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生活力向上の加護しか貰えなかったおっさんは、勇者パーティから逃走し魔王を追い詰める

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「おい、おっさん早く歩けよ」

 目の前の茶髪の高校生くらいのガキにせかされて、大きなカバンを担いで歩いている男性。
 歳は50歳くらいだろうか?
 無精髭に、ボサボサの髪、身体はがっしりとしているが、どう見ても田舎のおっさんだ。
 俺の事だ。

「まあ、しょうがないじゃん。ゴロウは一般人なんだからさ」

 そう言って少女を嗜めるのは、サラサラヘアーの外人さん。
 白いローブを纏い、何かを司ってそうな杖を持っている。
 なかなかにイケメンである。
 とはいえ、ちょっと性格悪そうだが。

「大体、役に立たないの分かってて連れてきたのはジュンでしょ?」

 さらにその後ろ。
 明らかに普通の人より長い耳の綺麗な外人の女性が、冷たい目でゴロウと呼ばれたおっさんを見てジュンと呼んだ少女に視線を戻す。

 俺は佐々木 五郎。
 普段は農業をし、たまに猟友会に参加して猪を取るただの田舎のおっさんだった。

 そして、この集団の先頭を歩く茶髪の少女は吉田 淳というらしい。
 最初は学生服だったのだが、こっちに来て鎧を着せられ、剣を持たされて魔王を倒せと言われて旅をすることになった子だ。

 なんか、ナンタラカンタラって国が、淳を勇者として召喚したときに俺は巻き込まれて召喚されたらしい。
 という形で、どっかの国に拉致されたのかと思ったが。
 そうじゃ無かった。
 本当に地球じゃ無さそうだってことは、すぐに理解出来た。

 向こうさんとしても、相当なイレギュラーだったらしく、占い師っぽい人に思いっきり困惑した表情で見られた。
 ちなみに占い師じゃなくて、召喚術師らしい。

 淳が巻き込まれ召喚だって、本当にあるんだなと言って笑っていた。

「おっさんは俺の旅にはお荷物だけど、この国に居てもお荷物になるだろうから、同郷のよしみとして俺の荷物持ちとして連れてってやるよ!」

 とかって上から目線で無理矢理連れ出された。
 どれだけ、俺をお荷物呼ばわりするんだ。
 最後のは違うが、同じくらい酷い扱いだ。

 本当はこんな礼儀のなって無いやつの荷物持ちなんてまっぴらごめんなのだが。
 勇者が望むならそれは絶対だと、王を名乗る奴の指示のもと周囲の槍や剣を持った連中に脅されて同行せざるを得ない状況だった。

 王としても厄介払いしたかったのは、その表情から見え見えだ。

 そう思うなら元の世界に返してもらいたい。
 だが、返すのにも莫大な費用が掛かるらしく、勇者が無事魔王を討伐したら褒賞で送り返してやろうと言われた。
 ここでも上から目線。
 
 巻き込んでおいて、この言い種。
 とはいえ、槍や剣を持った危ない連中を前に逆らえる術も無し。

 せめて、猟銃があれば多少は……いや、多勢に無勢か。
 散弾銃で3人殺る間に、殺されるのは目に見えている。
 というか、魔法とかってトリックもあるらしい。
  
 なんでも、手から火を出したり、水を出したり。
 不思議な力だ。

「おっさん、邪魔だよ!」

 淳に蹴飛ばされる。
 どうやら魔物が出たらしい。

 この世界には、地球では考えられないような生物がうじゃうじゃ居る。
 角の生えた熊や、巨大な鷲、頭が三つある二階建ての家程の犬。
 うん、猟銃があってもなんの意味もない。

「【雷撃サンダーボルト】!」

 賢者と呼ばれている外人、ケルビンの杖から稲妻が迸ると目の前に突如現れた3m級の狼を黒焦げにする。

「【千の矢フルバースト】!」

 そして、先ほどの耳の尖った美人……エルフという種族らしいが、エルフのセレナの放った矢が枝分かれして周囲の2m級の狼の群れに次々と刺さっていく。

「【光の剣シャイニングソード】!」

 さらにジュンの放った剣撃が光を帯びて、直線状の狼を切り裂く。
 
 これらはスキルという不思議な力らしい。
 大体の人が持っているとか。

 動物ですら、持っているものも居るんだとか。

 そして当然俺もスキルは持っている。
 城で鑑定してもらった時に分かった。
 が、使い方が分からん。

 取りあえず俺のスキルは、淳から教えて貰った。
 鑑定したやつは、王に報告しただけで俺には教えてくれなかったからな。
 そして、王もそれを見て鼻で笑っただけだった。

 スキルは自分なら、普通に何を持っているか見られるらしい。
 取り敢えずということで淳が、俺のスキルを鑑定して教えてくれたのだ。
 自分で見られるなら、淳が鑑定する必要なく無いか?
 と言ったら、淳が俺のスキルを知りたいだけとのことだった。

 本来なら、あまり自分のスキルを人に教えない方が良いらしい。
 すでに、淳にはバレてしまったが。
 おいっ! 

 一緒に旅するならスキルが分からないと不便という事はないけど、分かっていたら便利だからだ。

 俺のスキルは生活保護というスキルだけだったらしい。
 自分でのスキル確認の方法を教えて貰って試してみる。
 ステータスオープンと唱えたらいいとか。

「すてーたすおーぷん」
「おっさん、発音が変だぞ?」

 言われた通りに復唱したのに、馬鹿にされた。

「おっさんだから、仕方ないか」
「あ……ああ」

 だが、淳の相手をしているような状況じゃ無かった。
 聞いたのとは全く違うスキル一覧がずらりと。

 どうやら、俺のスキルは秘匿されていたらしい。
 秘匿されているということは、他に漏らさない方が良いという事だろう。
 そもそもスキル自体、人に話さない方が良いと言っていたのは淳だ。

「生活保護?」
「ああ、生活保護だけだってさ……使えんのかね?」
「いや、使い方は分からんが」
「役に立たねー」

 馬鹿にされたように笑われたのでイラっとした。

「お前は、大人に対する言葉遣いを覚えた方が良い!」

 淳を睨んで、怒鳴りつける。
 ついでに、拳骨の1つでも。
 すぐに冷静になる。
 目の前の銀色の、無機質な突起物のせいで。

「勇者様に無礼な!」
「良いって!」

 部屋に居た兵士に槍を突きつけられた。
 怖い。

 そして、すてーたすおーぷんとやらで現れた俺のスキル一覧はというと……

名前:佐々木 五郎
職業:巻き込まれ召喚者(神に同情されし者)
レベル:---

スキル
スキル秘匿レベル:∞
野営レベル:∞
狩猟レベル:∞
調理レベル:∞
解体レベル:∞
加工レベル:∞
錬金レベル:∞
調薬レベル:∞
鑑定レベル:∞
応急処置レベル:∞
空間収納レベル:∞
瞬間記憶レベル:∞
スキル使用制限:無し

加護
神による巻き込まれへの贖罪(秘匿)

 無限の意味が分からないが、戦闘系のスキルは狩猟だけのようだ。
 スキルの使い方が分からないので、あまり意味は無いが。

「全く、おっさんがせめて剣くらい使えたらな」
「今更、新しい事を始めるには遅すぎる。まあ、剣道を少しはやったことあるが」
「そんなんじゃ、すぐに殺されちゃうぜ」

 そう言って、また馬鹿にしたかのように笑うクソガキ。
 ここに来て、すでに1年が経過しようとしていた。
 淳も茶髪とはいえ、3分の1くらい根本が黒くなってる。
 いっそ切れば良いのに。

「それよりも、その髪みっともないぞ? そろそろ切ったらどうだ」
「おふくろみたいなこと言うなよ! おっさんのくせに」

 このクソガキが!

「お前は、いい加減年上を敬うということを「いい加減にするのはお前だゴロウ!」

 ケルビンが杖をこちらに向けて睨み付けてくる。

「貴方こそ、勇者様に敬意を払うべきです! お情けで勇者パーティという栄誉ある役職に就けてもらったくせに」

 セレナも弓をこちらに向けて怒っている。
 その視線に射殺されそうだ。

「やめろよ! こんなおっさんでも、俺と同じ国から来てんだからさ」
「チッ! 勇者様の優しさをお前は少しは学んだらどうだ?」
「役立たずのくせに!」
「役立たずと思うなら、元の世界に返せばいい」

 ケルビンだけを睨みつけて反論する。
 セレナにはあまり強く言えない。
 年齢を聞いたら、俺の4倍生きてた。
 人生の大先輩だ。
  
 心の中でクソババアと言っておく。
 綺麗だけど。

「まあ、おっさんももっと俺に感謝しろよ!」

 感謝してないことも無い。
 こいつと一緒にいると野営や危険も多いが町に入ったら大歓迎されて、そこそこ美味しい料理と良い宿に泊まれるからな。

 それにおっさんは知っている。
 最初に荷物を仕分けた時に

「おっさんは荷物持ちだから、そっちのデカい荷物な! 俺は勇者様だからこの小さい鞄くらいしか持たねーけどな」

 と言っていたが、音と見た目の感じでなんとなく分かる。

 俺に渡された大きなバッグの中身は、殆どが衣類やタオルばかりで、かさばるがさほど重量は無い。
 だが、淳の背負った小さめの鞄はあきらかにカチャカチャという音と水の揺れる音。

 ポーションやら、水筒といった水物がメインで、この大きなカバンより重いはずだ。
 現に肩に食い込んでいる感じも、淳の方が重いというのを物語っている。

 素直じゃ無い……
 流石に女の子に重い方はと思ったが、勇者ってのはステータスとやらが高いらしい。
 ステータスが高いってだけで凄い奴っぽいけど、こっちの世界では身体能力的なものをステータスと言うらしい。

 そして、勇者の基礎ステータスは常人の2倍だとか。
 だから、荷物はそのままで。

 戦闘になれば、基本的に

「そこに突っ立ってんなよ!」
「そこ、邪魔だよ!」
「あっち行けよ!」

 と俺を戦場から離してくれる。

 根は優しい奴だ。

「おっさん、野営するからとっととテント立てろよ! ちょっと、用を足してくるからそれまでに終わらせとけよ」

 口は最悪だが。
 いつも、一人でテントを立てさせられる。
 まあ、慣れたもんで大して苦労する作業でも無いが。

 ケルビンとセレナは椅子に座って、のんびりと水筒の水を飲んでたりする。
  
 淳は……
 トイレと言いつつ、いつも周囲を警戒して魔物の痕跡とかを見逃さないように探索をしてくれている。
 だから、こんな扱いでも付いて行ってるわけでもある。

「おっさんのスキルって、いまだ発動したの見た事ないんだけど」
「ああ、俺も使い方が分からんからな。もしかしたら、こうやってお前に養われているという状況が既に、スキルの効果なんじゃないか?」

 なんだかんだで、他の二人と違って淳とは良くしゃべる。
 淳も、自分をチヤホヤして持ち上げてくれるだけの、ケルビンとセレナよりは俺と話してる方が楽しいらしい。

 村や町ではなんだかんだと、夜は色々とあってあまり話す事は無い。
 どこの権力者も考える事は同じらしく、女をあてがって勇者様との縁を結びたいらしい。
 残念ながら淳は女だ。

 実はてっきり勇者は男だとばかり思っていたらしい、この国の王も焦っていたが。
 男だったら、美人を送り込んどけば簡単にどうとでもなるとかって思ってたんじゃないのかな?

 それでも女よりも男として旅した方が、道中色々と楽だろうということから男装して旅をすることになった。
 でも、こいつの男言葉は元からだけどな。 

 あてがわれた女性はどうするのかと思っていたが、部屋には招き入れるらしいが自分はすぐに部屋を出て、周囲を警戒しているらしい。

  町や村に、魔王の手先が紛れていることもあったし。
 
 時には、送り込まれた女性が魔族だった事もあったらしい。

 女を放置してどっか行くってどうなのって思ったけど、そんなに問題にならなかった。

 あてがわれた女にもプライドはある。
 部屋に入ったのに、何もしてませんとは聞かれない限り答えないだろう。
 結果、かってに憶測が飛び交って、淳は好色家って事になってるが。

 部屋に行った女性からは、初心だの純粋だのって余計に好意を持たれる結果になってるけど。
 門前払いをして恥を欠かせない気遣いも、ポイント高いらしい。
 
 おっさんだったら、とっとと篭絡されてるわ。

 まあ、どうでも良い話だ。

 俺の生活保護スキルの効果の話だったっけ?
 それで、淳に養って貰えてるのかもって……

「だとしたら、凄いスキルだな! 俺のお陰で、割と良い生活出来てんだろ?」
「まあな……その点だけは感謝してる」

 おこぼれだが、勇者パーティということで村や町で俺もチヤホヤされる。
 最初の村で、ケルビンがこいつは従者みたいなもんだから、飯は別室で質素なもんでと言った事もあったが。
 淳がその場でケルビンにブチ切れてた。

「いや、勇者ってのは良い奴代表だからさ! そんな奴がおっさんをこき使ってるとか、イメージ悪くなるし。勘違いすんなよ!」

 とかって言ってたが。
 素直じゃ無い。
 本気でブチ切れてたくせに。

「勇者様の居る国から来た人間を、お前らは馬鹿にすんのか? ああ?」

 とか言って、ケルビンに頭突きまでかましたのは今じゃ笑い話だ。
 あくまで、俺の中ではだけど。

 ケルビンはあれから暫く、へこんでたし。
 勇者様を怒らせてしまったと。
 本当に、腫れ物扱い極まれりだな。
 
 逆に勝手に呼びだされて、挙句に危険な旅までさせられて……
 そのうえ、世界の命運を託されるというプレッシャー。
 淳の方がよっぽど不憫に思えるが……

「チートひゃっはーって、楽しいぜ! おっさんのスキルも開花しねーかな」

 とかって言ってるから、きっと本人は楽しいんだろう。
 馬鹿っぽいが。

「スキルか……」

 この旅で、俺は自分の知識や能力のみでこいつを手伝ってきたが。
 スキルが使えたらもう少し、ここでの生活も楽しくなるのかな?

 とはいえ秘匿されたスキルだけに、人に使い方を聞くのも戸惑う。

 そんなこんなで、こっちに来て1年近くが過ぎた。

 ケルビンも、セレナももはや俺とは口すら利かなくなった。
 そりゃそうか。

 戦闘じゃ役に立たないどころか、足手纏いだし。
 出来る事はテントを張ったり、料理をしたり。
 料理の材料だって淳が町や村を出る時に持たされた食料だったり、セレナが取ってきた鳥や魚だったり、ケルビンが採ってきた野草だったり木の実だったりする。
 
 この世界に自生する野草の事なんて分からんしな。
 一度、適当に食べられそうな草を採ってきたらケルビンに叩き落とされて胸倉を掴まれた。

「貴様毒草など採ってきおって、勇者様に万が一があったらいかがする!」
「す……すまん」
「分かってるのか!」
「まあまあ、おっさんだって役に立ちたかったんだよ。でもまあ……毒草を食わされたら溜まったもんじゃないし、大人しく荷物もってついて来くるだけでいいよ」

 あの時の淳の目は流石に堪えた。
 憐れむような、同情の目。
 流石に自分の無力さに腹が立った。
 こんな子供でさえ、関係の無い世界を救うために頑張っているというのに。
 なんで、俺はスキルが使えないんだ……

 地面を思いっきり殴る。

「おっさん……気にすんなよな。まあ、あれだ……取りあえず、俺と一緒に居たら大丈夫だから」

 淳なりに不器用にも、慰めてくれたんだろう。
 余計に自分が腹立たしくなっただけだが。

 それから数日後の野営の時、夜中に話声が聞こえて来て目を覚ます。

「勇者様、流石にゴロウはもうこれ以上は」
「なんでだよ! 別に邪魔かもしれないけど、役にだって立ってんじゃん」
「正直、あの程度の事なら村の少年でも出来ますし。スキルも使える分、そういった人間を雇った方が効率的かと」

 どうやら、俺の事で3人が揉めているらしい。

「でも!」
「勇者様だって分かっているはずです! 戦闘中もいつもあのものを気に掛けて、守るような立ち回りをされてますが、これから先敵も強くなってきます」
「そんな状況で、あの男のせいで勇者様が命を落とすことになったら……」
「俺がもっと強くなったら良いんだろ!」
「なぜ、あんな無能の中年をそこまで庇いだてされるのですか!」
「世界の命運と、役立たずの命どちらが大事か分かるでしょう!」

 流石にきついわ。
 こうはっきりと役立たずのお荷物とまで言われたら、流石の俺でももう着いていけんな。
 ゆっくりと3人の元に近づくと、敢えて明るい声で話しかける。

「じゃあ、近くの町まで送ってくんねーか? そこで、大人しくお前らの帰りを待つからさ」
「ゴロウ殿!」
「おっさん!」

 急に声を掛けられたことで、淳が驚きに目を見開いている。
 それから、気まずそうな表情を浮かべる。
 まあ、淳は別に俺を追い出そうとしてた訳じゃないから、そう負い目に感じる事は無いと思うが。

「聞いてたのか?」
「そりゃ、そんな大声で話してたら目も覚めるわ」
「おっさん……別に居ても良いんだぜ?」
「勇者様!」
「あー、はっきりと分かってるんだわ。俺のせいでお前らの旅が遅れてるのも……もう、十分良くしてもらったし」
「でも、俺のせいで……俺に巻き込まれて……」
 
 淳が申し訳無さそうな表情で俯く。
 本当に素直じゃ無い奴だった。
 ここに来て、正直になってもな……
 お前がそんな風に思ってたのなんて、とっくに知ってたさ。

 でも、それは違うぞ?
 俺は淳の横に座って、頭をクシャクシャと撫でる。

「それは違うぞ? お前も巻き込まれたんだ。この世界のクソッタレな魔王と、人の都合も考えない人間共にな」
「貴様、世界の命運を救うためのセントブレイブ王国、国王バルモア様の偉大な召喚術に対して無礼な!」
「だまれ小僧が! そんな事てめーらの都合じゃねーか!」
「なっ!」

 ケルビンの言葉を一蹴する。
 そういえば、セントブレイブとかって名前だったっけ?
 その国王様のせいで俺達は、無理やり地球からこっちに飛ばされたんだ。

「いくら、勇者様の同郷の者とはいえその発言は聞き逃せません」
「じゃあどうする? 殺すか?」
「そ……それは、勇者様の意に反しますので。でも国には報告させてもらいます!」
「やめろよ! おっさんは悪くないじゃ無いか!」

 淳が泣きそうになっている。
 でも、もう決めた事だ。
 
「ここでお別れだ。不安ならとっとと魔王を倒して、立派な姿を見せてくれよ! その時はおこぼれに預かりたいもんだ」
「おっさん……厚かましいぞ! 分かった! とっとと、魔王を倒して俺の凱旋パレードに招待してやるからな!」
「凱旋なんて、難しい言葉も知ってるんだな」
「馬鹿にすんなよな!」

 魔王の居る場所まで、あとどれくらいの時間が掛かるか分からないが、俺達は袂を分かつことになった。
 最寄りの町までは送ってもらえるらしいが。

「本当に最後までクズみたいな大人でしたね」
「セレナ!」
「勇者様! 私も、自分の子供くらいの人間に寄生するのが、勇者様の国の大人のすることだとはガッカリでしたよ」
「ケルビンもやめろよ……」
「まあ、それもあと数日の辛抱だ。じゃあ、わしはもう寝るからな」

 その場を後にして、テントに戻る。
 さて……知り合いも居ない国で、普通に生活が送れるのか不安なのだがな。
 治安もあまり良くないしな。

 そんな事を思っていたが、やはり疲労は常に溜まっている。
 すぐに眠りに落ちる。

 暫くしてトイレに行きたくなって目が覚める。
 流石にテントと毛布じゃちょっと冷えるし、一度行きたいと思うともう眠れそうにもない。

 テントから外に出て、一応淳が目印にしてくれている安全な場所の境界に立てられた杭に向かう。
 ここが、野外での俺のトイレだ。
 なんだかんだで、細かい気配りの出来る奴だったわ。

 用を足して戻る途中、淳のすすり泣く声が聞こえる。
 一瞬遠慮しようかとも思ったが、気になったので声のする方に向かう。
 声を掛けようとして、躊躇する。
 こんなに、弱弱しい淳は見た事が無かったからだ。

「俺だって……本当は怖いんだよ……知り合いも居ない場所で、死ぬかもしれないのに……おっさんまで居なくなったら、本当に俺1人じゃん……」

 淳の呟きにハッとする。
 周囲は淳が魔王を倒す事を信じてやまない様子だが。
 よくよく考えると、魔王が勇者を殺したという過去も無いわけじゃない。
 まあ、当代の勇者が死んだところで、新たな勇者が生まれるだけらしいが。

 この世界において、勇者は魔王を殺せる。
 そして勇者以外は、魔王を殺せない。
 逆もまたしかり。
 魔王は勇者を殺せる。
 ただ一つ違うのは、魔王以外も勇者を殺せる。

 さらに魔王と勇者、どちらが勝つかはその時の運による。
 実力がどっちが上かは、対峙してみないと分からない。
 そういった話を聞いた事がある。

 そりゃそうだよな。
 こいつだって、日本に居たら友達とバカやってる高校生だもんな。
 というか、どちらかというとバカしかやってなさそうだけど。

 そんな普通のガキが、魔王とかって化け物を相手に命がけで戦いを挑むんだ。

「でも……俺が魔王を倒したら……その報酬で帰れるかもしれない。いや、おっさんは帰してもらえるって約束してたし」

 そうか…… 
 そこまで、責任を感じていたのか。
 やっぱり、こいつも早く帰りたいんだな。
 そうだよなー……帰りたいよなー……
 俺だって帰りてぇさ。
 こんなくそみたいな世界。

 こんなガキが、必死になってるっていうのに。
 俺は流されるまま。
 どれだけ考えても訳も分からず着いていけない状況の中で、終いには考える事を放棄して。
 そこからは、淳にひたすらすがってばかりだったな。
 淳と離れたらと思うと、俺もどうしようもなく不安だった。
 唯一の日本人……頼りない部分もあるが、勇者としての能力は確かに頼もしくあった。
 甘えてたな……
 甘えすぎだ。
 セレナとケルビンの言うとおりだ。

 スキルも使えるように努力だってしてない。
 使い方が分からないだけだ。
 使えないわけじゃないのに。
 
 最後……て訳じゃ無いだろうが、声を掛けてやっても良いかな。
 いや、掛ける言葉も見つからないけど。
 でも、励ますことくらい……

「うう……お父さん……お母さん」

 調度声を掛けるために足を進めようとしたときに聞こえた淳の言葉に、俺は硬直する。

「会いたいよ……」

 年相応の泣きごとに、頭を殴られたような感覚だった。
 親父とお袋か……
 俺も、当分会ってない。

 そうだ……

 そうなんだ……
 こいつはまだまだ、親に頼って生きていくようなガキだ。
 それが、こんなところで一人で頑張ってる。
 そんな奴が……
 まず第一に俺を帰す為に、魔王を必ず倒す覚悟まで……
 死ぬかもしれないのに。

 あー……
 クズだ。
 俺は確かにクズだったな。
 やっぱり、ケルビンとセレナが正しかったわ。
 
 こんな子供が、ここまで思い詰めてたことにも気づかずに。
 人外の力を手に入れてはしゃぐ子供を、やれやれだなんて大人ぶって子供扱いして。
 でもって、生活まで養ってもらって。

 こいつは凄い奴だから?
 おれは巻き込まれただけの一般人だから?

 本当に、何を甘えてたんだ俺は。
 こいつが勇者だろうと、俺が無能だろうと知らない世界に急に連れてこられた心細さは一緒じゃねーか。
 しかも、こいつはまだ親の元で甘えて生きていくようなガキだぜ?

 自分の足で立てるはずの俺が、そんなガキにおんぶにだっこで。
 情けなくて、自分が腹立たしくなってくる。

 しっかりしろよ五郎!
 
 いや、元々それは大人の仕事だろうが!
 何を勝手に諦めて、ガキに頼って生きてんだよ俺は!


 数日掛けて町に寄り道してくれ?
 近くの街で待つ?
 そんな暇があったら、とっととこのガキを家に帰してやんねーとな!

 そうだ! こいつを両親のもとに、絶対に返してやらないと……
 それが、ここまで良くしてもらった俺に出来る恩返し。
 こいつの苦悩に気付かなかった、駄目な大人の罪滅ぼし。
 結果死ぬとしても……こいつの為に血路が切り開けるなら。

 そのためにはスキルだな。
 スキルってのが、もの凄くこの世界で有用だってのは分かった。
 折角たくさんのスキルがあるんだ。
 だったら、使いこなせるように……いや、絶対に使いこなしてやるんだ!

「ステータスオープン」

 淳の特訓のお陰でそれらしく発音できるようになった、ステータスオープンを使う。

 戦闘に役に立ちそうなのは……狩猟か?

 狩猟スキル……
 狩猟スキル……
 狩猟スキル……

 必死に頭の中で念じる。
 なんとなく、何かが掴めそうな気がする。
 だが、それ以上は分からない。
 
 鑑定スキルがあるのに、鑑定が出来ない。
 いや、スキルは口にして使うんじゃないのか?

 淳もケルビンもセレナも、言葉で何か呟いてから効果が発動してたな。
 確か、鑑定スキルは淳が使っていたから分かる。
 ええい、ものは試しだ。
 恥ずかしがってなんかいられるかよ!

「【鑑定アナライズ】! 狩猟スキル!」

 次の瞬間に、頭の中に膨大な量のデータが流れ込んでくる。
 主に、スキル名とその効果だ。

 俺にもスキルが使えた。
 しかも、こんな簡単な方法でだ……
「は……はは……」

 思わず涙がこぼれそうになった。

 人知れずケルビンの真似をして【火球ファイアーボール】や、【水の矢ウォーターショット】と呟いたこともあった。
 何も起こらなかったが。
 そりゃ、使えないスキルを叫んだところで、意味なんかあるはずも無かった。
 俺のスキルの中に、それらは無い。

 でも、ようやくスキルが何かが分かった。
 自分の使えるスキルの数々も。
 
 そしてこの狩猟スキル、使える……
 これから先、かならず役に立つと確信できる。

 それから、自分の持つスキル全部に鑑定を掛けていく。

「【完全記憶パーフェクトメモリー】!」

 瞬間記憶にあったスキルをつかって、これらのスキル情報を片っ端から記憶していく。
 
 スキルの説明を見ながら、色々な事に思いを馳せる。
 1000以上のスキルがあった。
 そして、それらの中には使えないものもたくさんあったが、素晴らしものも多かった。 

 よし、こうなったら、俺がとっとと魔王を倒してきてやる。
 いや、それは無理でもせめて淳が魔王に辿り着くまでの障害は全部取り除いてやろう。
 今の俺なら出来る。

「【完全気配遮断パーフェクトステルス】! 【全方位気配探知サークルソナー】!【無音移動サイレントムーブ】! 【瞬歩フラッシュムーブ】!」

 全て狩猟スキルだ。
 自分の気配を遮断し全方位の魔物の気配を探知しながら、一瞬で木の上に駆け上る。

「【武器生成フォームアームズ】! 弓矢!」
 
 周囲の枝を折って、即座に弓と矢を作り出す。
 メインの素材があれば、足りない素材は魔力で作り出せるらしい。
 錬金と加工の合成スキルだ。

「【一射一殺ワンショットキル】!」 

 俺の放った矢が、ここから最寄りにいた猪の魔物の心臓を貫いたのが分かる。

「【千里眼ファースコープ】!」

 目視でも確認する。
 バカでかい猪の化け物がすでに地面に横たわって、痙攣している。 

 なんだ……全然役立たずじゃ無かった。
 これは確かに凄い。
 スキルってのは、本当に優秀だな。

――――――
「何故、勇者でも無い普通の人間が我を」
「うるせー! 勇者の同郷だからじゃねーのか?」

 俺はいま、魔王とかって奴と対峙している。
 すでに二人とも満身創痍だ。

 ここに来るまでに3ヶ月の月日を要した。
 それでも、淳よりは大分先行してこれたと思う。

 道中で魔物を狩って、路銀を稼いで装備と素材も集めた。
 そして、錬金や加工、さらには錬金の中にある合成スキルなどを使って装備を強化した。

 竜と戦った時は、流石に肝を冷やした。
 でも、解体スキルで関節を外し、柔らかい部分を切り落とし、調理スキルの【活け造りビルディングシュルド】を使って輪切りにしたら意外と簡単に倒す事が出来た。

 生肉は流石に食えないかと思ったが、調理スキルで調理したため普通に食えた。

 泣きながら謝ってくる竜を無視して、食べられるだけ食べた。
 かなり、筋肉がついた気もする。

 魔法道具も作り出した。

 無限の矢筒インフィニティグイバーや、月の弓ムーン・ボウなど。
 他には解体専用のナイフや、包丁も。
 それらを駆使して、狩猟スキル、調理スキル、解体スキルを駆使し四天王とかっていう連中も倒してきた。

「だが、奴は四天王の中で最弱」
 
 とかって言ってた奴が、一番弱かった。
 なんせ、鳥だったからな。
 ガルーダの長とかって言ってたが、正直鳥類は狩猟スキルにとってはかなり相性が良い。
 
 奴が最弱呼ばわりして亀なんかより、遥かに。
 亀は甲羅が硬くて、流石に苦労した。

 まあ、加工スキルで鼈甲の装備を削り出しながら、甲羅に穴を開けて矢を叩き込んだが。

 竜は美味しく頂いた。

 虎が、正直一番強かった気がする。
 狩人にとっては、天敵だからな。

 調薬で作り出したマタタビの強力なやつで酔わせて、野営と呼べるのかといったレベルの頑丈な拠点に誘い込み、外から火を放って焼き殺したが。
 まあ、調理の【窯焼きキルン・ベイクド】と【丸焼きバーベキュー】の同時発動のお陰か、特に抵抗されることなくこんがり焼き上がったが。

 これも、美味しく頂いた。
 食後なのに、素早く動けた。
 その後もずっと。

 四天王を全て倒したところで、側近とかっていう奴が出て来たが……
 その時には、俺も大分強くなってたらしい。

 四天王を全て倒したというか、食べたからな。
 亀を食べたら、頑丈になった気がしたし、鳥を食べたら攻撃が鋭くなった気がした。
 竜は力が、虎は素早さが。

 側近は、魔法を使う角の生えた悪魔だった。 
 解体で角を落とし、加工でそれを角笛にした。
 どうやら、角に魔力を蓄えるらしく、魔法が使えなくなっていた。
 
 尻尾も解体し、加工して鞭に。
 
 翼も解体し、加工して装飾品にしたところで泣きが入り、逃げ出した。

 追いかけて行って着いた先が、魔王の居る部屋。
 側近は、その場で魔王に処刑されていたが。

「よくぞ来たな勇者よ……勇者?」
「悪いな、人違いだ。ただの、農家のおっさんだよ」

 最初は目を閉じて話しかけて来た魔王が、こちらを見た瞬間に固まる。
 どう見ても、勇者には見えないよな?

 装備こそ立派だが、どう見ても剣士じゃない。
 弓士としても怪しい。
 
 そして、魔王を殺せるのは聖剣。
 弓矢を構えた奴が、勇者の訳が無い。

「貴様が、我の配下達を!」
「そうだ、美味しく頂いた」

 魔王が怒りを露わにしているが、不思議と怖さは感じない。
 初めて魔物と1対1で戦った時から、恐怖しかなかったからな。
 自分より強そうな相手と戦うなんて、もう慣れた。

 魔王との闘いは熾烈を極めた。
 どんなに攻撃しても、どんなに解体しても、どんなに加工してもすぐに再生する。
 いや、ダメージ自体は蓄積しているようだが、手を休めるとそれすらも回復していく。

 こっちも、調薬で作った薬でドーピングしたり、異空間収納から作り置きした食べ物を食べながら戦った。
 排泄関係は全て、直接異空間に収納してやり過ごした。
 
 野営スキルに【清浄クリーン】があるから、汗や服の汚れもすぐに綺麗になる。

「舐めた戦い方を!」
「お前は、存在自体が舐めてんな!」

 3日3晩寝ずに戦ったが、相手も疲れを知らないのか普通に攻撃を仕掛けてくる。
 大分精彩を欠いて来ているが。

 狩猟スキルの行動予知と、危険回避のお陰で極大魔法とかってのもどうにか防ぐ。
 装備も対魔法防御に特化したものだし。
 
 とはいえ、全てを防ぎきるのは無理だ。
 応急処置スキルが、応急処置ってレベルじゃない効果を発揮してすぐに傷は塞がるが。
 治る訳じゃない。
 ある程度は応急処置で耐えて、本当にヤバイ時は買いだめしたポーションや調薬した回復薬で回復する。

 強い魔物の素材や、魔王城周辺の森で集めた薬草のお陰で回復力も異常だ。
 千切れかけた腕がもげて、新しい腕が生えてくるとかホラーだ。

 あと、調薬と調理で作った料理で途中で身体能力も上げながら戦った。
 相手はそんな事しなくても、普通に俺についてくる。

 こんなのを倒すとか、勇者ってのは本当に大変な仕事だよ。

「何故貴様は、ここまで頑張れるのだ!」
「俺は、一緒に来たガキを連れて、元の世界に帰りたいだけなんだよ!」

 5日目にはお互い、戦いに慣れてきたのか無駄口も増えてくる。

「ならば、帰ればいいでは無いか」
「帰り方が分からん!」

 流石の魔王も、俺の相手が面倒くさくなったのだろう。
 段々と、攻撃の手が緩くなってきている。
 
 自分が傷つかないように、防御に徹しているようだ。
 だが、これは理に適っている。

 回復量を超えた攻撃を当てない限り、奴は回復し続ける。
 そして、防御に集中されるとそんな攻撃を入れるのは不可能に近い。

「人間の召喚術であろう? 我なら送り返す事も可能じゃが?」
「その言葉、信用できんのか?」

 魔王が完全に攻撃を止めたので、俺も手を止める。

「魔王を信用出来るわけは無いか……じゃが、賭けてみるのも悪くないのでは?」
「ちっ……殺される可能性の方が高いからな! そんな危険な賭けにはのれねーわ! それより、お前を殺してこの世界の王に送り返してもらった方がまだ安心だ」

 一瞬心が傾きかけたが、こんな不確定要素のあるやり方じゃダメだ。
 確実に帰る方法を。

「じゃあ、そのガキと共に我の配下にならんか? この世界で何不自由なく生きられるぞ?」
「もっと無理な相談だな! そのガキってのは勇者だからな! 無駄話は終わりだ! いい加減死にやがれ!」
「無駄な事を!」

 話し込んだせいで魔王、大分力を取り戻したらしい。
 先ほどまでとは桁違いの攻撃を放ってくる。

「流石に、これだけ付き合えばお主の手の内や癖なんてのは、分かって来る」
「そうか? まだまだ使って無いスキルはいっぱいあるんだけどな」

 確実に攻撃を躱されることが増えてきた。
 そして、それに反比例してこっちが攻撃を喰らう事が増える。
 
 しかし、魔王の手の内も大体分かる。
 致命傷を負いそうな攻撃もあるが、対処は出来なくはない。

――――――
 互いに決め手が無いまま、どれだけ戦い続けただろうか……
 もはや、空間収納に貯め込んでいた食料もとっくに尽きてしまった。

「本当に、しつこい奴だ! 諦めれば良いものを!」

 あー、そうだな。
 良く喋れるなこいつ。

 ここ数日、口にしたのは俺が作った回復薬だけ。
 ポーションもとっくに無い。
 加工前の薬草やら、水などを即席で調薬して回復薬を作り出す。
 
 眠気を飛ばす薬も調合して入れてあるし。
 体力や、筋肉疲労も回復する薬。
 
 だが、空腹は癒える事は無い。

「もう、とっくに限界なんじゃないのか?」

 魔王には、見抜かれていた。
 なんだろう……
 ずっと戦っていたからだろうか。

 体が勝手に魔王の攻撃に対応できるようになっていた。
 惰性で戦っているだけ。
 
 単純な作業と化してきた。
 お腹が空いた。
 何か食べたい……
 薬草……
 いや、無駄遣いするわけには……
 辛い……

 気弱な事を考えたからだろうか。
 魔王の放った水の魔法で濡れていた床で、足を滑らす。
 ほんのちょっと、集中力を切らしただけで……

「馬鹿め! 集中を切らすからだ! 勝負あったな!」
 
 魔王が長く丈夫な爪を携えた腕で、俺の胸を貫こうと突きを放ってくる。
 死を感じたからか……
 それとも、極限の空腹故の集中からか……

 ゆっくりと、その腕がスローモーションのように俺の胸に迫って来るのが見える。
 そして、無意識のうちに……

「貴様……何を食べている?」

 魔王が信じられないものを見るような眼を向けている。
 そして、その声には若干の動揺が伺える。
 まるで奇怪なものを相手にしているような、
 初めて魔王が見せた、狼狽の態度。

 何を言っているんだ?
 
「見て分からないのか? お前の腕だよ」

 俺が食べているのは、魔王の腕。
 俺に向かって放たれた腕を、解体スキルと調理スキルを駆使してもぎ取った。
 調理方法はカルパッチョ。

 元々牛の生のヒレ肉にチーズをかけた料理だ。
 調味料でも代用が効く。

 腕肉でカルパッチョを作る奴が居るかは知らない。
 だが、関係ない。
 左手に持った魔王の腕を、右手で一瞬で薄くスライスし空間収納内に残された申し訳程度の調味料と薬草を使って一緒に食べる。

「マズいな」
「狂ったか!」

 固く、筋張っていて噛み切るのが大変だ。
 だが、空腹の限界を迎えた俺には御馳走だ。
 目の前の魔王が、肉に見えた。
 飢餓ゆえの幻覚か?
 関係ない。

 四天王を食べた時に、身体能力が向上したのは体感済みだ。
 魔王を食ったらどうなるんだ?

 人型の魔族という事で、忌避感はあった。
 だが、背に腹は代えられない。
 
「凄いな……全身から力が漲ってくる」
「き……きさまああああああ!」

 魔王が大声で喚いている。
 だが、今の俺には食肉が音を発しているようにしか見えない。

 すぐに魔王の腕が再生する。
 どうやら、食材は尽きることが無さそうだ。
 思わず笑みが零れる。

「ひっ……」

 魔王の顔が恐怖に歪んでいる。
 だが、関係ない。

「取りあえず、まだまだ俺は戦えるぞ?」
 
 口の中に固いものが。
 爪か……
 一応骨には気をつけつつ、肉を削いでたつもりだが爪までは気にしてなかった。
 これも、良い素材になりそうだ。

 俺は爪を矢じりに加工して、新たな矢を作り出す。
 矢筒からは無限に矢が出てくるからな。
 その矢と爪を合成しただけだ。

 スキルってのは、本当に便利だよ。

「ぐあっ!」

 その矢じりを使った矢で魔王を射抜く。
 今までの矢と違い、魔王の身体を貫通して壁に縫い付ける。

 作り出した矢は5本。
 四肢と胴体を壁に縫い付けるのに丁度いい。

「く……来るな! 我は魔王だぞ! 最強の存在なんだぞ!」
「知るか! 俺からしたら、ただの食糧だ……」

 魔王の足を斬り落とし、もも肉を焼く。
 その間に、魔王の角を切り取り包丁に加工する。

「ぐっ……なんなんだお前は……一体、何者なんだ!」

 流石最強の角で作った包丁だ。
 恐ろしく、魔王の身体が良く切れる。

 再生する先から全身を切り刻んで、調理を始める。
  
 時折出来上がった料理を食いつつ。

 身体に違和感を感じるが、それ以上に強くなった実感もある。
 すでに、素手で魔王の肉体を引きちぎれるほどに。

「馬鹿な! ひいっ! 来るな! やめろっ!」

 魔王が口から泡を飛ばしながら、怯えた目で拒絶を示す。
 だが、気にすることはない。

「お前は、これから食べようとする牛や豚がやめてくれと叫んだところで、逃がしてやるのか?」
「何を言ってるんだ……怖い! 怖い! 怖い!」

 ガタガタと震えて、目を閉じてひたすら何かに祈るような仕草をみせる魔王。
 
「お前は誰だつったっか? ああ、ただこのクソッタレな世界に、お前と言う害悪のせいで巻き込まれて、呼び出されたただの一般人だよ……お前さえいなけりゃ!」

 魔王の角を素手で叩き折ると、閉じられた目に無理やり突っ込んで眼球を抉り取る。

「知ってるか? 日本人ってのはな、魚の目ん玉も食うんだぜ?」
「狂ってる……」

 酷いな。
 そんなに怯える事は無いじゃないか。

 角に刺さった眼球を火で炙ってから、口に運ぶ。
 なんだ、意外と美味いじゃないか。
 少なくとも、お前のその無駄に締まった肉よりはずっと。

――――――
「ついに、見つけたぞ魔王!」

 誰かが室内に入って来たのが分かる。
 誰だったけな?

 聞き覚えのある声だ。

「えっ?」

 えっ?ってなんだ。
 
 俺はいま、魔王の座っていた玉座に腰かけている。
 手元には魔王の核。
 核を中心に再生をするのだが、その速度を超えて再生した部分を削り落として火で炙って食べている。
 ゆえに、ここ数年内臓しか口にしてない。

「貴様が魔王か?」

 失礼なことをいう奴だ。
 魔法使いっぽいが、こいつも見た事があるな……
 誰だっけ?

 まあ良い。
 俺は魔王なんかじゃない。
 俺は……誰だ?

「この者は……あまりにも……勇者様ここは引いてください。今の我々では勝ち目が」
「何を言ってるんだ? あれはどう見ても……」

 勇者?
 ああ、勇者か……
 魔王を倒すんだっけ?

 勇者?
 勇者って誰だっけ……

「おっさん……」

 おっさん……
 おっさんて俺の事か?
 相変わらず、失礼な奴だ。
 相変わらず?
 何を言ってるんだ俺は……
 誰だこのガキ。

「おっさん!」
「っ……」

 答えようにも言葉が出てこない。 

「おっさん……俺だよ! 淳だよ!」
「ジュ……ン?」

 ジュン……
 聞いた事がある名だ。

 ジュン……
 ジュン……
 淳!
 淳か……ついに、ここまでやってきたのか。
 長かった。
 これまで、頑張って生き延びた甲斐があったな……

「ジュン……カ? ヨク来タナ……遅カッタジャナイカ……」

 あれっ?
 俺ってこんな声だったっけ?
 エコーが掛かった、野太く低い重低音の効いた声。
 違和感を感じる。
 それに、上手く喋れない。
 それもそうだな。
 何年も喋って無いからな。

「勇者様離れてください!」
「あれが、ゴロウ殿?」
「どう見ても、おっさんじゃねーか!」

 他の二人は分からないらしい。
 もう俺の顔を、忘れたのか?
 失礼な奴等だ。
 本当に2人とも変わってなくて、涙が出るよ。
 懐かしい……
 それすらも、懐かしく感じる。

「マア良イ……ジュン……コレヲ……」

 俺は淳に魔王の核を渡そうと手を伸ばす。
 そして、視界に入ったものを見て思わず固まる。
 これが俺の手?
 俺の手なのか……

 そうだよな……

 真黒に変色した筋肉質な腕。
 爪は魔族のように長く尖っている。
  
「俺ハ……一体……」
「おのれ、魔王! 勇者様に何をする気だ! 【雷撃サンダーボルト】」

 ケルビンだっけ?
 酷いな。
 魔法を放ってきたぞ?

「【絶対障壁レジェクション】!」

 勝手にスキル名が口から出る。
 そして、現れる光の壁。
 簡単に、ケルビンの雷撃を霧散させる。

「なっ!」
「どいてケルビン! 私の攻撃なら【千の矢フルバースト】!」

 セレナだっけか?
 お前まで攻撃してくるのか?
 そんなに俺が邪魔か?

「【絶対障壁レジェクション】!」

 だがその攻撃もまた、俺のスキルの前に無力化される。

「ジュン……コレヲ砕ケ……魔王ノ核ダ」
「おっさん……どうしちゃったんだよ! 何があったんだよ!」

 淳の顔が泣きそうになってる。
 何があったかって?
 ちょっと、大人としての義務に目覚めてはっちゃけただけだ。
 気にするな。

「良イカラ……早ク! コレヲ破壊シナイト、スグニ魔王ガ………復活スルゾ!」
「分かったよ!」

 俺が放り投げた核に向かって、淳が剣を振るう。

「【光の剣シャイニングソード】!」

 そして粉々に砕け散る、魔王の核。

「流石勇者様ダ……見事ナ剣ダナ」
「ああ……」

 折角魔王を倒したってのに、なんて表情をしてんだよ。
 もっと、嬉しそうにしないか!

「喜バナイ……ノカ? コレデ……帰レルンダロ?」
「ああ……」

 その表情は暗いままだ。
 無理矢理笑顔を作ってはいるが、それが本心じゃない事は分かっている。
 相変わらず、感情を隠すのが下手くそな奴だ。

「おっさんは……知ってるのか? 自分がどうなってるのか?」
「ウスウス……ワナ」

 魔王の腕を食べた時に、微かな違和感は感じていた。
 その後も魔王の身体を食べ続ける事で、その違和感は確実なものになってきた。
 ずっとここに座って、魔王の核から再生した肉だけを食べ続けた日々に忘れ去った記憶。
 鮮明に思い出した。
 自分の姿を。
 自分の身に起こった変化を。

 あの時、頭を触った時に角が生えていたのも確認した。
 背中に翼が生えたことも確認した。
 そして、尻尾も生えたことも……
 はは……完全に人間を止めてるな。

 それでも、食べることは止められなかった。
 それ以外に、魔王を抑え込む手段が無かったからだ……
 後悔はしていない。
 こうして、報われる日が来たのだから。

「なんで……そんな……」
「コレシカ……魔王ヲ食イ止メル手ガ無カッタカラダ……」

 そうだ……俺はとっくに人をやめていた。
 戻れないと分かってからは、見て見ぬふりをしてきた。
 でも……それも、もうどうでも良い。
 これで淳は帰れるんだから。

「俺のせいか?」
「ガキガ気ヲ使ッテンジャネーゾ? 俺ガ勝手ニヤッタ事ダ!」

 辛気臭い顔しやがって。
 なぜか、最後に親を思って泣いていたこいつの姿を思い出す。
 その時と同じように顔を歪ませて、涙を堪えているのが分かる。
 いや、堪え切れずに頬を伝っているのが見える。
 
「本当にゴロウ殿……なのか?」
「フッ……男前ニ、ナッタダロウ?」
「くっ……」

 ケルビンまで。
 なんて顔をしてやがる。
 念願の、魔王を討伐だぞ?
 この世界の全ての人間の望みじゃなかったのか?
 もっと、喜べよ。

「ケルビン! なんとかならないのか?」
「人が……魔族になるなんて……聞いた事が……」
「セレナ! エルフの力なら」
「無理です……こんなの……」

 淳が二人に食って掛かっているが、2人は首を横に振るだけ。
 大丈夫。
 そんなことは、俺が誰よりも分かっている。

「淳……近クニ」
「うう……」

 唇を噛んで必死に唸っているが。
 こうしてみると、本当にガキの顔だ。
 今までどれだけ大変な思いをしてきたのだろうか。
 その細い身体に、どれだけの重圧を抱えてきたのだろうか……
 俺を帰すために、どれだけの傷を負ってきたのだろうか……
 本当に優しい子だ。
 いまなら、こいつが勇者に選ばれた訳がよく分かる。
 魔族になった、同郷ってだけの赤の他人だったおっさんのために、涙を流せる奴だ。

「勇者様!」
「近づくのは危険です」

 ケルビンとセレナが止めているが、それでも淳はゆっくりと近づいてくる。
 俯いたまま、床を水滴で濡らし。
 短く何かを堪えるような吐息と供に。

「泣クナ……顔ヲ上ゲロ!」

 少し強い口調になってしまったかもしれない。
 淳が一瞬肩を震わせる。

「魔王ヲ倒シタ勇者様ノ顔ヲ、俺ニ見セテクレ」

 俺の言葉に、淳がゆっくりと顔を上げて見上げてくる。
 ふっ、酷い面だ。
 涙と鼻水でグシャグシャになった顔を、さらに歪ませている。
 子供の泣き顔みたいだな。

「ヨクヤッタナ」
「おっさん……」

 俺は胸の辺りにある淳の頭を、大きな手で傷つけないように優しく撫でる。
 その指にヒビが入っているのが視界に映る。
 ……もう、時間はないな。

「帰りたいんだろ?」
「えっ?」
 
 大分無理をしたせいか、身体の至る所が少しずつ崩れていってるのが分かる。
 とっくに死んでてもおかしくない、怪我や傷を負った。
 体力の限界を超えて戦い続けた。
 薬漬けで、恐らく副作用もたくさんある。
 そのどれが原因かは分からない。
 とっくに、俺は死んでいたのだろう。

 はは……魔王の肉のお陰で、繋とめていたのか。
 皮肉だな。
 自慢の即座に身体が治る、無限の再生力があだになったな。
 もう少しゆっくりと再生するような能力なら、とっくに俺の方が消えていただろう。
 
 ポロポロと皮膚が崩れ、角や羽が灰になっていく。
 爪も砕け、髪も抜け落ちる。 
 どうやら魔族に変質した部分から崩れているようだ。
 徐々に人間だったころの身体が現れる。
 その身体も、長くは持たないだろう。
 人間の身体にまで、罅が入ってきている。
 その隙間から、光も漏れている。
 幸いにも涙で目がかすんでいる淳からは、よく見えていないようだが。

 離れた場所で、ケルビンとセレナが顔を背けて目を拭っているのが見える。
 お前ら、そういうやつらだったっけ?

「お父さんとお母さんに会いたいって、言ってたよな? ガキみてーに」
「聞いてたのか……よ」
「覚えてるのか?」
「覚えてるよ! あの後におっさんが居なくなったんだから!」

 ふっ。
 そうか……
 ちゃんと、俺が居なくなった日のことまで憶えてたんだな。

「会わせてやるよ……」
「えっ?」

 俺の手から青い光が放たれると、地面に魔法陣が浮かび上がる。
 それに比例するかのように、身体の崩壊が早まる。

「魔王の……魔法だ。魔王を食ったら使えるようになった」
「魔王を食ったて、何言ってんだよ」

 淳がはっとした様子で、こっちを見つめてくる。
 そして、驚愕の表情を浮かべる。

「何か月も魔王と戦っててな、食料も底を尽きちまったから仕方なく……さ」
「なに食ってんだよ……腹壊すぞ!」
「ハハハ! 意外と美味かったぞ」

 淳を包み込む光が徐々に強くなる。
 もはや、俺の身体はほぼ残っていない。
 いまあるのは、かろうじて淳の頭におかれた手だけだ。
 他の部分は、光で象られているだけの姿だ。

「おっさんも一緒に、戻るんだろ?」
「俺か? 俺は……無理だろう?」
「なんでだよ!」

 淳を包み込む光自体が目くらましとなってくれているようだ。
 俺の身体の変化には、あまり気付けていないようだ。
 良かった。
 そしてその光の強さに反して、俺の身体はだんだんと薄くなっていく。

「だいぶ、無茶をしたからな……多分、とっくに死んでんだわ」
「えっ? でも、いま目の前に……」
「魔王の肉を食って、かろうじて生き延びてただけだ」

 完全なる死を前にして、思い出した。
 魔王の腕を食う前に、俺は死んでたんだ。
 魔王の腕は確実に俺の心臓を貫いていた。
 それでも、俺は動けた。
 それが他の魔物を食ったからか、神の奇跡とやらかは分からん。
 その後は、回復薬で誤魔化した偽りの生にしがみ付いて魔王と戦ってただけ。

 勇者でも無い奴が、魔王と戦えただけでも凄いんだろうけど。

「じゃあ、俺が核を壊したから……」
「それが、お前の仕事だ。本当によくやった」
 
 俺は淳を抱きしめる。
 感覚はないな。
 それでも、ぬくもりを感じる。
 俺が守った、確かなぬくもりを。

「おっさんも帰ろうよ……」
「無茶言うなよ! 俺は死んでんだから」
「なんで……なんで、そこまでして普通のおっさんが魔王と戦ったりなんか……」

 なんでか…… 
 ふっ。

「見知らぬ土地でガキが親を恋しがってんだ。迷子を親に届けてやんのは、大人の仕事だろ?」
「お……おっさんだって、俺と一緒じゃん! しかもおっさんは、俺に巻き込まれたんイタイ」

 淳の頭に拳骨を落とす。
 ずっと前に、落としそびれた拳骨だ。
 手だけでも残ってて良かった……

「おっさんおっさんて、お前はもっと大人に敬意をしめせよ」
「いま言うこと?」
「俺がお前に巻き込まれたなんて二度と思うな! お前と俺がこのクソッタレな世界に巻き込まれたんだ! だから、気にするな……そして……有難うな」
「えっ?」

 光が一気に輝きを増し、淳が目の前から消える。
 ふっ、最後まで生意気なガキだったわ。

「ゴ……ゴロウ殿」
「なんだ? もう時間はねーぞ」
「その……勇者様は……」
「元の世界に送り返した。どうせ、お前らじゃ無理だったんだろ?」

 俺の言葉に、ケルビンが固まる。

「すまなかった!」

 突然セレナが頭を下げる。

「本当に申し訳ありませんでした」

 ケルビンも。

「色々とあったんだな」

 あの勇者と一緒だったんだ。
 きっと、こいつらも苦労したんだろう。

「私は、貴方を子供に寄生するクズだと……ただの人間でありながら、魔王軍を壊滅させてしまうような人を……」
「私もゴロウを勘違いしていた。こんな……自分を犠牲にしてまで……ジュン様を……」

 俺は唇に人差し指を当てて、2人を黙らせる。

「いや、お前らと淳に言われて気付かされてもらったようなもんだからな。そんな立派なもんじゃねーよ……でも、最後くらい大人としてカッコつけられたかな?」
「貴方は! す……素晴らしい方でした!」

 なんだ、やっぱり2人とも泣いてたのかよ。
 でも、その言葉が聞けて良かったよ。

「ああ……ここまで、あいつをつれてきてくれて……あ……が……うな……」

 そして、俺の意識は身体とともに、消えてなくなった。

「ゴロウ殿、ありがとう」

 見知らぬ老人の声とともに。





















 

――――――
「って、感動のお別れがあったのに、なんで普通におっさんが居るんだよ!」
「ん? ふっ、あのあと神様ってのが、あっちの世界の事情に巻き込んだことを謝ってくれて、身体をくれて帰してくれたからだよ」

 俺の農場に、職業体験で来た4人組の高校生の中に見知ったガキが居た。
 最初は、髪が黒かったから気付かなかったが。

「おっさん、こいつの事知ってんの? こいつ頭おかしいだろ? 俺は勇者だったとかって話聞いた?」
「ああ、知ってるぞ? 立派な勇者様だったぞ」
「はっ?」

 ガキの友人らしきやつが、話しかけてきた。
 なんだ、淳のやつあっちの世界の事、友達に話してんのか。
 ただの、頭のおかしい奴だと思われるぞ?

 まあ良いや。
 俺は空間収納から、鍬を取り出すと

「えっ? なにそれ? 手品?」
「なんでおっさん、こっちでもスキル使えんだよ!」
「ふふっ、慰謝料だ」
「ズルいぞ!」
「淳、このおっさん何者? どういった知り合い?」
「すげーな。そんなでっかいもんをいきなり出す手品とか、農家よりそっちんが向いてんじゃね?」
「農家ってそんなことまで憶えて、人気を稼がないといけないくらい大変なのか……」

 皆が驚いているのが、楽しい。
 まあ、こいつら以外にスキル使ってるところ見せた事無いけどな。
 頭悪そうなガキが4人、外で言いふらしても誰も信じやしないだろうし。

 淳は、戻って来てスキルが使えなくなったようだけど。

「そうだな、じゃあ作業をしながら他の3人にも話してやろうか? 俺達が異世界で出会った話を」
「おっさんも、変な人だった!」
「淳と同じタイプか」
「農家って、大変なんだな」

 3人が口々に、いろんなことを言って来る。

「そうだな、まずは農業の前に敬語の勉強からかな? 出来ない奴から耕してやろう!」
「「「うわー! おっさんが怒ったー!」」」

 俺が鍬を持ち上げると、淳の友達3人が走って逃げだす。
 畑で走ると、こけるぞ?
 その様子を、微笑ましく思って見つめていると不意に肩を叩かれる。

 視線の先には淳が居た。
 少しモジモジとしていたが、意を決してこっちを見上げてくる。

「おっさん……有難うございました」 
 
 それだけ言って、3人を追いかけていった。
 うん、十分だ。
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