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召喚されたけど引きこもっててもいいですか?
25【アディティ・ウェイヤグルン】の場合
しおりを挟む聖女召喚には莫大な魔力が必要な為、お力を助力願いたい。
神殿との関りが脆く危うい余の元へ手紙が来た時は終ぞ戦かと思ったが、まさか助力とはな。
だが素直にこれを助力と思える程我らの関係は良好ではない。
だから断りを入れた。
反対する者も、それから神殿による追撃もなかった為召喚は失敗に終わったか、あるいは召喚自体をしていないのか………真意は分からぬが正直どうでも良かった。
淀みは国を蝕み、顕現するという聖女もおらず、余にとってそれはもうただの夢物語だ、そんな事に費やす時間があるならば現状で一番良い民の生活・政策を打ち出すべきだと思うのは今でも変わっておらぬ。
次に神殿から文が届いたのはそれから1年後の事だったか………
聖女様は3国を周る旅について条件を出された。
1神殿に滞在はするが、それ以外の場所での浄化はなしとする。
2夫達の権利は聖女と同等のモノとする。
3貴族、王族までも近付く事なかれ。
4なにもいらぬ、なにもするな。
内容に驚きはしなかった、噂が余の耳にも届いていたからな。
曰く、聖女召喚は成功した。
その際その場に居た神官を気に入り夫にしたが、それ以外の男も貴族も受け付けず、夫の中には平民まで居る、そしてその平民までもが神のような存在にまで上り詰めた。
夫選定に聖女が設けた披露目にこぞって集まるが1人を覗いては夫とせず、気分が乗らない時は浄化はせず好き勝手に遊び回っては神殿内の金貨を空にしていく……だが浄化の力は本物であり誰も意見を言えない、意見した者は処分され家畜の餌となる。
噂と文の内容はほぼ合っている……聖女についてはとっくに調べを出していた。
順調に行けばあと1年程で我が国に到着し浄化を始めるはず………
「ふむ、失敗したか」
「仕方がないでしょう、あの状況で魔力を受け渡す事なんて出来やしない、それに他の2つの国も拒絶したんだ」
「だが、どうするべきか…」
「浄化を拒否も出来ないですからね」
「そうだな、民にも話が届いてる」
「………あんた余計な事考えんなよ」
「余計かどうかはやってみなければ分からぬな!」
「あんたはいつも余計だ!」
まだ情報を探るには時間がある、策は必ずあるはずだ、どうせなら余の手の内に聖女を置きたい。
浄化を拒絶してしまったら民からの暴動が起きるだろう…だから聖女を歓迎するしか他ならない。
しかし『なにもいらぬ、なにもするな』か…
これでは手の出しようもない……いや手を出されたくないからそうしているのだろうな。
何を守っている…
普通に考えれば聖女を守る為だが…聖女の奔放さを律する為か?だが顔を滅多に出さない奔放な聖女というのはどうにもおかしい…
ふむ……もしも余が聖女だとしたら何をする?妻が居て、守りを強固にする為にまず動く。
とすると………いや、答えを出すにはまだ早い。
それから調べを出すが、聖女についている守護神官らも口が堅く、なかなか有益な情報が出て来ないまま聖女が国境近くまで来ていると情報が耳に入った。
「ふむ、行ってみるか」
「ん……アディどこかに行くの?」
「アーヴァ、起こしてしまったか…なに、聖女に挨拶をな」
「聖女様………とても素晴らしいお力だと伺っております………が」
「………なんだ?」
「商人が動いた事があまりないとの話よ」
「なに?」
「金遣いの荒い聖女様という噂も聞くのだけれど、その金が流れているところは実は見た事も聞いた事もないの」
「そうか………アーヴァ助かった」
「ふふ、いってらっしゃい」
アルナブを起こし聖女の顔を見に行くと言うとなにやらグチグチと言い始めたが、放っておけばすぐに身支度を整えた為、国境まで向かう。
「あえて顔を見に行くのは何故です?下手したら浄化されないなんて事になりますよ」
「うむ………どうも顔が見えない!」
「は?」
「噂全て鵜呑みにしている訳ではないのだが、どうも顔が見えてこん!」
「………」
道のりに聖女一行は見えない、なのでまだこちらに着いていないのだろう。
国境の境に立ち30分程すると気配を感じる。
「やっとか!」
「あんたが勝手に来たんでしょうよ」
馬車が止まりしばらく動かぬが、身支度でもしているのだろう…だが、あまり長い時間はかけずに降りて来た聖女に頭を下げる。
王より上などと一体なにになりたいのか知らんがそれを知る為の挨拶だ。
聖女の歩みは遅く近付いてくるまで心が急いたが落ち着かせながら待ち、止まった事を確認してから顔を上げ声をかける。
聖女の顔色を伺いながら話しかけるが………
ふむ、早めの撤退にしておこう。
すぐにその場から立ち去り思案しながら馬を走らせる。
髪も黒だったのは驚いたが首までの長さというのも不思議と目を引く。
瞳は報告通り黒、そして華奢な体に小さな背、幼い顔付きに…………無。
話していてもどこにでも居るような人間の対応だった、だがそれは女では逆に目立つ。
そして余に恐れを抱いているのかとも思ったが違う、余を見ている訳でも関心がある訳でもない。
ただ、そういう人間なのだアレは。
付け入る隙などたんまりありそうな聖女にまずはどう接触しようか砂埃が舞う風を切りながら考える。
神殿内に何人か入り込ませている者から話を聞くが、やはり噂とは異なるようだ。
部屋から出ず商人を呼ぶが、決して苦しい限りの財を費やしている訳ではなく、必要な物、夫の物、そして刺繍糸。
何かにケチをつける訳でもなく夫達も関わろうとしなければ随分と大人しく、神殿内の手伝いも率先して行っている。
噂は一旦忘れ、見た顔と情報を照らし合わせて考えた。
「アーヴァ!アーヴァ!」
「アディティうるさい!今いいところなの!」
「何故この刺繍糸がいる!?」
「………うーん、見た限り個人的な物ね」
「あん?」
「私がアディティに服を贈る時に使う糸よりも少なく、けれどハンカチにしては多い」
「ふむ………分かった!アーヴァ染め布を聖女に贈る!」
贈り物に関してはかなり揉めた、今聖女が居る神殿周りはすでに浄化され、余も一度体感したが世界の素晴らしさに感動し感謝した。
だからこそだろう、あの神をも凌ぐ偉業を成し得ている聖女の通達に逆らうなどあまりに愚策だ。
余もそう思う。
だが、あの女はきっと何も感じない………それに聖女の手まで渡るかどうかも怪しい。
最終的には納得させたが、アーヴァはいつまで経っても反対していた、アーヴァも聖女の力に心酔しているようだったが、もしも染め布を気に入ったら流行りを作れるとなんとか口説き落とした。
無理は承知だが、ウェイヤグルン国全ての浄化を願い出たいのだ、その為には聖女からでなくとも夫をこちら側に入れられないかと考えていたが、すぐに返ってきた返事に驚き思考が散漫する。
内容は聖女からの言葉を夫が書き記したモノだと言う。
『話を聞きたい』という内容を見て無視出来ない何かがあるのか、夫の思惑が含まれているのか分からぬがせっかくだ。観光案内を直々にして盛大に歓迎しようと考えすぐに行動に移した。
2人でという文言を問われる事もなく当日迎えに行けば、自信のない男がする態度とよく似ていた。
女がこれは中々に調子が狂うが、話を少し聞いただけでも他世界とこちらでは大きく変わっているらしく、もしかしたらこのような女も数多居たのかもしれんな。
聖女にとって大切な事柄がこの世にないかと思える………
歓声を浴びても、感謝され拝められても嬉しそうにせずただ淡々と言葉を受けとって…いるのか?これは。
どこか他人事に見える聖女は少し疲労が出ているようだった、ここで機嫌を損ねられても困ると思い休憩を申し出る。
噂について聞けば知らないと答える聖女は他者からの視線を気にしているようには見えぬ。
ただの女ならこんなにも読み取る事が難しくなかったはずだ、少なくともこの世界の常識と共に生きていればこのようには育ちまい。
だから分からなくなる、この女の意図が……
男に当てはめてみようとしてもやはり余にはこの世界の常識が染み付いているようで至極難しかった。
柔軟などと言われるが、それもまた枠の中だけの事と嫌でも分からされる。
海を見た事があるというのは本当だった。
想像のままなのか驚きもせず、だが加護のある海に感動しているようにも見える。
その横顔は美しかった。
アルナブからの閉じこもっているのは何故か…という問いに答えはなかったが、多分理解して欲しいとも、されるとも思っていなかったのだろうなと邪推する。
リンと立つ姿に多少見惚れたが、後ろを歩く姿はやはり幼子に見えるな。
女に会わせたら態度も変わるかと思ったがそうでもない、アテが外れたと思うがそれもまた“らしい”と思った。
聖女が着替えている最中守護神官の1人で夫でもある奴から何度か威嚇を受けていたが、まぁそれもひと悶着あればこちらに理があると思ってしまう。
「あんたがそれで傷を負ったら俺は聖女を殺すぞ」
「ははっ!そうか、ならば死ぬ訳にもいかなくなったな!あれはこの国の希望として晒してしまった」
「……ったく、無茶はすんな」
「アルナブはどう見る?」
「………あれが平民の男というなら理解は出来る、気もするがそう思うとそれはそれで気持ちが悪い」
「尊敬したか?」
「…………」
「ははっ!あれは影響力があるな、余の妻にしたらどう生きるだろうなぁ」
「どうかな、あんたの側に居ても息が出来そうにない」
アルナブの言葉に動揺する。
いつだって余の為に動いているこいつが無意識にあれの心配をした………危険か?いや、取り込む事さえ出来れば……
「ふふ、とてもお綺麗なのですから顔を上げて下さいな」
アーヴァの声と姿が見え、横には聖女…
己の妻に浴びせる言葉ではないが、アーヴァの引き立て役がうまく働き、より聖女の純朴さや純心さが内から溢れ出ている……
そんな神々しい姿に見惚れ、穢したいと思う心を隠しありきたりな言葉を吐くが、余の心などアーヴァには見透かされているような目で見てくるのだから参った。
民の視線もさっきまでとは違い、気安く話しかけられないというように離れた場所から聖女を眺めている。
そんな視線に気付いているのか分からぬが、魚に興味を示す瞳はキラキラと輝いていて……一体何度1日で見惚れれば良いのか…と思った程だ。
魚が跳ねると随分可愛らしい声を出す聖女は、顔についた潮水に不満を漏らす事もせず、ただ己が悪いのだと、店主が気にする事ではないと伝える。
“魚のした事”
そんな感性を持ち合わせている聖女の心が知りたいと、思惑抜きで初めて思った。
他者を責めず、己が非を認める姿勢、他者との関りの薄さ、もしかしたら助けを求めているのかもし……
「あの、あのお店覗いてもいいですか?」
「………」
「?」
「っ!失礼、なんと申した?」
「あのお店、行きたいです」
「ああ!もちろん見るがよい」
初めて見た彼女の控えめな笑みは心を晒した瞬間だと思った。
「金と緑と茶色と紫と銀と赤とピンクと緑と少し黒の入った緑はありますか?」
それは夫の色だとすぐに分かった、分かったから分からなくなった。
この女がここまで心砕く人間が居る事に…助けを求め彷徨っていない事に…それならば他者への興味が薄いのは何故なのか…
糸を大切に受け取る姿はただ、愛を持ち合わせた女だった。
食事の合間に話した内容は………あまり言いたくはないし、考えたくもない。
結果的に望んでいた全ての浄化を受け入れてもらえた、聖女を手の内に囲う事は叶わなかったがそれでも良き結果だ。
戻ったら良い知らせをみなに伝え………あれは守護神官らに混ざっていた夫か、そうか………
気が緩む姿が目に入り思わず声をかける。
「まだ………」
「はい?」
「………いや、これからも頼んだ聖女」
「はい、国王もお元気で」
夫にエスコートされ引っ張られるように馬車の中に消えていく聖女の顔は満面の笑みだった。
「………」
「アディティ………?今日は私ではないはずだけれど………」
「クシィ………」
「アディ?どうかしたの?」
「………どうやら失恋したようだ」
「まぁ、それは……ふふ、そうなのね」
「クシィ、慰めてくれ」
「ふふ、私以外を考えては嫌よ?」
「ああ、そのような事はせぬ」
『ありえないでしょう、あなた程の方が惚れただけなどと』
あの時、あの言葉と瞳に恋をした。
そして誰にも心許さない彼女に夫が居る事が不思議でたまらない気持ちと同時に理解した、聡明な彼女が出した聖女としての条件は、その身1つで降り立った場所で大切な存在を守る為だけに作られた言葉だと。
理解した瞬間ドロドロとした感情が己を支配した。
こんな事は一度だって感じた事はない。
ああ、もどかしい………目の前に居るのに何故余を見てはくれないのか……
ああ、そうか、そうなのだな。
生まれて初めて余は嫉妬をした。
そうか………そうか………
「うむ!決めたぞ!3国周り終えたら選ばれるよう求愛をしよう!」
「あんた何言ってんだ、関わる事自体禁じられてるだろ」
「そのような事避けられない出来事を作ればよかろう!」
「………はぁ、あんたは忙しないな」
「暇などつまらぬではないか!」
「……………………あんたが望むならなんだって力を貸すさ」
「うむ!まずはフネという乗り物を作ってみせよう!あれもきっと驚くだろうよ!」
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