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淫魔編
5-35
しおりを挟むあれからしばらく経って城内も落ち着いた頃、アディティの執務室の前に立って、にひひと笑いそうになるのを堪えながら護衛に声をかける。
「こんにちは」
「「「「「はっ!」」」」」
護衛の人達は今日も元気だね。
「陛下を誘拐したいんですが何処かいい場所はありますか?」
「「「「「っ」」」」」
「出来れば2人きり静かな場所で、お酒が呑めて開放的な場所がいいです!」
「庭園でしたら整えられますよ」
ニコッと笑いながら提案してくれるけど、出来れば夜がいいな星が見えてキラキラ…
「あ、屋根!屋根がいいです!」
「や、屋根ですか」
「屋根に乗って星空を見上げながらお酒とおつまみも」
「いいな!夜がいい!」
バタンッと扉を開けて私達に声をかけるアディティは今日もちょっかいを出していたらしい。
アルナブの頬が赤い。
「素敵です!流石は国王陛下!」
「ははっ!」
「「頼む!(みます)」」
「お任せ下さい」
用はそれだけだからくるっと回って執務室に…
ううん、何故かお腹に手が回ったよ。
「どうされました?」
「寄ってけ!」
「ふふ、提出した書類は確認しましたか?」
「まだだ!」
「寂しいですわー、お仕事が終わらないと陛下のお側にも居れないなんてー」
「よい!許す!」
「んふ、働く陛下は素敵ですわー」
「そうか!なら仕事しよう!」
こういうお遊びもちょくちょくある。
執務室の前に居る護衛達は知ってるからまたか。という顔で見られてるから問題ない。
なんなら微笑ましい表情だ。
アディティに最初ちょこっと仕掛けたら乗ってくれたから、茶番は度々あるけど息抜きにはちょうどいい。
そこから半月待って整えてくれた屋根の上に乗るのは大勢の護衛とアルナブとリク、真ん中に私とアディティが居るけど、声は聞こえない距離らしい。
「酒も不味いか」
私を膝に座らせてふかふかマットのような物の上にはお酒と大量のおつまみ。
「不味くてもこんな日はお酒がいい」
「そうか…」
1杯で酔ってしまう私はもう居ない。
2人でお酒を呑みながらしばらく星空を見上げてた、星空は変わらない。
変わらずそこにあるからいつだって安心出来た。
月が1つ、2つも3つもない月は変わらず星に邪魔されずそこにある、ずっとずっと。
あれ?今更だけど満月だけだ。
そうだった。
1回目も確かそう思ったのを忘れてたな。
いつだって満月な空に私は疑問を抱かなくなったけど…空まで浮けるようになったら確認してみよう、宇宙はあるのかどうか。
「1つだけ、交換条件でアディティの聞きたい事を私の知ってる真実だけ話すのはどう?」
「乗った!」
「アーヴァはどんな人間だった?」
「っ」
アーヴァを弔う事をするのはよろしくない。
それは国王暗殺を企てた者へ、してはいけない事だから。
「妃に近いと思うた、女の身で商いをし1人で立ってると思わせるのが上手な女だ…口説いた当初は玉砕したがな!だがいけると思うた…ああ、そうだ…手の内に入ると思うてしまったんだな」
それはきっとアディティの思い描く妃では既になかったんだろう。
「愛されながらも仕事をしてるアーヴァに尊敬を覚えた、だがそうだな…女ではなくなっていくのも気付いた、ああ…余は落胆したのか」
言葉を吐き出しながらアディティは整理していった。
その時思った事、どうしたら良かったのか、ナルマイもアミニーにも間違った事はしていないけれど、日に日に同じに見えてきてしまったと…アディティはこの世界で、女ではなくアルナブのような男を娶るのが理想に近いと気付きながら、だけど子を産み落とす相手ではなければ駄目だとも。
「愛しておらなかったのか…」
「愛していたよ」
「いや、愛しては」
「愛してたよ、今だって愛してる」
「…」
「愛の形は違えど確かに愛し合った瞬間も恋した瞬間もあった、望む愛ではなかったけど確かに愛していたんだよ」
「っっ」
後ろから抱き着いているアディティはきっと泣いてる。
だって私の肩に丸まって顔を埋めて震えながら私をポタポタと濡らすんだ。
アーヴァは言ってたよ。
『アディはきっと私では…私達では足りないのだと思いますわ、けれど…けれど愛をくれるあの人に私の全てで愛していますの』
『分かるぞ、余も風のをあ、あ、あ、好きじゃからな!』
『きゃぁぁっ!2人とも、かあっこいいー!』
そんな事を女子会でお酒を呑みながらそんな事を言ってたよ。
アーヴァもアディティを愛してたんだ。
キラキラキラキラ瞳を輝かして…真っ赤なほっぺで言ってたよ。
愛されてると思うのは肌を通じて分かってしまう、だからアディティだって愛してたのはアーヴァから聞いて知ってるんだ。
「愛しておる…」
小さく呟いた声は誰に宛てたモノなのか、何を思っているのかは分からないけど、良かった。
心を誤魔化さず生き続けてくれる。
しばらくは泣いて誰かを想っていたアディティは洗浄したんだろう、肩が濡れてない。
早いな、羨ましいな。
私もその強い心が欲しい。
「助かった」
「うん、私もアディティが傍に居てくれて助かってる」
「…」
「アディティのような人になれるよう毎日頑張ろうって思えるから…ありがとう」
「っ」
「んっ!」
キスをされた、上を向かされてされたキスに熱いと…ほんの少しだけ久しぶりに熱さを感じたのはアルコールのせいだった。
「ん、愛してるよ」
「ああ、愛してる」
アディティと愛を伝え合う奇跡に嬉しくなった。
「1つと言わず全て言え!」
「じゃぁ、私は星空をもう少し堪能しよー」
「国王としてか男として聞くか迷うな!」
「私は言いたくないけどねー」
「ははっ!お前は危ういな」
「知ってる」
「食われると思うたんだがな」
「うん?」
「座を奪われると最初は思うた」
「私は国王の妃だよ」
「そうだと気付いたよ、気付いたから枷を着けてしもうたと感じた」
私は望んでないからね。
私が望むのは森でゆっくりいつまでも平穏に暮らす事。
「だから任せられるとも思うた」
「任せて、妃は全てから陛下を守るよ」
「頼む」
その声音はアルナブの時に聞いたな。
私はアルナブ程信頼されていると思わなかったから嬉しい。
「アルナブを子のように慈しんでいるのは何故だ」
国王として聞く事を選んだアディティにやっぱり敵わないなぁって思った。
「女にだらしなくて、だけど強い男は毎日面白可笑しく暮らしていた」
「ん?」
「その頃人間は強かった、今よりも強くか弱い精霊の姿も見えたその時代、精霊と共に生き、精霊を愛し慈しみ、頼り頼られていたその時。女にだらしなく、だけど強い男は酒を抜きに森へと入った、今のような場所でない…木々があり、澄んだ川も泉もあった綺麗な森が男は好きだった」
「…」
「風に連れられた海はたまたま外に出ていた、風はいつだって海を愛しているから。海だけじゃなくもっと美しい景色を見せたくて外へと連れ出た時男と出会った、男はすぐに海に言う“小さいな!そこまで小さな胸は知らない!揉んでみてぇ!”と」
「…」
「海は激怒し海に沈めた、風は人間が大好きで戦争があるこの世を悲しく思っていたから力を貸してあげる。と海が帰ってしまったその場で言った、男は強く好ましい人間だったから」
「…」
「“せっかくだから女がいい!体内に入れるのは女がいいに決まってんだろ!”と風の…風に言う男は変わらず馬鹿だった、海に会いに行き何度も力をくれと、女の力がいい!と馬鹿みたいに毎日毎日海に会いに行った」
「…」
「海はいつだろう…ふふ」
「…」
「いつ何を思ったか知らないけど度々男に協力していた、いつだって風と一緒に…何年も何年も手を貸し呑んで騒いで…風が好きな人間と一緒に…海が嫌いな人間と一緒に」
「…」
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「…」
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「…」
「アルナブ・カスケンは…カスケンの血筋は海の幸福へと繋がる」
「どこにいらっしゃる」
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「…」
「風はいつだって人間が大好きだけど、それ以上に…ううん、些細な事だと思えるほどに海を愛している」
「…」
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「…」
「風は知っていた、聖女の企みを知っていた、だけど止めなかった。いつだって海が好きだから…そうして風は聖女を唆した」
「…」
「“名を縛る禁術があるよ”と」
「!」
「他にもたくさん知ってる僕は知ってる、だから海を縛ってみたら僕が手に入るかもね?と」
「はっ!」
「実行に移したのはこの国の人間だ、その罪も忘れてはいけないよ」
「必ず」
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「…」
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「…」
「名は海だけじゃない、風の名も入っていた、そして縛られた時に抵抗しようとした海は風の顔を見て気付く、これは風の仕業だと」
「…」
「だから抵抗しなかった、一緒に眠りたいと、長く眠ってみたいと風が望んだから…きっと眠る最後の言葉は………“この阿呆”」
「…」
「海が大好きだから私はアルナブを守る、何度だって守るよ」
「何故だ」
「オシマイ」
「答えではない」
「そうなの?」
「ふっ、海が好きな理由が分からぬよ」
「そっかぁ、海が守るからだよ」
「答えか?」
「海は綺麗だから」
「…ああ、そうだな」
また2人で見上げた星空は変わらず瞬いていた。
「交換条件に出すなど、余程愛されておる」
「愛した心はいつだって胸に」
「…そうだな、ありがとう」
「私もありがとう、アディティのお陰で私も胸に仕舞えたよ」
「…側におる」
「うん」
「見届けてくれ」
「うん」
胸に仕舞えた訳じゃない。
だけど今はそれでいいんだ、今はまだリクの傍に…
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