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第2章:王都学園編

第5話:入学式

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 入学試験は、主に生徒の能力を測るためのもので、これで合否が決まるわけではない。
 成績によるクラス分けもあるが、基本的には爵位にあったものでクラス分けされる。
 というのも、やはり上位貴族ともなると入学までに、優秀な家庭教師がついておりそれなりに勉強もしてきているものが多い。
 多いというだけで、中にはその規格から外れているものもいる。
 上位貴族と近づくために努力するもの。
 家柄の上に胡坐をかいて、努力を怠るもの。
 そういったものは、自身の身分にいい意味でも、悪い意味でも合わないクラスに配属されることもある。

 俺は……まあ、やるからにはということで、本気で臨んだが。
 少し拙かったかもしれないな。
 リカルド殿下との接点が無いまま、彼と同じクラスへの配属は決まったが。
 今年に限って、下位の子爵家、男爵家以下の子女が少ない。
 男子もだが。
 代わりになぜかアイゼン辺境伯領の、貴族学園の倍率が高かったとか。
 その理由を聞いて、ほっとしたような残念だったような。

 俺の同級生で目立つのは、リカルド殿下、そして公爵家からはバルザック。
 リカルドの又従弟だな。
 リック殿下達の又従弟でもあるが。
 そして、ジェニファの弟でもある。 
 さらに侯爵家からは、ジャスパーとキーファがいる。
 ジャスパーの実家のブレード家は代々騎士団をまとめ、キーファの実家のキャスパル家は魔法師団をまとめている。
 だから、その子息に求められる能力も高く、かなり厳しい鍛錬を幼い頃から課されているとか。
 しかもジャスパーは次男だが、キーファは嫡男とのこと。
 キーファは、相当に鍛えられているだろう。

 さらには財務省のトップであるクライス伯爵の孫である、オラリオ。
 この4人の中ではぱっとしない出自かもしれないが、陛下の覚え目出度い由緒正しく古い家柄だ。
 オラリオもなかなか利発そうだ。

 そう、この4人が、リック殿下の幼馴染であり、側近候補だな。
 すでに、四天王やビッグ4などと呼ばれているが。
 そも王侯貴族を象徴するような5人と、同級生。
 当然か。

 あと入学試験の時から、やけにリカルドの視線がきつい。
 いや、キーファ以外の3人の視線もだが。
 心当たりがなさすぎて、微笑みかけたが舌打ちされてしまった。
 第一印象は最悪だな。
 友達……できるかな?
 第三とはいえ、この国の王子に睨まれた状態で。

***
「入学試験主席とは恐れ入ったよ」
「ありがとうございます」
「しかし、本当にジャストール家の麒麟児だな」
「いえ、非才ゆえに相応に努力はしましたので」

 入学祝の席を、祖父の弟であるガンドルフ大叔父が設けてくれた。
 といっても、彼の王都邸への招待という形だが。
 流石に、入学祝で外食というのはないのかな?

「この屋敷の料理に使われている、調味料の殆どをルークが作ったんだって? 本当に、どこでそんなことを覚えたのかと、兄も不思議がっておったが……お主は料理人でも目指しておるのか?」

 祖父の面影がどことなくある。
 ただ祖父と違って髭を伸ばしているので、彼よりも老けて見えるし、いい意味で貫禄があるようにもみえる。
 穏やかな口調で、優しい笑みを浮かべて俺とアルトを見ているが。
 この人が、祖父と跡目争いで、激しく揉めたということだから分からないものだ。

「料理は上手な人が作ったものを頂く方がいいですね。なんとなく思いついたことを、その道のプロに形にしてもらっただけで。私だけでは、流石に無理がありますよ」
「そのアイデアを形にするだけでも、子供のやることではないのだがな。今ぐらいの年齢なら分かるが……それに、ドライシブーカは全てお主が作ったそうじゃないか」
「まあ……あれは、たまたま書物で見ただけで」
「原産国である、ビスティオ王国でも知られていない加工法が載った書物があるのか。是非、見てみたいものだな。わしも本が好きで、本家の本は軒並み読んでおるが、また蔵書が増えたのか?」

 少し無理のある言い訳だったか。
 なんでも、書物で読んだことにすればいいてものでもないな。

「チラリと目にした程度なので、はっきりとは覚えてませんが」
「ははは、中身は覚えても本のタイトルや装丁までは覚えておらんと」
「まあまあ、大叔父上、読んだのは子供のころのことですから、印象に残った部分しか記憶に残らないということもあるでしょう」
「なるほどな、そういうことにしておこう」

 アルトが助け船を出してくれたが、ガンドルフ大叔父は納得はしていないだろうな。
 好奇心が旺盛なのだろう。
 それに、気になったことに関してはそのままにしておけないのだろう。
 そういった気質も災いして、跡目を狙ったのかもしれない。

「これは、入学祝だ。まあ筆記具だが……そちらから王都に入ってきたものだ。たしか、万年筆とかいったか?」
「万年筆ですか? はい、ジャストールで開発した、つけペンに代わる筆記具です」

 つけペンとは、筆のようにインク壺にペン先を浸して、書く筆記具だ。
 それに引き換え、万年筆はインクタンクをペン内部に用意することで、いちいちインク壺にペン先を付ける必要はない。
 ボールペンは、流石にあのサイズの真球の金属を作る技術がない。
 というか、芯から、ペン先まで全てが高度な技術の結晶だからな。
 ようやく簡単な旋盤が出来て、木材を使って丸い棒や中を丸く繰りぬく、先細りの円錐などの素材は作れるようになったが。
 万年筆は、インク溝と、空気溝、それと櫛溝、この3つの機構だけでできる。
 インクタンクより細いインク溝を突き刺すことで、毛細管現象を起こしインクを吸い上げる。
 そして、空気溝から空気を送り出すことで詰まることなくインクを紙に移すことができる。
 ただ、それだけだと空気がある程度入ると、インクがドバドバとこぼれるので、インクを一時溜めておけるよう櫛溝を用意するのだ。
 これも旋盤のお陰で、軸の加工がだいぶ楽になった。

 ちなみにリーチェの町ではいまガラスの品質向上を、やらせている。
 ガラスの使い道は幅広いからな。
 窓やレンズ、食器だけでなく工芸品としても人気が出ると思う。
 さらには日本が誇る独自のつけペンの、ガラスペンの製造もできるようになるかもしれない。
 ガラスペンは、一度インク壺に先を入れると、はがき一枚くらいは書けるらしいし。
 
「どうしたのだ?」
「また、何か考えているようです。こうなると、少し長いですよ。ただ、そのあとに、面白いアイデアが出てくるんですよ」

 おっと、つい大叔父がいるのに考え込んでしまった。
 大叔父と、兄の会話に我に返る。

「何か思いついたか?」
「ガラスを使ったペンなんかも、良いかなと」
「ガラスを使ったペンか……ふむ、見た目もよさそうだな。是非出来上がったら見てみたいものだ。私が生きているうちに出来るといいなあ」
「まだまだお若いですから、きっとすぐにでもご覧に見せますよ」

 ガンドルフ大叔父は、祖父より4つしたなので今年45になる。
 この国の平均寿命が60くらいだが、大叔父は健康に過ごせば30年以上生きるだろうな。
 貴族の寿命は、大体が長い。
 特に平和な時は。
 平均寿命が低いのは、子供の死亡率が高いからだ。
 あとは、戦争なんかが起こると、ぐっと下がる。
 それに魔物や魔獣がいる世界だからな、そういった被害で若いのが亡くなることも少なくない。
 特に冒険者に多いな。

「これは、使うのが勿体ないですね」

 大叔父が渡してくれた、木に布が張られたいかにも高そうな箱を開く。
 中から出てきたのは、ペン軸が少し変わった金属で作られている万年筆。
 ペン先もしっかりと純金が使われているようだ。
 キャップも、こだわっている。
 奇麗な模様が描かれていて、キャップだけでもそれなりの価値がありそうだ。

「本家からの給金が増えておるからな。感謝の気持ちもある」

 そうか、ジャストール領が潤うと、親族みんなに恩恵が与えられえるのか。
 その後、他愛のない話をしつつ、時折真面目な話もしつつ2時間ほど滞在し兄と一緒に辞去させてもらった。
 明日は入学式だ、早く寝ないといけない。

***
 入学式は恙なく終わった。
 新入生代表の挨拶は、リカルド殿下だった。
 よかったよ、主席が挨拶とかじゃなくて。
 男爵家が主席だったことと殿下が入学したことで、周りもだいぶ忖度してくれたようだ。
 流石に、上位貴族の方々のやっかみは受けたくない。
 
 受けたくはないが、大講堂を出たところでリカルド殿下達が多くの子供に囲まれているのが目に入った。
 向こうも、こっちに気付いたようで、軽く睨まれる。
 そして、その視線に反応するように、周囲の子供たちもこっちに視線を向けてくる。

「殿下どうかされましたか」
「いや」

 生徒の一人が、俺の方を見つつリカルドに問いかけていたが。
 リカルドは俺から目を逸らすことなく、簡単に応えている。
 どうしたものか。

 せっかくの入学式。
 学園長の話も長かったが、興味深い内容だったし。
 それなりに、楽しめたのだが。
 その後、教室で担任の先生の話を聞いていたが。
 リカルドは一番前の席。
 そして、一番後ろが俺だから、その時は流石に目を向けられることは無かった。
 オリエンテーションとホームルームが終わって、そそくさと教室を飛び出したのはいいけど。
 外で兄を待っている間に、リカルドと鉢合わせたわけだが。
 
 しかし、なぜ睨まれないといけないのか。
 俺から話しかけるべきか?

 リカルドの方に向かって一歩踏み出したら、露骨に嫌そうな顔をされた。
 やめとくか。
 背を向けて、少し離れた場所に移動するか。
 たく、なんで俺が。

「おい、ジャストール」
 
 誰だよ。
 振り返ると、昔画面越しでみた馴染みのある顔が。
 こいつ嫌いなんだよな。
 最後の方まで、ルークをいじめてたやつだからな。
 いじめとよぶには、生ぬるいか。
 こいつはリカルド大好きだからな。
 リカルドとルークの仲が良かったころはいいんだがな。
 その仲がこじれ始めたころから、露骨にリカルドにあること無いことを吹き込んでいたな。
 面倒な奴だが、公爵家の人間だ。
 相手にしないわけにもいくまい。

「これはこれは、ヒュマノ公爵家の至宝であられるバルザック殿ですね? 私に何か御用で?」
「なんだお前? とってつけたような笑顔に、やけに飾った言葉だな。いや、そうじゃなくて……なんでお前みたいなやつが主席なんかとれたんだ? 何かしたんじゃないか?」
「何か……とは?」

 やっぱりか。
 主席は流石に拙かったか。
 そのことが面白くなくて、絡みに来たか?
 そもそもお前みたいなって、お前こそ俺の何を知ってるんだって話だが。

 面倒だな。
 別にこいつらが束になったところで、俺にかなうわけでもない。
 家格は向こうの方が上だから、とりあえずは家族に迷惑が掛からないようにへりくだってはいるが。 
 度を越した行動を取ったら、少し反省を促してもいい気がする。

「単純に凄い努力をしたか、ズルをしたかのどちらかだと思うのだが。俺は後者を疑っている」

 公爵家だけにか?
 そんなこと言ったら、殴られそうだな。
 少し、苛ついているみたいだし。
 しかし、努力の可能性も考えてくれたのか。
 それ以前に、馬鹿っぽいなこいつ。
 見事な坊ちゃん刈りだ。
 今日のために、きっちりとセットしてもらったんだろう。
 剃り込み部分が気になる。
 ぱっつん前髪も。
 顔は可愛らしい顔しているから、似合ってはいるが……

「聞いているのか?」

 聞いていないし、聞く気もないのだが?
 とは、言えんな。

「はあ……不正ですか? 例えば?」
「例えばと言われても、俺はそんなことをしないからな。思いつかないが……カンニングとか?」
「カンニング? でしたら私が答えを盗み見た相手も、主席では?」
「……だよな」

 ちょっとくらい、口答えしても大丈夫そうだ。
 その辺は、素直なのか?
 ええい! 黙れ! 黙れ! 的なことを言い出さないのは、高評価だな。
 こいつに対する、評価のハードルがかなり低くなっている自覚はある。
 だって、馬鹿っぽいんだもん。
 
「いや、紙か何かを持ち込んで」
「陛下のお膝元の王都にある学園の入試の監視体制や不正対策、所持品のチェックがお粗末で、試験担当教員と監視員の目が節穴だったと言いたいのですか?」
「そ……そうは、言ってないが」

 普通に考えて、カンニングなんかできるわけないだろう。
 魔法による監視も行われているのに。
 
「答えを事前に知っていたとか!」
「それは不正ですね……どうやって、入手するんでしょう?」
「俺が、知るかよ! 例えば、試験の先生に金を渡したりとかして。ほら、お前んち金持ってるだろ?」

 というか、頭が痛い。
 こいつ、公爵家の子供のくせに、まず言葉遣いがなってなさすぎる。
 ゲームでこいつが画面越しに話してたときは、キャラとして見てたから違和感なく見られたが。
 こっちで貴族として暮らしてきたうえで、こういった言葉遣いをする人間を目の当たりにすると。
 しかも、上位貴族筆頭の公爵家。
 逆にこっちがイライラしてきた。

「それは重罪ですよ! 賄賂じゃないですか! ……特に学園関係者、人を教え導く立場の人が金に目が眩んで試験問題か解答を売ったと! いやあ、王都でですか? 凄い勇気がある方もいたもんだ」
「そうだ! 悪い奴ってのはどこにでもいるんだ!」
「なるほど、しかし……学園長は、どちらさまでしたっけ?」
「ふっふっふ、そんなことも知らんのか? 聞いて驚け! 我が祖父であり前国王陛下の弟であり、現国王陛下の叔父である、オーランド・フォン・ヒュマノ公だ」

 知ってるわ。
 馬鹿か。
 馬鹿だ!
 たぶん、こいつ馬鹿だ!
 いや、たぶんじゃない。
 普通に馬鹿だ。

「では、あなたの祖父は、どうしてそんな不正を見逃しているのですか?」
「貴様、おじいさまを愚弄するか?」
「えっ? 職員が賄賂を受け取って不正を働いているって言い出したの、バルザック殿ですよね? 孫が知っていることを、祖父であり公爵であり学園長でもあるオーランド様がご存じないと?」
「いや、その……それは、その可能性があると俺が思っただけで……」

 あまり、いじめ過ぎたらだめかな?
 ちょっと、馬鹿の相手するの楽しくなってきたんだけど。

「そもそも不正までして主席なんか取ったところで、なんの得が? クラス分けくらいにしか使われないですし……これの、活用方法が分かりませんね」
「まあ、自慢にはなるだろう。あとは、家族にも褒められるだろうし、周りからも認めてもらえる。それなりに尊敬されたり、認められることもあるだろう」
「どれも実用的じゃないですね。しかも、主席なんかを取ったせいで、現在進行形で偉い貴族の子供に俺と学園があらぬ疑いを掛けられて、聴衆の前で恥をかかされそうになっているのだが?」

 あまりにも馬鹿っぽいので、ちょっと強気に。

「っ! な、生意気ではないか! たかが男爵家のくせに」
「それは実家の話でしょう? 子供の言い争いに家格を持ち出してくるのですね?」

 やや後ろに下がっているが、どうにか踏みとどまったか。

「バルザック、何してるの?}
「姉貴!」
「はっ?」
「あ……姉上」

 少しいじめてやろうかと思っていたら、聞き覚えのある女性の声が。
 そして、バルザックが姉貴と呼んで、睨まれてシュンとなっている。
 うん、アルトと買い物に出た時に出会った、巻き髪集団のトップ。
 ジェニファ嬢……公爵家の二女で、バルザックの姉。
 助かったといっていいのかな?

「姉上、助けてください! こいつが、不正をして主席になったくせに、認めないどころか何やら難し「黙りなさい! 私があなたに先に問うているのです。質問の答えを返さずに頼み事ですって? で、何をしてるの?」

 ジェニファ嬢、強いな。
 姉だからか?
 貴族の家だと、女性の立場ってまちまちだけど。
 公爵家では、女性が強いのかな?

「もう一度聞くわよ? 私のルークに、あなたは何をしているのかな?」

 ジェニファ嬢の言葉に、周囲がざわつく。
 いや、ちょっと待て。
 いつ、俺がお前のものになった。

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