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第2章:風の調べとゴブリンとコボルトと

閑話4:コボルト・ゴブリン共和制王国

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「オラーイ! オラーイ!」
「ゆっくりー! ゆっくりー!」
「なぜ、我がこんなことと……」

 リンドの街近くのエスラの森。
 その奥で、屈強な男たちが上空に向かって合図を送っている。
 それに対して、ぼやいているのは大きな竜……と思ってたんだがな―。
 その竜の祖父や、そのまたさらに祖父。
 そして、一緒にいた世界竜。
 それらを見たあとだと、どうもしょぼく見える。

 本人にそれを伝えたら、烈火のごとく憤慨していたが。

 ゴブリンアーキテクトや、ゴブリンカーペンターの指示にしたがってテトの森から住宅建材を運び込んでいる。

 いま、エスラの森の中心部では怒涛の建設ラッシュが始まった。
 
 テトの森のゴブリン王国の建設ラッシュが終わって、手持ち無沙汰になった彼らが張り切っている。
 住宅から、商業施設、その他もろもろの建物を建て終わってしまい、最近では細々と改築をするくらいしかやることなかったからな。

 そしてここエスラの森の奥地のコボルトと、その周辺に集落を持つゴブリンを配下に加えたことで彼らが是非お手伝いをと申し出てきたわけだ。


「有難うございます、ランドール様!」
「よーし、あとはこっちの仕事だ! 壁を設置するぞ!」

 エスラの森にも木はたくさんあるが、どうも建築には向かないらしく。
 テトの森から運び入れている。
 といっても、あっちにある工房などで、すでに建物のパーツに加工されたものがだが。
 そうすることで、運搬荷物の軽量化にも繋がる……から、一度にたくさん運べるだろうと。
 ランドールを敬ってはいるが、楽をさせるつもりはないらしい。
 流石職人……出会ったときは、腰蓑いっちょでウギャウギャ言ってたのに。

「そっちの長屋は老齢のコボルトとゴブリンが住むからな! 上がり框は低めに作ってやれ!」
「ルトングの家は、RC造で良かったんだよな?」
「ランドールさんこのサイディングは、そっちの商業区用ですよ!」
「筋交いが入ってないぞ! だれだ、手抜きした奴は!」
「ゴブレオンの刷毛引仕上げも板についてきたな」
「おーい! ここの基礎クラックが入ってる! やり直しだ」

 うーん……
 最初はあやふやに俺が説明したものを一生懸命考えて、手探りで作業してたのにな。
 今じゃ、俺の方が理解不能な言葉が飛び交っている。

 ねじり鉢巻きに、ニッカポッカを履いたゴブリン達。
 耳には木炭が引っ掛けてあるし。
 といっても緑色の、それっぽい人の集団に見えなくもない。
 てやんでぇ口調なのが、カーペンターヘッドかな?

 現場の熱気と職人たちの迫力に、ここに住む予定のコボルトやゴブリン達が怯えている。

「なあ、あの家建ててる人たちって……」
「うん、ロードやキングがうじゃうじゃ」
「そこの5人が武装してきただけで、尻尾巻いて逃げるしか……」
「逃げられるか? 口から釘を飛ばして板に突き立てるような人たちから」

 ちなみにそのコボルトやゴブリンたちは、せいぜいがホブゴブリンやハイコボルト止まり。
 ランドールの血をケチったのもあるが。
 
 ある程度の差別化は必要かなと。

 すでに建物が結構建っている。
 長屋は主に、老齢のゴブリンやコボルトが住むことに。
 色々と便利だし。
 安否確認や、何かあったときにすぐにご近所さんが頼れるから。
 壁1枚隔てて知り合いがいるってのは、安心感にもつながるしな。
 
 そこの住人予定のゴブリンやコボルトの老人の方々からも好評だ。
 
 テトの森と違って、ここにはバナナやカカオなんかも生えていた。
 コーヒーも育てられるかもしれない。

 ただあまり光の差し込まない場所の土は柔らかく粘度も高いが、粘土質というほどでもない。
 水はけの問題で、育てられる植物に限りがある。
 土壌改善から……

「お呼びでしょうか?」
 
 呼んでない。
 顔色の悪い白衣のゴブリンが、こっちをジッとみている。
 くしゃくしゃの髪はところどころ傷んでいたり、白髪が混じっていたり。
 顔も頬がこけて、深い隈が顔に刻まれているが。
 疲労が現れているわけではない。
 そういう種類のユニーク種。

 マッドサイエンティスト……

「えっ? 泥の問題ですよね?」

 ニヤニヤとした顔で、こっちをのぞき込んできたので本気でイラッとした。
 とりあえず、そのどや顔をやめろ。
 お前のマッドはUじゃなくてAだ!
 泥の科学者じゃなく、気狂いの科学者の方だろう!

 とはいえ、その知識や発想はあなどれない。
 よく分からないが、粘土質の土と水分を分離する方法を考えて、土を使えるようにするのは当然。
 火を放って粘土質の土を綺麗に焼き上げやがった。
 しかも細い棒をいっぱい刺した状態で。
 その棒も金属製で、熱を継続的に効率よく地面に伝えたと。
 まるで軽石のような土に。
 その上に、森の外周部から運んできた土をかぶせると。
 なかなかに水はけの良い、農業に適した土地に。

「ふふん! マッドサイエンティストの称号は伊達じゃないですよ? いたい!」

 俺に触れながらそんなことをどや顔でのたまってきたので、腹立ちまぎれに軽石の下でスキルによる小さな爆発を起こしといた。
 穴を通った衝撃で、地面から細かい礫がマッドサイエンティストの顔面にペチペチと当たる。
 大したダメージでもないだろうに、極端に知性以外のステータスが低いだけのことはある。

 体力面に関しては、自作の栄養ドリンクでなんとかしているが。
 副作用がやばそうだ。

 そういえば、コボルトと共存しているからか。
 ここに連れてきたテトの森のゴブリンが1体、へんな進化を遂げた。
 
 ゴブリンバーバーの1体。
 それがゴブリントリマーに進化……進化といっていいのかな?

 コボルト特化の散髪屋さん。
 
 衣食住足りて礼節を知ったゴブリン達は、おしゃれにも目覚めたのだが。
 その中で生まれた、髪のスペシャリストゴブリン。
 からの派生。
 しかも無駄に、ゴブリンロード。
 まあ、コボルトを抑え込まないといけないしな。

 そのコボルトも、雑種ぽかったコボルトたちが……
 ジャーマンシェパードやコリー、柴犬っぽいのからセントバーナードっぽいのまで。
 様々な個性が。

 しかし……アフガンハウンドっぽいコボルト。
 つやつやサラサラの髪の毛っぽい、体毛。
 流石にゴブリンバーバーの手を余ったらしい。
 同じようにカールが特徴のビション・フリーゼ。
 こっちもだ。

 しかもこいつら面倒くさい毛質のくせに、それを綺麗に見せることにうるさいときた。
 
 そういった犬種のコボルトに鍛えられたと考えたら、進化で合ってるか。

 他にもドッグランのような場所が……
 ランニング用のトラックじゃダメなのかな?

 俺が身体を動かしているニコの投げたフリスビーを、4足歩行で追いかけて咥えてくる。
 そしてキラキラとした目で見上げてくるコボルト、と期待した目で見上げてくる取れなかったコボルト達。
 もう一回だな。

 こうしてみると、犬だな。

 ゴブリンとコボルトのカップルも出来て、街を並んで歩いていたり。

 みんな幸せそうだ。

「では、主はこちらに」
「ふふ、かっこいいですよ」

 そして目を背けていた現実に。

 ……ここの主というか、トップも俺とニコになるらしい。

 ふふ……ゴブリン王国に続いて、コボルト王国まで……
 えっ? 違う?

 コボルト・ゴブリン共和制王国?
 共和国なのに王国?
 じゃあトップは、国家元首かな?
 表向きは君主制じゃないはずだし。
 王国の意味が分からないけど。
 コボルトキングが代表なら王国でも良いのかな?
 でも俺がトップって……
 
 初代鈴木国王……
 いや、まてまて!
 俺はいまテトの森のゴブリン王国でも王様やってる……

 問題ない?
 
 国王って兼任できるものなのかな?

 色々とおかしいよね?

 誰も不満がない?
 ないの?
 国元にあまりいないけど?

 せっかく現場視察をしつつ、色んな犬を見てほっこりしてたのに。
 建国セレモニーとかで、神輿に乗せられて挨拶までさせられた。

 横でランドールが誇らしげに立ってるけど……
 
 王様やりたくない?
 やりたいよね?

 やりたくないの?

 見てる方が楽しい?
 
 そうか……
 そうですか……

 国民たちが万歳するのを、どこか他人事のように見つめつつ

「俺……剣なんだけど?」

 とぼやいてみたけど。

 大きな歓声に掻き消されてしまったようだ。

 すぐ横に居たランドールだけが、クスクスと笑っていた。

 それとコボルト達が顔を一瞬伏せたのは、見間違いかな?
 
 耳……良さそうだよね?
 そこのコーギーっぽいのやら、テリアっぽい立ち耳種の君たち。
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