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最終章:勇者と魔王

第3話:ゴート・フォン・ジャストールという男

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「貴様ら! 恥を知れ!」

 一人の初老の男性が長剣を振るって、白い鎧に身を包んだ騎士を斬り捨てる。
 男の名は、ゴート・フォン・ジャストール。
 ジャストール男爵領の現領主であり、アルトとルークの父親だ。

「ゴート様!」

 自身が率いた部隊の副隊長であり彼の領地の騎士団団長でもある男が、慌てた様子で声を掛ける。
 すぐ背後から違う騎士が、剣を振り下ろそうとせんとしていたからだ。
 だが、ゴートはそちらを振り返ることなく、次の標的に向かって剣を振るう。
 後ろからの攻撃は遠隔でエアボードを操り、自身に振るわれた攻撃を受ける。

「馬鹿な!」
「流石です!」

 斬りかかった聖騎士が驚きに思わず動きを止めたが、ゴートに声を掛けた騎士団長が思わず賞賛の言葉を漏らす。
 これはゴートだから出来る、神業ともいえる。
 ゴートはユニークスキルを持つ、数少ない人間の一人。
 そしてそのスキルは、魔力量変化。
 
 対象の魔力量を自在に変化させることができる。
 これを使って、エアボードに埋め込まれた魔石の魔力を変化させ、自在とまではいかずとも単純な動きを遠隔で行うことが出来る。

 息子たちに自慢するためだけにひたすら、こっそりと鍛えた技術。
 まさか、こんなところで初披露することになるとは。
 ゴートの顔が険しい。
 
「お前ではなく、息子たちに最初に褒めてもらいたかった」
「申し訳ありません」

 団長の男がゴートを襲った聖騎士を切り捨て、苦笑いをしながら謝る。
 彼自身、ゴートが息子たちに自慢するためだに、どれだけ訓練したかを側で見ていたのだ。
 その無念は、なんとなく理解が出来る。

「ギルバート! ランスロットは、どこに行った?」
「ランスロットでしたら、西区の方に応援に向かいました」
「そうか。行動が早くて助かる……馬鹿が!」

 ギルバートと今後のことを話そうとした瞬間に、魔力が集まるのを感じてそちらに手を向ける。
 次の瞬間、離れた場所で小さな爆発が起こる。

「くっ、魔法が暴発した!」
「何をしている、落ち着け!」

 どうやら、魔法を使える騎士が火魔法を放とうとして、失敗したらしい。
 いや、厳密には発動直前でゴートにより魔力を増幅され、発射前に暴発したというのが正しい。

「手が……くそっ!」
「くらえ!」

 他の騎士が放った氷の槍も、なぜか途中で失速し徐々に姿を小さくした後で霧散する。
 こちらはゴートの魔力量変化により、氷が維持できなくなり不発になったのだ。

「相変わらず、出鱈目な能力ですね」
「そうか? とても便利だぞ?」

 その後もゴートが聖騎士たちと剣を交えるが、ほとんどのものが鎧袖一触がいしゅういっしょくに切り捨てられていく。
 それもそうだろう。
 聖騎士たちは光魔法が得意な者が多く、身体強化頼みで多かれ少なかれ魔力を身体に通して戦っているのだ。
 結果として、その魔力を細かに増減させられ、動きがぎこちないものになる。
 思ったよりも踏み込みが速くなりすぎて。バランスを崩したところを斬られるもの。
 逆に紙一重で躱すつもりが、急に体が重くなり避けきれずに斬られるもの。
 自分の意志と体の動きが一致しなければ、普段の訓練などなんの意味も持たないのだ。
  
 そしてゴートは魔力量変化の特性を、自分にも生かしている。
 自身の扱う魔力量を常に増やし続けることで、一流の魔術師に匹敵する魔力を操ることができる。
 しかしながら本職は騎士という、馬鹿げた存在。
 
 その剣の腕は純粋に技術だけなら、領内ではランスロットの次に位置する。
 そして一流の魔術師並みの身体強化の魔法が、そこに加わったなら。
 その剣はランスロットすらも、子ども扱いするほどのものになる。
 加えて魔力変化のユニークスキルの副産物により、360度全方位の魔力を感知することが出来る。
 どんな微弱な魔力であろうとも。
 さらにいえば、魔力の質の違いを明確に感じ取ることも。
 その万能の魔力感知に魔力変化をさらに重ねることで、死角からの攻撃にすらも対応出来る。
 ゴートには人の身体の魔力、体内にあるものと体外に出ているものでも違う色に感じられる。
 そしてその人の身体の表面部分や、剣にまとわせた魔力をやや増幅することで、より一層はっきりと認識することができるのだ。
 全方位の人の姿かたちが明確に分かる。
 
 それは離れた相手に対してもそうだ。
 さらに魔力の揺らぎを感じ取り、相手の行動を先読みすることも。
 意識を向けた先に、僅かながらに魔力が流れることを利用した先読み。
 これらの能力をもってして、領内で最強を誇るのはゴートだったのだ。
 
 それも過去の話。
 現実問題としては、アルトとルークの方が強い。
 ゴートはそれを知ることが怖くて、2人の兄弟とは本気で手合わせをしたことがない。
 それでも、息子たちには褒められたい。
 ひたすらに技術を磨き続けたことで、ゴートはその先の境地にたどり着いた。

「くっ、なんなのだその盾は!」
「なぜ、勝手に動き回る!」

 複数の騎士が同時に斬りかかったところで、ゴートは両手が使えるのだ。
 右手の剣で攻撃を受け、左手の甲で別の剣の側面を弾き、さらに背後からの攻撃はエアボードが勝手に防御する。
 
「爆ぜろ!」

 同時に騎士の足元で、小さな爆発が起こる。
 殺傷能力は無いが足に地味なダメージを負わせ、隙を作るには十分だ。
 ゴートが身をかがめると、背中をボードが追い越し目の前の騎士の顔面に直撃する。
 
「ほらっ! もう一丁!」

 続いて背後の騎士の胴当ての表面が、小さく爆発する。

「ぐう」

 思わず後退る騎士に追いすがり、一気に首を斬り飛ばす。

「くそっ!」

 慌てて逃げ出した騎士が足を踏み込んだ先で、またも爆発が起こる。
 
「な……何が、なんの魔法だ!」

 詠唱もなく、気が付けば絶妙な場所で爆発を起こす現象に、聖騎士が尻もちをついたまま後退りながら首を横に振る。

「手の内をばらすわけないだろう!」
 
 そして、聖騎士の男はゴートによって一瞬で縦に両断された。

「相変わらず、出鱈目な強さですね」
「加護持ちの前で体面を保つのに、必死に無理してるだけだ」

 ゴートは自分の子供達全員が加護を得たことを嬉しく思う反面、怖くもあった。
 いや、子供たちが怖いわけじゃない。
 子供たちに自分が弱いと思われることがだ。

「今度こそ、俺は家族を守る」
「今度こそ?」
「ん? 今度こそはおかしかったか」

 不意に出た言葉に対して、ギルバートが不思議そうに首を傾げる。
 それに対して、ゴートが苦笑いで首を横に振る。
 自身、なんでそんな言葉が出てきたのかは分からない。
 何がなんでも家族を守る。
 そう思った時に、流れるように言葉として出てきたのだった。
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