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第1章:剣と少年

第1話:邂逅

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 ここはどこだ……
 何も見えない。
 ぴったりと何かに身体を覆われた感覚のみがかろうじて分かる。
 というよりもだ。
 何かにとか、かろうじて分かると言っているが。

 ふふ……
 なんとなく分かってる。
 認めたくないが。
 俺の上半身というか、膝のあたりまで土に埋まっているのではないだろうか。
 逆さの状態で。

 頭に血がっ!
 誰か! 誰か早く抜いてくれ!

 毎日助けを求めた。
 心の声で。
 実際の声が出ないから。
 ふふ……

 マジ、シャレにならん!

 俺の名前は、鈴木一郎。
 かな?
 すでに、それすらも危うい。
 地面に埋まって、数日。
 というのもおかしな話だ。
 人は数日どころか数時間、いやここまで完璧に埋まってしまっていたら確実に数十分で死ぬのではなかろうか?
 死ぬだろう。
 間違いなく。
 何故こんなことになってしまっているかは、さっぱり分からない。
 
 何故、俺は死なない。
 いや、何故死ねない。
 俺の心はとっくに折れてしまっている。
 誰とも会うことなく、喋ることもできず。
 見ることも出来ず。
 ひたすら、助けを乞う日々に。
 心がぽっきりポッキー真っ二つだ。

 そして心が折れた人間がさらに放置されるとどうなるか知ってるか?
 ふふ……おかしな能力に目覚めたり。
 妄想。
 いや、幻覚。

 なんとなく周囲の景色が分かる。
 ひたすら周囲の景色を見ることを望み続けた結果か。
 俯瞰のスキルを獲得しましたという、願望が幻聴となって聞こえ。
 そして上空から地面を見下ろす自分の姿の妄想を脳内で映像化してるとかかな?

 上空から地面を見下ろした景色。
 良い景色だ。
 ふふ……幻覚というのも憚られる。
 だって、空から地面を眺めるとかさ。
 地中に埋まってるのに。
 幻覚どころの騒ぎじゃない。
 妄想が、具現化されたかのような。

 そして、見覚えのない景色。
 広大な森。
 そうか……ようやく天に召されたってことかな?
 そんなわけないよね。
 身体は相変わらず地中にあるのは分かってるし。

 目を皿のようにして、地面をくまなく観察。
 どこかに俺の下半身が生えているはずだ。
 もしかしたら、白骨化してたり。
 何かに齧られたことが何回かあったけど、無事なはず。

 チラッ。
 うん……
 何も埋まってないな。
 
 チラッ。
 まさかね……

 いやでも……チラチラ。

 うーん……
 
 地面に変なものが生えているのが見える。
 剣の柄かな?
 いや、剣と思うのは時期尚早か?
 斧の柄とか。
 いや、鍔があるから剣だな。
 もしかしたら、スタイリッシュな孫の手だったり。
 もしくは、最近お土産屋やサービスエリアで見る傘とか。
 側に鳥の死体が落ちていて、血が埋まっている剣の方へと流れていた。
 錆びるよな。 
 もう錆びてそうだけど。

 まあ、それはおいといて俺の下半身。
 ……無さそうだ。

 ふっ……
 しばらく無になって、惰眠を貪った。
 目覚めて俯瞰のスキルを使う。
 使えたことに一安心。

 幻覚と分かっていても、色がついたものを見られるだけでも救われる。

 春は色鮮やかな様相を見せ、夏は青々と茂った森に多種多様な生物。
 秋は紅に染まり、冬は真っ白な雪景色。
 ふふふ……
 四季を感じつつも、俺は死ねないらしい。

 そしてまた春が来る。
 夏も来た。
 秋さんお久しぶりです。
 冬さん、今年も綺麗な肌ですね。
 
 そんなことを何周……いや何十周、百周……
 俺は相変わらず地面の中。
 精神が壊れないのは、何故だろう。
 呪われてるのかな?

 それともあれか?
 精神を病んで、病院で完全拘束とかされてるのか?

 くだらないことを考え、精神がいよいよ本格的に達観してきたとき。
 突如変化が訪れた。

 振動を感じる。
 何かが近付いている。
 俯瞰の視点で確認する。

 一人の男の子?
 14歳くらいの少年がこっち向かっている。
 おお!
 こっちだ!
 こっちに来い!

 少年は息を切らせて走っている。
 服装が色々とおかしいが、そんなことはどうでもいい。
 いまは、俺を……俺かな?
 まあ、俺かもしれない剣を抜いてくれる人がこっちに向かっている。

 この千載一遇のチャンスを逃す手はない。
 少年の後ろに熊がついてきているが、良い。
 俺を抜いたら、俺で戦っていいから。
 いや、錆び付いてるだろうから折れちゃうかも。
 でも、良いんだ。
 俺は、自分の正体に確信を持ちたいんだ。

 でも、どうかあれが俺じゃありませんようにと本気で願ってたり。

 そして、ナイス! 
 ナイスゥゥッ!
 少年が、俺を通り過ぎる直前で転んだ。
 そして俺に気付く。

「剣?」

 俺を抜け!
 さあ、俺を抜け!

「喋った?」
 
 抜け! 

「グアァァァァ!」

 背後に熊が迫りくる。

 抜けええええええ!

「うわぁっ!」

 少年が膝立ちで柄に手をかける。
 そしてそのまま剣を抜き、後ろに向かって振り切る。
 
 俺だった……
 その剣は確かに、俺の身体のようだ。

「グアアアアア!」

 錆びだらけだけど、それでも熊の額に傷が。

【身体強化を獲得しました】

 遥か昔に聞いた、よくわからないアナウンスが聞こえた気が。
 いや、それよりも熊!
 目の前のそれは激昂して、雄たけびをあげる。
 でかい。
 こうして見ると、馬鹿でかい熊だった。
 
「ヒッ!」

 その咆哮を受けて、少年の身体がふらりと揺れて……俺に不思議な感覚が。
 剣を持ったままの少年。
 意識を失ったように倒れそうになり、俺は足を踏ん張ってどうにか耐えた。

 まさか。
 入れ替わった?
 いや、身体のコントロールを奪ったのか?

 どっちにしろ、逃げない……と?

 目の前に迫りくる熊の巨体。
 まさかの体当たりを、熊の頭に手を付いて飛び越える形でやり過ごす。

 この少年、すげぇ身体能力だ。
 いや、違うな。
 持ち主の生命の危険を確認。
 身体強化が発動と聞こえた。
 
 考察は後だ。
 いまは、この熊をどうにかしないと。

 数百年の地中生活で俺のメンタルは、鋼のごとく鍛えられたようだ。
 身体は鉄だけど。
 鉄かな?
 この現実を受け止める俺にビックリ。

 そして改めて対峙した熊に対して、恐怖は微塵も感じない。
 もしかしたら身体は別人のものだから、他人事だと思ってしまっているのかも。
 いや、そんな薄情者ではないはずだ。

 さてと、お手並み拝見といこうか。

 
 
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