19 / 123
2巻
2-3
「ほら、どけよ! ここは、俺たちの席だぞ」
――そんなとき、遠くから聞こえてきた声に、溜息が漏れる。
振り返ると、おそらく上位貴族の子どもだろう生徒が、他の生徒を押しのけていた。
一気に場が白けるのを感じる。
カーラが怯えた様子で私を見ているけれど、テレサとフローラは少し不快程度。
レイチェルは……食事の方が大事、と。
「窓際の日当たりのいい席に、お前らみたいな下賤な輩が座るなんておこがましい」
「身の程を弁えろ」
「ほ……他に、席がなくて」
「ないなら、下に座って食べたらいいだろう」
……よし! 行くか!
「何を揉めている?」
「なんだ、庶子風情が俺たちに文句でもあるのか?」
私が動く気配を察したのだろう。腰を浮かせようとしたら、すでに始まっていた。
少し離れた位置に座っていたクリントが、颯爽と揉め事の現場に向かってしまったのだ。
この流れが、不本意なのだ。
私の意を汲み取ってくれるのはありがたいけど、私のフラストレーションの溜まり具合も汲み取ってほしい。
正直、クリントたちの対応が温すぎて、イライラが少しずつ溜まっている。
私だったら、秒で黙らせることができるのに。
物理的にも……
「お前たちも貴族の端くれなら、少しは上品な振る舞いはできないのか?」
クリントはそう言うが、相手の生徒は鼻を鳴らす。
「何を偉そうに。お情けで公爵家に置かれているだけのくせに」
「本家筋でもないくせに、調子に乗るな。そもそも、先輩に対して失礼だろう!」
いや、クリントはレオハートにとって、本家筋だが?
第二夫人の息子とはいえ、正統なる次期当主の……あー、問題を何も起こさなければ、たぶんだけれども、次期当主になれる予定のお父様の実の息子だよ?
公爵家からしても、嫡男の実子を家に置いているわけで、お情けでも何でもない普通のことだ。
それに順番的には私の次にはなるけれど、クリントもしっかりと公爵家の継承権は持っているからね。
考えたくはないけど、私と上のお兄さま二人に万が一のことがあったり、もしくは三人ともが次期当主の座を継ぐことを辞退したりすれば、彼がレオハート公爵になる可能性もある。そうじゃなくても、おじいさまの持っている爵位のどれかを、もらえるだろうし。
おじいさまであるレオハート公爵から見ても、嫡男の息子でれっきとした孫だからね。
孫可愛いじーじがあなたたちの発言を聞いたら、血の雨が降ることになるよ……ただ、おじいさまは女性と子どもには優しいから、降るとしたらあなたたちじゃなくて、あなたたちのお父さんやおじいちゃんの血だろうね。
というかなんなら、君たちが神輿として担いでいるスペアステージア家こそ、王家から見たら純然たる分家でしかないんだけど?
どうしてこう、身分至上主義派には馬鹿が多いのか? いや、意味もなく人を見下すのは、馬鹿だからだろう。
愚者は何者からも学ばずとは、よく聞く言葉だ。
賢者は誰に対しても謙虚で、学ぶ姿勢をもっている。
自分が足りてないことを知っていて、それを埋めることに対して努力を惜しまない。
歴史から学ぶと言うけれども、経験からも当然学べるのが賢者なのだ。
それを知っているから歴史を紐解くだけでなく、様々なことを経験したがり、交友関係を広く持とうとする。
……まあ、そんなことはどうでもいいか。
しばらく見ていたが、口の回るうえに理屈の通じない馬鹿三人相手に、クリントが劣勢のようだ。
ここは、私の出番かな?
「いい加減になさい。クリント様は、正統なレオハート家の血筋です。父君は、次期公爵となられるレオハート伯爵ですよ。それにクリント様ご自身も、ご兄妹と仲がいいのですけれど?」
さあ行くぞ! と再度腰を浮かせようとしたら、私の横を颯爽と上品かつ早歩きで向かったシャルルが、馬鹿三人とクリントの間に割って入っていき、馬鹿どもの方をびしっと指差した。
騒動が始まる直前くらいに食堂に入ってきた彼女が、しばらく私とクリントの方を交互に見ていたのは気付いていた。
こちらをチラチラと見ていたのは、確認のためか、私に対する牽制か。
むぅ……こうなったら何も考えずに子どもらしく「みんなで何してるの? 私もいーれーてー!」のノリで、乗り込むべきか。
シャルルが加わったことで、多少は動きがあるかと思ったけど、件の子どもたちは不敵な笑みで彼女を見返している。
本当に、向かうところ敵なし状態の勇猛さだな。蛮勇とも言えるけれど。
正当性の欠けた言動で、公爵家と侯爵家を敵に回すなんて、王族でもたぶん無理な所業だよ。私よりも破天荒な子が、この学園内にいたなんて。
「ふん、そのような者を庇うなど、ニシェリア侯爵令嬢も落ちたものですね」
「何を馬鹿なことを」
しかしながら、本当に随分と今日は調子に乗ってるなぁ。
何か、強気に出られることでもあったのかな?
シャルルが心底呆れた表情で、男の子を見下しているけれど。
「聞きましたよ。エルザ様が、ダリウス殿下の婚約者として相応しくないと王城で噂になっているとか」
「婚約破棄に向けての会議が行われるのも、間近だと」
あっ……私のせいだった。色々な意味で。
ごめんね……その噂の出どころ私なんだけど。
そしてそのことを知っているレイチェルと、カーラが気まずそうに私の方を見つめている。
ちょっと、色々とやりたくて用意した下ごしらえの一つだ。
それがいま、事情を知らないクリントとシャルルの首を絞めることになってしまった。
その下ごしらえというのは、学園内で一部の馬鹿どもが話していた噂に信憑性を持たせて、敵対する身分至上主義派の連中を一気にあぶり出すというもの。
そのうえで、そんな話はないと一蹴してやろうかなとも思っていた。
ダリウスには予め伝えておいたんだけど、クリントたちには伝えてなかったな……
ちなみにこの噂は、学園内ではなく、ウール商会を通じて王都の一部の貴族たちに流してもらったものだ。主に、お茶会やパーティ好きな身分主義派のお家柄の貴族に。
もちろん、ウール商会が疑われないように、噂をばらまくのは、彼が雇い入れているそっち専門の人たちだけどね。そう、諜報活動が得意な人たち。
ともあれ、あの場をどう収めたものか。
私がそう悩んでいると、いつの間にか私の周りに、よく顔を合わせる、知らない子たちが集まっていた。
彼らは廊下で何度もすれ違ったり、食堂で近くに座ったり、立ち話をしていると、視界に入らないぎりぎりの場所にいたり……という感じで、常に私たちの近くにいる子たちだ。
まあ、さりげなく近くにいようとしてるんだなってのは、気配で分かってたんだけどね。
そして、その子たちが今、クリントたちを取り囲んでいる。
いや、あれはクリントたちの後ろに立ったと言えるかな?
「へえ、それは興味深いね」
「うちでは、そんな話は聞こえてこないけど?」
「ダリウス殿下は、常にエルザ様のことを思い、ご令嬢に相応しくあろうと努力を積み重ねているというのに」
それは、殿下の側近候補の子たち八人のうちの三人だった。
最終的に八人のうちの四人が、ダリウスの側近になるとか。外れた者も、将来要職につくためのエリート街道に進むことを打診されることになる。
現時点で、我が学園の出世頭だね。
八人とも、侯爵家や伯爵家、辺境伯家の子で、家格だけでなく国内の立場でも上にいる家ばかりだ。
そんな三人が言葉を続ける。
「君たちが、殿下の思い人を愚弄したことは、伝えさせてもらうよ」
「そ……それは」
「そもそもがだ……身分を大事にしたいなら、レオハート公爵家の令息とニシェリア侯爵家の令嬢にまずは敬意を払うべきじゃないかな?」
「口先だけで実の伴わない自分たちに都合のいいルールを、さも名分があるかのような直接的な分かりやすい呼び方でごまかすのは、不正を行う貴族のお家芸だからね」
「陛下にも、君たちの家の者を取り立てる際には、不正に気を付けるように言っておかなければ」
おお、口を挟む隙すら与えずに、三人が脅しを重ねていってる。
なかなかどうして、口がよく回る。
これ……ダリウス、簡単に言いくるめられたり丸め込まれたりして、将来的に傀儡にされたりして。
というか、都合五対三で人数が逆転したけど、クリントとシャルルはなんの役にも立ってないように見えるな。
「その、家は関係ないと言いますか」
「これは、おかしなことを……家が関係なければ、君たちなんかなんの価値もない人間ではないのかい? 特に秀でた能力もなければ、生産的なことができるわけでもない。農家や職人、平民以下の存在……いや、家畜以下じゃないか」
言い訳をしようとした子の言葉を、側近候補の一人が遮って言い募る。
「さんざん家柄を盾に横柄な振る舞いを行い、相手を貶しておいてそれは通用しないよ」
「そもそも貴族の子息じゃなければ、ここにすらいないと思うけど?」
「そうだね、お互いに家が関係ないと言うなら、実力で分からせてあげてもいいけど?」
「決闘か……それも、悪くない」
一つ何か言えば、十倍近い反論が返ってきてる。
うーん……殿下は立場上、特定派閥に肩入れしないと言ってるけど……この子たちは殿下が派遣したのは間違いないよね。
まあ、害悪となる派閥相手なら、釘を刺すくらいのことはしても問題ないと思うけど、あまりにも直接的すぎる介入だと思うんだ。
ダリウスって、そういう迂闊でいい加減なところあるし。
「別に全生物平等主義派閥に肩入れしたわけじゃなくて、エルザ嬢の身辺警護として送り込んだだけだから問題ないのですよ。婚約者のための行動ですから。強いて言うなら、エルザ様に肩入れしている……というか、入れ込んでいると言いますか」
遠くのやり取りを他人事のように眺めていると、私の疑問に応えるかのような言葉が聞こえてきた。
振り返ると、ロータス先輩がまた嫌な笑みを浮かべて立っていた。
相変わらず、いいタイミングで出てくる人だな。
若干、ストーカーっぽい印象すら感じられるよ。
そんな私の内心を察したのか、ロータス先輩は苦笑する。
「あまり信じておられませんか? 私たちは、エルザ嬢が健やかな学園生活を送れるようにと、殿下に頼まれて陰ながら手助けさせてもらう立場ですよ」
「陰ながらねぇ……」
貴方のお仲間たちは、今も揉め事の最前線で、ド派手な言葉の刃で身分至上主義派閥の男子を細切れにしてるけど?
可哀そうに、三人とも白目で口から何か霊体のようなものを吐き出してるけど、容赦ない。
オーバーキルもいいところだ。
「陰ながらです」
そう言って、張り付けたような笑みを浮かべているロータス先輩を見て、毒気が抜かれてしまった。
「それにしても、もったいないですね。もう少し自然な笑みを浮かべられたら、モテると思うんですけど」
「おや? 私は、これでも校内では優良物件として、なかなかの男ぶりで評判なのですが」
自慢じみた言い訳をしてくるあたりが信用ならないんだよ。
本当に、知れば知るほど怪しい人に見えてくる。
「そうですか。まあ私にはこの国で一番優良な婚約者がいるので、特に関係ありませんね」
「ふふ……こういうときだけ、殿下を都合よく使われる」
うん、悪い虫を寄せ付けない除虫菊のような、パワーワードだからね。
ダリウスとの婚約で役に立つ、数少ない特権の一つ。……本当にこの程度の特権くらいしかない。
彼との婚約で得たものが少なすぎて、泣けてくるよ。結局、公爵家クラスで王族の血筋ともなると、王子との結婚ってデメリットの方が多すぎる気がする。
あぁ……そして結局、今回も何もできなかった。
私は、なんと無力なのだろう。
「私は何もできませんね……」
「それは違うと思うよ」
「それは、違いませんか?」
「エルザ様が存在することで、こうして悪しきを正そうとする流れが生まれたのです」
……みんなが揃って否定してきたけど、気を遣われているようにしか、思えないな。
溜息が出る。
「それに伝家の宝刀は、ここ一番に振るうものです」
「殿下の懐刀だけにですか?」
テレサとフローラの言葉に、周りから笑い声があがる。
異世界翻訳機能、合ってるの?
伝家の宝刀だの、懐刀だの。殿下をもじった洒落だの……こっちの言葉で、その洒落はちゃんと噛み合ってるのかな?
みんなが乾いた笑い声をあげているから、合ってるんだろうね。
場を和ませるためだろうけど、面白くないのに無理して笑ってるのを見るのも、きついものがある。
いや、みんなさすがに貴族の子息令嬢だけあって、自然な笑いに見えるけどさ。
人間不信になりそうな、一幕だ。
異世界翻訳というか通訳というか……このパッシブスキル、オンオフできないかな?
第四話 ソフィアと制服
「へぇ、少しは大人しくなったのね」
「はい、クラス内でも、意味もなく私たちを揶揄ってくるようなことも減ってます」
今日は剣術の講義なので、テレサ、レイチェルと一緒に、別の教室にいるフローラを迎えに行くところだ。
そんな道すがら、最近の変化をテレサが色々と教えてくれた。
あの食堂の件から、一週間が過ぎた。
これまでは私の友達は、身分至上主義派閥の連中からちょこちょことくだらない嫌がらせをされることがあった。しかしそれも、落ち着いてきたようだ。
廊下には他にも生徒の姿がチラホラと見られるけれど、この間の食堂の件もあってか、調子に乗った子たちはいない。
まあ、私たちも割と大所帯になってきているし、手を出しづらくなってきたのかな。
私の横でレイチェルはどことなく冷めた表情で、テレサの話を聞いているところを見るに、表向きはといった感じなのかもしれない。
テレサはレイチェルとソフィアとも同じクラスだから、情報を仕入れるのに重宝しているんだよね。
それに剣術の講義にも真面目に取り組んでいるようだし、色々と好感がもてる。
ちなみにテレサとフローラと仲良くなったことをハルナに話したら、首を傾げられた。
『あの二人は、お嬢様と敵対していたのでは? 殿下の密命を受けてソフィアを護衛する立場だったような』
『敵対? 剣術の講義で出会ってすぐに意気投合したけど?』
『えっ? いえ、今のは独り言ですのよ。オホホホホ』
ハルナが何やらお嬢様みたいな喋り方になってしまったが、あそこはスルーする場面だったか。
相変わらず、独り言が長いし具体的すぎて、妄想なのか本当のことを言っているのか判断が難しいと思った。
そんなことはさておき、テレサの話を聞いたうえで、廊下の窓から外を見る。
一人の少女が、一生懸命制服の上着を噴水のある池でこすっていた。
溜息しか出ない。
とりあえず、通用口から中庭に出て彼女の方に近づく。
テレサとレイチェルも黙って私に付いてきてくれているけど、ただ、レイチェルはあまり面白くなさそうだ。
「どうしたの、ソフィ」
「エ、エルザ様」
「エルザ様?」
周りには誰もいないし、気安く声を掛けたけど。
ソフィアだけでなく、一緒にいたテレサが訝しげな表情をしている。
そして、レイチェルが呆れた表情を浮かべていた。
どこかで見た表情だ……ああ、クリントが私の行動を見ているときの視線にそっくりなのか。
「これはまた、盛大に汚したわね」
「申し訳ありません」
「別に、私に謝る必要はないけど」
チラリと見えた制服には、茶色い染みがべっとりと付いていた。
濃紺の制服とはいえ、結構目立つね。
それに、中のシャツは白だから、そこにも飛沫のように点々と染みが付いているし。
「無理にこすっても、染みが広がるだけよ。綺麗にするから貸して」
「えっ?」
ソフィアからブレザーを奪い取ると、とりあえず転移で倉庫に移動する。
ここを管理している龍王のサガラさん曰く宝物殿とのことだけど、日用品も置いてあるから倉庫だよ。
棚からタオルと洗剤を取って、倉庫の入り口に置いてある小型のショルダーバッグタイプのマジックバッグに詰め込むと、すぐに学園に戻る。
その間、僅か十秒くらい。
「消えた?」
「いま、一瞬エルザ様が消えたような」
「数秒は、一瞬とは言いませんよね? たまにあることですけれども」
テレサとソフィアが驚いているけれど、レイチェルは冷静に突っ込んでいる。
私は、二人が目を瞬かせているのを横目に、手に持ったソフィアのブレザーの裏地にタオルを当てて洗剤を垂らして正面を別のタオルで叩く。
叩く、叩く、叩く!
さっきのテレサとソフィアの二人の表情、かわいかったなあと余韻に浸りながら、ひたすら叩く。
レイチェルだけが白い目でこっちを見ているけど、気にせずに叩く。
しばらく無心でその作業を続けてから、彼女のブレザーを広げてみる。
「だいぶ薄くなったわね」
それから魔法で熱めのお湯にしたウォーターボールを作り出して、その中にブレザーを入れ、グルグルと回転させる。
熱めのお湯を使ったから、確かに薄くはなったけど……薄くなっただけで、消えてなくなったわけじゃない。
あとは熱風魔法で十分もあれば乾燥できそうだけど、こんな状態で渡すのは、颯爽と格好つけて綺麗にすると言った手前、不本意だ。
私の矜持に傷が付く。
「あの……」
「うん、ほとんど目立たなくなりそうだけど、完全に綺麗にしたいから、しばらく私の制服を貸してあげるよ」
そのままウォーターボールごと制服を持って館に転移して、代わりの制服の予備を持ってくると、それをソフィアに強引に手渡す。
「いえ、そんな借りるなんて恐れ多いです」
「また、消えた?」
「気にしなくてよろしいですよ。たまによくあることですから」
私の申し出に恐縮しているソフィア。その横でテレサが首を傾げていて、レイチェルが冷めた口調で流している。
たまにあるが、たまによくあるにランクアップしたのが気になるけれども……ランクアップかな?
というかレイチェルの中で、私の人物像はどうなっているのだろう?
なんて考えつつ、ソフィアに向き直る。
「制服がないと困るでしょう?」
「……ですが、あの制服は学園から特別に支給していただいたものです。国民の方々の血税で支払われたものですので、あれを着ることに意味があるのです」
「いいから、いいから。綺麗になったらちゃんと持ってきてあげるし……それに、あんなところに染みがつくなんて、誰かにやられたんじゃないの?」
「……いえ、私が料理の入ったお皿の中に、制服を落としただけです」
言い訳が苦しすぎるけど、正直には言えないらしい。
告げ口したら、報復があるとでも考えているのかな?
残念だけど、報復するのはこっち側なんだけどね。
「エルザ様が、すごく笑ってます」
「シャルロット様と、クリント様に報告しないと……」
私の顔を見たテレサの言葉に、レイチェルが深い溜息を吐いた。それから、何やら聞き捨てならない呟きを……やはり一度レイチェルとはじっくり話をする必要がありそうだ。
色々な意味で。うん、夜通し。私の部屋かレイチェルの部屋で。楽しそう!
「ちゃんと、その制服使ってね。じゃあ、私たちは急ぐから」
「あっ、エルザ様!」
とりあえずソフィアに私の制服を押し付けて、レイチェルとテレサを連れて、フローラを迎えに行く。
剣術の講義には四人揃って行くのが、楽しい。
色々と会話ができるし、友達と青春してる感じがすごくいいよね。
本当はソフィアも同じ講義を受けてるんだから、私は一緒に行きたいと思ってるんだけれども、彼女は頑なに首を縦に振らない。
私が迎えに行くのが問題らしい。
このことは、レイチェルも言っていた。色々な意味で、ソフィアがさらに目を付けられることになると。
さらに? ということは、今も目を付けられているの? どこのどいつよ! と憤慨したら、レイチェルに心底呆れられた。
『貴族だらけの学園で、平民が目を付けられないはずがありませんよ』
確かにごもっともだけれども、そうならないために私とダリウスがバックアップすることになっていたのに。なぜか、クラスを別々にされたのは、悪意しか感じない。
せっかく、教室に迎えに行くという楽しいイベントにシフトチェンジしようと思ったのに。
「あの制服……汚されないといいですね」
「えっ? そっ、そうですね。せっかくエルザ様が平民の女の子に貸し与えたものですからね」
レイチェルがこっちをジッと見つめながら意味深なことを言ってるけど、テレサにはその意図が伝わらなかったようだ。
私の制服をソフィアが借りる意味と、それを理解したうえで、私が押し付けたということを。
うん、あれは美味しそうに見えるかもだけれども、実は毒饅頭なんだよ。
「そ、そうねぇ! あはは」
そして、これは絶対にレイチェルからシャルルとクリントに報告が行きそうだ。
いつの間に、この三人が仲良くなったんだろう。
――そんなとき、遠くから聞こえてきた声に、溜息が漏れる。
振り返ると、おそらく上位貴族の子どもだろう生徒が、他の生徒を押しのけていた。
一気に場が白けるのを感じる。
カーラが怯えた様子で私を見ているけれど、テレサとフローラは少し不快程度。
レイチェルは……食事の方が大事、と。
「窓際の日当たりのいい席に、お前らみたいな下賤な輩が座るなんておこがましい」
「身の程を弁えろ」
「ほ……他に、席がなくて」
「ないなら、下に座って食べたらいいだろう」
……よし! 行くか!
「何を揉めている?」
「なんだ、庶子風情が俺たちに文句でもあるのか?」
私が動く気配を察したのだろう。腰を浮かせようとしたら、すでに始まっていた。
少し離れた位置に座っていたクリントが、颯爽と揉め事の現場に向かってしまったのだ。
この流れが、不本意なのだ。
私の意を汲み取ってくれるのはありがたいけど、私のフラストレーションの溜まり具合も汲み取ってほしい。
正直、クリントたちの対応が温すぎて、イライラが少しずつ溜まっている。
私だったら、秒で黙らせることができるのに。
物理的にも……
「お前たちも貴族の端くれなら、少しは上品な振る舞いはできないのか?」
クリントはそう言うが、相手の生徒は鼻を鳴らす。
「何を偉そうに。お情けで公爵家に置かれているだけのくせに」
「本家筋でもないくせに、調子に乗るな。そもそも、先輩に対して失礼だろう!」
いや、クリントはレオハートにとって、本家筋だが?
第二夫人の息子とはいえ、正統なる次期当主の……あー、問題を何も起こさなければ、たぶんだけれども、次期当主になれる予定のお父様の実の息子だよ?
公爵家からしても、嫡男の実子を家に置いているわけで、お情けでも何でもない普通のことだ。
それに順番的には私の次にはなるけれど、クリントもしっかりと公爵家の継承権は持っているからね。
考えたくはないけど、私と上のお兄さま二人に万が一のことがあったり、もしくは三人ともが次期当主の座を継ぐことを辞退したりすれば、彼がレオハート公爵になる可能性もある。そうじゃなくても、おじいさまの持っている爵位のどれかを、もらえるだろうし。
おじいさまであるレオハート公爵から見ても、嫡男の息子でれっきとした孫だからね。
孫可愛いじーじがあなたたちの発言を聞いたら、血の雨が降ることになるよ……ただ、おじいさまは女性と子どもには優しいから、降るとしたらあなたたちじゃなくて、あなたたちのお父さんやおじいちゃんの血だろうね。
というかなんなら、君たちが神輿として担いでいるスペアステージア家こそ、王家から見たら純然たる分家でしかないんだけど?
どうしてこう、身分至上主義派には馬鹿が多いのか? いや、意味もなく人を見下すのは、馬鹿だからだろう。
愚者は何者からも学ばずとは、よく聞く言葉だ。
賢者は誰に対しても謙虚で、学ぶ姿勢をもっている。
自分が足りてないことを知っていて、それを埋めることに対して努力を惜しまない。
歴史から学ぶと言うけれども、経験からも当然学べるのが賢者なのだ。
それを知っているから歴史を紐解くだけでなく、様々なことを経験したがり、交友関係を広く持とうとする。
……まあ、そんなことはどうでもいいか。
しばらく見ていたが、口の回るうえに理屈の通じない馬鹿三人相手に、クリントが劣勢のようだ。
ここは、私の出番かな?
「いい加減になさい。クリント様は、正統なレオハート家の血筋です。父君は、次期公爵となられるレオハート伯爵ですよ。それにクリント様ご自身も、ご兄妹と仲がいいのですけれど?」
さあ行くぞ! と再度腰を浮かせようとしたら、私の横を颯爽と上品かつ早歩きで向かったシャルルが、馬鹿三人とクリントの間に割って入っていき、馬鹿どもの方をびしっと指差した。
騒動が始まる直前くらいに食堂に入ってきた彼女が、しばらく私とクリントの方を交互に見ていたのは気付いていた。
こちらをチラチラと見ていたのは、確認のためか、私に対する牽制か。
むぅ……こうなったら何も考えずに子どもらしく「みんなで何してるの? 私もいーれーてー!」のノリで、乗り込むべきか。
シャルルが加わったことで、多少は動きがあるかと思ったけど、件の子どもたちは不敵な笑みで彼女を見返している。
本当に、向かうところ敵なし状態の勇猛さだな。蛮勇とも言えるけれど。
正当性の欠けた言動で、公爵家と侯爵家を敵に回すなんて、王族でもたぶん無理な所業だよ。私よりも破天荒な子が、この学園内にいたなんて。
「ふん、そのような者を庇うなど、ニシェリア侯爵令嬢も落ちたものですね」
「何を馬鹿なことを」
しかしながら、本当に随分と今日は調子に乗ってるなぁ。
何か、強気に出られることでもあったのかな?
シャルルが心底呆れた表情で、男の子を見下しているけれど。
「聞きましたよ。エルザ様が、ダリウス殿下の婚約者として相応しくないと王城で噂になっているとか」
「婚約破棄に向けての会議が行われるのも、間近だと」
あっ……私のせいだった。色々な意味で。
ごめんね……その噂の出どころ私なんだけど。
そしてそのことを知っているレイチェルと、カーラが気まずそうに私の方を見つめている。
ちょっと、色々とやりたくて用意した下ごしらえの一つだ。
それがいま、事情を知らないクリントとシャルルの首を絞めることになってしまった。
その下ごしらえというのは、学園内で一部の馬鹿どもが話していた噂に信憑性を持たせて、敵対する身分至上主義派の連中を一気にあぶり出すというもの。
そのうえで、そんな話はないと一蹴してやろうかなとも思っていた。
ダリウスには予め伝えておいたんだけど、クリントたちには伝えてなかったな……
ちなみにこの噂は、学園内ではなく、ウール商会を通じて王都の一部の貴族たちに流してもらったものだ。主に、お茶会やパーティ好きな身分主義派のお家柄の貴族に。
もちろん、ウール商会が疑われないように、噂をばらまくのは、彼が雇い入れているそっち専門の人たちだけどね。そう、諜報活動が得意な人たち。
ともあれ、あの場をどう収めたものか。
私がそう悩んでいると、いつの間にか私の周りに、よく顔を合わせる、知らない子たちが集まっていた。
彼らは廊下で何度もすれ違ったり、食堂で近くに座ったり、立ち話をしていると、視界に入らないぎりぎりの場所にいたり……という感じで、常に私たちの近くにいる子たちだ。
まあ、さりげなく近くにいようとしてるんだなってのは、気配で分かってたんだけどね。
そして、その子たちが今、クリントたちを取り囲んでいる。
いや、あれはクリントたちの後ろに立ったと言えるかな?
「へえ、それは興味深いね」
「うちでは、そんな話は聞こえてこないけど?」
「ダリウス殿下は、常にエルザ様のことを思い、ご令嬢に相応しくあろうと努力を積み重ねているというのに」
それは、殿下の側近候補の子たち八人のうちの三人だった。
最終的に八人のうちの四人が、ダリウスの側近になるとか。外れた者も、将来要職につくためのエリート街道に進むことを打診されることになる。
現時点で、我が学園の出世頭だね。
八人とも、侯爵家や伯爵家、辺境伯家の子で、家格だけでなく国内の立場でも上にいる家ばかりだ。
そんな三人が言葉を続ける。
「君たちが、殿下の思い人を愚弄したことは、伝えさせてもらうよ」
「そ……それは」
「そもそもがだ……身分を大事にしたいなら、レオハート公爵家の令息とニシェリア侯爵家の令嬢にまずは敬意を払うべきじゃないかな?」
「口先だけで実の伴わない自分たちに都合のいいルールを、さも名分があるかのような直接的な分かりやすい呼び方でごまかすのは、不正を行う貴族のお家芸だからね」
「陛下にも、君たちの家の者を取り立てる際には、不正に気を付けるように言っておかなければ」
おお、口を挟む隙すら与えずに、三人が脅しを重ねていってる。
なかなかどうして、口がよく回る。
これ……ダリウス、簡単に言いくるめられたり丸め込まれたりして、将来的に傀儡にされたりして。
というか、都合五対三で人数が逆転したけど、クリントとシャルルはなんの役にも立ってないように見えるな。
「その、家は関係ないと言いますか」
「これは、おかしなことを……家が関係なければ、君たちなんかなんの価値もない人間ではないのかい? 特に秀でた能力もなければ、生産的なことができるわけでもない。農家や職人、平民以下の存在……いや、家畜以下じゃないか」
言い訳をしようとした子の言葉を、側近候補の一人が遮って言い募る。
「さんざん家柄を盾に横柄な振る舞いを行い、相手を貶しておいてそれは通用しないよ」
「そもそも貴族の子息じゃなければ、ここにすらいないと思うけど?」
「そうだね、お互いに家が関係ないと言うなら、実力で分からせてあげてもいいけど?」
「決闘か……それも、悪くない」
一つ何か言えば、十倍近い反論が返ってきてる。
うーん……殿下は立場上、特定派閥に肩入れしないと言ってるけど……この子たちは殿下が派遣したのは間違いないよね。
まあ、害悪となる派閥相手なら、釘を刺すくらいのことはしても問題ないと思うけど、あまりにも直接的すぎる介入だと思うんだ。
ダリウスって、そういう迂闊でいい加減なところあるし。
「別に全生物平等主義派閥に肩入れしたわけじゃなくて、エルザ嬢の身辺警護として送り込んだだけだから問題ないのですよ。婚約者のための行動ですから。強いて言うなら、エルザ様に肩入れしている……というか、入れ込んでいると言いますか」
遠くのやり取りを他人事のように眺めていると、私の疑問に応えるかのような言葉が聞こえてきた。
振り返ると、ロータス先輩がまた嫌な笑みを浮かべて立っていた。
相変わらず、いいタイミングで出てくる人だな。
若干、ストーカーっぽい印象すら感じられるよ。
そんな私の内心を察したのか、ロータス先輩は苦笑する。
「あまり信じておられませんか? 私たちは、エルザ嬢が健やかな学園生活を送れるようにと、殿下に頼まれて陰ながら手助けさせてもらう立場ですよ」
「陰ながらねぇ……」
貴方のお仲間たちは、今も揉め事の最前線で、ド派手な言葉の刃で身分至上主義派閥の男子を細切れにしてるけど?
可哀そうに、三人とも白目で口から何か霊体のようなものを吐き出してるけど、容赦ない。
オーバーキルもいいところだ。
「陰ながらです」
そう言って、張り付けたような笑みを浮かべているロータス先輩を見て、毒気が抜かれてしまった。
「それにしても、もったいないですね。もう少し自然な笑みを浮かべられたら、モテると思うんですけど」
「おや? 私は、これでも校内では優良物件として、なかなかの男ぶりで評判なのですが」
自慢じみた言い訳をしてくるあたりが信用ならないんだよ。
本当に、知れば知るほど怪しい人に見えてくる。
「そうですか。まあ私にはこの国で一番優良な婚約者がいるので、特に関係ありませんね」
「ふふ……こういうときだけ、殿下を都合よく使われる」
うん、悪い虫を寄せ付けない除虫菊のような、パワーワードだからね。
ダリウスとの婚約で役に立つ、数少ない特権の一つ。……本当にこの程度の特権くらいしかない。
彼との婚約で得たものが少なすぎて、泣けてくるよ。結局、公爵家クラスで王族の血筋ともなると、王子との結婚ってデメリットの方が多すぎる気がする。
あぁ……そして結局、今回も何もできなかった。
私は、なんと無力なのだろう。
「私は何もできませんね……」
「それは違うと思うよ」
「それは、違いませんか?」
「エルザ様が存在することで、こうして悪しきを正そうとする流れが生まれたのです」
……みんなが揃って否定してきたけど、気を遣われているようにしか、思えないな。
溜息が出る。
「それに伝家の宝刀は、ここ一番に振るうものです」
「殿下の懐刀だけにですか?」
テレサとフローラの言葉に、周りから笑い声があがる。
異世界翻訳機能、合ってるの?
伝家の宝刀だの、懐刀だの。殿下をもじった洒落だの……こっちの言葉で、その洒落はちゃんと噛み合ってるのかな?
みんなが乾いた笑い声をあげているから、合ってるんだろうね。
場を和ませるためだろうけど、面白くないのに無理して笑ってるのを見るのも、きついものがある。
いや、みんなさすがに貴族の子息令嬢だけあって、自然な笑いに見えるけどさ。
人間不信になりそうな、一幕だ。
異世界翻訳というか通訳というか……このパッシブスキル、オンオフできないかな?
第四話 ソフィアと制服
「へぇ、少しは大人しくなったのね」
「はい、クラス内でも、意味もなく私たちを揶揄ってくるようなことも減ってます」
今日は剣術の講義なので、テレサ、レイチェルと一緒に、別の教室にいるフローラを迎えに行くところだ。
そんな道すがら、最近の変化をテレサが色々と教えてくれた。
あの食堂の件から、一週間が過ぎた。
これまでは私の友達は、身分至上主義派閥の連中からちょこちょことくだらない嫌がらせをされることがあった。しかしそれも、落ち着いてきたようだ。
廊下には他にも生徒の姿がチラホラと見られるけれど、この間の食堂の件もあってか、調子に乗った子たちはいない。
まあ、私たちも割と大所帯になってきているし、手を出しづらくなってきたのかな。
私の横でレイチェルはどことなく冷めた表情で、テレサの話を聞いているところを見るに、表向きはといった感じなのかもしれない。
テレサはレイチェルとソフィアとも同じクラスだから、情報を仕入れるのに重宝しているんだよね。
それに剣術の講義にも真面目に取り組んでいるようだし、色々と好感がもてる。
ちなみにテレサとフローラと仲良くなったことをハルナに話したら、首を傾げられた。
『あの二人は、お嬢様と敵対していたのでは? 殿下の密命を受けてソフィアを護衛する立場だったような』
『敵対? 剣術の講義で出会ってすぐに意気投合したけど?』
『えっ? いえ、今のは独り言ですのよ。オホホホホ』
ハルナが何やらお嬢様みたいな喋り方になってしまったが、あそこはスルーする場面だったか。
相変わらず、独り言が長いし具体的すぎて、妄想なのか本当のことを言っているのか判断が難しいと思った。
そんなことはさておき、テレサの話を聞いたうえで、廊下の窓から外を見る。
一人の少女が、一生懸命制服の上着を噴水のある池でこすっていた。
溜息しか出ない。
とりあえず、通用口から中庭に出て彼女の方に近づく。
テレサとレイチェルも黙って私に付いてきてくれているけど、ただ、レイチェルはあまり面白くなさそうだ。
「どうしたの、ソフィ」
「エ、エルザ様」
「エルザ様?」
周りには誰もいないし、気安く声を掛けたけど。
ソフィアだけでなく、一緒にいたテレサが訝しげな表情をしている。
そして、レイチェルが呆れた表情を浮かべていた。
どこかで見た表情だ……ああ、クリントが私の行動を見ているときの視線にそっくりなのか。
「これはまた、盛大に汚したわね」
「申し訳ありません」
「別に、私に謝る必要はないけど」
チラリと見えた制服には、茶色い染みがべっとりと付いていた。
濃紺の制服とはいえ、結構目立つね。
それに、中のシャツは白だから、そこにも飛沫のように点々と染みが付いているし。
「無理にこすっても、染みが広がるだけよ。綺麗にするから貸して」
「えっ?」
ソフィアからブレザーを奪い取ると、とりあえず転移で倉庫に移動する。
ここを管理している龍王のサガラさん曰く宝物殿とのことだけど、日用品も置いてあるから倉庫だよ。
棚からタオルと洗剤を取って、倉庫の入り口に置いてある小型のショルダーバッグタイプのマジックバッグに詰め込むと、すぐに学園に戻る。
その間、僅か十秒くらい。
「消えた?」
「いま、一瞬エルザ様が消えたような」
「数秒は、一瞬とは言いませんよね? たまにあることですけれども」
テレサとソフィアが驚いているけれど、レイチェルは冷静に突っ込んでいる。
私は、二人が目を瞬かせているのを横目に、手に持ったソフィアのブレザーの裏地にタオルを当てて洗剤を垂らして正面を別のタオルで叩く。
叩く、叩く、叩く!
さっきのテレサとソフィアの二人の表情、かわいかったなあと余韻に浸りながら、ひたすら叩く。
レイチェルだけが白い目でこっちを見ているけど、気にせずに叩く。
しばらく無心でその作業を続けてから、彼女のブレザーを広げてみる。
「だいぶ薄くなったわね」
それから魔法で熱めのお湯にしたウォーターボールを作り出して、その中にブレザーを入れ、グルグルと回転させる。
熱めのお湯を使ったから、確かに薄くはなったけど……薄くなっただけで、消えてなくなったわけじゃない。
あとは熱風魔法で十分もあれば乾燥できそうだけど、こんな状態で渡すのは、颯爽と格好つけて綺麗にすると言った手前、不本意だ。
私の矜持に傷が付く。
「あの……」
「うん、ほとんど目立たなくなりそうだけど、完全に綺麗にしたいから、しばらく私の制服を貸してあげるよ」
そのままウォーターボールごと制服を持って館に転移して、代わりの制服の予備を持ってくると、それをソフィアに強引に手渡す。
「いえ、そんな借りるなんて恐れ多いです」
「また、消えた?」
「気にしなくてよろしいですよ。たまによくあることですから」
私の申し出に恐縮しているソフィア。その横でテレサが首を傾げていて、レイチェルが冷めた口調で流している。
たまにあるが、たまによくあるにランクアップしたのが気になるけれども……ランクアップかな?
というかレイチェルの中で、私の人物像はどうなっているのだろう?
なんて考えつつ、ソフィアに向き直る。
「制服がないと困るでしょう?」
「……ですが、あの制服は学園から特別に支給していただいたものです。国民の方々の血税で支払われたものですので、あれを着ることに意味があるのです」
「いいから、いいから。綺麗になったらちゃんと持ってきてあげるし……それに、あんなところに染みがつくなんて、誰かにやられたんじゃないの?」
「……いえ、私が料理の入ったお皿の中に、制服を落としただけです」
言い訳が苦しすぎるけど、正直には言えないらしい。
告げ口したら、報復があるとでも考えているのかな?
残念だけど、報復するのはこっち側なんだけどね。
「エルザ様が、すごく笑ってます」
「シャルロット様と、クリント様に報告しないと……」
私の顔を見たテレサの言葉に、レイチェルが深い溜息を吐いた。それから、何やら聞き捨てならない呟きを……やはり一度レイチェルとはじっくり話をする必要がありそうだ。
色々な意味で。うん、夜通し。私の部屋かレイチェルの部屋で。楽しそう!
「ちゃんと、その制服使ってね。じゃあ、私たちは急ぐから」
「あっ、エルザ様!」
とりあえずソフィアに私の制服を押し付けて、レイチェルとテレサを連れて、フローラを迎えに行く。
剣術の講義には四人揃って行くのが、楽しい。
色々と会話ができるし、友達と青春してる感じがすごくいいよね。
本当はソフィアも同じ講義を受けてるんだから、私は一緒に行きたいと思ってるんだけれども、彼女は頑なに首を縦に振らない。
私が迎えに行くのが問題らしい。
このことは、レイチェルも言っていた。色々な意味で、ソフィアがさらに目を付けられることになると。
さらに? ということは、今も目を付けられているの? どこのどいつよ! と憤慨したら、レイチェルに心底呆れられた。
『貴族だらけの学園で、平民が目を付けられないはずがありませんよ』
確かにごもっともだけれども、そうならないために私とダリウスがバックアップすることになっていたのに。なぜか、クラスを別々にされたのは、悪意しか感じない。
せっかく、教室に迎えに行くという楽しいイベントにシフトチェンジしようと思ったのに。
「あの制服……汚されないといいですね」
「えっ? そっ、そうですね。せっかくエルザ様が平民の女の子に貸し与えたものですからね」
レイチェルがこっちをジッと見つめながら意味深なことを言ってるけど、テレサにはその意図が伝わらなかったようだ。
私の制服をソフィアが借りる意味と、それを理解したうえで、私が押し付けたということを。
うん、あれは美味しそうに見えるかもだけれども、実は毒饅頭なんだよ。
「そ、そうねぇ! あはは」
そして、これは絶対にレイチェルからシャルルとクリントに報告が行きそうだ。
いつの間に、この三人が仲良くなったんだろう。
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
