝った!」

 王城まであと200mくらいか?
 ウロ子が勝ちを確信して、さらに加速する。

「いったー!」

 途端にウロ子が前のめりに倒れ込む。
 見ると後頭部に石で出来た靴が転がっている。
 かなりの硬度の石に変化させたようだな。
 重量も相当ありそうだ……能力の向上があだになったな。

「フッフッフ、あなたのプレゼントを返しただけですわよ」

 エリーがそう言いながら、ウロ子の横を通り過ぎる。
 こっちが有利か?
 俺は、すれ違い様にエリーの頭の上に飛び乗る。
 すると、視界が一気にぐらつく。
 今度はエリーが前のめりに転ぶ。

「待つ! これは貴女へのプレゼント」

 見るとエリーの足に蛇が巻き付いている。
 ここまでくれば自分で走った方が早いか……
 俺はエリーから飛び出すと、変化を解いて走る。

「あー! 魔王様! ズルしましたわね!」
「魔王様! ズル、駄目!」

 2人が後ろで何か叫んでいるが、聞こえない。
 凄い速さで石の靴や、蛇が突っ込んでくるが絶対障壁の前には無力だ。
 よっしゃー! 勝った!

 そして、なんとか1位で王城に辿り着くと、二人が遅れてやってくる。
 そして揃って手前で減速を始める。
 そしてゴール直前に二人が立ち止まる。

「くっ、先に行きなさいよ! 私が魔王様に命令してもらうんですから」
「エリー、必死だったから勝ち譲る」

 今度はドベ争いか?
 俺の命令は命令で、この二人にとってはご褒美なのかな?
 と思ったらとうとう王城の前で取っ組み合いが始まった。
 人選間違えたかな?

 すげーすげー、石畳や壁が豆腐のようにポロポロ崩れてるし。
 巻き込まれたらただじゃすまんな。

 そうこうするうちに王城に兵達が集まってくる。
 が、二人の大乱闘に割り込む事も出来ずに遠巻きに見ているだけだ。
 そりゃそうだろうな……ここに割って入るとか人間レベルなら死ぬより酷い目に合いそうだし、本能レベルで警鐘を鳴らしてるんだろうな。
 俺はこっそりと門を潜って、王城の庭を進む。

 あれ? ここに女神居るかと思ったけど、あっちの方が神気が大きいな……
 城を探ってみると、あまり大きな神気を感じる事が出来ない。
 しかし、王城からちょっと外れたところから大きな気を感じる。
 気配を探ると、王城内にある池を越えた先の小さな森から感じる。
 なんだろう、小さな教会みたいだけど。

「おい! 2人ともふざけてないであっちに行ってみるぞ!」
「ちょっと! さっさとゴールしなさいよ!」
「やはり、ここは側近が2位になるべき」

 一応門の中から二人に声を掛けるが、全然聞こえてねーわ。
 まあ、どうせこの国のというか、人間如きにどうこう出来る2人じゃないし1人で行くか。
 俺は2人で無視して王城の外れにある教会に向かう。

「待て! どこに行く」

 こっちの動きに気付いた兵達が追いかけようとしてくるが、衝撃波で弾き飛ばした後、背後に魔法障壁で壁を作る。
 兵達が壁の前に立ち止まって、困惑している。

「なっ! 見えない壁か!」
「やばい! あっちに行かせるな!」
「つってもこの壁どうするんだよ!」

 ふっ、知るか!
 俺が解除するか、誰か十聖剣の一人でも自爆すれば通れるようになるぞ!
 しかしあの慌てよう、実に分かりやすい。
 本当にテンプレ人間の多い世界だ。
 そうこうしてるうちに目的地に辿り着くと、教会の前の岩にシンプルなローブを身に纏った老齢の神父が一人座っていた。
 かなり歳はいっているが、なるほどなかなかに巨大な神気をお持ちのようだ。

「……魔王か?」

 言葉少なげに問いかけられる。
 しかしこの風貌はどう見ても日本人……だよな?
 そしてこの貫禄、そして神気の大きさ……間違いなく今まで会ったどの勇者よりも強い。
 比嘉クラスか……もしくはそれ以上の力がありそうだ。

「ええ……そういうあんたは教皇さんか?」

 俺の返答に老人が頷く。

「ふっ、あと少しで往生だというのに……最後の最後にこのような大仕事が待っているとはのう」

 老人がゆっくりと立ち上がる。
 まさか俺とやり合う気じゃないよね?
 一応、これでも老人には優しくしようと思ってるんだけど。

「一つ聞きたいのだが、あんたも洗脳されているのか?」

 俺の問いかけに老人が首を横に振るう。

「フッ……洗脳など、受けてはおらんよ!」

 そう言ってカッと見開いた目は、真黒な瞳をしていた。
 なるほど、日本人のおじいさんか。
 ここは下手に出た方が、話がしやすいかな?

「見た所日本人のようですが、どうです? 自分と少し話をする気はありませんか?」
「そうじゃよ……尤も、わしは自分の意思で魔族を滅ぼそうと思っておるがのう……そして魔族に生まれたお主と語る言葉は持っておらぬ」

 そう言って、無言でロッドを振るうとブレイブスラッシュが放たれる。
 えっ? それって無詠唱で放てたの。
 一瞬驚きで反応が遅れる。
 直撃するが、俺の魔法障壁で相殺される。
 そう今までで、初めての相殺だ。
 ブレイブスラッシュが触れた瞬間に、魔法障壁が音を立てて崩れる。

「全く……老い先短い老人が残り少ない生命力を削っても、ダメージ無しか……化け物め」
「いえ、私の魔法障壁を一撃で破壊したのはおじいさんが初めてですよ」

 俺が微笑みながら答えると、老人が溜息を吐く。

「こりゃ、死なんとならんな……コリオグラファーがわしの跡を継ぐのだけは阻止したかったのじゃがのう」

 そう言いながらさらに神気を高める。
 俺はエレメンタルブレイクを使い、その神気から聖属性を霧散させると、一瞬で老人の前に移動し拘束をかける。

「一応日本人なんで、年寄は労わりたいんですけどね。ちなみにお名前は?」
「ふっ、人に名を訪ねる時は自分から名乗るものじゃぞ? といってもお主の名前は今や知らぬものなどおらぬからな……わしはコウズと申す」

 コウズさんか……ぽいっちゃぽいね
 あー、やり辛いなー……
 見るからにプルプルしてるお爺ちゃんだしね。

「で、コウズさんがそこまでして守りたいものはなんですか?」
「ふっ、それは言えぬのう……」

 それが答えか……よっぽど大切なものがあるんだろう。

「もしかして……そこに女神が?」
「ふっ、それはわしを殺して確かめるが良い!」

 そう言った瞬間、コウズさんの神気が一気に膨れ上がる。
 さらに薬のような物を口に入れると、真っ白だった髪が一気に黒く染まる。
 肌も皺が薄くなり、若返ったような気がする。
 しかし、細胞を一斉に活性化させる薬とか……副作用絶対ヤバいだろ。

「ふう、どうせ死ぬのじゃからな、最後くらいは自分で選ばせてくれ……魔王と刺し違いなら悪くも無かろう」

 コウズさんはそう言って地面を蹴ると、一瞬で目の前に移動する。
 中々に早いんだけどさ……

 ガキッ!

「なっ!」

 コウズさんの渾身の一撃でも、俺には効かないんだよねー。
 勿論、魔法障壁張ってないよ。
 だって、張っても壊されるから意味ないし。

「一応、俺の身体に攻撃を直接当てたのも、貴方が初めてかもしれませんね」

 俺は首に叩き込まれた剣を指で撮むと、そのまま砕く。
 コウズさんが、信じられない物を見るように砕けた剣を眺める。

「オリハルコン製の聖剣がこうも容易く、ふんなにが神鉄鋼じゃ……大層な名前の割に思ったより脆いじゃないか」

 ああ、お爺さんになってこっちに来たんなら、オリハルコンが何かなんて分からないかな?
 ファンタジーや、ゲームとは無縁そうだし。

「一応、オリハルコンと言えば、鉄鋼どころかダイヤモンド以上の硬度を誇る鉱物ですよ?」
「ふん、わしはこの世界の住人から神をもってしても砕けず、神をも斬れる剣じゃと聞いておったがのう。良く考えればそんなものをどうやって加工するのじゃって話じゃの」

 全然信じてないな……
 まあ、良いけどさ。

「まあ、わしの武器は剣だけじゃないからのう」

 そう言って神気を纏わせて殴りかかって来る。
 本当にワイルドな爺さんだな……今は初老の男性か。
 俺はその拳を指一本で止める。

「ふん! 神気が効かぬ魔王か……いや、この神気というのもまやかしだったか? 魔物や、魔族には効果があるのじゃがのう」

 コウズさんが、再度距離を取って自分の拳を見つめる。

「やはり、死なねばならぬか」

 コウズさんの右手の甲が光を放つ。
 ああ、自爆ですか……
 そんな事はさせませんけどね。
 俺はカインにしたように、コウズさんの手の甲の刻印を書き換える。
 瞬間光が徐々に小さくなり、最終的には消えてなくなる。

「ふんっ、自爆すら防がれては終わりじゃな……殺すが良い」

 コウズさんがお手上げのポーズをする。
 まあ、放っておいても薬の効果で死にそうだが。

「まあまあ、コウズさんはどうしてそこまで魔族を恨むのですか?」

 俺の言葉にコウズさんは深く溜息を吐いて、傍の岩に腰かける。

「ふんっ、聞いても面白くない話じゃぞ! 魔物に家族を殺されたからじゃ」

 確かに面白くないけど、良くある話っちゃあ良くある話か。

「なるほど、それだけですか? それだけで魔族全部を滅ぼす程に憎めるのですか?」
「それだけとは酷い言い様じゃの……目の前で娘と嫁を甚振られ殺された者の気持ちが分かるか? いきなりこんな所に家族で飛ばされて、訳も分からずに目の前で家族を殺された者の気持ちが!」

 家族で飛ばされたのか……
 あれ? 魔物や魔族が居る所にいきなり転移させられたのは可哀想だけど、基本魔物は食うために人を襲うから甚振られる事なんてあるのかな?
 魔族は知性があるから、そういう事をする奴が居るかもしれないが……

「魔物にそんな習性はありませんが? 基本的に食う為に殺すので、逃げられないようになるべく素早く獲物を殺すはずですが」
「こんな話を聞かされても落ち着いてられるとは、日本人とはいえ魔族という事か?」

 これは少し詳しく話を聞く必要があるな。

「グッ!」

 その時コウズさんが口から血を吐く。
 そしてみるみるうちに老化が始まる。
 時間切れか?どうしようかな……俺ならどうにか出来そうだが。
 さっきから、頭の上が何やらモゾモゾするな……ああ、ウララ……
 取りあえず、頭の上のウララの変化を解除してから、横に下すとコウズさんに近づいて老化を魔法で止める。
 薬を飲む前が80代くらい、薬を飲んだ後が40代くらいだったが、今は60代で収まっている。

「ふん……黙って死なせてもくれぬのか……」

 忌々し気にこちらを睨むコウズさんに、ウララが近付いて頬を嘗める。
 珍しいな、俺以外の人間にすぐに懐くとか。

「ん? なんじゃ、珍しい狐を連れておるの」
「ええ、うちの国の者が拾って来てから、何故か俺に凄く懐いてたんですよね。こっちの狐とはちょっと違うみたいですが」

 暫くコウズさんを心配そうに眺めたあと、ウララがいつもの定位置に戻って来る。
 若干コウズさんが名残惜しそうだったのが笑えた。

「先ほどの話を詳しく聞かせてもらいところですが、先に女神に会いましょうか」

 俺はそう言って、教会に向かって歩を進める。
 コウズさんももう止める気はないようだ。

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