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第2章:王都学園編
第2話:どうしてこうなった……
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俺はいま、何を見せられているのだろう。
王都に着いたのは、夕方だった。
それから、荷物を……王都別邸の専属執事であるキュロスが部屋まで運んで、荷解きをしてくれるらしい。
フォルスの機嫌が少し悪い。
仕事を取られたと思ったのかもしれないが、そもそも荷解きは自分でするつもりだったからな?
ただ、すでに夕飯の時間で、料理長がいま王都で話題の調味料を使って、腕によりをかけて作ったといわれたら。
温かいうちに、食べないといけない気がして。
そこまではいい。
それから、疲労も溜まっていたし、慣れない馬車での長距離移動でお尻と腰も痛かったのですぐに眠りにつくことができた。
アルトは、何やらいろいろと話したそうだったが、流石に勘弁してもらった。
これも、まだいい。
次の日の朝早くに叩き起こされた。
兄と、剣の鍛錬を行うために。
まあ、毎日一緒に鍛えられることを楽しみにしていたのは知っている。
流石に、初日は勘弁してもらいたかったが、ウキウキとしていた様子を見ていたらこれもまだ我慢できる。
そして、一緒に朝食。
今日の予定を聞いたら、知り合いが迎えに来るから一緒に茶会だといわれた。
俺の人脈づくりのためかなと快諾。
兄の友達を紹介してもらえるのだ。
少し楽しみでもある。
……そう、ここからがおかしい。
まず、迎えに来た馬車が、うちの馬車よりもかなり立派。
まあ、うちはしがない男爵家だ。
いや、うそだ。
いまや、飛ぶ鳥を落とす勢いで、金を稼いでいる高度成長期真っただ中の男爵領だ。
そのうちの馬車よりも、明らかに格が上の馬車。
貴族の住宅区だから、景色は奇麗だが。
昨日ここに着いたときは、町を見ながらの移動だったがそっちの方が楽しかった。
特にジャストールではあまりみない、亜人種の人が普通に暮らしてるのを見て少しワクワクしていたのだが。
どんどんと北に進んでいく馬車に、徐々に不安になる。
北の奥に王城があり、そこから爵位の高いものから順に別邸を持っている。
あっ、王城勤めの貴族の場合は、こっちが本邸になるのかな?
与えられた領地は代官が基本管理しているらしいし。
あまり、現役時代は領地に戻ることもないと聞いた。
うん、伯爵区画を超えて侯爵区画。
阿保みたいな大きな屋敷が4棟。
2大侯爵家の本邸と、辺境伯家の別邸が2棟。
そのうち一棟はアイゼン辺境伯のものだ。
でかいなー……
でも、ここはスルーと。
てっきりアイゼン辺境伯の家で、彼の子供たちを紹介されると思っていた。
うちはアイゼン派閥だし、同じ学校に通っているみたいだし。
その先は公爵家の本邸が2棟。
速度を緩めない馬車に、嫌な予感が。
そして、いまに至る。
「この最新式のエアボードは、本当に素晴らしいと思うよ」
王城の中庭で、第二王子のリック殿下がエアボードでハーフパイプを使ったトリックを色々と披露してくれている。
兄と一緒に。
いきなり王城に連れていかれて、挨拶もそこそこにエアボードのショータイム。
しかも、プレーヤーは第二王子ときた。
これは光栄なことなのだろうか?
そういえば、うちのエアボード……最初にリック殿下と、リカルド殿下、そしてミレーユ殿下に送ったんだった。
その後、ロナウド殿下も欲しがって……それなりの数を、王都に献上したんだっけ?
一通りの技を見せてくれた後で、リック殿下が空中でホバリングしながら声を掛けてくる。
思わず返事に詰まってしまった。
「ありがとうございます」
としか、答えようがない。
そもそもなぜ、最初に行く場所がお城なのだろうか。
まあ、公爵の本邸も、侯爵の本邸も、辺境伯の別邸もどれも城みたいな感じだったが。
それとは比較にならない、おっきな城。
思わず、しり込みしそうになったが、アルトに手を引かれてグングンと奥に連れていかれ……たどり着いたのが中庭。
そこにハーフパイプがあるという違和感。
しかも、使い込まれている。
っと、王子を放置するのはまずい。
すぐに、言葉を出さないと。
「皆さまからのいろいろな意見を取り入れまして、常によりよいものを目指しておりますから」
無難な回答を返す。
何が正解かわからないし、冒険して打ち首なんてのは勘弁だ。
「ははは、魔力を蓄える魔石を使ったのは良かったね。ホバリングの時に魔力を使わなくていいのは本当に楽だ。それに、まず浮くだけというのなら誰でもできるようになったしね」
そう、回路の真ん中に魔力を蓄えることのできる、蓄魔石を使うことで色々とさらに便利になったエアボード。
蓄魔石がかなり高価なので、本当に金持ちしか買えないが。
これだけでは大した時間は使えないので、魔力を流し込む回路の途中に組み込むことで、術者の魔力、蓄魔石の魔力両方に対応したハイブリッド型のエアボードとなっている。
ちなみにまっすぐ進むだけなら、蓄魔石で1時間は飛べるようになっている。
浮くだけなら、1時間半は浮いてられるが。
「それとエッジの空気の排出口を分けたのもよかったね。緻密な魔力操作が必要となってくるけど、エアトリックの幅が広がったよ」
ゆっくりと降りてきて、地面に飛び降りたリック殿下が風で乱れた髪をかき上げて整えている。
「その分、乗り手を選びますが。できれば、誰でも同じように乗れるよう、簡略化を進めているところです」
「いやいや、これはこれでいいんだよ? むしろ、なんでも便利にするのはどうかと思う。ある程度は乗り手が合わせるのも必要だと思うよ」
この話は長くならないか?
リック殿下がこれほどまでに、エアボードにハマっているとは。
兄上からは聞いてない。
「私はいま、アルトと共にエアボード研究会に入っていてね、この最新式のエアボードを授業に取り入れられないか教授に相談しているところなのだよ」
また、おかしなことを。
確かにこの世界では移動用としても、優秀な商品として注目を集めているけど。
実のところ、どちらかというスポーツというか……娯楽兼運動用の道具だったんだけど?
バランス感覚や、体幹を鍛えることもできるし。
「あの、子供のおもちゃとは言いませんが、あくまで娯楽の道具といいますか……」
「最初は軍需物資と聞いたが? まあ、そんなことはどうでもいい。これは、素晴らしい教育の道具だと思うよ? 魔法に頼りがちなものでも、バランスや全身の筋肉を楽しみながら使えるし。何より、この新型は緻密な魔力操作まで練習できる……これを、授業に取り入れたら、全体の平均的な能力が上がること間違いないと思うな」
リック殿下が、本気でそう思っているのは分かるけど。
そうなると、ある程度の数を納品することになるのかな?
「でも、その場合は学校で備品として買うのか、生徒が自身で用意するのかという問題が」
「そこは、最低限一授業分の数をそろえて、あとは個々人の判断に任せたのでいいと思うよ? まあ、授業で体験すれば、いままで興味を持たなかった子たちもきっと欲しがるだろうけど」
そっか……そうか。
これは、金の匂いがプンプンしてきたぞ。
「ふふふ、良い顔になったじゃないか」
「いえいえ、でこれを推進されている方の代表はリック殿下でよろしいですか?」
「いや、実は兄が言い出して、父が検討した結果、確かに効果に期待が見込めると判断したのだよ。でアルトと懇意にさせてもらっている私が、制作者である君との交渉を任されたのさ」
ほう! 国王公認であれば、完全に公共事業として食い込めるな。
こういった部分でも、王族との繋がりは大事にした方がいい。
しかも王家御用達ともなれば……
うん、ロイヤルモデルとか作ってもいいかもしれない。
「ふふふ、それは、それは……」
「なるほど、アルトは君のことを各方面、どこに向いても優れた人材だと言っていたが、やはり私が調べさせた者の報告の方が正しいか」
「私ごときを調べるとは、リック殿下は物好きですね」
「いやいや、いまジャストール領周辺では、いかに君を娘婿に迎えるかで競争になっていると聞いているよ」
「過分な評価に、ただただ困惑しております」
「そう自分を卑下するものではないよ。それに、うちが放った間者についても気付いていて放置してたんだろ?」
「はて?」
たぶん、今の俺と殿下はかなり悪い顔をしていると思う。
お互いに牽制しつつも、核心を話していない。
まずは、腹の探り合いを楽しませてもらう。
俺はどうやら、リック殿下が嫌いではないというか……この短時間でガッツリと、引き寄せられてしまったようだ。
「君は地位や権力よりも、算盤に執心だと聞いたが……確かにそれもあるが、それはあくまで手段だね?」
「そこまで、お見通しですか」
「ルークは……楽がしたいんだね?」
「そうですね、便利なものを開発して、楽に楽しく暮らしたいと思ってます」
「そのためには、やはり資本が重要になってくるもんね」
金を目的ではなく手段と取れる、これだけでもリック殿下を高く評価できる。
「いいねえ、搾取して豊かな暮らしを楽しむだけの無能な領主よりも、よほど好感が持てる。アルトに気を遣って跡を継ぐ気がないなら、新たな爵位をとも思ったけど……基本、領主が面倒だと思ってるね?」
「流石に、そこまで多くの人に対する責任は持てませんよ」
「まあ、身の程を知るのはいいことだけど、君は逆の意味で身の程を知っていないようにもみえる」
「買いかぶりすぎですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
その後も、他愛のないやり取りを続けていく。
アルトに途中助けを求めようとしたが、彼は彼でロナウド殿下と、いつの間にかボードを持って現れたミレーユ殿下に捕まっていて来られそうもない。
心配そうにこちらをチラチラと見ていたのだが、それで2人に粗相を働かれてもこまるので笑顔で頷いておく。
「なかなかに手ごわいね。降参だ」
そして、先に痺れを切らしたのはリック殿下の方だった。
両手を挙げて、首を横に振っている。
勝った。
ただ、殿下の顔はどこか楽しそうでもあったが。
「それで条件なんだけど、学園用と騎士団の訓練用にエアボード100台まとめ買いするから、価格を抑えてもらえると助かるんだけど」
条件交渉の場合、先に切り出した方が足元を見られやすいからな。
こちらとしても美味しい話ではあるが、それで無茶を言われても困る。
だから、どちらが切り出すかで殿下との我慢比べだったわけだが。
常に余裕のある笑みを張り付けて対応していたら、流石に断念せざるを得ないか。
こっちは、経済的にも余裕があるから、受けなくてもまあいいかな。
受けることができたら美味しい程度の考えだったし。
「値引きですか……それもやぶさかではないのですが、1割が限界ですね」
「1割、100台だよ? もう少しなんとかならないか?」
「そんなことより、1割の値引きとは別に王族専用機……ロイヤルエディションを通常の最新式のエアボードと同価格でお付けしますよ?」
「えっ?」
確実に食いついたな。
色々と複雑な表情が入り混じった顔だが。
困惑と好奇心が特に色濃く出ているな。
「デザインに関してはご希望の王族の方の意向に、そして現状の機能を全て向上したものになります。またこれらの機能も、ご希望があればその部分に特化したものに作り替えることもできますよ? 乗り心地と安定性重視でもいいですし、スピード重視でもいいです。多少はじゃじゃ馬になるかもしれませんが、エアトリック特化型なんてのもいいですね?」
「ちょっと、それはズルくないか? 王族としては、税金を使う以上は少しでも無駄を減らしたいと思っているのだが」
効いてる効いてる。
俺にはフラフラと国益と私欲で揺れ動いているリック殿下の心が、手に取るようにわかる。
この人は、こういう人だ。
アルトとの伝手で抜擢したのだろうが、人選を誤ったな国王陛下。
「では王族御用達の印と、それを示す紋章を最新式のしかも本店の職人仕様のものだけに頂ければ……」
「頂ければ?」
「1.5割引きと、リック殿下のもののみロイヤルエディション改をお付けしましょう」
「ロ……ロイヤルエディション改?」
ロイヤルエディション改という言葉に、完全に動きを停止するリック殿下。
これは、思考も停止してるな。
勝った。
「ええ、他の王族の希望者の方の特化型を汎用化したもの……まあ、通常のロイヤルエディションと他の方の希望特化機能の中間性能にまで引き上げたうえで、殿下のお望みの機能を2つ最大限引き揚げます。もちろん、安全性の確認も必要ですので、多少時間はいただきますが」
「……ふふふふふ、いいね。実にいいよ。こうも的確に私の心を揺さぶってくるとは……ただ、父と兄とミレーユの分も改にしてもらわないと、私の立場がね……」
おお、ギリギリで踏みとどまって、どうにかこうにか反撃してきたな。
完全に堕ちたと思ったのだが、恐るべし王族。
いや、妹が怖いだけかもしれない。
そして、妹もとなると王と兄も……弟は?
「リカルド殿下の分は?」
「あいつは、ルーク君と同級生になるんだ。親しくなったら、友好の証にでも検討してやってくれ」
弟に対しては少し厳しいようだ。
しかし、向こうが条件を付けてくるなら、こちらもさらに条件を上乗せしよう。
ただじゃ、頷かないよ?
「では、それでもいいのですが、代わりに学園での販売を後押ししてもらえたら」
「どういうことだい?」
「学園で、学期ごとに購入希望者を学園側で募って、うちに発注してくれるならその条件でお受けしましょう」
「あっはっはっはっはっは」
「もちろん、学生側の懐事情も考慮して、特価価格での販売は約束しますよ」
「もうやめてくれ、どれだけ商魂たくましいんだ君は! 失礼かもしれないが、生まれる家を間違えたね」
そう言って、殿下が腹を抱えて笑い出した。
よほど、ツボにはまったのだろう。
「どうしたんだ?」
「珍しいわね、お兄さまが腹を抱えて笑うことがあるなんて」
「リック、うちの弟に変なことを言ってないだろうな?」
流石に、それだけ大声で笑ったら他のメンツも集まってくる。
メイドや執事たちも、不安そうにこちらの様子を窺っている。
そんな周囲をよそに、リック殿下は目じりの涙を指で拭いつつアルトの肩に手を置く。
そして、うつむいたまままたクックと笑い声を漏らしている。
「いい弟をもって、羨ましいよ。ジャストール家は安泰だな」
「ん? いつも言ってるだろう。俺の弟は本当にいいやつだと」
「はっはっは、お前は幸せなやつだな」
「ああ、幸せ者だぞ? こんなできた可愛い弟を持てて」
「もうやめてくれ、兄弟そろって私を笑い死にさせる気が」
本気でそう思って不思議そうに首を傾げているアルトを見て、最後の方は声がかすれさせて、とうとう膝から崩れ落ちてしまった。
ミレーユ殿下が、かなり引いた様子だったが。
ロナウド殿下は、目を鋭くして俺の方をチラリと見た後でため息を吐いていた。
少し、失礼じゃないかな?
ただ、たかだか男爵家の跡取りにしか過ぎない兄が、リック殿下に気安い話し方だったことに俺はかなり驚いた。
まさか、王都暮らし2日目にして王族と会うことになるとは。
そして……まさか、第二王子相手に商売の話をすることになるとは。
兄の人脈はどうなっているのだろう。
不安しかない。
王都に着いたのは、夕方だった。
それから、荷物を……王都別邸の専属執事であるキュロスが部屋まで運んで、荷解きをしてくれるらしい。
フォルスの機嫌が少し悪い。
仕事を取られたと思ったのかもしれないが、そもそも荷解きは自分でするつもりだったからな?
ただ、すでに夕飯の時間で、料理長がいま王都で話題の調味料を使って、腕によりをかけて作ったといわれたら。
温かいうちに、食べないといけない気がして。
そこまではいい。
それから、疲労も溜まっていたし、慣れない馬車での長距離移動でお尻と腰も痛かったのですぐに眠りにつくことができた。
アルトは、何やらいろいろと話したそうだったが、流石に勘弁してもらった。
これも、まだいい。
次の日の朝早くに叩き起こされた。
兄と、剣の鍛錬を行うために。
まあ、毎日一緒に鍛えられることを楽しみにしていたのは知っている。
流石に、初日は勘弁してもらいたかったが、ウキウキとしていた様子を見ていたらこれもまだ我慢できる。
そして、一緒に朝食。
今日の予定を聞いたら、知り合いが迎えに来るから一緒に茶会だといわれた。
俺の人脈づくりのためかなと快諾。
兄の友達を紹介してもらえるのだ。
少し楽しみでもある。
……そう、ここからがおかしい。
まず、迎えに来た馬車が、うちの馬車よりもかなり立派。
まあ、うちはしがない男爵家だ。
いや、うそだ。
いまや、飛ぶ鳥を落とす勢いで、金を稼いでいる高度成長期真っただ中の男爵領だ。
そのうちの馬車よりも、明らかに格が上の馬車。
貴族の住宅区だから、景色は奇麗だが。
昨日ここに着いたときは、町を見ながらの移動だったがそっちの方が楽しかった。
特にジャストールではあまりみない、亜人種の人が普通に暮らしてるのを見て少しワクワクしていたのだが。
どんどんと北に進んでいく馬車に、徐々に不安になる。
北の奥に王城があり、そこから爵位の高いものから順に別邸を持っている。
あっ、王城勤めの貴族の場合は、こっちが本邸になるのかな?
与えられた領地は代官が基本管理しているらしいし。
あまり、現役時代は領地に戻ることもないと聞いた。
うん、伯爵区画を超えて侯爵区画。
阿保みたいな大きな屋敷が4棟。
2大侯爵家の本邸と、辺境伯家の別邸が2棟。
そのうち一棟はアイゼン辺境伯のものだ。
でかいなー……
でも、ここはスルーと。
てっきりアイゼン辺境伯の家で、彼の子供たちを紹介されると思っていた。
うちはアイゼン派閥だし、同じ学校に通っているみたいだし。
その先は公爵家の本邸が2棟。
速度を緩めない馬車に、嫌な予感が。
そして、いまに至る。
「この最新式のエアボードは、本当に素晴らしいと思うよ」
王城の中庭で、第二王子のリック殿下がエアボードでハーフパイプを使ったトリックを色々と披露してくれている。
兄と一緒に。
いきなり王城に連れていかれて、挨拶もそこそこにエアボードのショータイム。
しかも、プレーヤーは第二王子ときた。
これは光栄なことなのだろうか?
そういえば、うちのエアボード……最初にリック殿下と、リカルド殿下、そしてミレーユ殿下に送ったんだった。
その後、ロナウド殿下も欲しがって……それなりの数を、王都に献上したんだっけ?
一通りの技を見せてくれた後で、リック殿下が空中でホバリングしながら声を掛けてくる。
思わず返事に詰まってしまった。
「ありがとうございます」
としか、答えようがない。
そもそもなぜ、最初に行く場所がお城なのだろうか。
まあ、公爵の本邸も、侯爵の本邸も、辺境伯の別邸もどれも城みたいな感じだったが。
それとは比較にならない、おっきな城。
思わず、しり込みしそうになったが、アルトに手を引かれてグングンと奥に連れていかれ……たどり着いたのが中庭。
そこにハーフパイプがあるという違和感。
しかも、使い込まれている。
っと、王子を放置するのはまずい。
すぐに、言葉を出さないと。
「皆さまからのいろいろな意見を取り入れまして、常によりよいものを目指しておりますから」
無難な回答を返す。
何が正解かわからないし、冒険して打ち首なんてのは勘弁だ。
「ははは、魔力を蓄える魔石を使ったのは良かったね。ホバリングの時に魔力を使わなくていいのは本当に楽だ。それに、まず浮くだけというのなら誰でもできるようになったしね」
そう、回路の真ん中に魔力を蓄えることのできる、蓄魔石を使うことで色々とさらに便利になったエアボード。
蓄魔石がかなり高価なので、本当に金持ちしか買えないが。
これだけでは大した時間は使えないので、魔力を流し込む回路の途中に組み込むことで、術者の魔力、蓄魔石の魔力両方に対応したハイブリッド型のエアボードとなっている。
ちなみにまっすぐ進むだけなら、蓄魔石で1時間は飛べるようになっている。
浮くだけなら、1時間半は浮いてられるが。
「それとエッジの空気の排出口を分けたのもよかったね。緻密な魔力操作が必要となってくるけど、エアトリックの幅が広がったよ」
ゆっくりと降りてきて、地面に飛び降りたリック殿下が風で乱れた髪をかき上げて整えている。
「その分、乗り手を選びますが。できれば、誰でも同じように乗れるよう、簡略化を進めているところです」
「いやいや、これはこれでいいんだよ? むしろ、なんでも便利にするのはどうかと思う。ある程度は乗り手が合わせるのも必要だと思うよ」
この話は長くならないか?
リック殿下がこれほどまでに、エアボードにハマっているとは。
兄上からは聞いてない。
「私はいま、アルトと共にエアボード研究会に入っていてね、この最新式のエアボードを授業に取り入れられないか教授に相談しているところなのだよ」
また、おかしなことを。
確かにこの世界では移動用としても、優秀な商品として注目を集めているけど。
実のところ、どちらかというスポーツというか……娯楽兼運動用の道具だったんだけど?
バランス感覚や、体幹を鍛えることもできるし。
「あの、子供のおもちゃとは言いませんが、あくまで娯楽の道具といいますか……」
「最初は軍需物資と聞いたが? まあ、そんなことはどうでもいい。これは、素晴らしい教育の道具だと思うよ? 魔法に頼りがちなものでも、バランスや全身の筋肉を楽しみながら使えるし。何より、この新型は緻密な魔力操作まで練習できる……これを、授業に取り入れたら、全体の平均的な能力が上がること間違いないと思うな」
リック殿下が、本気でそう思っているのは分かるけど。
そうなると、ある程度の数を納品することになるのかな?
「でも、その場合は学校で備品として買うのか、生徒が自身で用意するのかという問題が」
「そこは、最低限一授業分の数をそろえて、あとは個々人の判断に任せたのでいいと思うよ? まあ、授業で体験すれば、いままで興味を持たなかった子たちもきっと欲しがるだろうけど」
そっか……そうか。
これは、金の匂いがプンプンしてきたぞ。
「ふふふ、良い顔になったじゃないか」
「いえいえ、でこれを推進されている方の代表はリック殿下でよろしいですか?」
「いや、実は兄が言い出して、父が検討した結果、確かに効果に期待が見込めると判断したのだよ。でアルトと懇意にさせてもらっている私が、制作者である君との交渉を任されたのさ」
ほう! 国王公認であれば、完全に公共事業として食い込めるな。
こういった部分でも、王族との繋がりは大事にした方がいい。
しかも王家御用達ともなれば……
うん、ロイヤルモデルとか作ってもいいかもしれない。
「ふふふ、それは、それは……」
「なるほど、アルトは君のことを各方面、どこに向いても優れた人材だと言っていたが、やはり私が調べさせた者の報告の方が正しいか」
「私ごときを調べるとは、リック殿下は物好きですね」
「いやいや、いまジャストール領周辺では、いかに君を娘婿に迎えるかで競争になっていると聞いているよ」
「過分な評価に、ただただ困惑しております」
「そう自分を卑下するものではないよ。それに、うちが放った間者についても気付いていて放置してたんだろ?」
「はて?」
たぶん、今の俺と殿下はかなり悪い顔をしていると思う。
お互いに牽制しつつも、核心を話していない。
まずは、腹の探り合いを楽しませてもらう。
俺はどうやら、リック殿下が嫌いではないというか……この短時間でガッツリと、引き寄せられてしまったようだ。
「君は地位や権力よりも、算盤に執心だと聞いたが……確かにそれもあるが、それはあくまで手段だね?」
「そこまで、お見通しですか」
「ルークは……楽がしたいんだね?」
「そうですね、便利なものを開発して、楽に楽しく暮らしたいと思ってます」
「そのためには、やはり資本が重要になってくるもんね」
金を目的ではなく手段と取れる、これだけでもリック殿下を高く評価できる。
「いいねえ、搾取して豊かな暮らしを楽しむだけの無能な領主よりも、よほど好感が持てる。アルトに気を遣って跡を継ぐ気がないなら、新たな爵位をとも思ったけど……基本、領主が面倒だと思ってるね?」
「流石に、そこまで多くの人に対する責任は持てませんよ」
「まあ、身の程を知るのはいいことだけど、君は逆の意味で身の程を知っていないようにもみえる」
「買いかぶりすぎですよ」
「そうかな?」
「そうですよ」
その後も、他愛のないやり取りを続けていく。
アルトに途中助けを求めようとしたが、彼は彼でロナウド殿下と、いつの間にかボードを持って現れたミレーユ殿下に捕まっていて来られそうもない。
心配そうにこちらをチラチラと見ていたのだが、それで2人に粗相を働かれてもこまるので笑顔で頷いておく。
「なかなかに手ごわいね。降参だ」
そして、先に痺れを切らしたのはリック殿下の方だった。
両手を挙げて、首を横に振っている。
勝った。
ただ、殿下の顔はどこか楽しそうでもあったが。
「それで条件なんだけど、学園用と騎士団の訓練用にエアボード100台まとめ買いするから、価格を抑えてもらえると助かるんだけど」
条件交渉の場合、先に切り出した方が足元を見られやすいからな。
こちらとしても美味しい話ではあるが、それで無茶を言われても困る。
だから、どちらが切り出すかで殿下との我慢比べだったわけだが。
常に余裕のある笑みを張り付けて対応していたら、流石に断念せざるを得ないか。
こっちは、経済的にも余裕があるから、受けなくてもまあいいかな。
受けることができたら美味しい程度の考えだったし。
「値引きですか……それもやぶさかではないのですが、1割が限界ですね」
「1割、100台だよ? もう少しなんとかならないか?」
「そんなことより、1割の値引きとは別に王族専用機……ロイヤルエディションを通常の最新式のエアボードと同価格でお付けしますよ?」
「えっ?」
確実に食いついたな。
色々と複雑な表情が入り混じった顔だが。
困惑と好奇心が特に色濃く出ているな。
「デザインに関してはご希望の王族の方の意向に、そして現状の機能を全て向上したものになります。またこれらの機能も、ご希望があればその部分に特化したものに作り替えることもできますよ? 乗り心地と安定性重視でもいいですし、スピード重視でもいいです。多少はじゃじゃ馬になるかもしれませんが、エアトリック特化型なんてのもいいですね?」
「ちょっと、それはズルくないか? 王族としては、税金を使う以上は少しでも無駄を減らしたいと思っているのだが」
効いてる効いてる。
俺にはフラフラと国益と私欲で揺れ動いているリック殿下の心が、手に取るようにわかる。
この人は、こういう人だ。
アルトとの伝手で抜擢したのだろうが、人選を誤ったな国王陛下。
「では王族御用達の印と、それを示す紋章を最新式のしかも本店の職人仕様のものだけに頂ければ……」
「頂ければ?」
「1.5割引きと、リック殿下のもののみロイヤルエディション改をお付けしましょう」
「ロ……ロイヤルエディション改?」
ロイヤルエディション改という言葉に、完全に動きを停止するリック殿下。
これは、思考も停止してるな。
勝った。
「ええ、他の王族の希望者の方の特化型を汎用化したもの……まあ、通常のロイヤルエディションと他の方の希望特化機能の中間性能にまで引き上げたうえで、殿下のお望みの機能を2つ最大限引き揚げます。もちろん、安全性の確認も必要ですので、多少時間はいただきますが」
「……ふふふふふ、いいね。実にいいよ。こうも的確に私の心を揺さぶってくるとは……ただ、父と兄とミレーユの分も改にしてもらわないと、私の立場がね……」
おお、ギリギリで踏みとどまって、どうにかこうにか反撃してきたな。
完全に堕ちたと思ったのだが、恐るべし王族。
いや、妹が怖いだけかもしれない。
そして、妹もとなると王と兄も……弟は?
「リカルド殿下の分は?」
「あいつは、ルーク君と同級生になるんだ。親しくなったら、友好の証にでも検討してやってくれ」
弟に対しては少し厳しいようだ。
しかし、向こうが条件を付けてくるなら、こちらもさらに条件を上乗せしよう。
ただじゃ、頷かないよ?
「では、それでもいいのですが、代わりに学園での販売を後押ししてもらえたら」
「どういうことだい?」
「学園で、学期ごとに購入希望者を学園側で募って、うちに発注してくれるならその条件でお受けしましょう」
「あっはっはっはっはっは」
「もちろん、学生側の懐事情も考慮して、特価価格での販売は約束しますよ」
「もうやめてくれ、どれだけ商魂たくましいんだ君は! 失礼かもしれないが、生まれる家を間違えたね」
そう言って、殿下が腹を抱えて笑い出した。
よほど、ツボにはまったのだろう。
「どうしたんだ?」
「珍しいわね、お兄さまが腹を抱えて笑うことがあるなんて」
「リック、うちの弟に変なことを言ってないだろうな?」
流石に、それだけ大声で笑ったら他のメンツも集まってくる。
メイドや執事たちも、不安そうにこちらの様子を窺っている。
そんな周囲をよそに、リック殿下は目じりの涙を指で拭いつつアルトの肩に手を置く。
そして、うつむいたまままたクックと笑い声を漏らしている。
「いい弟をもって、羨ましいよ。ジャストール家は安泰だな」
「ん? いつも言ってるだろう。俺の弟は本当にいいやつだと」
「はっはっは、お前は幸せなやつだな」
「ああ、幸せ者だぞ? こんなできた可愛い弟を持てて」
「もうやめてくれ、兄弟そろって私を笑い死にさせる気が」
本気でそう思って不思議そうに首を傾げているアルトを見て、最後の方は声がかすれさせて、とうとう膝から崩れ落ちてしまった。
ミレーユ殿下が、かなり引いた様子だったが。
ロナウド殿下は、目を鋭くして俺の方をチラリと見た後でため息を吐いていた。
少し、失礼じゃないかな?
ただ、たかだか男爵家の跡取りにしか過ぎない兄が、リック殿下に気安い話し方だったことに俺はかなり驚いた。
まさか、王都暮らし2日目にして王族と会うことになるとは。
そして……まさか、第二王子相手に商売の話をすることになるとは。
兄の人脈はどうなっているのだろう。
不安しかない。
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