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第1章:赴任

第20話:天丼

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 さてと、どうしようこれ。
 俺の部屋で、ベッドの上に横たわるご令嬢。
 一応鎧のままというのは、ものすごく嫌だったけど。
 脱がせたら、脱がせたで起きた時にうるさそうだし。

「ん……ここは?」

 おお、空気を読んでくれたのか、タイミングよく起きてくれた。
 
「人の家か……私は、助けられたのか?」

 残念ながら、ゴブリンの集落のロードの家だけどね。
 調度品だけ見たら、そう見えなくもないか。
 声を掛けるかどうか悩んでいたら、目があった。

「そうか、その方が助けてくれたのか。かたじけない」

 彼女が上半身を起こして、頭を下げる。

「鎧のまま、ここまで運ぶのは難儀であったろう」

 どうしよう。
 盛大に勘違いしたまま、話が進んでるんだけど。
 どう対処しようか悩んでいたら、部屋がノックされる。

「ん?」
「ゴブ美です。お水をお持ちしました」
「おお、入れ」

 美容担当のゴブ美が来たから、中に入れる。
 安定の緑色の美少女。
 かつらを被ってるから、全然見られる部類。

「なっ! ゴブリン! ゴブリン? ゴブリンか! いや、ゴブリン? ゴブリンなのか? ゴブリンだろ! 違うのか? ここはどこだ? てかゴブリン?」

 どれだけ、ゴブリンを連呼するんだこのお嬢さんは。
 しかも、声がでかい。
 思わず、耳を塞ぎたくなるほどに。

「ふふ、サトウ様やキノコマルがおっしゃる通り、騒々しい方のようですね。水とふきんはここに置いておきますね」
 
 ゴブ美さんが、特に気にした様子もなくサイドテーブルに水差しとコップ、それからタライと絞った濡れ布巾を置いていく。

「では失礼いたします。お大事になさってくださいね」

 部屋を出るときに一礼して、そっとドアを閉めていった。
 いや、ここにいてもらっても良かったんだけど。

「なんだあれは! なんなんだ! ゴブリンなのか? ここはどこだ! おい! 返事をしろ!」

 そして、直後に俺はミレーネに襟元を掴まれて、ガックンガックン揺すられながら問い詰められることに。
 本気でこの子うるさい。
 これでお姫様なんだから、この世界の人間って本当に野蛮なんだろうな。

「なんだ、その失礼な視線は! 質問に答えんか!」
「はあ……ここは、ゴブリンの集落だよ」
 
 俺の言葉に、ミレーネが固まる。
 それから、周囲を見渡して首を傾げる。
 さらに、自分が寝かされているベッドを抑えたりして首を横に振る。

「あ……ありえんだろう! 華美なものとまでは言わずとも、質の高い家具類……確かな弾力を兼ね備えつつも柔らかなベッドに、肌触りからして極上の寝具……水差しだって、このような光をキラキラと反射させる色のついたガラスの物など王都でも手に入らんぞ!」

 いや……信じてくれないなら、最初から聞かないでほしい。
 聞かれたから、答えたのに。
 しかも、答えろっていったのお前じゃん。

「そっか。ミスト王国ってのは田舎なんだな」
「っ! 貴様! 我が国を馬鹿にするな!」」

 何言ってもうるさい人だなー。
 逃がすわけにもいかなかったし、今後を考えて確保したけど。
 この人だけ返して、他の連中全員生け捕りにした方が良かったかな?
 彼らも、貴族の子弟の可能性があったわけだし。

 その後もさんざん喚き散らした後で、きっとこれは夢だなと自己解決して枕に顔をうずめていた。

「あっ、柔らかい」
 
 柔らかいとかじゃなくて、とりあえず布団で寝ていいから風呂入って着替えて来て。

「ふ……風呂? 湯浴び場があるのか? ゴ……ゴブリンが風呂? いや、お前は人だろう!」

 いいから、黙って済ませてこい!
 ぶつくさいうミレーネを布団から引きずり出して、浴室に突っ込んでおいた。

「着替えはここに置いておくからな」

 それから、替えの服を置いて寝室に。
 寝具を変えるために。
 枕は汗で湿ってるし、布団は汚れてるし。
 溜息しかでない。
 触るのも嫌だったからゴブ美に全部入れ替えてもらって、汚れた寝具は洗っておいてもらうようお願いしておいた。
 何かと俺の世話を焼きたがるから、週4で家の管理を任せることにしたんだけど。
 家事雑誌とか与えたら、優秀な家政婦さんになってくれた。

***
「ゆ……夢じゃなかったのか」
「さっぱりした? とりあえず、飯食べる?」
「ゴ……ゴブリンの作ったものなど食えるか! どうせ虫や魔物のゲテモノ料理だろう!」
「サトウさんの料理は絶品ですよ!」
「誰だお前は! どう見ても人間だが、お前もゴブリンなのか?」

 ジニーが普通にお皿を運んでいるのを見て、またまたミレーネが騒ぎ始めた。

「あっ、彼女はただの人だよ」
「そ……そうか。いや、おかしいだろ! なんで人が普通にいるんだよ!」

 うるさいから無視して配膳を。
 ジニーも苦笑いしながら、スプーンや箸を出していく。

「サトウはビールでいいか?」
「ああ、ありがとう! てか、アスマさんそれ好きだね」
「うむ、酒精は低いが柔らかな口当たりの果実の甘味と炭酸がのど越しによく、素晴らしい飲み物だと思う」

 また、ややこしいやつが来たが。
 いつものことなので気にしない。
 食べ物不要とかって言ってたくせに、こいつも食事にはまった。
 味は分かるらしく、食事が楽しいものだと初めて知ったなどと言われてしまえば。
 食わせてやらないことはない。
 チョロいかもしれないが、誰だって褒められたらいやな気はしない。
 ちなみにアスマさんがはまっているのは、ただのカシオレ。
 カシスオレンジにはまるとか、ますますエルダーリッチの評価が……
 そして案の定、ミレーネがアスマさんを指さして口をパクパクさせていた。

「が……骸骨……ここは、死者の国なのか?」
「失礼な、わしは生きておるぞ!」
 
 アンデッドって、生きてるっていえるのかな?
 まあ、本人がそう言うなら、そうなのだろう。

「や……瘦せ型にもほどがあるだろう! ちゃんと食った方が良いぞ!」

 ミレーネが混乱して、おかしなことを言い出した。
 アスマさんの方に視線を送る。
 首を横に振られた。
 別に、魔法を使ったりはしてないらしい。

「ひどい目にあったすー! ロード! 助けてほしいっす!」

 そして、キノコマルまで……
 先ほどまで、ゴブエモンに地獄の特訓をつけられていたらしい。
 というか、この様子だと逃げ出してきたな。
 俺を巻き込むなと、あれほど……

 まあ、俺が騒々しいのが嫌いなのを知っているから、流石のゴブエモンもここまでは追ってこないだろう。
 明日キノコマルがもっとひどい目に合うだけだと思う。
 先延ばしにしても良いことないぞー!

 ちなみに余談だが、ミレーネの救援部隊はすぐに来た。
 そして、割と酷い会話をしてた。

***
「手遅れだったようです」
「まだ、集落に連れ込まれてさほど時は経っておるまい」
「しかし、奴らは……」
「仮にそうだとしてもかまわん。その状態でも娶れば、俺に対して頭が上がらなくなるだろうし、女なら他に作ればいいだろう。陛下にも恩が売れて、いいこと尽くしだな」
「恥さらしとばかりに、陛下自ら処断されるかもしれませんがな」
「その時は、その時だ!」
「それにしても、噂以上のゴブリンの群れのようですな」
「ああ、普通の冒険者には荷が重いという話だったが……無能共を殿下につけて、危なくなったら助けに入ろうと思っていたのだが」
「一瞬で、壊滅に追い込まれるとは……そのうえ、姫を奪われるなど」
「本の気持ち程度でも、マシな奴を混ぜとくべきだったな」
「まったくで……」

 ……
 あれだな、酷いマッチポンプを見た。
 意中の女性を仲間に襲わせて、さっそうと助けに入るみたいな?
 計算を間違えて、手遅れになっちゃってるけど。
 怖いなー貴族社会って……

 ちなみに、ミレーネの時と同じようにして、この代表の男も捕まえておいた。
 カマセ子爵家の次期当主とかって喚いてたけど。
 それって、美味しいの? の一言で黙っていた。
 そういう意味でいったわけじゃないが、そういう意味にとられたらしい。
 
 魔法も使えるみたいなので、集落の真ん中で首から下を地面に埋めてある。
 しばらく喚いていたが顔を赤くしたと思ったら青くして、それから黙り込んでしまった。
 直前に、漏れるを連呼していたから……そういうことだろう。
 それから、誰も近づかなくなってしまったが。
 遠目に見たら、静かに泣いてた。
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