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第1章:ジャストール編

第20話:リーナ、ウェッジ、アークダイ侯爵の場合

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<リーナの場合>
 私の名前は、リーナ。
 リーナ・フォン・ブライト。 
 ブライト伯爵家当主のエッグ・フォン・ブライトの孫娘です。
 こういってはなにですが、割と家族、使用人からは愛されている自信はあります。
 というと、嫌な感じですが……同時に甘やかされている自覚はあるのです。
 そんな私ですが、最近、運命の出会いがありました。

 ルーク様……の従者のフォルス様。
 少し年上ですが、流れるような黒髪と、少し彫りが濃くどこかミステリアスな印象を受けるお顔立ち。
 透き通るような白い肌は染み一つなく、思わず嫉妬してしまいそうになります。
 それでいて、魔法の腕は超一級。
 闇属性というのも、ポイント高いですね。
 あまり、闇属性の魔法を使われる方はいませんが、かっこいいですね。
 
 残念なが私の得意属性は光属性……だからでしょうか、自分にないものに惹かれるといいうか。
 ルーク様も、なかなかに優れたお方だとは思いますが、あの方と比べると子供に見えてしまいますね。
 いや、私の知り合いの同世代の子に比べると、流石に大人だなだとは思います。

 私を救ってくれたにも関わらず、自身の領地で起こったことだからと謝罪をされる姿は、まさに貴族の鑑ですね。
 彼の祖父を即日、私の両親のもとに向かわせて正式に謝罪させる行動力も評価できます。

 ……えっ?
 私と同じ年?
 いやいや、えっ? 本当に?

 ルーク様の祖父であるグリッド元男爵と、私の両親が盛り上がって話し合っているなかで、明らかになった事実。
 落ち着いた物腰に、そこまで華美ではない服装。
 それでいて、貴族と分からせるいい品を身に纏ってました。
 気取らない姿でありながら、思わず唸ってしまうような上品な着こなし。
 立ち振る舞いも、落ち着きのある物腰も、私が知っている12歳とは違いますね。
 てっきり2~3つは、上かなとは思ってましたが。
 しょ……将来を考えると、いろいろと有望なようですね。
 
 えっ?
 服は自分で選んでいるのですか?
 てっきりご両親の趣味で、メイドの方が選んでいるのかと。
 ご自分でボタンが留められるのですか?
 基本的に、服は着せてもらうものでは?
 お風呂に一人で入れる?
 えっと、身体は……ご自分で洗われると。

 いろいろと、自己嫌悪に陥ってしまいます。
 自分ができないことが多すぎて。
 12歳というのは、ああでなければならないのでしょうか?

 町の運営にも携わっていて、町の方々の信頼も厚いと。
 実績もあるのに、野心はないのですか?
 兄であるアルト様を、尊重されていると。
 どこか適当な町か村を、代官として任せてもらえれば十分?
 人は一日に2回、一切れのパンと、野菜の入ったスープ、少しの肉と、寝ることのできる程度の広さの部屋があれば十分?
 それ、どんな聖人でしょうか?
 
 あっ、お父様とグリッド様の会話がおかしな方向に。
 私と、ルーク様を正式に一度顔合わせするためのお茶会と、パーティを?
 もし2人が合うようであれば、婚約を視野に定期的に会わせてみては?
 勝手に話を進めないでもらえないでしょうか?
 それに、実の父といえども、当主であるおじいさまに話を通してからじゃないと。
 
 フォルス様も素敵な方ですよ。
 あっ、もしルーク様とのお茶会等が開かれたら、彼も来られるかもしれないですね。
 悪くないかもしれません。

***
<ウェッジの場合>
 俺は、ウェッジ。
 グリッド前男爵に仕える、騎士団の団長だ。
 今回は、グリッド様のお孫さまたちの子守で、部下を14人ほど連れて町に出たわけだが。
 残念ながら、退屈な子守りなんかじゃない。
 最高にハッピーな子守りだ。
 俺たちの町で、あくどいことをやってくれた連中をとっちめる仕事。

 もちろん、口上くらいは坊ちゃん方に譲ってやるが、あとは俺たちの仕事。
 いくら加護持ちとはいえ12歳と、16歳の子供だ。
 いや、アルト様の方は年齢的にも下手な騎士よりも強いだろう。
 実際にグリッド様も、アルト様の剣の腕はまさに神掛かっているとまで言っていた。
 ふふ、あの方も可愛いところがある。
 まさか、孫馬鹿だったとは。

 さてと、どうやら仕事のお時間のようだ。
 まずは、裏口を蹴り破って突入だ。
 アルト坊ちゃんは危ないから、扉を開けるのは任せてくれ。
 俺が先頭で、次にピエールを突っ込ませる。
 入り口の安全を確保したら、アルト様入ってきてくださいね。

「行くぞ!」

 裏口を蹴って、突入。
 扉を開けた瞬間に、俺とピエールの間を何かが通り過ぎた。
 外から中に。
 てことは、逃げ出したやつではない。

「ぐあっ!」
「がっ!」
「誰だ!」

 入った瞬間に床を蹴って、飛び上がったそれは両足を広げて、同時に座っていた2人の男の顎にピンポイントで蹴りをぶつけていた。
 その時に影が一瞬動きを止めたので、確認できた。
 アルト様だった……

 一人は首がありえない方向に曲がっている。
 即死だろうな。
 もう一人は不安定な丸椅子のお陰で助かったか。
 側頭部を床にたたきつけて、泡を吹いて痙攣しているけど。

 すぐに、他の連中が気付いて立ち上がるが、すでにアルト様は3人目の顔を掴んで床に後頭部を叩きつけているところだった。

「アルト様、殺してはだめです! 証言が」
「殺さなければ……いいのだな?」

 答えが物騒です。
 殺さなければ、何をしてもいいのだなと言っているようにしか、聞こえません。
 そこからは、アルト様の独壇場だった。
 俺たちに、仕事は何もなかった。

 ……
 神掛かっている?
 いや、あれはなんというか……
 えっと、アルト様?

 まあ、まて……順序だてて状況を整理しよう。
 元から、いろいろとおかしかった。
 そう、今思い返せばおかしかったのだ。
 おかしすぎて、信じたくなかったというか、
 目を背けてた部分はある。
 本家の人達がおかしいのか、アルト様とルーク様がおかしいのか。
 いや、現当主の御子息におかしいというのは、まずいか。
 しかしなぁ……
 
 まずは、軽いところでルーク様の専属の執事。
 フォルスと名乗った男だが、あー……いやなんというか。
 確かに大人だし、いろいろな経験を積んだのだろう。
 貴族の子息の専属執事になれるくらいだ。 
 優秀なのはよくわかった。
 凄いやつだった。

 あー、すまんすまん。
 今日一日の出来事が全部おかしくて、どう話したらいいのか分からんのだよ。
 そもそも、なんでアルト様に専属執事がいないのに、ルーク様にという話なのだが。
 なんでも、ルーク様の従魔とのこと。
 いや、完全に人なんだけど?
 もう、おかしいよね?
 この時点で、いろいろとおかしいよね?
 すでに従魔を持っている時点でおかしいよね?
 しかも、テイムしたのでもなく、ゴート様やグリッド様が買い与えたわけでもなく。
 ご自身で召喚されたと。
 しかも人型。
 しゃべるし……当たり前か。
 人型だからな。
 当たり前じゃないな。
 従魔だ。

 なるほど、彼は吸血鬼ね……少し納得。
 ただの吸血鬼じゃないよね?
 普通に日中も行動してるし。
 銀にも、平気で触れる。
 弱点のない吸血鬼とか、無敵じゃないかな? 

 うーん、その彼、フォルス殿がルーク様に魔法をかけたんだけど、あら不思議、ルーク様が青年姿に。
 触っても全然わからないけど、身体は元のサイズのままらしい。
 闇を集めて、物質化して身体を覆っているとか言われても。
 そんなとんでも吸血鬼を使役するルーク様って……
 まあ、いい。
 考えても無駄だな。

 でもってそのまま、ぼったくりバーにまんまと潜入した。

 そのときに、首の裏がすごくチリチリとしたのを覚えている。
 アルト様の機嫌が、ものすごく悪くなっていってるのが分かったのだが、気付かないふりをした。
 勘違いだと思いたかった。
 それでももしかすると、アルト様が暴走してしまうかもしれないと警戒はしたが。
 部下に目配せして、万が一のときはアルト様を抑えるようにと指示を出したはずなんだけどな。

 窓の外から様子を窺おうにも、すべての窓にカーテンが掛けられていて中が見えない。
 もう、この時点でこのお店は怪しさ満点。
 しかも、ルーク様たちが入ってから、他の客は誰も入っていかない。
 それもそうだろう、入り口で強面の男が2人も見張ってたらなー。
 あ、そいつらは俺の部下だった。

 いや、もともといかつい連中が入り口を固めていたから、そういうつもりだったのだろう。
 それなら、別に俺達でも関係ないかと思い、中に入りやすくするために一瞬で意識を刈り取って裏に連れて行って縛りあげたんだったな。
 そして俺も入り口で、中の様子を窺う。
 うわぁ……と思わず声が漏れた記憶が。

 ルーク様が、良い笑顔で座っていたというか。
 物凄く、悪い顔をしてたというか。
 金をばらまいて、店員に拾わせようとするとか。
 普通に嫌な奴では?

 あっ、かなりキレてたのか。
 こっちにまで、怒気が……隣のフォルス殿もキレてますよね?

 部下が走ってくる。
 ルーク様たちを引っ張っていった女性が裏口から出ようとしてたので、確保したと。
 でかした。
 思えば、いろいろとお二方がやらかしてはいたが、この辺りのやりとりは、普通だったんだ。
 この辺りまでは……

 そして、突入してから気が付けば両手両足の骨が折られて変な方向を向いている、いかにもな出立の連中が床に転がされていたんだよな。

「殺してはいないぞ?」

 いい笑顔だったな、アルト様。
 そして、俺の部下たちはアルト様と目も合わさなくなったんだよなー。
 怖いもんねー。
 16歳の子供が、良い笑顔で人の腕や足の骨をバッキンバッキン折るのって。
 しかも悲鳴があげられないように、口に思いっきり皿を突っ込んで。
 わざとですよね?
 木のお皿じゃなくて、陶器のお皿を突っ込んだの。
 てか、手ごろな細さの薪とかもあったのですが。

 案の定、腕を折られた瞬間に思いっきり歯を食いしばった賊の口の中で、皿が音を立てて砕け散ってた。
 口が血まみれで、なんていうか……

 アルト様怖い。

 それ以上なにもさせないように、全力で前に出たけど。
 ルーク様と合流したら、なぜか俺も……いや、俺たちも悪党どもに腹が立ってきて。
 結構やりすぎたなー……
 子供たちの目の前で、頭であるロットの目ん玉を突き刺したのはやりすぎだったと思う。
 つい、カッとなって。
 直後にアルト様が俺を止めたから、流石に人がやるのを見て自分の行動を振り返るかなと。
 やりすぎは、よくないって思ってくれるかなっと。
 全然、やりすぎじゃなかったみたいだよなー……

 アルト様がそのあとすぐに、頭のロットの耳を斬り飛ばしてたからなー。
 ルーク様もアルト様も、怒らせたらだめなタイプだな。
 普段が、手のかからない大人しい方たちだけに、決して怒らせないようにしないと。

***
「誰だ、お前は」
「虫が喚くな、這いつくばれ」

 アークダイ侯爵は、目の前の男に並々ならぬものを感じていた。
 多くの警護を無視して、目の前に立っている男。
 神々しさすら感じる。
 そして、その言葉から発せられる威圧に、逆らう気すら起こらない。
 言われた通り、その場に跪いて頭を垂れる以外に選択肢が無かった。

 皇族を除いて、トップに立つ侯爵がだ。

 皇帝よりも高貴な雰囲気を放つその男性に、アークダイ侯爵は完全に心腹していた。
 それもそのはず、皇帝が神よりも偉いなどということは誰も思わないだろう。
 暗黒神フォルスの前に、アークダイ侯爵はまな板の上の鯉のようになってしまったのは、人である以上仕方がないことなのだ。

「つまらぬことで、我が主の心を乱しおって……」
(主? 主といったのか、この目の前の御仁は)

 そのような存在に、さらに上がいることを知って愕然とする。
 そもそもこの厳しい警備の目をかいくぐってここにたどり着いてなお、邸宅内の騎士たちに気付かせないのだ。
 気配探知の使えるものもいるというのに。
 その時点で、人外の存在だと思われるのに。
 その上が……もはや、アークダイ侯爵の脳内は、混乱の極みであった。

「ミラーニャの町は、あの方の息が掛かった場所……国ごと滅ぼされたくなければ、手を出さぬことだ」

 フォルスが全力で闇の波動を放つと、アークダイはぶわっと汗が噴き出すのを感じる。
 何も考えることができない。
 まるで、津波や雪崩に襲われるというのは、こういうことなのかと考えるほどの絶望感。

「ミ……ミラーニャの町ですか?」
「とぼける気か?」
「い……いえ、その……。その町だけでしょうか?」
「そうだ……いや、ジャストールの町もだな。うむ、あのあたりには手を出すな」

 国ではなく町単位。
 それも、ルークが深く関わっている場所のみしか指定しなかったのは、彼にとってルーク以外はどうでもいい存在だからだ。
 いや、その家族までは敬意を払うが。
 人は彼を敬う存在であり、彼が庇護する存在でもあるが。
 人だけでなく、動物や虫も庇護するのが神の務めである。
 それでも神殿を建てたり貢物をくれたりするので、懐いている愛玩動物程度には可愛いと思うところはあるようだ。

「な……なぜでしょうか?」
「我は、愚か者は好かぬな」
「はっ……」

 ミラーニャの町の話をする際に、主が気にしている場所であると説明は済んでいる。
 察しの悪い質問に、思わず苛立ちを隠そうともせずに露わにするフォルス。
 当然、アークダイ侯爵もその程度のことは、理解している。
 あわよくば、情報を引き出そうと考えたのだが。
 神を相手に駆け引きをしようとすること自体が、不遜で愚かな行為なのだ。
 自身が、まさか神を相手にしているなどと思っていない彼が、自然とそのような行動をとってしまったことは致し方ない部分はある。
 
 だが、向けられた目の、あまりの冷たさにアークダイ侯爵は自分の失策を悟る。
 このものは、お願いに来ているわけではない。
 ただやめろと、命令しに来たのだ。
 そして……逆らえば……

 思わず身震いした後で、慌てて首を縦にふる。
 交渉の余地どころか、対話すら求められていない。
 アークダイ侯爵は、目の前の男が一方的に話したことを、自分は全てを受け入れるしかない立場であることを理解する。
 そのことに、歯噛みする思いではあるが、唇を噛んで耐える。
 その小さなプライドすらも不敬で、命取りになるとも気付かずに。

「貴様を殺すのは容易いが、生かしておいたら掃除の手間が省けるから、伝えているのだ」

 フォルスはそういうと、天上に向かって指を向ける。
 次の瞬間、天井が大きな円状に奇麗さっぱり消えてなくなり、出来上がった穴から星空が見えた。
 ようやくここに至って、アークダイ侯爵は自分が何と対峙しているかを理解した。
 
「次に楽なのは……まとめて、消し去ることかな?」

 そのまとめての範囲がどれほどのものか分からないが、自分がその中に確実に入ってることは分かる。
 アークダイ侯爵は、深く頭を垂れる。

「あなた様の、仰せのままに」

 それを言うだけで精いっぱいだった。
 余計なことを言って言質を取らせないようにするためにも、それ以外の言葉が思いつかなかった。
 隣の国の、ジャストール領から手を引けばいいだけだ。
 ここで、歯向かった場合の損失を考えると……
 この時の彼の選択だけみれば、賢い選択であった。

 フォルスが目の前から消えたのを確認し、ほっと安堵のため息を漏らすアークダイ侯爵。
 重圧から解放された彼は、大量の汗を流しながらもどうにか立ち上がる。

「やはり、光の女神の信託は真のことであったか……西南に位置するヒュマノ王国、そこに魔王誕生の兆しありとのことだったが」

 厳しい表情を浮かべながら、頷く。

「あれは、闇の者であった。であれば、その主ともなれば」

 すぐに服を着替えると、家の者を呼ぶ。

「旦那様、どうなされましたか?」

 執事の男性が部屋に飛び込んでくると、青い顔をしたアークダイ侯爵が出かける恰好をしていた。
 こんな夜更けに。

「王城に行く。先ぶれを出せ」
「こ、こんな夜更けにですか?」
「うむ、ことは一刻を争う。いますぐに、陛下にお伝えせねばならぬことができた」
「わ、分かりました」

 主人の言葉に、執事が慌てた様子で部屋を飛び出す。

「第二皇子が、光の女神の加護を受けて、勇者選別の候補に選ばれたとのことであったが……あの使いの者ですら、ただならぬ雰囲気であった。早急に鍛えてもらわねば」

 ゆっくりと部屋を出ると、用意されているであろう馬車の方へと向かう。
 その足取りは重く、何度もため息を吐きながら。

***
「やはり、動き出したか女狐め」

 その姿を、アークダイ侯爵の屋敷の屋根から眺めながら呟く。
 ベゼル帝国の帝都に入ってから、ヒシヒシと感じていた光の女神の気配に何かあると感じてはいたが。
 神が直接的に動き、人間ごときに肩入れするとは。
 
「目立ちたがり屋の、欲しがりめ」

 人が自分を崇める姿に喜びを見出してから、信徒の獲得に見境がなくなったとは思っていたが。
 お主が敵に回そうとしている相手は、上級神様以上の逸材だぞ?
 面倒を起こしおって。

 フォルスは、蝙蝠を一匹召喚しアークダイを追わせると、そのまま闇に姿を消していった。
 
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