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二章 大精霊と巫女

第27話 二人の過去

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 「ティフォ・ベント……ですか?」

 「ああ。お前も知ってるだろうが三年前にドラヴィド国から亡命した一族のヤツだ。今年から高等部に入るんだが、どうにも問題児でなあ。そこでお前に任せようって訳だ」

 高等部三年に上がってすぐに私は学長室に呼ばれた。そこで渡されたのは一人の生徒の名簿。成績は良く、特に実技においては目を見張るものであるが、確かに出席日数がギリギリだ。

 「任せると言われましても、具体的に何をすればよいのですか?」

 「んー、まあお目付け役って所だ。ウンディーノの嬢ちゃんの方もあるだろうけど、こっちも並行して頼むよ。それから後でこれを読んでおくように」

 「ご命令とあらば」

 封のされた手紙を渡され、私は学長室を去った。こうして私は顔も知らない生徒のお目付け役となったのだ。まあこの時は私も学生だったのだけど。



 「一年の一組って聞きましたけど、いませんね……」

 早速会いに行こうと教室を訪ねたのだが、教えられた席に座る者はいない。

 「すいません、ティフォ・ベントはいますか?」

 仕方ないのでクラスメイトらしき女子生徒に話しかけるが、一瞬困ったような顔をされた。

 「えっと、ティフォ君まだ来てなくてね。妹さんかな? ちょっと待っててね」

 「誰が妹ですか。高等部三年、ホムラ・ソージア。貴女より先輩ですよ?」

 ムキになって言い返してしまったが、クラスの注目を集めてしまった私は少し恥ずかしくなった。まったく、なんで私がこんな目に遭わなければならないのだろうか。

 「え、先輩!? ごめんなさい、ホムラ先輩!」

 「いいですよ、慣れっこです……はぁ」

 溜息を吐いて今日は帰ろうかと思った時、

 「いやーギリギリ間に合った! 先生まだ来てないよな!?」

 バタバタと廊下を走って教室に駆け込む生徒が。金髪に碧眼、すらっと背も高い美青年だ。少し見惚れている間に彼は自分の席に荷物を放り投げ、ようやく私を認識したようだ。

 「ん、えーと、初めて見るけど――」

 少し身を屈めて私に話しかけた。目が合ってどきりとする。空いた席に置かれた鞄。探していたティフォ・ベントが彼なのだろうか? 問題児なんて聞いていたが、こんな優しそうな風貌の青年が本当に……?

 「――中等部の校舎はあっちだよ?」

 ……なんて考えは一瞬で吹き飛んだ。これが私とティフォ・ベントの出会いである。


■□■□


 「今でも覚えてますよ。一瞬でも見とれた自分に腹が立ちます」

 「……まあティフォ先輩ですからね」

 初対面からデリカシーの無さを体感したようだ。見てくれが良い分余計に気に障るんだな。でも中等部生と間違われたのは先生の見た目が原因なのでは?

 「リオ君?」

 「い、いえ。それからどうしたんですか?」

 考えを見抜かれた気がする。先を促して追求を躱し、先生は再び話し始めた。


■□■□


 「ごめんって、ホムラちゃん~」

 「いえ、初対面ですから。ですがその呼び方はやめて貰えますか?」

 二回も年下と間違われて恥ずかしくなった私はあの後一方的に自己紹介をして教室を去り、再び彼に会ったのは放課後だった。玄関で待っていたようだ。

 「じゃあホムラちゃん先輩で!」

 「はあ、好きにして下さい。ティフォ君でしたっけ? 改めて、私はホムラ・ソージア。ヴィオテラ学長から君の事を任されました。よろしくお願いします」

 「よろしく~」

 なんとも軽い返事だ。元王族と聞いていたが、それらしさは微塵も感じられない。それにあの手紙の内容も杞憂ではないかと思うくらいだ。
 ――ティフォ・ベント、旧名ティフォグランデ・ベント・ドラヴィド。ドラヴィド国王族の分家ベント家の長男。政治的理由により一族と共にエレメント公国に亡命。しかし現在もドラヴィド国との繋がりがある可能性があるため、四家の合意を以て彼を監視下に置く――

 回りくどいのは嫌いだ。全く緊張感の無い彼に直接聞くのが良いだろう。

 「君、なんで自分がされてるのか分かってるの?」

 ヘラヘラと笑う彼は一瞬答えに悩み、

 「んー、監視ね。知ってるよ」

 さらりと言い切った。驚いた。どうせ何も考えていないだろうと高を括っていたのだ。

 「言っとくけど、俺はもうドラヴィドとは縁切ってるからね? なんなら家族にもずっと会ってないしさー」

 「……それを判断するのはこちらです。ですが、君の言い分も心に留めておきましょう」

 「はいはい、めんどくさいねーこっちの国は」

 そうぼやく彼は自身の状況を何とも思っていなさそうだ。何を考えているのかもどういう人間なのかも分からない。
 そんな彼との交流が一か月を超えた頃だった。公国を震撼させる事件が起きた。



 それは突然だった。授業中にふと外を見ると、隣の建物から煙が上がっている。私が気付くのと同時にクラスがざわざわとし始めた。

 「火事かもしれません。様子を見に行ってきま――」

 授業を中断した先生がそう言い切る前に、ズドン、と何かが崩れる音。その一瞬後……建物が崩壊した。



 「急げ! 中等部の生徒から寮に逃げて!」

 「誰か来てくれ! 建物の中にまだ人がいるんだ!!」

 「こっちは駄目よ! 逃げて!」

 燃え盛る校舎。逃げ惑う生徒達。そしてその背後には……

 グオオオオオオオォォォォォ!!!!

 「なんで邪霊イビルがここに……!」

 三階建ての校舎を優に越す巨大な邪霊。まるで突如現れたのだ。

 「……先生は見当たらないし、私が行くしかないわね」

 「ちょっと君!?」

 誰かが制止する声を振り切って邪霊に元へ走る。

 「精霊スピリットよ――燃えろ、ファイアショット!」

 炎弾を飛ばして注意を引く。こちらを振り向いた邪霊は醜悪な虫のような顔をしていた。虫の顔がついた巨人だ。

 「気持ち悪いですね……しかしこの巨体となると倒すには高さが――」

 「――おーい!」

 誰かに助けを、と思った時。何故こういう時だけタイミングが良いのだろうか。駆けつけるティフォ・ベントの姿があった。

 「小さい女の子が走って行ったって聞いたんだけど、やっぱりホムラちゃん先輩だった!」

 「何がやっぱりですか!」

 いちいちイラつかせないと気が済まないのだろうか?

 「そりゃこんな火の中に突っ込む人なんてねえ? 倒すんでしょ、手伝うよ」

 「はぁ……そのつもりです。行きますよ」

 そう言うと同時に治癒の精霊術を自分とティフォにかける。治癒――生命力を強化する火の精霊術は一時的な身体強化としても使えるのだ。多少体に負担がかかるのだが、今は目を瞑るとしよう。

 「じゃあ飛ぶよー。精霊よ――!」

 そして彼の精霊術で体が宙に浮く。邪霊もそれに気付いたようで、こちらに巨大な腕を振りかぶってきた。開戦だ。



 「ちょっ、ホムラちゃん! 熱い熱い熱い!」

 「そっちこそもう少し方向とか考えて下さい!」

 まあ酷いものだった。今だから言えるけど、あの時はよく勝てたなと。

 「燃え盛れ、ローズファイア!」

 「旋風刃! ……って火がこっちに!」

 「風で飛ぶからって言いましたよね!」

 そんな事をしている間も邪霊の攻撃は止まらない。数メートルもの木を引っこ抜いてはこちらに投げつけたり、校舎の瓦礫を蹴飛ばしたりするのだ。難なく受け止めるが、当たったら怪我では済まないだろう。

 「あーもう! ティフォ君は私を浮かせてるだけでいいですから!」

 「分かった分かった! じゃあ思いっきり行くからね!? 精霊よ――!」

 「速っ――加減ってものを知りなさい――!!」

 結局、ティフォが私を高速で飛ばしながら私が精霊術で周囲を焼き尽くすという教師が見たら真っ青になるような戦い方になったのだった。邪霊の動きが止まった時にはお互いにボロボロで、それでも謎の達成感を共有していた。


■□■□


 「マジっすか」

 「真似しちゃ駄目ですよ? 私も若気の至りでしたからもうやりませんけど」

 誰が真似するか。

 「その時私は中等部の二年でしたね。教室がパニックになって大変でした」

 当時の様子を知るイレアが補足する。特に触れていないが、先生はイレアの護衛を優先しなくてよかったのだろうか?

 「そうですね。リオ君は知らないでしょうけど、その時初めて公国の領内に邪霊が出現したんです。それから四家と学園を中心として国を挙げて対策が進められました。私と彼は対策が整うまで色々とコキ使われましてね――」


■□■□


 邪霊出現の事件から数か月。月に一回か二回ほど現れるようになった邪霊の対処に私は追われていた。そして何故か……

 「ホムラちゃーん、向こうは片付いたよー!」

 「先輩と付けて下さい! まったく、なんでティフォ君まで一緒に……」

 「ホムラちゃんせんぱーい! 残骸まだ散らばってるから先行ってるよー!」

 「はぁ……監視は任されましたがお守りとは聞いてないですよ……」

 何かある度にホムラちゃんホムラちゃんと呼ばれるこちらの身にもなって欲しい。おかげで今や高等部では有名人だ。覚えられるのは結構だが、彼との仲を邪推されるのには辟易しているのだ。

 「おう、片付いたか。どうだい問題児の様子は?」

 「学長……」

 「まあ随分と懐かれてるみたいじゃないか。青春だねえ」

 「監視の任務の期限はいつまででしょうか……?」

 正直もう耐えられない。彼の相手はそれはもう疲れるのだ。悪意がある訳でもないのに、周りを振り回すことにかけては謎の力を発揮するのだ。

 「そうだねえ、とりあえずこっちの準備が整うまでってところか。今は邪霊の対策の方が優先だからな。今対応マニュアルを纏めてる所だからもうしばらく頼むよ」

 「……了解しました」

 「不服か? それよりアイツのはどうだ」

 様子。学長に聞かれているのはだろう。

 「――今の所は不審な様子は見られません。夜中によく出歩いているようですが、繁華街に出かけているだけのようです。何度か尾行しましたが特定の誰かと合っていたり連絡を取ってはいませんでした」

 「そうか。まあ今は手を引いても良さそうだな」

 「では私の任は」

 「ああ。今年度で終わりだ。ご苦労だった」

 意外にもあっさりとした返事に胸を撫で下ろす。今は秋。冬が終わる頃には彼との関係も終わりだ。何とも不思議な事に、終わりが見えてくるとやる気の出てくるものだった。



 そして冬のある日、私は彼に食事にでもと呼ばれていた。丁度いいので任を解かれる事を伝えようと思ったのだ。場所は繁華街から少し離れた所の、学生が来るには高級なレストラン。まあ立場上私も彼も慣れているのだが。

 「君の瞳に乾杯」

 「……乾杯」

 は? という呆れ声を飲み込んでグラスを合わせる。こんな台詞実際に言う人いたんだ、という驚きの方が強かったのだ。まあ彼が言うと様になっているのが妙に腹立たしい。

 「それで、何か話でも? 無ければ私から先にいいですか?」

 「ホムラちゃんも話あるんだ? いいよー」

 「以前学長から話がありました。私の任務が今年度いっぱいで解かれるとの事です。一年間お疲れ様でした」

 さっさと言い切って料理の事を考える。どうせめんどくさい反応をされるんだろうな。

 「ホムラちゃん……」

 「なんでしょうか?」

 「結婚しよう」

 「……ちょっとお手洗い行ってきますね」

 料理が来る前に行っておこう。うん、そうしよう。

 「待って待って冗談だからごめんって、ちょっと話聞いてよ」

 「……冗談で軽々しく言うのも良くないですよ。で、話とは?」

 ここで帰らないあたり私も丸くなったなと。まあ彼が用も無く誘う訳も無いのは理解していた。

 「うん。まずは……ホムラちゃんの監視が無くなるってのは知ってたよ。学長から聞いてたから」

 「そうなのですか? てっきり今私から初めて聞いて気でも狂ったのかと」

 「まあ今直接聞いて取り乱したのはそうだけど……それじゃあ本題に入るよ」

 彼が声を少し潜めたので私も態度を改める。ここで変な事でも言おうものなら本当に帰ってやろうかしら。

 「そうだね……簡単に言うと、近いうちにドラヴィド国に帰ることになりそうなんだ。とは言ってもニ、三年は後になると思うけど」

 「帰る、ですって? 縁は切ったのではないのですか?」

 亡命――事実上、祖国を捨てたのだ。今更帰るなんてどういう事なのか?

 「帰るって言うとちょっと違うかな。エレメント公国から離れるってのが正しいかも。極東統治領にでも行ければいいんだけどね」

 「待ってください、いきなり国を出るなんて……」

 「うん、この国には居られないだろうからね。俺を排除したい人の動きがあるだろうから。ホムラちゃんも気を付けな?」

 「排除!? 気を付けるっていったい何を――」

 「はいこの話お終い! ほら料理来るからさ」

 ワゴンを運んで来たウェイターに話を遮られる結果となった。それ以降彼はその話に触れようとしなかったのだ。


■□■□


 「――その後も何度か邪霊への対応は二人でしてたんですけどね。彼とはそれっきり……と言いたかったんですけど」

 「けど?」

 「前より増して余りにもしつこく絡んで来るものですから……」

 なるほど、いざこざがあったのかと思っていたが単にウザがられていただけらしい。

 「苦手なんですよね。何考えてるか分からないし、口は軽いし不真面目だし。私に言い寄ったかと思ったら他の娘を口説いてますし。あ、嫉妬とかじゃないですよ。不誠実な人が本当に嫌いなだけですから。……リオ君も大変ですね、彼とルームメイトなんて」

 「あはは……」

 マジで嫌そうな顔の先生を何も否定できない。帰ったら何か言ってやらないと俺まで気が済まなくなってきたな。

 「でもその時の話がずっと気になってるんです。恐らく国が絡んだ話……彼と関わるのに注意が要るのは本当です。私も言われましたが、気を付けて下さいね。まあ何にと言われたら答えられませんが……」

 そんな忠告を最後にしてティフォ先輩の話を聞くうちに食事も終わり、迎えの準備ができたと使用人に知らされた。色々な事を考えながら俺達は学園へと帰るのだった。



 「ただいまー……ってまあこの時間はいないか」

 寮の部屋に戻っても先輩はいない。休日だし夕方から飲みに行ってるの違いないな。特に気にもせず翌日になり、また帰って来なかったかと呆れながらも久々の静かな休日を過ごした。しかしその日も、またその次の日も……ティフォ先輩は帰って来なかったのだ。
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