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召喚されたけど引きこもっててもいいですか?
39【フィフィアン・フリオ・バーズリー】
しおりを挟む【女の子は宝物。
キラキラキラキラとっても綺麗。
大切に守ってあげなきゃいけない。
それが男の子が産まれる理由。
傷つけたら駄目。
女の子は幸せでなくては駄目。
女の子の幸せは男の子の幸せ。】
「オーロラこれが海の水だよ」
「どうして水なんか持ってきたの?」
「オーロラが欲しいって言ってたからだよ」
「そうだったかしら?でももういいわ、そんな事よりお茶会を開きましょう!」
「楽しそうだね!」
「ふふ、そうでしょう?」
妹のオーロラはとっても可愛い。
もちろん女の子は全員可愛いけど、妹のオーロラと姉のブリットが一番可愛い。
僕はとても運がいい。
兄弟で唯一の男である僕に2人はよくお願い事をする。
お願いされればされるほど、僕は幸せになれるんだ。
女の子の笑顔が好き、そしてお願いを叶えてあげられる今の立場で本当に良かったと思う。
「フィフィアン様」
「シンディ!」
「オーロラ様のお茶会が終わったら私と遊びましょう?」
「嬉しい!シンディとの遊びも僕大好きなんだ!」
シンディは僕の幼馴染のような人。
僕の毎日は可愛いで溢れてる。
オーロラのお茶会にはたくさんの貴族が集まる。
今日は庭園で宝探しをする事になった。
見つけた者はオーロラの髪を梳かす褒美が与えられる。
僕はその役目を誰にも渡したくないから必死に探そうとするけど…
「王太子殿下、お戻りをお待ちしておりました」
「勉強よりお茶会をしなくちゃならないんだ」
「許可は第二王女から頂きました」
「そう…」
名残惜しいけど、勉強をして2人がもっと幸せになるような国を作らないと……
お願いを聞き続ける為に僕は立派な王になるんだと、17歳になるまでずっとそんな毎日を過ごしていた。
「フィフィアン私ね?ネイサン・ミラ・ブルームフィールドが欲しいわ」
「手紙を出してみるね」
「もう出したのよ!」
「え?」
「姿画を見て気に入ったから遊びに来てと言ったのに…断られたの!」
「泣かないで!」
「ふえ…神官になったと聞いたからこの国に来たらいいと言ったのに……」
「どうしたらいい?僕に出来る事ある?」
「お願いよ、あの人連れて来て」
「連れて…………うん!分かった、僕に任せて」
「出来るだけ早くね」
「うん!」
僕はすぐ父様に報告したらすぐに神官になれるよう手続きをしてくれた。
ブルームフィールド国までは遠くてじれったかったけど、その間に出来ていなかった勉強を詰め込まれたから、そこまで苦痛な旅でもなかったと思う。
詰め込まれた勉強の中に神殿に関する情報もあった。
僕達王族は信仰深い。
ブリットが神様を信仰し愛しているから。
だから当然貴族も平民も信仰している為、神殿との距離が近い。
ブリットのお茶会に混ざる時もあれば、政《まつりごと》に助言として神官が協力してくれる時もある。
けれどブルームフィールド国は違う。
“オルレインガル神殿はどの国にも属さず中立の立場に居る特殊な場所”としての文言を守っている“フリ”をしている。
信仰しているのは神官のみ。
民も貴族も滅多に近寄る事などしない。
そして神官は馬鹿にされている。
あそこは女の子から逃げる場所に使われる事が多く、神官達も本当に信仰心があるのか分からないと。
「分からないなぁ、どうして女の子を避けなきゃならないの?」
愛らしく幸福を与えてくれる存在を避けるなんて、どうかしている。
「でも、これで僕が神官になった理由が作れる」
神殿の情報ともう1つ頼んでおいたのは、ネイサン・ミラ・ブルームフィールドについて。
オーロラの頼みを断るなんてどうしても理解が出来なかったから調べてみたけど、どうやら彼もまた女の子が嫌いらしい…………
何がそんなに嫌なんだろう?
ブルームフィールド国は理解出来ない事だらけ。
でも、嫌いならどうやって僕達の国に来てもらおう。
何かいい案はないか、ずっと考えていた。
**********
ネイサン・ミラ・ブルームフィールドが神官長を務める神殿に着いて挨拶に行こうとしたら、あちらから僕に会いに来た。
「こちらの神官長を務めております。ネイサン・ミラ・ブルームフィールドと申します」
「僕はフィフィアン・フリオ・バーズリーです!お会い出来て光栄です」
「早速ですが、わざわざこちらの国に来た理由をお聞かせ願いますか?」
「僕……女の子に迫られて…嫌って言ったんだけど、お願いって言われると断れなくて…それで、その」
「そういう事でしたか」
「駄目、でしたか?」
「いえ、あなたの妹君から何度か文を頂いておりまして…もしかしたら私を連れて行こうとしているのかと勝手に考えておりましたから」
「それは…知らなかったなぁ?」
「そうですか、それは失礼な事を言いました」
「ううん!気にしないで、女の子って大変だよね!」
「本当に……ああ、部屋まで案内させますから、今日はおやすみ下さい」
「ありがとうございます」
確認だけして去っていく神官長にどうしたらいいか分からなくなる。
女の子というだけであんなに嫌悪感を出されると、連れて行くのも中々に難しそうだ。
しばらくは様子見しよう。
神官になってから気付いたのは、僕はあまり男の人と関わりがなかった事。
世話係や父様とは話すけど、こうして対等な立場で話をするなんてあまりなかったから、最初は結構大変だった。
男同士の話、女の子の愚痴、お茶会ではなく呑みに誘われたり、今までにない事だらけで、どう答えたらいいか正解も分からなかった。
いつもはオーロラとブリットのお願いを聞いて動くだけ。
空いている時間はいつも勉強に充てていたから、時には自分の考えで動くという事が凄く苦手だった。
「慣れましたか?」
「神官長!」
あまり会える事のない神官長に図書室で偶然再会した。
「国も違いますから戸惑う事もあるのでは?」
「そうですね…どうしたらいいか…自分の意志で決めるっていうのが僕は苦手みたいで…」
「そういう時は誰かに倣えばいいですよ」
「誰かの真似をするって事?」
「ええ、決まらない時は真似てもいいのでは?」
「そう、そうだよね!ありがとうございます!」
「大した事は言っていませんよ」
僕の横の棚にあった本を何冊か取り出す神官長の顔は難しい顔をしている。
「何を読んでいるんですか?」
「聖女召喚についてです」
「え!?聖女様って…おとぎ話の?」
「そちらの国ではそのように伝わっているのですか」
「え…違うんですか?」
そのあとの話はとても興味深いモノだった。
曰く、聖女様は淀みが溢れた時に顕現される。
けれどいつまで経っても現れない、それはこの世界を神が見捨てたのではないかと…
それが神官長の見解だ。
そしてここからが面白い話。
聖女様は召喚する事が出来る。
だけど、それには莫大な魔力と複雑な魔法陣を完成させなければならない。
この世界が淀みで溢れてしまう前になんとかして召喚させようとしている。
それが神官長の望み。
「僕もお手伝いしてもいいですか?」
「え?」
「僕も聖女様にお会いしてみたい!そして淀みがない街並みを見てみたいの!」
僕の言葉に納得したのか分からないけど、神官長は協力者の中に入れてくれた。
守護神官で平民のダグラスと、貴族の次男エマニュエル・キャッスルダインと共に魔法陣を完成させる為に行動する事が多くなった。
聖女様のお姿は黒目黒髪。
それはブリットの大好きな色。
きっとブリットが喜んでくれる。
彼らと一緒に行動していると女の子の認識が随分と違う事に気付いた。
我儘で強欲、男を召使い以下の存在として見ている事に我慢ならないらしい。
賛同はしてみるけど、今だ僕は分からない、だって女の子の幸福は僕達の幸福に繋がるのに………
「こうじゃない?」
「それかも!エマニュエル天才!」
「神官長を呼んでくる」
「お願いダグラス」
僕が神殿に来て3年が経った頃にようやく魔法陣が完成した。
その間オーロラに何度か催促されたけど、ブリットの好きな黒目黒髪が手に入るかもしれないからもう少し我慢してと、初めて僕はオーロラにお願いした。
その時初めて疑問を感じたのが、どうして男の子は女の子にお願いしてはいけないのだろう?
だって僕達が幸せなら女の子だってまた幸せなはずなのに……
「完成したと聞きましたが!」
「神官長!エマニュエルが綻びを見つけてくれたんだよ!」
「見せて下さい」
興奮した神官長に僕達は説明する。
そして間違いなく出来上がった魔法陣を前に僕達は途方に暮れた。
「魔力が………」
「こんなにたくさん…オルレインガル神殿中に駆け寄ってみようよ!」
「ええ、そうですね」
聖女召喚の為魔力を集めて欲しい。
3国にあるオルレインガル神殿全てに神官長は通達を出した。
バーズリー国の神官も、ウェイヤグルン国の神官もとても協力的でたくさんの魔力が集まったけど、ブルームフィールド国の神官達はあまり協力的ではなかった。
そもそもこの国の神官達の信仰は薄い。
その為、聖女様自身を信じていないのだ。
神の遣いとも呼ばれている聖女様の存在などありはしない…と。
「国にも掛け合ってみましょう」
「そうだね!僕、父様に聞いてみる!」
「頼みましたよフィフィアン」
すぐに文を飛ばし、返事を待つ間バーズリー国以外は魔力の譲渡を拒絶した。
淀みのせいで大地が豊かではない3国はいつか侵略され食料を、人を奪われる事を危惧しているからだ。
それでも信仰の厚いバーズリー国だけは大丈夫だと絶対的な自信があった。
けれど、返って来た手紙に書いてあったのは拒絶だった。
どうしてかは考えれば分かる。
僕達の国が侵略される事を恐れているからだ。
でも、元々はブリットの頼みなのに…
父様はブリットの願いを叶えたくない訳ではなく、聖女様が黒目黒髪だという確証がない事が原因だと手紙の最後に記載してあった。
確かにそれについては確証がない。
でも、それでもブリットの頼みの為に動くのが僕達の願いなはず…
「フィフィアン」
「え!?あ、なに?」
「そこまで落ち込まなくとも大丈夫です」
「あ…うん、ごめんね」
「それを言うなら私こそなんの力もなく申し訳ないと思っています」
神官長は悔しそうに顔を歪めた、その時僕は初めて神官長に対して罪悪感を感じた。
「やめろ!」
「だがそれしかないだろう!?」
「魔力が足りないのは明らかだ!最初から失敗が分かっているだろう!?」
「やってみなければ分からないだろう!?」
神官長が今の魔力でも召喚を行うと言うと、真っ先にダグラスが反対した。
それもそうだ、無駄になるよりこれから数十年かけてゆっくり魔力を集めればいいのだから、何も今ある魔力を無駄にする事はない。
「淀みのせいで民らの生活は貧困を強いられている!今すぐにでも改善しなければならないのはダグラスが一番分かっているだろう!」
「無駄になるより確実な時を待てばいい!」
「ならお前は民に待てと言えるのか!?」
「っ!召喚されるのは異なる世界の者だぞ!?その者になにかあればどう責任を取るつもりだ!」
「私が全責任を持つ!」
「っっ、俺は反対だ!」
バタン!!!
大きな音を鳴らし扉を閉めたダグラスの言っている事は正しい。
でも、この3年間一緒に居て、神官長の想いも僕達は知ってる。
だからこそ簡単に“待とう”なんて言えない。
「神官長、俺も責任を持つよ」
「エマニュエル」
「大丈夫、俺達がついてる」
「…そうだよ!僕も居るよ!」
「………ありがとう」
ダグラスは最後まで反対していたけど強行する神官長を力ずくで抑える事はしなかった。
そして聖女召喚の日。
危うかったけど成功した、そして成功した聖女様を見て僕は思ってしまった。
残念だなって。
アッシュグレーの髪色はもちろん綺麗で美しかったけど、でもそれはブリットの望んでいる色じゃない。
父様の言う通りだった。
僕は聖女様が眠っている5日間の間に僕は帰る支度を始めた、だってもう意味がない。
聖女様が居れば神官長は動く事は絶対にないし、色も黒ではないのなら僕がここに居る意味がない
。
帰ったら謝って、また違うお願いを聞こうと思った。
聖女召喚について調べている時は面白かったけど、それももうおしまい。
でも、違ったんだ。
目を覚ました聖女様の瞳は黒。
僕達が驚いている事を分かっていないような聖女様を見て、まだ意味はあると思った。
僕が夫に選ばれたのはびっくりしたけど、女の子の扱いも“遊び”で得た知識もある。
だから何も問題なかった。
最初はね?
僕は女の子のお願いを聞くのが好き。
それはきっと今でも変わらない。
でもね、ユイはお願いなんてしないんだ。
だから分からなかった。
異世界の人と常識が合わないのはなんとなく分かってた、僕は国を跨いで来ただけなのにこんなにも合わない。
だから予想はしてた。
けど、常識は異なっても女の子はみんな一緒だと思ってたんだ、全然違ったけどね、ふふ。
洋服を着替えさせたら恥ずかしがりながらお礼を言う。
ご飯を食べさせたら恥ずかしがりながら自分で出来ると言う。
暇だからお茶会や遊びじゃなく、何か作りたいと言う。
手伝える事は?疲れてない?大丈夫?そんなにお世話しなくても1人で出来るよなんて言う。
なんて変な女の子なんだろうと思ったよ。
でもユイからしたら変なのは僕達の世界だった。
女同士で外に出てお茶したり買い物したり出来ないの?どうして仕事をさせてくれないの?どうして守られるだけの存在なの?
どうしてと言われてもそれが当たり前だから、それがこの世界での常識なんだよ。
とは言えなかったなぁ…
ユイからの“どうして”は考えさせられる事ばかり。
『どうして手に入らないの?』
この言葉ならたくさん聞いたはずなのに…
僕ははじめて疑問を抱いた。
みんなはそんなユイを可愛いと言う。
強くて可憐でたくましい女性だって。
それは僕の考える女の子じゃない。
でもね?毎日一緒に居て過ごしていると凄く居心地がいいんだ。
隣に居て笑ってくれて心配してくれる。
僕がなにもしなくても傍に居てくれる事が幸せだと笑う。
なにもしなくても幸せに出来るなんて知らなかった。
ブルームフィールド国を巡っている時は今のように愛なんてなかった、ごめんね?
あまりにも違いすぎてどうしたらいいか僕には“正解”が分からなかったんだ。
そして初めて自分の心が迷子になった。
でも、それはすぐに解決する。
ユイが髪の色が黒だという発言をした後、ウェイヤグルン国ではなく先にバーズリー国へ来させようと思ったんだ。
きっと僕が“お願い”すれば笑顔で喜んでくれるはず………
お願い…するの?僕が?どうして?そんな事しても女の子は喜ばない……
うん、女の子は喜ばない。
でも、ユイなら喜んでくれる。
だってそれがユイだから。
僕は今まで女の子は全員同じに見えていた。
それってとっても失礼だよね?でも、そうだったんだ。
女の子は綺麗で可愛いお願いをする存在。
1人の人間として見た事はなかった。
それはまるで花を愛でるのと同じ事。
とても失礼な事をしていたなぁ。
ユイが髪の毛を切って黒目黒髪の女性になった時に思わず考えてしまったのは…
どうしたらユイをバーズリー国に行かないように出来るだろう。って。
ユイを利用させたくない。
ユイをブリットのおもちゃにしたくない。
ユイを閉じ込めておきたくない。
ユイを閉じ込めるのは僕がしたい。
『フィフィ』
僕はユイを愛してる。
守りたい……
でも僕はオーロラもブリットも間違いなく家族として愛しているんだ。
**********
「ん……ユイ」
「おはようございます」
目が覚めると僕は馴染みのある寝室で眠っていた、1人で。
帰っていいと言われて帰った僕は、久しぶりに会えた家族を見て帰って来て良かったと思った。
だけどそれは一瞬の事。
ユイとネイサンの事を聞かれて、神殿に居る事を伝えたら、オーロラはネイサンに会いに出て行った。
そしてブリットは…
「どうして聖女を連れて来ていないの?」
「聖女は神殿以外には行かないんだ」
「………聖女じゃなければいいの?」
「駄目だよ、ねぇブリット…聖女は手に入らないんだよ、諦めよう?」
そう言った僕への態度はとても冷たいモノだった。
「使えない者はいらない」
そう言われて膝から崩れ落ちた。
今まで願いは全て叶えてきたのに……
たった1度出来なかっただけで僕は不要扱い。
「どうしようかしら」
「……え?」
「そうだわ、役に立たなそうだけどとりあえず、フィフィアンを人質に取ればいいわ」
「そんな事はしちゃ駄目なんだよ?」
「してはいけない事なんて私にはないわ、ねぇフィフィアンを城から出さないで」
「「「かしこまりました」」」
悲しかった、ユイに慰めてもらいたかった、頑張ったね、もう大丈夫だよって言ってもらいたかった。
でも僕はもうユイに会えない。
だって分かってた、ブリットが欲しいモノを手に入れなかった事がない。
それは近くに居た僕が一番よく分かってる。
阻止しなきゃいけない。
でも…
それでも…どうしてもブリットへの愛が消えてくれない。僕はブリットの邪魔が出来ない。
僕は臆病者だ。
どちらにも幸せで居て欲しいのに、どちらも選べない。
最低な人間だ。
**********
人質なんて言われたけど、神殿に行く前と変わらない生活を送っている。
でも、お願いを聞きたいとは思えなくなってた。
オーロラが何度もネイサンに会いに行っているのは知っている、でも注意が出来ない。
どうしてだろう?愛していても叱る事は出来るはずなのに…
「聖女に城に来るよう伝えて」
「……」
「フィフィアン?」
「…うん、言ってみるね」
「すぐに出して」
「分かった」
手紙を書いている時は手が震えた。
もう僕はどうしたらいいのか分からない。
僕はどうしてこんなに弱いんだろう……
しばらくして返って来た答えは『聖女は王城には行かない』だった。それを見た時僕は安堵した。
それから変化が訪れたのはすぐの事。
オーロラが夫達と部屋に閉じこもりはじめた。
新しいものが好きで、美しいものが好きなオーロラは、いつも城で遊んでいるか、神殿に居るかどちらかだったのに。
部屋に閉じこもる事は初めての出来事だった。
心配だったけど、夫達が『オーロラ様の望みを叶えている』と言われれば何も言えない。
きっと何か楽しい遊びを見つけたんだろう。
それからすぐに僕とブリット宛に聖女から招待状が届いた。
【次の神殿での披露目で催し物を開催致しますので良ければご参加下さい】
催し物?ユイが大勢の前で何かをするの?人が苦手なのに?
有り得ない事にしばらく呆然とした。
僕が帰って来ない事について言及もしなければ、何故かブリットも招待を受けている。
何を考えているのか分からない………
一瞬、僕を取り戻す為にと考えてくれたのかも…なんて思ったけどそんな事有り得ない。だってきっと…僕が神官になった理由も、ユイをブリットに差し出そうとした事も、きっとこの国に来たら簡単に分かってしまう事だもん。
でも、また会えるのは嬉しいなぁ……
**********
「フィフィアン」
「どうしたの?」
「変じゃないかしら」
「ブリットは可愛いよ?とてもよく似合ってる」
「そう……」
「?」
ユイからの招待状を持って神殿に行く馬車内でそんな事を聞かれる。
いつも自信満々なブリットから出るその言葉は違和感しかなかった。
タイトなドレスはシンプルな黒、ブリットが好んでよく着るデザインで、紫の瞳と髪を持つブリットによく似合っている。
僕を人質にした事は忘れているのか、外に出ている事になにも言われない。
それどころか………
「ブリット、もしかして緊張してる?」
表情が分かりにくいブリットの機敏を読み解くのが得意だ。
それが自慢でもあったけど、頬を染めて少しだけ強張っている顔は緊張しているように見える。
こんな顔は初めて見た。
何も言わないけど恐らく図星なんだと思う。
でも、なにに緊張してるんだろう?
神殿に着けば貴族がたくさん会場に集まっていた。
でもそれは夫として選ばれようとしているだけで、催し物がある事は知らないようだった。
「ブリット、大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫よ」
「それならいいんだけど……」
ブリットはオーロラと違い、夫選びがとても厳しい。
色が黒に近い者しか好まない、そして神殿に来る時は、一番暗い色を持つ夫しか連れて来ないので今は3人だけだ。
「いらしたかしら」
「え?」
いつもは披露目の奥の扉から入って来るのに…
今日は僕達が入場した場所から登場したユイに言葉を失くす。
いつもの神官服も可愛かったけど、今日はプリンセスラインのドレスは黒ではなく、夜空をイメージしたものだとすぐに分かるくらい星空が散りばめられているような、キラキラとしたドレスは宝石をたっぷりと使い、歩くたびに星が輝いているように見える。デコルテ部分が見えているドレスはユイの華奢な体がよく分かる。
首元にもドレスと似合いのネックレスとピアス、腕には刺繍が入っている手袋を着けて薄く微笑んでるユイはとっても。
「「可愛い」」
声が重なった方を見ると、どうやら発生源はブリットだった。
「綺麗な黒髪ね」
「うん、可愛いでしょ」
「瞳も黒だわ」
「キラキラしてるね」
「ええ」
ハーフアップにした髪はドレスと一緒になびいていて艶が輝いている。
会場のみんなが見惚れていたに違いない、僕も毎日一緒に居たのに、ぼーっと見続けてしまったんだから。
いつものように神殿の神官長がユイを称え功績に感謝すると、夫になりたい者が我先にとユイの元へ駆け寄るんだけど…
「フィフィアン」
「……ネイサン」
「第一王女様、フィフィアン、聖女様がお呼びです」
「え?」
ネイサンの後ろにぴったり張り付くように歩き出すブリットを追いかけるようにして僕も歩き出す
。
ユイが珍しく座っている場所に僕以外の夫が囲んでいる……僕の居場所はない、よね……
「聖女様、バーズリー国第一王女、ブリット・マーレイ・バーズリーと申します。お会い出来る日を…ずっとずっと待ち望んでおりました…どうか私と共に帰りませんか?フィフィアンもおりますのよ…それにとても楽しい毎日が待っていますわ」
その言葉にユイが心動かされないのを僕は知って……
「それはっ!!!それはなに!?」
ブリットの言葉にユイを見ると手元には手のひらほどの小さなぬいぐるみ?があった。
ユイに似てるような気もするけど……なんだろう?可愛いけど。
「こんばんはブリット、これ可愛いと思わない?」
「と、とても可愛いわ!」
「これと引き換えにフィフィを返してくれるよね?」
「もちろん!」
「ちなみに私、ブリットと友達になりたいけど……私が思ういい子をこれから先演じてくれたら、この他に……」
「そ、それは!私!?お、同じ服を着て……!」
「どうかな?」
「いい子にする!聖女様とお友達になりたいわ!」
「いい子の条件はあとで文を出すから、とりあえずはこれだけあげる」
「っっっ~~~ありがとう!」
「今日はいい子だからお帰り」
「うん!」
ブリットがユイの手元から1つだけぬいぐるみを取ると、そそくさと帰って行って僕1人だけになった…
「フィフィ、お話しようね?」
ニッコリと笑うユイにはじめて恐怖を感じた…
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