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一章 精霊術士の学園

第12話 使者と招待

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 「あっ」

 「あら」

 「おーホムラちゃん先輩じゃん」

 邪霊イビルの騒ぎがあった翌日の昼休み。俺は結局昼まで寮で寝ていたティフォ先輩を引っ張って学長室を訪れた。その扉の前でソージア先生と出くわしたのである。

 「リオ君も学長に何か用? 急ぎでなければ先にいいかしら」

 「ちょちょ、無視しないでよー。俺も用事があって来てるんだからさあ」

 相変わらずソージア先生はティフォ先輩を嫌っているようだ。以前に何があったのだろう?

 「そうですか。まったく、授業にもロクに顔出さないで……次留年したら退学もあり得ますからね」

 「はいはーい。でも最近はリオ君が起こしてくれるから少しは行くようになったよ?」

 「毎回来なさい。さて、無駄話してる時間は無いですからお先に失礼しますね」

 そう言って先生は扉をノックし、入れと学長の声が聞こえた。思えば俺がここに来るのは以前に邪霊が現れた後の報告以来だ。……あ、もしかして先生の用事って?

 「あの、ソージア先生の用事って昨日の邪霊の件ですか?」

 「そうよ。昨日は当直だったから私が……いえ、たいした邪霊じゃなかったから」

 なるほど、やはり先生が対処したらしい。一人で倒したのだろうか? 教員ともなれば実力は折り紙つきだろう。

 「では俺達も一緒にいいですか? 関係あるかもしれない報告がありますので」

 「――分かりました。では入りましょう」



 「ったく、何を部屋の前でくっちゃべってんだ。入れと言ったらすぐ入って来い……いや、訳アリか?」

 学長室に入った三人を迎えたのは学長の言葉だった。俺とティフォ先輩を見て何かを察したらしい。

 「申し訳ありません。私に合わせて二人からもご報告があるとのことで」

 「お前の件は昨日警報があった邪霊の事か。話せ」

 促されて話を始めるソージア先生。昨日、というか日付的には今日の午前三時過ぎ。当直として職員室にいた彼女は邪霊が出現したという警報を聞いた。これは敷地全体に聞こえたので寮にいた多くの生徒は飛び起きたという。向かった先は俺とイレアが遭遇した、前回と同じ演習棟の裏手。あまり強い邪霊ではなかったらしく、すぐに対処は完了したとの事である。

 「――以上です。その後は再び教員棟に戻りました。残骸に関しては今朝の時点で業者と共に片付けを終えました。報告書はこちらです」

 淀みなく話し終えた先生。話を聞く限り先生一人で討伐したのは確かだ。しかも俺達の方が終わった時には既に戦っている気配がなかったので相当早く倒したのだろう。

 「分かった。それで二人は?」

 「リオ君よろしくー」

 「はい。俺達は昨日、警報が鳴ったものとは別の邪霊を発見、及び討伐しました」

 「ほう」

 「昨日……?」

 眉一つ動かさない学長と怪訝な顔をする先生。続けて話をする。

 「午前三時頃、警報が鳴る前にティフォ先輩が邪霊の存在を感知しました。場所は崖の下。学園の敷地外なので警報は鳴らなかったのでしょう。その後警報を聞きましたが、自分達しか気付かなかったであろう方の対処に向かいました」

 「待って、夜中に敷地外に出て勝手に邪霊と戦ったっていうの? まずは報告が先でしょう!」

 「それについては申し訳ありません……」

 「大丈夫大丈夫、俺もいたからさー」

 怒られるのは予想していた。何かあれば責任があるのは俺達だけではないのだ。軽い口調でティフォ先輩が援護するが、余計に先生の顔を険しくさせるだけだった。

 「まあいいさ。私だって邪霊に負けるような奴を学園に引き入れはしない。そうだろう、ミヅカの坊主?」

 それまで静かだった学長が口を開いた。それを聞いて先生は顔を曇らせる。学長の意見を遮ることはできないのだろう。

 「それで?」

 「邪霊は討伐しました。暗かったので詳しい確認はできませんでしたが、双頭の獅子のような形をしていたと思われます。頭部を完全に破壊して動かなくなったのを確認しましたので、その場に残骸は残されているはずです」

 「そう言えば、私も職員室に戻ってから大きな物音を聞きました」

 報告することはざっと話し終えた。ソージア先生もあの咆哮を聞いたらしい。しかし学長の顔色は優れない。

 「なるほど、お前達が邪霊と戦ったのは確かだろう。――だが、その残骸とやらは何一つ発見されなかった。痕跡のようなものはあったが、一体誰が残骸を片付けた……いや、持ち去った?」

 「っ?!」

 「ふーん?」

 邪霊の残骸が持ち去られた? 警報も鳴らずに国境内に現れる事といい、誰かが手引きをしているのか……?

 「まあそれはいい。こちらで調査をする。二人にはまた来てもらう事になると思うが、それよりも――」

 向き直る学長。その視線は俺ではなくティフォ先輩に向けられた。

 「――いつまで道化を演じているつもりだ、よ?」

 ティフォグランデ? 本名……いや、聞いた事は無い。だが前から先輩は何か隠していると思っていた。

 「買い被りすぎだよー。俺、元からこんなんだよ?」

 「ふん、強情だな。何のために一族諸共お前を引き入れたと思っている。今回みたいな事をするならせめて討伐隊くらいには参加しろ」

 睨む学長と対称的にヘラヘラと笑う先輩。部屋に緊張が走る。強さといい巫女と戦ったという事といい、先輩に関しては気になる事が多すぎる。同居人としてはここらで明かして欲しいのだが……

 「まあ討伐隊は考えとくよ。あれやったら授業免除とかあったっけ?」

 「参加して成果を出すなら特例で認めよう。そうだな、お前の出席状況は本来なら退学処分でもおかしくない。進級条件に討伐隊参加を加えようか。その方がお前としても楽だろう?」

 「あーいいねそれ。俺は授業サボれるしそっちは助かるし、ウィンウィンってやつ?」

 なんというか、凄い会話だ。学長は先輩を戦力として見ていないし、先輩も先輩でサボる気満々である。呆れた顔をしているソージア先生であるが、教師としては承服しかねるのだろう。

 「よし、ソージアとミヅカの坊主は帰れ。私はこいつに個人的に話があるからな」

 「失礼します」

 「失礼します。先輩、俺も聞きたい事がありますからね」

 そうして俺とソージア先生は学長室を出た。


■□■□


 「さて、せっかくだしお昼でもどうかしら?」

 昼休みが終わるにはまだ時間がある。ヒナとトーヤには今日は一緒に食べれないと言ってあるので俺は一人で食べるつもりだったが、断ることも無い。わざわざ誘ったからには話もあるのだろう。

 「いいですよ。そう言えばいつか奢ってくれるとか言ってましたね?」

 「あはは。そうね、前は時間が無かったっけ。いいわよ」

 よし。実は最近先輩に奢る回数が増えて金欠気味なのだ。いいアルバイトが無いかも聞いてみよう。



 「――一つ聞きたいんだけど」

 「なんでしょうか?」

 食堂で席に着いた俺に早速とばかりに先生が聞いてきた。

 「その、イレアさんの事なんだけど……」

 「イレアがどうかしました?」

 イレアとはあれ以来も演習などで一緒にいる。というか俺がクラスメイトで話をするのがトーヤかイレアくらいなのだ。自他共に認める人見知りである。それはイレアも同じようで、俺か先生以外と話しているのを見たことが無い。

 「えっとね、噂というか聞いた話で……リオ君とイレアさんが、つ、付き合ってるってホントなの?」

 「っ、ゴホッ、ゴホッ! え、ちょっと待って下さい、誰が言ってたんですかそれ!」

 むせた。いきなり何を言われたかと思った。ヒナの勘違いどころの話じゃない!

 「ほ、本当なの?」

 「違いますから! だから誰から聞いたんですか?」

 「クラスの子たちが噂してて……」

 噂。火のない所に煙は立たぬと言うので、噂されるからには何かあったはずだ。いや、心当たりはあるが……

 「でもリオ君はイレアさんのこと好きなんでしょ?」

 「いや、それは……」

 そう、これだ。恐らく俺がトーヤに勘違いさせたのがまわりまわって尾ひれが付いて広まったのだろう。自分が蒔いた種が厄介すぎる。

 「あ、やっぱりそうなのね。でもイレアさんは家の方でも色々あるから大変よ?」

 ほら見たことか。言い淀むうちにまた勘違いさせてしまった。もう仕方ないのでそういう事にしてしまおう。

 「……あまり広めないでくださいね? というか先生が気にする事ではないですよ」

 「気にする事です。リオ君はどうせ分かってるだろうから言っちゃうけど、私はイレアさんの護衛の仕事もあるのよ」

 これは予想通りだ。担任のケルヤ先生ともあまり話をしているのを見たことが無いイレアがソージア先生とは普通に関わっているし、討伐隊の演習にも付いて来た時から感づいてはいた。

 「まあそうだろうとは思ってましたけど、それを俺に言って良かったんですか?」

 「ほとんどの人は分かってるわよ。巫女の家系はそういうものなの」

 「そうですか。それで、まさか話はそれだけですか」

 「いいえ。またイレアさんからも聞くと思うけど、ウンディーノ家からあなたに正式な招待があります」

 来た。俺はそう思った。ついに大精霊エレメントに近づくチャンスを得られたかもしれない。そしてこれを伝えた時点で、ソージア先生はただの護衛ではないと分かった。

 「ご招待をお受けします。詳しい話は?」

 「あら、即決ね。詳細はイレアさんから聞いて下さい。私は了承を得たとだけ伝えておきます」

 どうやら先生はウンディーノ家のメッセンジャーでもあるようだ。ともかく、これで使命に一歩近づいたかもしれない。しかし最後に一つ聞いておきたい事がある。

 「先生は……俺を疑っていないのですか?」

 「疑っているわ。でも少なくとも私達に危害を加える事はない。そうでしょう?」

 何をとは言わずとも、即答だった。声音は教師としてのものではない。ウンディーノ家の使者として相手を見極めているものだ。

 「――極東からのスパイ。そう思われても仕方ないですからね」

 「ええ。でもイレアさんを狙うならもっと早く、いくらでもチャンスはあった。それを分かった上であなたにはここまで話しているのよ」

 「なるほど、次は本邸に呼ばれて見極められる訳ですね」

 賑やかな食堂の一角に緊張した空気が張り詰める。それを破ったのは昼休みの終わりを知らせる予鈴だった。

 「さて、この話はおしまい! 次の授業は演習だから遅れないようにね!」

 「ごちそうさまでした。ではまた授業で」

 そう言って俺と先生は別れた。邪霊のこと、ティフォ先輩のこと、そしてウンディーノ家からの招待。頭の中には色々な事が廻ったまま、教室へと戻るのだった。
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