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魔王編

3人の部下がいろいろおかしくて辛い

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「ははは、田中さんって本当におかしな方ですね」
「いや、魔王城でくつろぐ女神もどうかと思うが」
「タナカサイダーくれ!」
「それにしても、本当に田中さんってなんで魔王なんですかね? 俺もう魔王も勇者も関係なく日本人コミ作ってもいいかと思うけど」
「聖教会も大人しくなったしな」
「私は、田中さんに拾って貰って良かったですよ」
「わいも、美味しいもんぎょーさん食べれて幸せやでー」

 タナカの部屋に日本人の一同が集まってワイワイ盛り上がっている。
 そして少しだけ開いた扉の隙間から、怨念の籠った目を向ける者が居た。

「くっ……妾の魔王様とあんなに親しそうに……あっ! 女神の奴、魔王様の肩に自然に触れやがって! あの腐れビッチめが!」

 そうムカ娘である。
 キモさにますます磨きが掛かって、最近では全くと言っていいほど魔王様に甘えて貰う事が出来ていない。
 そして……

「お姉さま! 何をしてらっしゃるんですか?」
「美味しいお菓子買って来た。」
「お茶も入ったので、さあ行きましょう」

 そう言ってアン娘とラダ娘が、ムカ娘の両脇を掴んで引きずっていく。

「も少し、も少しだけ魔王様の素敵なお顔を眺めさせてくれ! 最近魔王様成分が足りぬのじゃ! このままだと……お主ら! 待つのじゃーーーーー」

 何やら扉の向こうから、ムカ娘の悲痛な叫びが聞こえたような気がした。
 まあ、いつもの事か。

***
「くっ! 緊急会議じゃ! 魔王様をなんとかして妾の物にするための作戦会議を行う!」

 ムカ娘の部屋で、ムカ娘と3人娘が集まって何やら悪だくみを始める。
 何故か、男性陣代表としてカインが呼ばれているが……

「まずは、魔王様と二人っきりになる方法からじゃの」

 ムカ娘が議題を掲げる。
 大した議題ではない。

「取りあえず、何も思い浮かびませんね……」

 アン娘が溜息を吐く。
 確かに、結構な人の出入りが多い城だし、魔王様を訪ねる人物も多い。
 この状況で、自分の為だけに時間を割いてもらうのは難しい。

「ならば、逆に魔王様が一人になる時間に近づくというのはどうですか?」
「ナイスアイディアですわ!」

 カインの提案に、ムカ娘が大きく頷くと手を叩く。
 魔王様が一人になる時間と言えば、入浴か、厠か、寝る時くらいですわね。
 時折、寝付くまで淫魔と、蛇女が纏わりついていますが、基本的に寝た後には退室なされてますし。
 あわよくば、寝付くまでの間の膝枕も妾が!
 そうと決れば、魔王様の元に!

「あっ! 手が滑りました」

 そう言ってビー娘がわざとらしく紅茶をムカ娘にぶっかける。

「ビー娘おぬし?」
「ごめんなさい!」
「あっ、これはすぐにお召し物を変えないと!」
「ムカ娘様! この機会に人間の世界で、男性を魅了すると言われる最先端のファッションを見繕います」
「ちょっ! 待ちなさい! 何を勝手に……ちょっと! 待つのじゃ! わーーー」

 そう言って、ビー娘を睨み付けるムカ娘を3人が強引にドレスルームに連れて行く。
 まさか3人掛かりとはいえ、パワーアップした幹部を引きずっていくとは中々に恐ろしい魔族に成長しているようだ。

「……俺、帰って良いのかな?」

 一人残されたカインが、紅茶を口に運びながら零す。

「カイン! 待ってなさい! 貴方には男性目線で服のチェックって、ちょっとアン娘どこを触っているのですか! ラダ娘そこは! あっ、ちょっ、あんっ! やめな……ビー娘さんなんで涎が! ちょっと目が目が怖いですわ! 息遣いが!」

 カインがげんなりした表情を浮かべる。
 これが、どこぞのお姫さまとかならラッキースケベというか、役得というか幸せな時間なのだろうが、相手は百足よりの女だ……
 想像するだけでおぞましい。

「声は可愛らしいんですけどね……」

 カインが溜息を吐く。
 しばらく、部屋の向こうでガタガタという音が聞こえていたが、静かになる。
 それから4人が出てくる。
 ムカ娘が、ゼーゼー肩で息をして、すっかり憔悴しきっている。
 そして、何故か艶やかで元気になった3人が後ろを付いて来ている。
 自分の上司に、飲み物を零すという粗相をした割にはビー娘が特に幸せそうだ。

「ど……どうですか?」

 ムカ娘がそう言って、自分の服を見せびらかせて来る。
 こ……これは……
 カインが正直に感想を述べようとしたときに、心臓を鷲掴みにされるような視線を感じる。
 首に鎌を当てられ、頭を顎で挟まれ、心臓に針を突き立てられる幻覚まで見える

『分かってますよね?』

 こちらを見る3人娘から、そんな言葉が投げかけられているような視線だ。

「……ス……ステキダナー……魔王様ガウラヤマシイデゴザル」
「なぜ、蛇吉みたいな喋り方になっておるのじゃ! おい、ビー娘! ラダ娘! アン娘! 本当にこれでいいのか?」
「下手くそか! カイン殿は本当に女心が分からないお方ですね」
「いや、この場合重要なのは女心より、男心じゃ……」
「カイン、黙る!」
「おい! カイン! 正直な感想を言うのじゃ!」

 4人に囲まれて、カインが追い詰められる。
 正直に言えば3人に殺される、嘘を付けば後でどんな目に合うか。
 どちらに傾いても地獄行きの天秤を前に、判断に悩む。
 ここは……

「あの、実は私はちょっと人とは変わった好みというますか……服の事については」
「そうじゃなくて、今の妾に男として興奮するかどうかを聞いておるのじゃ! 服のセンスなどどうでもよい」

 カインがエーっという表情を浮かべ、ムカ娘を見つめる。
 どっちかというと、鼻を伸ばした厭らしい目というよりも、若干可哀想なものを見るような眼をしている。

「お前は本当に役に立たねーな!」
「カインは、女の扱いが苦手……魔王と同じ童貞確定」
「魔王様じゃろ!」
「まあまあ、カイン殿は一周して聖女を崇める信者の目つきになっておられるみたいですよ!」
「聖女は憐みのこもった可哀想な目で、信者に見られておるのか?」

 ラダ娘の意見に、ムカ娘が思わず突っ込む。

「あー! ドレスルームにネズミが! これはいけません!ア シッドショット!」
「おい! 馬鹿! そんな事したら妾の服が!」
「ネズミめ! よくもお姉さまの服を! くらえウィンドカッター!」
「馬鹿者! 服がさらにボロボロになってしまったではないか!」
「ネズミ、ダメ絶対! ファイアーアロー」
「わ……妾の服が……妾の服が全て灰に……」

 衣裳部屋の中の服が全て使い物にならなくなり、ムカ娘が部屋の前で膝を付く。

「大丈夫ですわ! いま着ておられる服がいっちばんセクシーですから!」

 アン娘が満面の笑みを浮かべてムカ娘を褒めたたえる。

「明日から、何を着ろと……」

 ちなみに部屋の隅で巻き添えを喰らったカインが、ボロぞうきんのようになっている事に誰も突っ込まなかった。

***
「ま……魔王様……」

 夜、魔王様の部屋を訪ねると、魔王様が扉を開け妾を見つめる。
 つま先から……つま先は無いけど……頭の天辺まで見回した後で、首を傾げる。

「きょ……今日はまた攻めた服装だな」

 これは褒め言葉なのでしょうか?
 何か微妙な顔をなされている……

「う……うう……」

 やっぱり、3人に騙された。
 胸にサラシを巻いて、腰まであるロングコート……背中には見た事も無い漢字と呼ばれる未知の文字が書かれている。
 タグにはヒガと書かれているが、元東の魔王プロデュースのファッションブランドらしく、一部の際物から人気を博しているとラダ娘が言っていた。
 そして頭には赤い丸が書かれた白色の鉢巻をして、マスクで顔を隠すという奇怪な服装だ。
 私の場合はマスクの脇から顎が生えているのだが、何故かラダ娘だけがキラキラとした視線を向けていたが他の二人はどこか嫌な笑みを浮かべていた。
 というか、いつの間にこんな服を紛れ込ませたんだろう……

「私……キレイ?」

 魔王様に会ったら、こう言えとビー娘に言われた。
 魔王様に一瞬キョロンとされたあと、プッと吹き出された。

「何それ? 口裂け女のヤンキーバージョン?」

 あんまりだ……
 確かに口が裂けているとも言えなくは無いが……ヤンキーという言葉は聞いた事無いが、褒め言葉では無い事はなんとなく伝わる。

「うっ……うう……うっ」

 自然と涙が溢れてくる。
 恐らく、かなりみっともない恰好なのだろう。
 魔王様に……魔王様に馬鹿にされた……

「おいっ! ムカ娘? どうした?」

 急に泣き出した私を見て、魔王様が心配そうにオロオロしている。

「いえ……なん……でも……なん……でもなうわあああああん」

 とうとう我慢できずに声を上げて泣いてしまった。

「ちょっと、おまっ! バカ! 部屋の前でそんな大声で!」
「バカって言ったー! 魔王様が、私の恰好見てバカってーーーー」
「おーい! おまっ、ちょっと部屋に入れ!」

 そう言って、魔王様が私の手を引いて部屋に連れ込むと、辺りに防音の魔法を掛ける。

「魔王様? 何かございましたか?」

 エリーが慌てて部屋まで掛けって来たようだが、魔王様が必死で弁明している。

「ちょっと、ムカ娘が混乱しておってな! 部屋で落ち着かせるから、大丈夫だから」
「本当ですか? 宜しければお手伝いを」
「いらないから! お手伝いとか大丈夫だから、自分の仕事してて!」
 
 そう言って扉越しにエリーを追い返すと、ゆっくりとこっちに戻って来て私を見て溜息を吐かれる。

「でっ、どうしたんだそんな恰好で夜中に」
「そんな恰好って! やっぱりこの恰好はダメなんですね! うわああああん」
「ちょっ、すまん、悪かったって! 可愛い! 可愛いから!」
「心が籠ってませんですわあああ!」

 困り果てた魔王様が私を抱きしめて、背中をポンポンと優しく叩いてくれる。

「うんうん、3人娘の仕業だな……確かにその服装は比嘉が作った物だが、なんていうかね……女性用の戦闘衣装というか……」

 それから服についての説明を受ける。
 良く分からないが、女性専門の自動で動く二輪の乗り物に乗った部隊が着ている衣装との事だ。
 東の国ではそんな騎馬隊みたいなのが居るのだろうか?
 とはいえ、やっぱり殿方を魅了する服では無かった。
 3人に対する怒りというよりは、自分の無知さを呪いさらに悲しくなる。

「服も全部だめにされたのか……よしっ、ちょっと離れろ」

 魔王様がそう言われて、少し距離を置くと指を鳴らされる。
 途端に着ていたものが形を変えて、私から見ても首を傾げてしまいそうな地味な衣装になる。
 今までのものより露出は少なめだが、なんとなく温もりを感じる。

「良いねー……やっぱりムカ娘みたいなスタイルの娘にはニットだよね?」

 どうやら、このセーターのような黄色い服はニットと呼ばれているらしい。
 なんで、魔王の方々は女性である私より服に詳しいのだろう。
 それから、フリルの付いた白いボレロのような短い丈のカーデガンを掛けられ、首元に小さな石のついたネックレスが掛けられる。
 カーデガンの裾を胸の下で結んでと言われ、言われるがままにする。

「うんうん、それなら充分だと思う! 災難だったな……まあカインの方がもっと災難だが」
「なんで魔王様は、そんなに状況をご存知なのですか?」

 素朴な疑問だ。
 あの部屋に魔王様はいらっしゃらなかったはず。

「ゴメン、記憶を読ませてもらった……何があったか分からなかったし」

 魔王様がそう言って謝られる。
 が、今回迷惑を掛けたのは私の方だ。

「いえ、妾の方こそ取り乱してしまい申し訳ありません」
「ううん、女の子らしくて可愛かったぞ」

 そう言って魔王様が私の頭をポンポンとしてくれる。
 ふと顔を上げると目の前に魔王様の顔が。
 かっこ良すぎますわ。
 思わず目を反らしていまう。
 きっと頬は真っ赤だろ。

「そうだな……うん、今日は寝るまでムカ娘と一緒に居よう」

 そう言って魔王様が抱き着いてこられる。

「あっ! 魔王様!」

 私が止める間もなくベッドに押し倒される。
 ついにこの時が!

「やっぱり、この恰好をされたら、ここに顔を埋めて寝るのが男のロマンだよな!」

 そう言って、私の胸に顔を埋めてくる。
 きゃっ! そんな、まだ心の準備が!……万端ですわ!
 ムカ娘頑張りますわよ!
 そんな事を思っているのだが、それ以上魔王様が何もしてこられない。

「あの? 魔王様?」

 …………

 返事が無い……ただの屍のようだ……
 もとい、小さな息遣いだけが聞こえてくる。

「あれ? 魔王様? もしもーし?」

 やっぱり返事が無い。
 顔を覗き込むと、ニヘラとだらしない表情を浮かべ眠っておられる。
 私の覚悟が……
 とはいえ、凄く幸せそうな表情を浮かべて眠っておられる魔王様を見ていると、心が温かくなってくる。
 過程はどうあれ、今日は成功ですわ。
 気が付いたら、いつの間にか私も魔王様を抱きしめて眠っていた。
 でも本当に幸せな時間だった。

***
「くっそー! 流石魔王だぜ、まさかこんな格好が」
「結局邪魔できなかったですが、あの豊満な胸であの素材の服の破壊力……ヤバすぎる」
「以前の露出高めの見えそうで見えなかった服も良かった……けどこれは桁違い……魔王……恐るべき童貞」

 3人娘が、翌日魔王様の部屋から出て来た私を見つけ、鼻血を垂らしながらすり寄って来た
 私の方が圧倒的に強いはずなのに、貞操の危機を感じ本気で逃げた。
 このシチュエーションを作り出してくれた事は感謝するが、いま近寄るのは危険だ。
 部下がおかしい……辛い



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