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二章 大精霊と巫女
第22話 それぞれの決意
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教室に着く直前。俺はイレアに向き直った。
「イレア、ごめん。あんな事になって……」
「ううん、リオは悪くない。邪霊との戦いに怪我は付き物だって学長も言ってたし。それにもう治してもらったからね」
違う。誰が何と言おうとイレアとヒナの負傷は俺のせいだ。功を焦り、即席の連携に満足し、敵の力量を見誤った。しかも邪霊に吹き飛ばされた時に怪我をしなかったのは俺だけだった。後で分かったのだが、俺はヒナの精霊術で守られたのだ。
「あれだけ大見得切ったくせにさ、全然駄目だったんだよ俺は。もっと強ければ、もっと準備をしてれば……!」
「リオ」
詰め寄るイレアが俺の手を強く握った。痛い。だが責めているのではない。
「力が足りなかったのは私も同じ。自分一人だけで考えないで」
「っ、それは……」
「私だって悔しい。勝てないなんて思ってなかったし、今の時点での連携は十分だった。遠距離が苦手な私達には相性が悪かったって先生も言ってたけど、それでも私の……ううん、私とヒナさんの力不足も原因よ」
慰められているのではない。自分に言い聞かせるような言葉だ。
「それにね、結果を出したいのはリオだけじゃないの」
「イレアも……?」
「うん。リオのおかげで私にも目標ができたから」
濃い青の瞳には決意が宿っている。いつもの、他人を拒絶するような冷たさは鳴りを潜めた熱い眼差しだ。
「私は邪霊の討伐で成果を上げて、お婆様に私を認めてもらう……ううん、認めさせる。私に反対する家の者にも、イレアーダス・ウンディーノとして認めさせる」
それぞれの立場とすれ違いによって生まれてしまった、リギスティアさんとイレアの確執。リギスティアさんの想いを知る身からすればもどかしい事この上ないが、イレアの方から歩み寄ろうとしているのだ。
「ずっと諦めてたんだ、ウンディーノ家は私を受け入れてくれないって。でもリオは自分の力でお婆様にもう一度謁見を求めた。私も協力するって言った時に、それなら私も目標を持とうって思ったの」
「目標……分かった。ありがとうイレア」
「お礼を言うのはこっちよ。きっかけをくれたんだから」
イレアは掴んだ俺の手を一度離して再び握りしめた。こちらからも握り返して、今度はちゃんとした握手だ。
「頑張ろう。お互いの目標のために。俺はもっと強くなるから」
「うん、私も。次は先生にもあの人にも頼らないで勝とう」
さっきまでとは打って変わって明るい表情だ。……そうか、今、俺も同じ顔してるんだな。決意を胸に俺は寮へと帰るのだった。
「先輩、帰ってたんですね」
「今日はなんか飲む気しなくてさ」
部屋に帰ると、珍しくティフォ先輩が夕飯の支度をしていた。というか夕方のこの時間に飲みに行ってないのが珍しいな。
「ティフォ先輩、改めてこの前はありがとうございました」
「デカい邪霊の話~? もうお礼ならさんざん言われたじゃん」
「まあ、改めてです。先輩が来てくれなかったと思うとゾッとしますよ」
「だいじょーぶ、絶対助けに行くって。普段迷惑かけてるからねえ」
頼りになるセリフだが、それより普段から迷惑かけてる自覚がある方が驚きだ。
「あー何その顔ー。これでも自覚はあるんだぞ?」
「……そんな顔してませんって。てかこっち見てないでしょ」
何故バレた。キッチンに立つ先輩は振り向いてもないのに。
「まあまあ。飯はもうちょっと待っててね~、今日は久々に頑張ってるから期待しときな?」
「先輩」
今日のティフォ先輩は顔も見せず、いつもと雰囲気がちょっと違う気がする。だがその理由が分かった。
「もしかして慰めようとしてます?」
「うっわバレた? ちょ、それ言われると恥ずかしいんだけど!」
「ふふっ、柄にもない事するからですって」
「笑うこたあ無いでしょうよー」
今日は飲む気がしないとか先輩らしくなさ過ぎる。いつもは奔放な先輩が俺を気遣うのが可笑しくて笑ってしまった。
「はぁー、まったく人が気遣ってやってんのに。そりゃあんだけ暗い顔されちゃ俺だって気にするさ」
「あははは、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「あっそ、じゃあ後は料理任せよっかな~……なんて。うん、いつものリオ君だ」
「だから言ったんです、改めてありがとうございますって」
まったく、このやり取りまで先輩の気遣いの内だとしたら本当に頭が下がるな。
「よし、じゃあ今日はリオ君の復活祝いだな。やっぱ飲み行くぞー!」
「ちょっと、この鍋はどうするんですか!?」
「あとは煮込んで終わりだから明日でいいや! さあ急いで支度しろよ~」
そう言って一目散に部屋を飛び出した先輩は、久々に俺が肩を貸さないと歩けないほど飲むのだった。さあ、明日からは切り替えていこう。もっと強くなるために。
■□■□
「さあ特訓再開ですよ先輩!」
翌日の放課後。二日酔いで動きたくないとか言うティフォ先輩を引き摺って寮の裏庭にやってきた。
「元気だなあー。リオ君こそそんなキャラじゃなかった気がするけど……」
「気合入れてるんですよ。という訳で質問です」
ここからは真剣な質問だ。
「俺ってどうやったらもっと強くなれると思いますか?」
「直球だねー」
自分でも色々と考えたが、やはり先輩に聞くのが良いと思ったのだ。まあ正直何を言われるかは分かっているのだが。
「うーむ、じゃあまずリオ君の長所って何か分かる?」
「長所……不完全だけど全属性の精霊術を使える事、ですか?」
「そうそう。単体での実用性も射程距離もロクなもんじゃないけどね」
「うぐっ」
うん、分かってた。でもハッキリと言われるとショックが……
「とはいえリオ君の一番の長所――他の人にはできない事ってのは間違いない。これを活かす方法を考えるべきだね」
「なるほど」
「ハッキリ言って今のリオ君は迷走状態だ。水の精霊術が少し使えるようになったのは良いけど、その程度なら他の人でも全然できる。寧ろ平均以下かな」
「ぐはっ」
きょ、今日のティフォ先輩厳しくない?
「ちなみに今ちょっと機嫌が悪いのは昨日飲み過ぎてマジで気持ち悪いからです」
「自業自得じゃねえか!」
連れて来たのは俺だけどさ。
「まあいいや。ともかくリオ君は自分の原点に立ち返って、複数の系統を同時に使う事をベースに考えること」
「分かりました」
「うん、さらにもう一つ。ちょっと小難しい話をしようか。古典的な精霊術の概念についてだけど……」
おっと、いきなりだな。聞きなれない単語が飛び交ったが、要約するとこういう事らしい。
「――つまり、火と水、風と土が対極の性質で逆方向の属性ってことですか」
「そうそう。その組み合わせが一般的に相性が悪いって言われてるからね。元は水と風からなる氷とか火と土からなる鋼みたいな属性が他のほとんどの精霊術と相性が悪いのは、必ずどっちかを含んじゃってるからだよ」
なるほど。イレアが相性が悪くて避けられてたのは氷の属性にそんな性質があるからか。では例えば氷と水ではどうかと言うと、氷の精霊術を使うと水を吸収してしまうらしい。この前の戦闘のような連携もできなくはないが、あれは一般的にはできないらしい。俺の水の力がウンディーノ家――水の大精霊から授かったからなのか?
「話を戻そう。要するに対立する属性全てを使えるのは超が付くくらい特殊な技能ってことなのさ。マイナー過ぎて気にする人もいないけどね」
「おお……」
そう言われるとなんか自身が出てくるな。
「唯一リオ君にとって残念だったのは、その技術を教えられる人が存在しないってこと――そう、俺以外にはね!」
そう勢いよく言って、先輩はバッと両手を空中にかざした。足元にあった拳大の石が重力から解き放たれ、手の間に収まっていく。
「火と水はエネルギーの支配における対極の属性。風と土は物質の支配での対極の属性。俺は土も少しだけ使えるからね。こういう事もできるのさ!」
ぐにゃり、と固いはずの石が歪んでいく。錯覚ではない。そのまま長く細く、三メートルほど引き伸ばされて――
「っ、くあーっ! もう限界!!」
グン、と引き戻されて元の形に戻った。
「……えっと、今のは?」
「ふう、はあ、ちょっと、……タンマっ……」
ぜえぜえと肩で息をする先輩。疲労困憊といった様子だが、イマイチ何をしていたのか分からない。
「大丈夫ですか?」
「……うん、もう大丈夫~……」
数分後、まだヘロヘロだが喋る体力は回復したみたいだ。ちなみに二日酔いの気持ち悪さも限界に達したようで、トイレで一回吐いてきた。
「で、さっきは石に対して風と土の精霊術を無理やり使ってみたんだよ」
「そんな感じでしたね。でも石の形を変えるなら土の精霊術で普通にできますよね?」
「いや、今のはちょっと違う。精霊術で石という物質を完全にコントロールしたんだ」
「コントロール?」
「普通の精霊術、例えば石の形を変える術なら、一方行の精霊術を送り続けるだけ。あたかも操ってるように見えるけど、塗り絵の上書きをしているだけってイメージ」
「一度行使した精霊術は途中で変えられないから、また別の術で結果を上書きするって感じですか」
「そう。でも今のは形を固定する土の精霊術と、形を変化させる風の精霊術を同時に使った。どうなると思う?」
「反発……いや、相殺ですか?」
「大正解! 風の精霊と土の精霊への命令が相殺されて、便宜的な言い方だけど精霊術の支配権だけが残ったんだよ」
「で、それをティフォ先輩が直接操った……ってことですか。なるほど」
「俺はこれを精霊術ののマニュアル操作って勝手に呼んでる。ちゃんと使った事なんて無いけどね。さっきの例えで言うなら紙の上の絵の具を直接動かしてる感じかな」
「マニュアル操作……」
言いたい事は分かる。そして俺ならできるって事も。でもこれって……
「これ、普通に精霊術使った方が早くないです?」
「そうそう、それがネックなんだよなあ。だから誰も使わないし、使えないから知られてないんだと思う」
そりゃそうだ。先輩があんだけ消耗して石の形をちょっと変えられただけだ。コスパが悪すぎるな。
「コレを俺にやれと?」
「いや、リオ君なら更に火と水も加えて全系統同時に使えるんじゃないかなと。俺が上手くいかなかったのは風と土だけ使ったからでは? ってのが俺の予想」
「全部かぁ……むむむ……」
試しにさっきの石を拾ってみる。今まで自分なりに精霊術の使い方は模索してきたが、確かに火と水、風と土の組み合わせは諦めていたはず。
「精霊よ――」
まずは風と土。反発するような感じがする。僅かに天秤が風の方に傾いているイメージだな。手の中でブルブルと震える石はそれ以上何も起こらない。
「うーん、今のは交互に意識してる気がするね。もっと同時に、並行してやる感覚でやってみて」
「同時に、同時に……!」
あっ。
ふわり。
「あっ」
心の声が漏れたのと石が軽くなったのは同時だった。束の間、頭の中に何かが激しく流れ込んで来る感覚!
「そう! そしたら石を自由に動かすんだよ! それができたら今度は火と水も!」
意識が流されそうになる。抑えろ。そして次の精霊術を!
「精霊よ――!」
燃やせ。冷ませ。鬩ぎ合う力を抑えつけて制御する!
――ふっと、軽くなる。ああ、成功したのかな。そしてこの石を全て理解したような、意のままに操れたような……
「あっ、リオ君!」
チカチカする視界は意識のショートを告げて、俺は芝生の上に倒れた。
■□■□
「お客さん、今日も荒れてるな」
「いーでしょー。マスターお代わり!」
繁華街にある小さなレストラン。店内には初老の店主と少女……にしか見えない女性がいた。何を隠そう公立精霊学園の新米教師、ホムラ・ソージアである。
「……仕事、大変なのかい。学園の先生だってね」
「そーなんですよ! 最近、邪霊の討伐ってのが始まってね、大変だったんですよ!」
「邪霊の討伐ねぇ」
「この前も生徒に怪我させちゃって……いーえ、過信した私が悪いんですよ。だからー……」
べたーっと机に突っ伏す客に店主はため息を吐いた。しかし邪霊の討伐と言えば聞き覚えがあるようだ。
「そういえばうちのバイトの坊主も参加してるとか言ってたよ。しばらく休みをくれって言われたし、怪我でもしたんかね」
「そーですか……怪我?」
ふと考えるホムラ。この前の演習での負傷者はうちの班以外にもいたけど、大きな怪我をした人なんて他には……?
「まーいっかあ。マスターお代わり!」
「そろそろやめときな。帰れなくなっても面倒は見ないぞ」
夜は更けていく。一旦考える事をやめた彼女が自身の教え子兼監視対象とこの店で客と店員として出会うのは、まだ先の事になる……
「イレア、ごめん。あんな事になって……」
「ううん、リオは悪くない。邪霊との戦いに怪我は付き物だって学長も言ってたし。それにもう治してもらったからね」
違う。誰が何と言おうとイレアとヒナの負傷は俺のせいだ。功を焦り、即席の連携に満足し、敵の力量を見誤った。しかも邪霊に吹き飛ばされた時に怪我をしなかったのは俺だけだった。後で分かったのだが、俺はヒナの精霊術で守られたのだ。
「あれだけ大見得切ったくせにさ、全然駄目だったんだよ俺は。もっと強ければ、もっと準備をしてれば……!」
「リオ」
詰め寄るイレアが俺の手を強く握った。痛い。だが責めているのではない。
「力が足りなかったのは私も同じ。自分一人だけで考えないで」
「っ、それは……」
「私だって悔しい。勝てないなんて思ってなかったし、今の時点での連携は十分だった。遠距離が苦手な私達には相性が悪かったって先生も言ってたけど、それでも私の……ううん、私とヒナさんの力不足も原因よ」
慰められているのではない。自分に言い聞かせるような言葉だ。
「それにね、結果を出したいのはリオだけじゃないの」
「イレアも……?」
「うん。リオのおかげで私にも目標ができたから」
濃い青の瞳には決意が宿っている。いつもの、他人を拒絶するような冷たさは鳴りを潜めた熱い眼差しだ。
「私は邪霊の討伐で成果を上げて、お婆様に私を認めてもらう……ううん、認めさせる。私に反対する家の者にも、イレアーダス・ウンディーノとして認めさせる」
それぞれの立場とすれ違いによって生まれてしまった、リギスティアさんとイレアの確執。リギスティアさんの想いを知る身からすればもどかしい事この上ないが、イレアの方から歩み寄ろうとしているのだ。
「ずっと諦めてたんだ、ウンディーノ家は私を受け入れてくれないって。でもリオは自分の力でお婆様にもう一度謁見を求めた。私も協力するって言った時に、それなら私も目標を持とうって思ったの」
「目標……分かった。ありがとうイレア」
「お礼を言うのはこっちよ。きっかけをくれたんだから」
イレアは掴んだ俺の手を一度離して再び握りしめた。こちらからも握り返して、今度はちゃんとした握手だ。
「頑張ろう。お互いの目標のために。俺はもっと強くなるから」
「うん、私も。次は先生にもあの人にも頼らないで勝とう」
さっきまでとは打って変わって明るい表情だ。……そうか、今、俺も同じ顔してるんだな。決意を胸に俺は寮へと帰るのだった。
「先輩、帰ってたんですね」
「今日はなんか飲む気しなくてさ」
部屋に帰ると、珍しくティフォ先輩が夕飯の支度をしていた。というか夕方のこの時間に飲みに行ってないのが珍しいな。
「ティフォ先輩、改めてこの前はありがとうございました」
「デカい邪霊の話~? もうお礼ならさんざん言われたじゃん」
「まあ、改めてです。先輩が来てくれなかったと思うとゾッとしますよ」
「だいじょーぶ、絶対助けに行くって。普段迷惑かけてるからねえ」
頼りになるセリフだが、それより普段から迷惑かけてる自覚がある方が驚きだ。
「あー何その顔ー。これでも自覚はあるんだぞ?」
「……そんな顔してませんって。てかこっち見てないでしょ」
何故バレた。キッチンに立つ先輩は振り向いてもないのに。
「まあまあ。飯はもうちょっと待っててね~、今日は久々に頑張ってるから期待しときな?」
「先輩」
今日のティフォ先輩は顔も見せず、いつもと雰囲気がちょっと違う気がする。だがその理由が分かった。
「もしかして慰めようとしてます?」
「うっわバレた? ちょ、それ言われると恥ずかしいんだけど!」
「ふふっ、柄にもない事するからですって」
「笑うこたあ無いでしょうよー」
今日は飲む気がしないとか先輩らしくなさ過ぎる。いつもは奔放な先輩が俺を気遣うのが可笑しくて笑ってしまった。
「はぁー、まったく人が気遣ってやってんのに。そりゃあんだけ暗い顔されちゃ俺だって気にするさ」
「あははは、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「あっそ、じゃあ後は料理任せよっかな~……なんて。うん、いつものリオ君だ」
「だから言ったんです、改めてありがとうございますって」
まったく、このやり取りまで先輩の気遣いの内だとしたら本当に頭が下がるな。
「よし、じゃあ今日はリオ君の復活祝いだな。やっぱ飲み行くぞー!」
「ちょっと、この鍋はどうするんですか!?」
「あとは煮込んで終わりだから明日でいいや! さあ急いで支度しろよ~」
そう言って一目散に部屋を飛び出した先輩は、久々に俺が肩を貸さないと歩けないほど飲むのだった。さあ、明日からは切り替えていこう。もっと強くなるために。
■□■□
「さあ特訓再開ですよ先輩!」
翌日の放課後。二日酔いで動きたくないとか言うティフォ先輩を引き摺って寮の裏庭にやってきた。
「元気だなあー。リオ君こそそんなキャラじゃなかった気がするけど……」
「気合入れてるんですよ。という訳で質問です」
ここからは真剣な質問だ。
「俺ってどうやったらもっと強くなれると思いますか?」
「直球だねー」
自分でも色々と考えたが、やはり先輩に聞くのが良いと思ったのだ。まあ正直何を言われるかは分かっているのだが。
「うーむ、じゃあまずリオ君の長所って何か分かる?」
「長所……不完全だけど全属性の精霊術を使える事、ですか?」
「そうそう。単体での実用性も射程距離もロクなもんじゃないけどね」
「うぐっ」
うん、分かってた。でもハッキリと言われるとショックが……
「とはいえリオ君の一番の長所――他の人にはできない事ってのは間違いない。これを活かす方法を考えるべきだね」
「なるほど」
「ハッキリ言って今のリオ君は迷走状態だ。水の精霊術が少し使えるようになったのは良いけど、その程度なら他の人でも全然できる。寧ろ平均以下かな」
「ぐはっ」
きょ、今日のティフォ先輩厳しくない?
「ちなみに今ちょっと機嫌が悪いのは昨日飲み過ぎてマジで気持ち悪いからです」
「自業自得じゃねえか!」
連れて来たのは俺だけどさ。
「まあいいや。ともかくリオ君は自分の原点に立ち返って、複数の系統を同時に使う事をベースに考えること」
「分かりました」
「うん、さらにもう一つ。ちょっと小難しい話をしようか。古典的な精霊術の概念についてだけど……」
おっと、いきなりだな。聞きなれない単語が飛び交ったが、要約するとこういう事らしい。
「――つまり、火と水、風と土が対極の性質で逆方向の属性ってことですか」
「そうそう。その組み合わせが一般的に相性が悪いって言われてるからね。元は水と風からなる氷とか火と土からなる鋼みたいな属性が他のほとんどの精霊術と相性が悪いのは、必ずどっちかを含んじゃってるからだよ」
なるほど。イレアが相性が悪くて避けられてたのは氷の属性にそんな性質があるからか。では例えば氷と水ではどうかと言うと、氷の精霊術を使うと水を吸収してしまうらしい。この前の戦闘のような連携もできなくはないが、あれは一般的にはできないらしい。俺の水の力がウンディーノ家――水の大精霊から授かったからなのか?
「話を戻そう。要するに対立する属性全てを使えるのは超が付くくらい特殊な技能ってことなのさ。マイナー過ぎて気にする人もいないけどね」
「おお……」
そう言われるとなんか自身が出てくるな。
「唯一リオ君にとって残念だったのは、その技術を教えられる人が存在しないってこと――そう、俺以外にはね!」
そう勢いよく言って、先輩はバッと両手を空中にかざした。足元にあった拳大の石が重力から解き放たれ、手の間に収まっていく。
「火と水はエネルギーの支配における対極の属性。風と土は物質の支配での対極の属性。俺は土も少しだけ使えるからね。こういう事もできるのさ!」
ぐにゃり、と固いはずの石が歪んでいく。錯覚ではない。そのまま長く細く、三メートルほど引き伸ばされて――
「っ、くあーっ! もう限界!!」
グン、と引き戻されて元の形に戻った。
「……えっと、今のは?」
「ふう、はあ、ちょっと、……タンマっ……」
ぜえぜえと肩で息をする先輩。疲労困憊といった様子だが、イマイチ何をしていたのか分からない。
「大丈夫ですか?」
「……うん、もう大丈夫~……」
数分後、まだヘロヘロだが喋る体力は回復したみたいだ。ちなみに二日酔いの気持ち悪さも限界に達したようで、トイレで一回吐いてきた。
「で、さっきは石に対して風と土の精霊術を無理やり使ってみたんだよ」
「そんな感じでしたね。でも石の形を変えるなら土の精霊術で普通にできますよね?」
「いや、今のはちょっと違う。精霊術で石という物質を完全にコントロールしたんだ」
「コントロール?」
「普通の精霊術、例えば石の形を変える術なら、一方行の精霊術を送り続けるだけ。あたかも操ってるように見えるけど、塗り絵の上書きをしているだけってイメージ」
「一度行使した精霊術は途中で変えられないから、また別の術で結果を上書きするって感じですか」
「そう。でも今のは形を固定する土の精霊術と、形を変化させる風の精霊術を同時に使った。どうなると思う?」
「反発……いや、相殺ですか?」
「大正解! 風の精霊と土の精霊への命令が相殺されて、便宜的な言い方だけど精霊術の支配権だけが残ったんだよ」
「で、それをティフォ先輩が直接操った……ってことですか。なるほど」
「俺はこれを精霊術ののマニュアル操作って勝手に呼んでる。ちゃんと使った事なんて無いけどね。さっきの例えで言うなら紙の上の絵の具を直接動かしてる感じかな」
「マニュアル操作……」
言いたい事は分かる。そして俺ならできるって事も。でもこれって……
「これ、普通に精霊術使った方が早くないです?」
「そうそう、それがネックなんだよなあ。だから誰も使わないし、使えないから知られてないんだと思う」
そりゃそうだ。先輩があんだけ消耗して石の形をちょっと変えられただけだ。コスパが悪すぎるな。
「コレを俺にやれと?」
「いや、リオ君なら更に火と水も加えて全系統同時に使えるんじゃないかなと。俺が上手くいかなかったのは風と土だけ使ったからでは? ってのが俺の予想」
「全部かぁ……むむむ……」
試しにさっきの石を拾ってみる。今まで自分なりに精霊術の使い方は模索してきたが、確かに火と水、風と土の組み合わせは諦めていたはず。
「精霊よ――」
まずは風と土。反発するような感じがする。僅かに天秤が風の方に傾いているイメージだな。手の中でブルブルと震える石はそれ以上何も起こらない。
「うーん、今のは交互に意識してる気がするね。もっと同時に、並行してやる感覚でやってみて」
「同時に、同時に……!」
あっ。
ふわり。
「あっ」
心の声が漏れたのと石が軽くなったのは同時だった。束の間、頭の中に何かが激しく流れ込んで来る感覚!
「そう! そしたら石を自由に動かすんだよ! それができたら今度は火と水も!」
意識が流されそうになる。抑えろ。そして次の精霊術を!
「精霊よ――!」
燃やせ。冷ませ。鬩ぎ合う力を抑えつけて制御する!
――ふっと、軽くなる。ああ、成功したのかな。そしてこの石を全て理解したような、意のままに操れたような……
「あっ、リオ君!」
チカチカする視界は意識のショートを告げて、俺は芝生の上に倒れた。
■□■□
「お客さん、今日も荒れてるな」
「いーでしょー。マスターお代わり!」
繁華街にある小さなレストラン。店内には初老の店主と少女……にしか見えない女性がいた。何を隠そう公立精霊学園の新米教師、ホムラ・ソージアである。
「……仕事、大変なのかい。学園の先生だってね」
「そーなんですよ! 最近、邪霊の討伐ってのが始まってね、大変だったんですよ!」
「邪霊の討伐ねぇ」
「この前も生徒に怪我させちゃって……いーえ、過信した私が悪いんですよ。だからー……」
べたーっと机に突っ伏す客に店主はため息を吐いた。しかし邪霊の討伐と言えば聞き覚えがあるようだ。
「そういえばうちのバイトの坊主も参加してるとか言ってたよ。しばらく休みをくれって言われたし、怪我でもしたんかね」
「そーですか……怪我?」
ふと考えるホムラ。この前の演習での負傷者はうちの班以外にもいたけど、大きな怪我をした人なんて他には……?
「まーいっかあ。マスターお代わり!」
「そろそろやめときな。帰れなくなっても面倒は見ないぞ」
夜は更けていく。一旦考える事をやめた彼女が自身の教え子兼監視対象とこの店で客と店員として出会うのは、まだ先の事になる……
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