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第1章:赴任

第45話:麗しき主従愛

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 バハムルとは、色々と有意義な話し合いができたと思う。
 とりあえず、この村の存在が周知のことならばと。
 ゴブリン村を村として認めてもらえるように交渉。
 そのうえで、特別行政区としても認めてもらえるように、お願いした。
 
 早い話が独立特区として、ミスト王国にあることを容認してくれと。
 このまま、しょっちゅう軍やら冒険者が送り込まれても困る。
 
「うーむ」

 バハムルが唸っていたが。
 それさえ認めてくれたら、すぐに帰れるというのに。

「私が持ち帰っても、認められるかわからん。なんせ、前例がないことではあるし」

 まあ、こんなことはめったにないのかもしれないけど。

「ん? 鬼人の国の成り立ちも似たようなものではないか?」

 リビングで映画を見ていたアスマさんが、会話に参加してきた。
 鬼人の国とかあるのか。
 ちょっと、面白そうだ。

「そうなのですか? いや、元から亜人として認められているのかと」
「もともとは魔物と魔族の中間のような種族であったからな。知性も武力もそれなりにあって、ジャポンの国の国王が手に負えなくなって受け入れた……800年ほど前の話かのう。ちょうど、鬼人の国にお世話になったでのう」

 本当におじいちゃんだなー。
 800年前だと、今より若いのかな?
 骨で判断できるか分からないけど。
 最後は、骨粗鬆症こつそしょうしょうで、こうボロボロと。

「嫌なことを言うな。思わず、想像してしまったではないか」

 アスマさんに困った顔で首を振られてしまった。

「こつそしょうしょう?」
「気にするな。であれば、ゴブリンの村があってもよかろう」
「いや、鬼人とゴブリンでは全然違うと思うのですが」

 そう言って、今度はバハムルが困った表情で首を振っている。

「あれを見ても、ゴブリンを魔物と呼べるのか?」

 窓の外では、ゴブリン達が色々と作業をしている。
 肌の色を除いて、ほぼ普通の人と大差ない。
 むしろ、美男美女多めの素敵な景色。

 バハムルがさらに困った表情で首を横に振る。

「ここのゴブリンは、特殊すぎますよ」

 とりあえず持ち帰って交渉するにしても、バハムルを返していいのかという問題が。
 人質がいなくなれば没交渉となって、さらに屈強な騎士団が送られてきたり。

「私はもちろん残りますよ? その方が、そちらも都合がいいでしょう。代わりにミレーネを帰そうかと」

 なるほど。
 確かに一理あるな。
 ミレーネはいまランスロットと一緒に、ゴブ美の案内でシドとゴブリンスミスの工房に行っている。
 工房では騎士団から借り受けた装備を元に、新たな武具を作り出している。
 ドワーフの技術が気になるらしく、見学に行きたいとの申し出があったので許可した。

「お主がまだ帰りたくないだけではないのか? 迎賓館ではそれなりにお仲間たちと楽しんでおると聞いているが」

 アスマさんの言葉を受けて、もう一度バハムルを見る。
 頬がひくひくしているけど。

「苦渋の決断です」

 嘘だな。
 本心から帰りたくないと顔に書いてある。
 
「公務から離れてこんな快適な環境で過ごせるなら、いくらでも人質になりますよ!」

 俺とアスマさんの視線に耐え切れなくなったバハムルが、大声で叫んでいるが。
 そういった理由なら、ミレーネと兄妹で話し合ってくれ。
 どっちが残っても、別にこっちは構わないから。

***
「では、任せたぞ」
「はっ……」

 バハムルが、外でランスロット達を見送っている。
 ミレーネと一緒に。
 2人とも、帰る気は無さそうだ。
 あと迎賓館で預かっている、上級貴族の子息たちも。
 8人。
 そんなにいらないから、半分は帰って良いと言ったのだが。

 最初は平和的に話し合いで。
 身分を持ち出していたけど、なかなか決まらない。

「ここはより上位の爵位の祖父を持つ私が残るべきだ。寄子になるかもしれないものたちを、我が身可愛さにゴブリンに差し出したなど生涯の恥となろう。それに、そのようなことをするような奴に、誰がついてこようか!」

 と言っていたのは、ミスト王国の侯爵家の次男らしい。

「何をおっしゃるのですか! 主のためにここで果てることになったとしても、それは本望です! むしろ、守るべきお方を置いて逃げたとあれば、末代までの恥にございます。私に貴族として死ねとおっしゃるのですか!」

 こっちは、ミスト王国の子爵家の長男。
 いや、長男なら帰った方が良いんじゃないかな。

「その方の気持ちは嬉しい……だが、いまはまだ祖父が当主だ! 我の代わりに、我が祖父に尽くしてくれればそれでいい」
「キリウス侯爵家の至宝を置き去りにして逃げたものを、信用してもらえるはずがないでしょう! 何よりも、我が父より廃嫡と出奔を勧められるのがせいぜいかと」

 凄いな。 
 主従の鑑のような会話だな。
 まさに、麗しき主従関係。

 なぜか、その後じゃんけんになり。
 最後には殴り合いになっていたが。

「よっしゃー! 見たからオラァ!」
「ぐぬぬ」

 そして、殴り勝ったのは子爵家の長男さん。
 いや、どうなんだろう。
 本人の目の前で思いっきり喜んでるけど。
 勝ったってことは、残るってことになるんだぞ。

 そして同じような光景が、あちこちで。
 結局、この8人は全員が残ることになった。
 いいのかな?

「いやあ、肩ひじ張らずに気楽に美味しい物を食べられますし」
「正直、労働の後の広いお風呂とかたまりませんよ」

 ゴブリンと混浴だけど、気にならないのかな?

「身体を見て、色々と学ぶところもあります」
「筋肉のつき方とか見てると、なるほど勝てる道理がないとよく分かりましたし」
「言っても貴族ですからね。彫像となってもおかしくない身体つきを生でおがめるとか。彼らはまさに生きる芸術ですよ」

 うん、うちのゴブリン達が亜人として認められる可能性は、低くはなさそうだ。
 さっきまで殴り合ってたとは思えないほど、スッキリとした顔で楽しそうに会話をしているけど。
 あと最後の人は、べつにそっち系じゃないよね?

「もちろん好きなのは女性ですが、筋肉にもロマンを感じますよ。憧憬に近いかもしれませんが」

 それなら別にいいけど。
 そういったやり取りを経て、彼らも見送る側だ。
 バハムルの横に立って、敬礼してランスロット達を見送っている。
 野営組も大したもてなしができなかったにも関わらず、名残惜しそうに振り返っているが。
 彼らが持ってきた保存食は、全部提供してくれた。
 代わりに袋に入った大量の菓子パンを請求されたけど。
 まあ、安いから別にいいんだけど。

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