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第2章:王都学園編

第15話:ビレッジ商会王都本店

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 しかし、昨日は王都は狭いと思ってしまった。
 まさか、ちょっと歩いただけで知り合いにあんなに会うとは。
 ……偶然かな?
 ジェニファとの出会いを偶然とか、運命で片づけていいものか些か疑問が残る。

「何やら、難しい顔をしてますね」
「そう言うな。またぞろ、知り合いに会わんか警戒してるだけだ」

 2日続けフォルスと2人きりなので、凄く機嫌がいい。
 王都に来てから、トラブルらしいトラブルに巻き込まれることも……あったけど。
 思ったほどではない。
 意外と、最初の人生の性悪共が、普通の性格のものばかりで拍子抜けした部分もある。
 逆にリカルドたちが、なぜあれほどに頑ななのかが知りたい。

 アマラがいま調べているが、何かおかしい気がするという抽象的なものだった。
 アリスも、何やら考え込んでいたが。
 しっかりしてくれ、上級神様あにうえに、最高神様あねうえよ。

「相変わらず、ルーク様は人気者ですね」
「あまり、嬉しくない」

 今日も今日とて、監視の目を感じる。
 危害を加えてきそうな者に関しては、気が付けば消えているが。
 気配ごと……
 過保護だと思わなくもない。

「とりあえず、ビレッジ商会だな」
「どういったご用件で?」
「特にない。ただの情報収集だ」

 面白いことがないかなくらいだ。
 王都でやることが少なすぎて……いや、兄やその周りの貴族からは、お誘いがあるのだが。
 あと、ジェニファ達からも。
 そうじゃなく、能動的に動きたいのだ俺は。

「王都に来られてから、お会いできる機会が増えて嬉しいですね」
「言ってくれる。世辞はいいから、お茶でも飲ませてくれ」
「すぐに、奥の部屋に準備させます」

 商会長というのは、そんなに忙しくないのかな?
 なんて、空気を読まない発言はしない。
 俺のために、即座に予定を差し繰ってくれているのだ。
 他の従業員たちにも迷惑を掛けているが、彼らは別に嫌がったりしない。

 俺は上得意様であり、同時に金の卵を産む鶏なのだ。
 彼らの生活が豊かになっているのは、ひとえに俺のお陰だからな。

「従業員にまとまった休みを与えるなど無駄だと思っていたのですが。なるほど、なかなかにモチベーションの向上に役立っておりますね」

 うん、賃金面以外でも、福利厚生に関して色々と口を出させてもらった。
 道徳的観念が低いのだ、この世界は。
 お金を誤魔化したり、横領なんてものをする奴はする。
 信頼できると思った従業員でもだ。

 なぜそういったことが起こるか?
 倫理的な意識が低く、また生活に不安と不満があるということが大きい。
 そして、それを後押しする部分に、生活だけでなく職場に対する不安と不満がある。
 経営者が強すぎると特にこういったことが、顕著に表れる気がする。
 この世界の職場は株式会社なんてものでなく、全てが個人経営の有限会社なのだ。
 トップの一声で簡単に首が切れてしまうような。
 それでいて、トップの失策で簡単に潰れてしまったりもする。
 流石にビレッジ商会クラスになれば、潰れるなんてことはありえないだろうが。
 そして、この世界の経営者は贅を尽くす生活を送ることを当然としており、自身の権利として、また自分の力ということに疑いを持っていない。
 しかしながら、下の者は違う。
 自分たちが汗水たらして働き稼いだお金で、上の者は贅沢をする。
 下にいけばいくほど、仕事はきつく実入りは少ない。

 だからかトップがこんな無駄遣いをしているのだから、少しくらい自分たちが取って盗っても良いだろうという考えをするものがこの世界には多い。
 理不尽に使われているのだから、当然の権利だとすら思っているかもしれない。
 だから、犯罪意識が希薄になる。
 自分が働いて得た利益から、自分が本来ならこのくらいの報酬はあってもしかるべきという部分を自己判断で、自分に与えているだけという感覚なのだろう。
 上も下の者に対して同様に、自分の店で働かせてやっている。
 だから、家族を養えるし飯も食えるという気持ちでいる。
 不満があるなら、辞めてしまえと。
 これでは、双方が良好な関係とは言えない。

 だから、まずは社内規則のようなものを作ることを、バンガードには勧めた。
 簡単なものだな。
 定年、年次休暇、昇給、賞与、懲戒処分の対象行為、訓告処分の対象行為、減給処分の対象行為などなど。
 分かりやすく、これをしなければうちで、一生面倒を見るとトップが宣言する。
 それだけでも、彼らは働きやすくなる。
 特に昇給、賞与なんてのは正しく評価をしているというポーズでもある。
 元が安い給料なのだ、多少上げても経営に差支えがない。
 それでモチベーションが上がって、それ以上の利益をあげてくれればなおよし。

 ついでに、アンガーマネージメントを進めた。
 従業員が何かミスをした時に、上の者はまず立ち止まって深呼吸をする。
 それから、どう対処するかを考えさせた。
 バンガード自身はそんなに気が短い方ではないようだが、中には従業員に対して強く当たる者もいるらしくそれはそれで、職場に緊張感があっていいと彼は考えていた。
 感情のままに叱るのは、双方にとっても、職場にとってもよくないと。
 理不尽に叱られることがないだけで、従業員の不満の半分が解消される。

「では、怒らない方がいいのですかな?」

 そういった話をしたら、バンガードがそんなことを言い出したからそれも違うと伝えた。
 上司が舐められたら、部下が手を抜くこともある。
 怒るのではなく、叱る。
 叱るということは、相手に何が悪いのかを分からせないといけない。
 そのためには、ある程度の理論をもって諭さないといけない。
 それを準備するために、時間を取って怒りを鎮め、思考を働かせるようにする。
 時と場合によっては、冷静な頭で激昂しないといけないこともある。
 
「難しいですな。諭したり叱ることをメインとしつつ、時には冷静に怒らないといけないのですか?」
「それが正しい場面ではな」

 すぐすぐには、慣れなかったようだ。
 時間を取ることで、怒れなくなることが多く……酷いと、どうでもよくなったと注意しなくなる者まで。
 それでも作業効率は伸びているというのだから、侮りがたし。
 実験場にしたわけじゃないが、大変参考になる意見だった。

 そんなこともあり、最近ではビレッジ商会の従業員は、皆穏やかな表情を浮かべている。
 お客様からも評判がいい。
 まあ、客の立場からしても、目の前で従業員が他の従業員に怒鳴られてるのをみたら、嫌な気持ちになるしな。
 この世界では、それが平然と行われているから、慣れてきてしまったが。

「生活を保障し、それでいて心身をリフレッシュする機会も与えられて、私もうちのような商会で働きたいですな」
「確かに商会長ともなれば、簡単には休めないか」
「ですね」

 そんなことを言いながらも、今も孤児だった子が配達を終えて戻ってきたのを、優しい眼差しで見ている。
 本当に、心根の優しい人だ。

「たまには息子に任せて、休暇を取ってもいいんじゃないのか?」

 そんなことを提案してみたが、首を横に振られた。

「店が心配で、身体は休まっても心と頭が休まりません」

 信用が無いんだな。
 先生は立派だったのにな。
 俺の話を聞いて、すぐに目の前のバンガード会長に、孤児救済の話を持っていくほどの身軽さもあった。
 そういえば、その話を聞いたこの男も、あっという間に手はずを整えてしまったな。
 先生の腰の軽さは、祖父譲りか。
 ヘンリーとサリアの教育が終わったら、どうするつもりなのだろうか?
 俺の仕事を手伝わないか、誘ってみよう。

「セージは、お役に立ててますか?」
「ああ、俺の知識も元を正せば、先生から教えてもらったことが多くあるからな。今は、弟、妹たちが世話になっている」
「それは、よかったです」

 セージというのは、バンガードの孫で俺の家庭教師だった人だ。
 母親がバンガードについて回って多くの地方を旅していたこともあり、彼女の教育もよかったのか多方面で博識な人だった。
 それでいて、優しい心根も持っている。
 今度実家に帰ったら、しっかりとお礼を言わないとな。

「まるでキッザワークだな」
「キッザワーク……ですか?」

 窓から外を見て思わずついて出た言葉に、バンガードが不思議そうな表情を浮かべていた。
 キッザワーク、日本にあった子供の職業体験のアミューズメントパークだな。
 その施設内でのみ使える通貨がもらえて、自分の稼いだお金で買い物までできる施設。
 しかし、この国では当然のように、子供が働かされていることが多いが。
 今も、子供が多くこの建物の入り口や裏口を出入りしているのを見て、思ってしまった。
 みな、従業員と分かるような服を着せられていて、可愛らしい。

「なんでもない、この国では流行らん……こともないか。貴族の子供向けに良いかもしれないが……」
「お貴族様のお子様向けに?」
「ああ、職業体験の施設だ。大きな建物に、様々なお店を用意して大人が見守りながら、子供たちがリアルなごっこ遊びをする施設だな」
「子供が、お店を使ったごっこ遊びですか? しかし、貴族の御子息方に体験させるとなると……」
「やっぱりなしだ。居丈高に接客するような従業員は、ごめんだ」

 宿屋の受付に普通に話しかけて、無礼者と言われたらどうにもならん。
 それから、王都でもできそうなことを、バンガードに相談する。
 主に飲食関係だな。
 現在、図面を引いて縄打ちをしている、ボードパークのことを話す。
 そこで、簡単な軽食とドリンクの販売も提案する。
 無論、訓練場の人達にも利用してもらうことも、前提に。

「まさか、開発関連の許可を取られるとは。本当に、想像の上をいきますね」
「たまたま、王族にコネがあっただけだ」
「普通の男爵家の方は、王族にそんなコネはありませんよ」

 普通の男爵家ではというが、俺はごく普通の男爵家の次男なのだがな。

「巡りあわせがよかったのだ。兄と、第二王子のリック殿下が馬が合ったみたいで、いつも一緒にいる」
「ご縁があったのですね」

 半分しか納得していない表情だな。
 それもそうか。
 兄が神の加護持ちというのは、一般的には知られてないからな。
 不釣り合いだと思ったのだろう。

「本当の友情の前に、身分など関係ないさ。私とお前みたいにな」

 俺の言葉に、バンガードが一瞬キョトンとした。
 福々しい丸顔の老齢の男だが、なかなかに愛嬌がある表情だ。
 
「畏れ多いことです」
「こんな小童に畏れることなど何もないさ」
「しかし不思議な方ですねルーク様は。時折、私より長い経験をお持ちじゃないかと、思うことがあります」

 言いえて妙だな。
 記憶がはっきりと残っている前の人生と合わせたら、バンガードの倍近くは生きている。
 そうだな、俺からすればバンガードの方が小童か。
 そう考えると、思わず笑ってしまった。

「そんなに老けて見えるかな?」
「いえ、そういうつもりでは」
「大丈夫だ、分かっている。老獪な商人相手に足元を見られんように、精一杯背伸びをして目線を合わせてもらって取り繕っているだけだ」
「そういうところですよ」

 誤魔化すつもりが、溜息を吐かれてしまった。
 お世辞にもバンガードは若くはない、それなりの年齢だ。
 流石にその歳になっても、先頭に立って店を切り盛りしているだけのことはある。
 人を見る目は、鋭いな。
 
「まあ、そう思ってもらえているなら、私の頑張りも無駄じゃなかったということだな。どうだ、小生の演技も捨てたものじゃあるまい?」
「どこからどこまで本当で、どこまでが演技なのかさっぱり見抜けません。自信が無くなりそうです」
「私は、海千山千の大商人相手にそこまで思わせることができて、自信がついたがな」

 お互いに顔を見合わせてひとしきり笑ったあとで、飲食関係の打ち合わせを再開する。
 軽食はクレープとハンバーガーで決まりそうだな。
 鉄板を使った調理は、ジャストールでもそれなりに広めているのでバンガードも詳しい。
 あとは必要な調理器具を、絵や言葉で伝えて形にしてもらう。
 移動式の屋台にしてもいいかもしれない。
 小一時間ほど話を詰めてから、ビレッジ商会を後にする。

 途中孤児の子が従業員に連れられて、部屋に入ってきた。
 商会長と貴族との会話に孤児が割って入るなんて、双方に対して無礼な行いであるが。
 それでも年嵩の従業員が連れてきたということは、重要なことだろう。
 なるほど、子供の話を聞いて、これは彼らにとっては重要だなと思った。

 俺がここに入ってから、怪しい恰好の男が店の周りを数人ほどウロウロしていると。
 何人かはいなくなったが、1人だけジッとこの店の入り口を見張っているらしい。
 どう考えても、警護の人じゃないとのことだ。
 勿論、フォルスも俺も気付いているが、そんな無粋なことは言わない。
 ただ、子供から重要な言葉も聞けた。
 
「怪しい人だけど怪しくないというか……凄く、良い人だと思う」

 俺の後を付けてくる良い人なんて、叔父以外には心当たりがないのだが。
 叔父が誰かに見つかることなんてまずありえないし、俺でもどこにいるか分からない。
 ただ、漠然といるということが分かるだけだ。

 それも最初の人生の経験から、叔父だろうなと思っているだけだ。
 確信すら持てていないのだが。
 それ以外の良い人か……
 そして叔父が排除しないということは、会ってみる価値があるということかな?

「ふむ、なるほど興味深い話だった。少年、名前は?」
「えっと……あの……」

 俺の言葉に、バンガードと年嵩の従業員が、苦笑いしている。
 質問された本人は、どう答えたらいいか分からない感じで戸惑っているが。

「彼女はニーナですよ。皆のお姉さんをやっている子です」

 ……
 横でフォルスが笑っている。
 
「そ、そうかニーナか。皆のお姉さんをやっているのか」
「はい!」

 俺の言葉に元気よく返事したニーナに思わず、罪悪感が。
 ため息を吐いて、首を横に振って気持ちをリセットする。

「商会長、彼女のグループに今日は、特別な食事を」
「はい、私からも何か褒美を用意しておきましょう」

 俺が財布から金貨を1枚取り出してバンガードに渡すと、バンガードも満面の笑みを浮かべて頷く。
 ただ、当のニーナは困惑しているが。

「えっと、いただけません。ルーク様のお陰で、私たちはいま壁と屋根のある家に住めて、ご飯も食べられてます……だから、少しでもお役に立ちたくて、お礼がしたくて……」

 だんだんと声が小さくなっていってるが、俺のことを知っていたのか?
 そう思いバンガードの方に顔を向けると、目の前の彼女よりも困った顔をしていた。
 
「商会長は、よく子供たちの前でルーク様のことを自慢しておられますので」

 年嵩の従業員の言葉に、バンガードが顔を横にそらしていた。
 そうか……
 余計なことをと思ったが、余計なことをとは言い辛いな。

「私は凄いか?」
「はい、ルーク様は私たちのような孤児を、ご自身の領地でも率先して助けてくれていると聞きました。それに多くの物を作り出したり、楽しいことをいっぱい考えたり、美味しい料理も」

 どれだけ、俺の話をしているんだ。
 軽くバンガードを睨みつつ、ニーナの頭を撫でてやる。

「そうか、もっと凄いことを教えてやろう」
「もっと、凄いことですか?」

 俺が勿体ぶったように言うと、ニーナは好奇心半分、不安半分といった表情を浮かべる。
 バンガードが嫌そうな顔をしている。
 俺が、ろくでもないことを言いだすだろうと思ったのだろう。

「私には尊敬に値する師が多くいる。学園に通うまでに、色々な知識を教えてくれた師もその一人だ。そして、その勉強を教えてくれた師はな……」

 少し溜める。

「そこの商会長のお孫さんだ。そして、私が彼を尊敬するように、彼もまた祖父であるバンガード商会長を尊敬している」
「わあ」

 俺の言葉に、ニーナが花が開くような笑みを浮かべた。
 俺を凄いと本心から思っていそうだったから、そんな俺に勉強を教えてくれたのが、自分たちの面倒を見てくれている人の孫というのは意外だったのだろう。
 そして、喜ばしいことだったのだろう。

「だから、この場でいま最も尊敬に値する人物は……バンガード商会長ってことだな」

 そう言って大声で笑うと、バンガードが苦笑いしていた。
 良いんだよ。
 人のいないところで、何やら大げさなことを言ってそうだったからな。
 その、過分な評価の半分くらい背負わせても罰はあたらないだろう。
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