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第3章:奴隷と豚

第2話:奴隷商人

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「なんか、最初の村を思い出しました」
「はは、あそこよりはましだよ」

 リンドの街から北の地方に向かう最初の村。
 そこを抜けて、さらに北上を始めてすぐにフィーナが愚痴っていた。
 いや、色々なお店が立ち並んでいたと思うが。
 さして物の売れ行きがよくないのか、飲食店とか風俗店多めの、なんというか歓楽街がメインのイメージ。 
 それも男性向けの。
 女性としては、楽しくない街かもしれない。

 まあ、あくまで中継地点。
 色々と物が出入りするとはいえ、普通の旅人が買い物をするようなところではない。
 北にしろ南にしろ、目的地はさらにその先にある。
 こんなところで、荷物を増やすこともないということだろう。

 それでも、民芸品の類はあったが。

 しいて言うならば。

「料理は美味しかったです」
「うん、お肉だけじゃなくて魚もあって、良かった」

 リンドの街は海に面していないこともあり、肉食メインの街。
 先の村も、直接海に面しているわけではないが。
 それでも、一夜干し程度の海産物なら入ってくるようだ。
 川魚も取り扱っているお店が多く、それなりに舌は楽しめたようだ。
 俺は、なんにも楽しくないが。

 ここからミルウェイに向かう途中で、村がいくつかあるのはあるが。
 ほぼ泊まるだけで、そこを観光するつもりはないらしい。

 ただ、おそらく次の目的地になるであろうメノウの町では、2泊ほどして1日観光にあてると。
 なんでも、絶景スポットが周囲にあるらしく、それを俺に見せてくれるつもりらしい。

 本人たちには言いにくいが、その町にとどまってくれたら俯瞰の視点で大体の場所は見られるんだけどな。
 まあ、フィーナも楽しみにしているようだし。
 みんなで見て、感想を言い合った方が楽しいだろう。

「相変わらず、警備の人達が結構いるね」
「道を歩く人たちは、だいぶ減ってきてるけど」

 流石にここからは上り下りも多いので、馬車を利用する人が多いみたいだ。
 ニコ達も馬車に乗るか悩んだようだが、別に急ぎの旅でもないし。
 途中野宿をするかもしれないが、それすらも楽しいかもと。

 特にニコがこうやって誰かと旅をしたことがないから、張り切っていた。
 誰かというか、ゴブリンだけど。
 まあ、殆ど人と見た目に大差ない。

 先ほどニコ達を追い越していった馬車の御者が、振り返ってフィーナをジッと見ていたことを除けば特に問題なく旅は進む。

 他には休憩で寄った警備兵の詰所で、メノウの町の話を聞いたりしつつ。
 なかなかに、楽しい旅だ。

 ニコ達は空を見上げているが、俺は俯瞰の視点をひっくり返したような視界。
 色々なものが映像として脳裏に映されるような感覚だろうか。
 そこには虹がかかっていて、太陽が2つ。
 実際に太陽が2つあるわけではなく、幻日と呼ばれる気象現象だ。
 この世界の人達はそんなことは分からないから、双子の陽と呼んでいる。
 太陽は実は2つ重なりあっていて、時折1つがそこを離れるように移動してこっちを覗いているのではないかと。
 まあ、そっちの方がロマンがあって好きだけど。

 あれは雲の中に六角板状の氷があってだな……
 ここまで言ったところでニコに耳をふさがれて拒絶された。
 小難しい話だと思われたのだろう。
 
 ちょっと俯瞰の視点をいじって雲の中を見たら光が乱反射して、ここから見る2つの太陽よりもよほど幻想的だった。

 そんなこんなでゆっくりと旅を楽しんでいたら、先ほど横を通り過ぎていた馬車が止まっているのが見える。
 その傍には、御者台に居た男と数人の武装した男たちが座り込んでいた。
 あんまり良い感じはしないな。

 ニコとフィーナに頭だけ下げて、足早に通り過ぎるよう指示を出す。
 男の目がフィーナをジッと見ているのが、気になる。

「こんにちわ」
「こんにちわ」

 向こうから挨拶をしてきたので、ニコも挨拶を返しつつ先を急ぐ。

「もし、旅は順調ですかな?」
「えっ? あっ、はい」

 が話しかけられて、思わず足を止めてしまった。
 いや、まあそれ自体は仕方ないか。

「子供2人で旅ってのは、ちょっと感心しないな」
「いくら警備隊が頑張っているとはいえ、安全とはいえないぞ」

 声を掛けてきた男とは別の、武装した男たちも声を掛けてくる。
 心配した様子ではあるが、どこか怪しい笑みにみえる。

「一応これでも、E級冒険者なので」
「私は、冒険者じゃないけど、C級冒険者よりは強いわよ」

 いや、フィーナの場合A級冒険者より、強いと思うぞ?
 フィーナがエメルダを脅した時の彼女の反応を見る限り。

「へえ、冒険者ね」
「立派な剣をお持ちのようですし、嘘ではないみたいですね。はい」

 少し嘲笑を含んだ様子で腕を組んだ武装した男を手で制し、御者の男がニコの腰を見て頷く。
 確かに鞘だけみれば、そこそこの業物が納まってそうだけど。
 実際に中身は怪しい金属の錆びた剣だったりする。
 インテリジェンスソードといえば聞こえがいいけど、俺としてはなんか違う気がするし。
 
「だったら、私どもの護衛に加わりませんか? 勿論費用はお支払いいたしますしそちらとしても、ほらっ? いまいる私の護衛と一緒なら安全性がグッとあがるでしょう?」

 いいアイデアといわんばかりに、御者の男が手を打ってそんな提案をしてくる。

「えーっと……」
「っと、名前も名乗らずにいきなり失礼しました。私は、行商を務めておりますオルジャナと申しますです、はい」

 ちょっと癖のある話し方が怪しいが、ニコ。
 答えはノーだ!

「あっ、僕はニコと言います。せっかくのお誘いですが、道すがら色々なものを見るのも目的ですので、今回は遠慮させていただきます」
「そうですか? 次の町まででもどうですか? はい」

 俺が用意した言い訳をそのまま伝えるニコに、なおもオルジャナが食い下がってくる。
 その後も何度か押し問答があったが、結果的に苛立ったフィーナがニコの腕を引っ張っていった。

「せっかくの2人きりの旅路を邪魔しないで」
「はは、それは失礼をしました。はい」
「ヒュー! 熱いね」
「俺らみたいなムサイのと一緒より、女と2人きりの方がそりゃ楽しいか」
「大事なら、しっかりと守れよ」

 オルジャナは流石にフィーナの言葉に引き下がったが、他の武装した野郎どもの冷やかしにフィーナが殺して良いですか? と小声で聞いて来たので慌てて止めた。
 いや、半殺しくらいなら許可だせなくも……
 まあ、街道警備隊がいるから、あんまりもめ事は起こさない方がいいか。

 オルジャナたちは、すぐに前を行ってしまったが。
 ニコとフィーナがため息を吐いて、旅を再開する。
 
 それからほどなくして、道のわきに覆面をした男たちが潜んでいるのを見つける。
 俺が。
 フィーナも気配を感じ取っていた。

「主」
「えっ?」

 フィーナがニコに向かって主と呼んだが、俺に対してだ。
 そのまま彼女が俺に触れたので、ニコにも聞こえるように直接やりとりをする。

 馬鹿だなあいつら。
 俺の俯瞰の視点の中でコソコソと変装してたから、正体丸わかりなんだけどな。
 男たちは、さっきのオルジャナと名乗った商人の護衛たち。
 最後の最後までフィーナばかり見ていたから、俺も気を付けていたわけだが。
 フィーナもそんな不躾な視線にさらされて、苛立ってたのもある。
 
 だからか、今度は良いですよね? なんて言ってくる。
 ダメだろう。

 ここは、大人の対応。

 ということで、街道警備隊を呼んでくる。
 
 そのまま俺達の後ろをちょっと離れたところで、成り行きをみてもらうことに。

「おい、その女を置いていけ!」
「ついでに、お前の剣もな」

 そして道の脇から躍り出てきた4人の武装した男ども。

 はい、ありがとうございます。

「うわぁ! 強盗だ!」
「人攫イヨー!」

 ニコは焦った様子がうまく演技できてるっぽいけど、フィーナは大根だな。
 まあ、怖いなんて微塵も思ってない訳だから、仕方ないだろう。

「おい、お前ら何をしてる!」
「こんなところで野盗行為を働こうなんぞ、ふてぇ野郎どもだ」

 すぐに待機していた警備兵たちが、駆け寄ってくる。

「あれ? 隊長さんじゃないですか」
「良いんですか? 俺達オルジャナさんの護衛なんですけど?」

 これにて一件落着と思いきや。
 男どもが自分の覆面を取って、警備の人にニヤニヤと笑いながら話しかけている。
 うーん、雲行きが怪しい。

「えっ? いや、オルジャナさんの護衛がなんでこんなことを?」
「あーっ、えーっと……あっ、旦那が来たんでそっちに話を聞いてください」

 警備隊の人が男の指さした方に視線を送る。
 うん、小太りの男がこっちに駆け寄ってくる。
 オルジャナだ。

「すいません隊長さん。こいつら、うちから逃げ出した連中でして。はい、その際に、大事な護衛の剣を盗み出しまして、はい」
「はあ?」

 オルジャナは警備隊長の手を両手で握りこんで、出鱈目を並べ立てる。
 それに対して、隊長は自分の手を確認して、笑みを浮かべる。

「そうか、お前らとんでもない奴らだな! 追っ手の人間を、人攫いに仕立て上げて俺達に掴まえさせようとしたのか?」
「えっ? いや、違う!」
「奴隷の分際で、口答えすんじゃねー!」

 隊長にいわれのないことを問いただされ、思わず反論しようとしたニコが蹴り飛ばされる。
 てか、奴隷?
 
「これこれ、大事な商品に傷をつけないでくれるかな?」
「つい、申し訳ない」

 その隊長をオルジャナがニヤニヤと笑いながら注意している。
 うわぁ、今度はまた屑どもの多い地帯か?
 ここって、土地柄で人柄が変わりすぎだろう。

「さっ、行くぞお前たち」
「僕は冒険者だ、ここに冒険者証だって」
「それもどうせ盗んだもんだろう? これ以上、罪を重ねるな! オルジャナさんの奴隷じゃなかったら、すぐに街に送って衛兵に突き出してやるところだぞ!」
「そんな……」

 俺が冒険者証を出せといったが、それすらも効果が無かった。
 身分を保証してくれるんじゃなかったのか。

 確実に賄賂を握らされたのもあるだろうが、流石にこれ以上はあれだな。
 
 よしっ、逃げるか!

「おっと、逃げたら指名手配だぞ、ニコとやら」

 そう思った瞬間に、ニコが手に持った冒険者証をオルジャナの護衛に奪われていた。
 ……
 なんていうか、いや俺も悪いけどさ。
 油断しすぎだろう。

「ほう、一応証拠として預かっておくか? 返してほしければ、大人しくオルジャナさんのところに戻るんだな」

 詰んだ。

「殺しましょう……全員、殺せばなにも問題ありません」

 うーん、俺もそれで良い気がしてきた。
 ここにいるの、全員屑っぽいし。

「それは駄目だよ」
「彼らを生かして、私たちが無事に楽しく旅が出来ることはないですよ? 殺しましょ? ねっ? 全員殺しましょ?」
「ひっ!」

 ニコがフィーナを止めるが、それでも殺すことを提案するフィーナ。
 そして、その殺気に当てられて、オルジャナも彼の護衛も、警備の人達も距離を取る。
 
 俺もフィーナに賛成かな?
 取り合えず、いつでもスキルは撃てるし。
 ニコのバフもマシマシでかけておいたから、ニコは放っておいても多少はなんとかなるだろう。

「とりあえずその隊長とやらは、殺しますよ? ニコ様を蹴ったのは許せませんので」
「えっ? あっ、なんか息苦し、あれっ? ぐっ……ふぅ……ふぅ……ふぅう! ふぅう! ぐふぅ……」

 いうやいなや、フィーナがスキルを発動させる。
 催眠系のスキルだと思うんだけど……
 隊長さんが胸を抑えて、徐々に息苦しそうな感じに。
 それから呼吸が短くなったり、激しくなったり。

「【ハートスリープ心臓睡眠】を使いました」

 うわっ、物騒。
 スキル名が物騒。

「徐々にゆっくりと眠りに落ちるように、心臓の動きが止まっていくスキルです」
「やめて! 僕は大丈夫だから!」

 ニコがフィーナにしがみついているけど、フィーナは止める気もないらしい。

「お前ら! 何をしやがった!」
「隊長大丈夫ですか? 貴様ら、これは言い逃れできんぞ!」
『【エアブレイド疾風刃】』
「うわっ!」
「ひっ!」

 突如隊長が苦しみ始めたことで、その部下やオルジャナの護衛が襲い掛かってきたが。
 一瞬早く、今度は俺のスキルが発動。
 足元を深くえぐる。
 威嚇のつもりだったが、地面がえぐれて全員前のめりに転んでだ。

 次は首に撃つって言え。

「言えないよ! てか、やばいって」

 ニコだけが覚悟が出来ていない状態。
 取り合えず、逃げるしかない。

 フィーナ!

「はい!」

 そのままフィーナがニコの冒険者証を奪い返して、ニコを担いで走り抜ける。
 ゴブリンロードの本気だ。
 普通の人が反応できるわけもなく、どうにか逃走に成功。
 
 にしても、これはちょっと厄介なことになったんじゃ……

 いきなり諸国漫遊の雲行きが怪しくなったことに、げんなり。
 取り合えず、次の町に急いで……そこも素通りした方がいいかもな。

「ニコ様がきっちり殺す許可さえくれれば」

 フィーナがぼやいている。

 そうだぞニコ!
 この世界に来て分かったことがある。
 悪党は人じゃない。
 人じゃないから殺しても良いんだぞ?

「同行人と武器が物騒過ぎる」

 いや、人殺しなんて本当は忌避すべき行為だと思うんだけどさ。
 この世界って、人の命って軽いんだよな。
 それに散々、色んな生き物を殺してきておいて今更、人は違うってのもね。

 というか、なんだろう。
 人に対して、そこまでの思い入れがないっていうか。
 
 たまに自分自身冷たいと感じるのは、金属だからだろう。
 そういうことにしておこう。

 ……ため息が漏れる。

「でも、ニコ様のそのお優しいところ、大好きです」
「そうかな? えへへ」

 2人を見てため息が漏れる。

 今からでも遅くないかな?
 俯瞰の視点でロックオンして、ここから魔法で殺せないかな?
 もう手遅れかな?

 指名手配……されてないと良いな。
 でも、俺が指名手配されるわけじゃないし。

 最悪、ゴブリンやランドールにやらせて、ニコとフィーナをゴブリン王国に引きこもらせれば。
 でもって、俺は手ごろな冒険者に、旅に連れて行ってもらって……

「鈴木さん、なんか変なこと考えてない?」

 あれぇ?
 考えてないよー?

 うーん、一緒に居る時間が長いせいか、少し鋭くなってきてる気が。
 でも、俺限定で鋭いってのは、なんの役にも立たな……戦闘中に、俺の意を汲めるようになれば、かなり有用か。
 頑張れ……いや、頑張るな!
 デメリットの方が多そうな気がする。
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