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第三章:王都学園編~初年度後期~
第45話:巻き込まれたクリント
「母さん、ちょっと待ってくれよ」
「どうしたの?」
「いや、なんで、俺まで帝国に行かないといけないんだ?」
「それは、私の息子だからです」
……母親の簡単な説明に、クリントが頭を抑える。
「だったら、帝国は関係ないじゃないか」
「あら? 私も実家のある場所はトナリアーウ帝国ですよ? 奥様についてきましたからね」
レジーナは子爵家の令嬢ではあったが、それはこの国での話であって……
いや、そう聞いていただけで、母方の祖父母には会ったことが無い。
第二夫人の子供だからだろうと、勝手に納得していたが。
そりゃ、隣の国じゃあ簡単には会えないかと、額を抑えて首を振る。
「この国に来る際に、身分は用意してもらいましたし……そもそも、言ったところで意味がなく、知る人が少ない方がいい事なので、あなたにも伝えなかっただけですよ」
「いや、まあそうなんだろうけど……いつかは、教えてくれるつもりだったんだろ?」
「あら? 墓場までもっていくつもりでしたよ? こんなことにでも、ならない限り」
あっけらかんと、そうのたまう母親にジトっとした目を向ける。
すぎに気を取り直して、首を横に振って母親の手を止める。
「邪魔をしないでちょうだい。どちらにしろ、お嬢様の護衛であるあなたは、私の出自関係なく付いて行く以外に選択肢はないでしょう」
「いやぁ……母さんが、普通のこの国の貴族令嬢なら、置いてかれる未来しか想像できないけど?」
「それだけのレベルを誇っているのに?」
「領内じゃ、突出したレベルってわけでもないけど」
小さいながらも無駄な抵抗を続ける我が子に、レジーナが困ったような笑みを浮かべる。
それから肩を掴んで目線を合わせると、静かに語り掛ける。
「私は奥様を守り通すと誓って、この国にまで着いて来たのですよ? 伝手も何もない状態で。それに比べて、あなたはなんですか! あちらには、あなたのおじいさまとおばあさまもいらっしゃいますし、私の親戚や知り合いも多くいるというのに。私の時と比べて、こんなにも恵まれているのに」
「えぇ……」
母親の論点のすり替えともとれる無茶苦茶な叱責に、クリントが苦笑いをして首を横に振る。
「母さんはこの国にくる覚悟を決める時間はあったんだろ? 俺なんて、昨日の今日だぞ? というか、昨日の夜は奥様ともお嬢様とも話してないから、朝起きたらこれだ……そもそも、お嬢様の護衛だったいうなら、昨日の登城のときも連れて行ってくれてよかっただろう」
「あの時は、奥様がどこまで踏み入った話をするか分からなかったのです! あなたに、聞かせられない話もあるかもしれなかったですし」
「食堂内までは同席したことないですよ……」
付いて行ったところで、その大事な話し合いには参加できない。
それを言ったところで、あまり意味がないことに気付いて、そこで言葉を止める。
「というか、都合に合わせて人の扱いを変えるのはやめてくれるかな? 護衛だったり、幼い子供だったり、息子だったり」
「時と場合に合わせて、役割が変わるのは当然でしょ?」
「それは、必要に合わせるものであって、大人の都合に合わせるものじゃないだろう」
「ああ言えばこう言う……これが、反抗期かしら?」
違う……それは違う! と彼は声を大にして言いたかったが、ここで感情に任せて叫べば反抗期説に確信を持たれてしまうことが分かっていた彼は、大きく溜息を吐くことで出かかった言葉を逃がす。
「そういえば、お嬢様も最近あなたが生意気になってきたと言っていたわね」
「生意気? ああ、お嬢様があまりにも羽を伸ばすから、注意の回数が増えてるどころじゃきかないのは事実かな? 生意気になったというのは、事実と異なるので気にしなくていいから。なんなら、周りの方にも聞いてもらっていいよ」
「急に饒舌になって……もしかして」
「とりあえず、話を戻してもらっていい? なんで、俺まで帝国に行かないと……いや、まあお嬢様が行くなら、仕方ないのかもしれないけれど、そもそもお嬢様は行きたくないんじゃないかな?」
「それを説得するのを手伝うのも、あなたの役割です」
「馬鹿じゃないの?」
「親に対して、なんてことを!」
母親のあまりにも楽観視した発言に、思わず本音がポロリと出たクリント。
母がプンプンと怒っているが、もともとおっとりとした性格の彼女が何を言ったところで迫力も威厳もない。
いまなら、こののんびりとした彼女の性格のおかげで、奥様が彼女をこの国に連れてくる侍女に選んだのではと思える。
クリントが現実を突きつける。
「いや、お嬢様が望まれるなら、私は帝国行きを阻止する側に回りますよ」
「あなたは、レオハート家の護衛ですよ」
「いや、さっき、お嬢の護衛って言ったじゃん……もう面倒くさいからはっきり言うけど、俺もできれば行きたくないから、お嬢が嫌なら完全に利害も一致するし、二人で抵抗するけど?」
「本当に、お嬢様のおっしゃるとおり、生意気になりましたね」
「いや、成長したと言ってもらいたいんだけどね……主の希望を叶えるのも、従者の仕事ですから」
「まあ、荷物の準備はもう終わったのですけどね」
「……」
そうやって言い争っている間も手を止めなかった彼女は、バックの口をしめて満足そうに微笑む。
それを見て、クリントが不満そうに首を横に振る。
「いや、鞄の口を閉じればオッケーってわけじゃないからな? まだ入っていない着替えやら、日用品がそこの布の上に大量に残ってるけど」
「……これは、おっ、置いていくぶんです!」
「鞄……まだまだ、ものが入りそうだけど?」
「いっぱいにしたら、重たいですし……帰りに、お土産を入れるスペースもいるでしょう!」
「土産は木箱に入れて、荷馬車でも用意したらいいんじゃない?」
「帰ってすぐに鞄から出して、渡すのがいいんじゃないですか」
「……ちょっと、何言ってるか分からない」
クリントは遠くを見ながら母親から鞄を奪うと、鞄の口を空けて引っ繰り返した。
「あぁ! なんてことを」
「おやつや、暇つぶしの道具はしっかりと入ってるのに、なんで着替えが二日分しかまだ入ってないんだよ!」
「また、一からやり直し……母は、悲しいですよ」
「俺も、この鞄の中の惨状を見て、ちょうど悲しくなったところなので、一緒ですね」
「もう!」
それからしばらく、荷造りをするレジーナと、それを阻止しようとするクリントの攻防が広げられた。
そして、その様子を多くの使用人に、微笑ましく見られているなど気付いてもいなかった。
「お坊ちゃまが、あんなに子供らしく……」
王都レオハート邸の責任者であるロンは目の端をハンカチで拭うと、面白いものを見ようと集まった暇な使用人に手を叩いて解散を促す。
最後に、セバスが来ているお陰でだいぶ仕事に余裕ができたロンが、良いものを見たとばかりに足取り軽く自分の執務室へと戻っていった。
「どうしたの?」
「いや、なんで、俺まで帝国に行かないといけないんだ?」
「それは、私の息子だからです」
……母親の簡単な説明に、クリントが頭を抑える。
「だったら、帝国は関係ないじゃないか」
「あら? 私も実家のある場所はトナリアーウ帝国ですよ? 奥様についてきましたからね」
レジーナは子爵家の令嬢ではあったが、それはこの国での話であって……
いや、そう聞いていただけで、母方の祖父母には会ったことが無い。
第二夫人の子供だからだろうと、勝手に納得していたが。
そりゃ、隣の国じゃあ簡単には会えないかと、額を抑えて首を振る。
「この国に来る際に、身分は用意してもらいましたし……そもそも、言ったところで意味がなく、知る人が少ない方がいい事なので、あなたにも伝えなかっただけですよ」
「いや、まあそうなんだろうけど……いつかは、教えてくれるつもりだったんだろ?」
「あら? 墓場までもっていくつもりでしたよ? こんなことにでも、ならない限り」
あっけらかんと、そうのたまう母親にジトっとした目を向ける。
すぎに気を取り直して、首を横に振って母親の手を止める。
「邪魔をしないでちょうだい。どちらにしろ、お嬢様の護衛であるあなたは、私の出自関係なく付いて行く以外に選択肢はないでしょう」
「いやぁ……母さんが、普通のこの国の貴族令嬢なら、置いてかれる未来しか想像できないけど?」
「それだけのレベルを誇っているのに?」
「領内じゃ、突出したレベルってわけでもないけど」
小さいながらも無駄な抵抗を続ける我が子に、レジーナが困ったような笑みを浮かべる。
それから肩を掴んで目線を合わせると、静かに語り掛ける。
「私は奥様を守り通すと誓って、この国にまで着いて来たのですよ? 伝手も何もない状態で。それに比べて、あなたはなんですか! あちらには、あなたのおじいさまとおばあさまもいらっしゃいますし、私の親戚や知り合いも多くいるというのに。私の時と比べて、こんなにも恵まれているのに」
「えぇ……」
母親の論点のすり替えともとれる無茶苦茶な叱責に、クリントが苦笑いをして首を横に振る。
「母さんはこの国にくる覚悟を決める時間はあったんだろ? 俺なんて、昨日の今日だぞ? というか、昨日の夜は奥様ともお嬢様とも話してないから、朝起きたらこれだ……そもそも、お嬢様の護衛だったいうなら、昨日の登城のときも連れて行ってくれてよかっただろう」
「あの時は、奥様がどこまで踏み入った話をするか分からなかったのです! あなたに、聞かせられない話もあるかもしれなかったですし」
「食堂内までは同席したことないですよ……」
付いて行ったところで、その大事な話し合いには参加できない。
それを言ったところで、あまり意味がないことに気付いて、そこで言葉を止める。
「というか、都合に合わせて人の扱いを変えるのはやめてくれるかな? 護衛だったり、幼い子供だったり、息子だったり」
「時と場合に合わせて、役割が変わるのは当然でしょ?」
「それは、必要に合わせるものであって、大人の都合に合わせるものじゃないだろう」
「ああ言えばこう言う……これが、反抗期かしら?」
違う……それは違う! と彼は声を大にして言いたかったが、ここで感情に任せて叫べば反抗期説に確信を持たれてしまうことが分かっていた彼は、大きく溜息を吐くことで出かかった言葉を逃がす。
「そういえば、お嬢様も最近あなたが生意気になってきたと言っていたわね」
「生意気? ああ、お嬢様があまりにも羽を伸ばすから、注意の回数が増えてるどころじゃきかないのは事実かな? 生意気になったというのは、事実と異なるので気にしなくていいから。なんなら、周りの方にも聞いてもらっていいよ」
「急に饒舌になって……もしかして」
「とりあえず、話を戻してもらっていい? なんで、俺まで帝国に行かないと……いや、まあお嬢様が行くなら、仕方ないのかもしれないけれど、そもそもお嬢様は行きたくないんじゃないかな?」
「それを説得するのを手伝うのも、あなたの役割です」
「馬鹿じゃないの?」
「親に対して、なんてことを!」
母親のあまりにも楽観視した発言に、思わず本音がポロリと出たクリント。
母がプンプンと怒っているが、もともとおっとりとした性格の彼女が何を言ったところで迫力も威厳もない。
いまなら、こののんびりとした彼女の性格のおかげで、奥様が彼女をこの国に連れてくる侍女に選んだのではと思える。
クリントが現実を突きつける。
「いや、お嬢様が望まれるなら、私は帝国行きを阻止する側に回りますよ」
「あなたは、レオハート家の護衛ですよ」
「いや、さっき、お嬢の護衛って言ったじゃん……もう面倒くさいからはっきり言うけど、俺もできれば行きたくないから、お嬢が嫌なら完全に利害も一致するし、二人で抵抗するけど?」
「本当に、お嬢様のおっしゃるとおり、生意気になりましたね」
「いや、成長したと言ってもらいたいんだけどね……主の希望を叶えるのも、従者の仕事ですから」
「まあ、荷物の準備はもう終わったのですけどね」
「……」
そうやって言い争っている間も手を止めなかった彼女は、バックの口をしめて満足そうに微笑む。
それを見て、クリントが不満そうに首を横に振る。
「いや、鞄の口を閉じればオッケーってわけじゃないからな? まだ入っていない着替えやら、日用品がそこの布の上に大量に残ってるけど」
「……これは、おっ、置いていくぶんです!」
「鞄……まだまだ、ものが入りそうだけど?」
「いっぱいにしたら、重たいですし……帰りに、お土産を入れるスペースもいるでしょう!」
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「帰ってすぐに鞄から出して、渡すのがいいんじゃないですか」
「……ちょっと、何言ってるか分からない」
クリントは遠くを見ながら母親から鞄を奪うと、鞄の口を空けて引っ繰り返した。
「あぁ! なんてことを」
「おやつや、暇つぶしの道具はしっかりと入ってるのに、なんで着替えが二日分しかまだ入ってないんだよ!」
「また、一からやり直し……母は、悲しいですよ」
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「もう!」
それからしばらく、荷造りをするレジーナと、それを阻止しようとするクリントの攻防が広げられた。
そして、その様子を多くの使用人に、微笑ましく見られているなど気付いてもいなかった。
「お坊ちゃまが、あんなに子供らしく……」
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