上 下
30 / 75
三章 動乱の気配

第29話 協力関係

しおりを挟む
 学園へと向かう車の中。俺とヒナ、そして何故かセレナーデ・ラバック・シルフィオまでいるのだ。

 「えっとセレナーデさん? 俺達は学園に向かうんですけど、なんで同じ車に?」

 「セレナと呼んでください、お兄様。何故もなにも向かう先が同じですので」

 ならば学園に用があるのか。というか学園には通っていないのだろうか?

 「お兄様がお考えの事を当ててみましょうか? 私、巫女を継いだのが最近なのです。ですから三ヶ月ほど学園をお休みしていまして。中等部の二年ですので、そちらの妹さんはよろしくお願いしますね」

 なるほど、ヒナと同級生だったのか。そんなヒナの様子はと言うと、とうとう我慢の限界が来たようだ。

 「あーもうさっきから聞いてればお兄様お兄様って、あなたはお兄ぃの妹じゃないでしょ! セレナ、わたしは巫女様だろうと言う時は言うからね!」

 「あら、年長の殿方をお兄様と呼ぶのはおかしいでしょうか? ならヒナさんの事もお姉様とお呼びした方が良いですの?」

 「ちっがーう! ここは妹の矜持ってものがあるの!」

 やはりセレナの呼び方が気に食わなかったようだ。まあ俺としてもお兄様呼びはむず痒いんだよな。

 「それならリオ先輩でもリオ様でもいいでしょ!」

 「いや、リオ様ってのはちょっと」

 俺の呟きを無視してヒナは捲し立てる。対するセレナは恥じらう様子だ。

 「そんな、殿方をお名前でお呼びするなんて……」

 そこ? とツッコみたくなるが、感性は人それぞれだから良いとしよう。ただお兄様はやめて欲しいが……今は本題が先だな。

 「はいはい、この話はとりあえず置いといて。まずシルフィオ家の立場を聞きたい。シルフィオ家としてはティフォ先輩をどうするつもりなんだ?」

 「まず、ティフォグランデ・ベントの追放はノーミオ家の独断なのです。この件に関してウンディーノ家は懐疑的な姿勢を、シルフィオ家とサラマンド家は中立の立場をとっています。ただ、学園内はノーミオ家の領分ですので学籍の除名は撤回されないかと」

 なるほど、やはり巫女家の中でも意見は分かれているようだ。話を聞く限り俺がウンディーノ家と対立する事は無さそうだな。

 「シルフィオ家は彼への嫌疑を持ちつつも、重い処分を下す事には反対です。彼は当家との血縁関係もありますし、外交を中心的に担う我々としてドラヴィド国との深い対立は避けたいのです」

 ティフォ先輩はその昔シルフィオ家とドラヴィド国が婚姻を結んだ家系の末裔だと以前聞いた。身内とも言える人がテロリストだと認める事はしたくないのだろう。
 ちなみに四家の政治的な役割は分担されており、ウンディーノ家が内政や裁判、ノーミオ家が教育や軍事、シルフィオ家が外交や貿易、サラマンド家が商業や建築を主に担っているらしい。ただしパワーバランスを保つためにお互いが独立せず補い合っているようだ。例として学園長は各家が持ち回りで担っているのだ。

 「まずはノーミオ家より先に彼を発見し、保護します。ノーミオ家が未だに発見していないなら学園の外にいる可能性が高いですから、彼と親交の深かったお兄様にご協力を求めたのです」

 「分かった。でもセレナが……巫女本人が動いて大丈夫なのか?」

 「はい。シルフィオ家の内政はまだ母に任せていますし、お兄様に信用して貰えるのは私自身が行く必要があると思いました。何より、私はティフォグランデ・ベントに一度会ってみたいのです」

 「やめときなー」

 「ああ、やめた方が良いぞ」

 「即答ですの!?」

 なるほど、色々理由があって自分が出向く事にしたのか。だが何故ティフォ先輩に会いたいのだろうか?

 「まあその、やめときな。ロクな人じゃないからさ」

 「あんなチャラ男知らない方がいいよ。顔が良いから余計にショック受けるし」

 この前ウンディーノ家での話をした時にヒナにティフォ先輩の事を聞いてみたのだが、「ちょっとドキッとしたけどやっぱり人としてダメだった」との回答を貰った。ソージア先生と同じ表情をしてたな。

 「いえ、彼の人となりは知りませんが……彼は私の母、先代巫女を風の精霊術で倒した唯一の人なのです。母はその時の話をしてくれませんが、歴代シルフィオ家最強の巫女をしても勝てなかった力を目にしたいのです」

 「なるほど……」

 てかティフォ先輩そんなに強いのか。負けた事ないとか言ってたしなあ。

 「ともかくその話も実際見つかってからでいいな。で、学園に向かってる理由は?」

 「中等部に復学する手続きが主な理由です。そして学園の内情を知るのと、ウンディーノ家の御令嬢と知り合うのも私の役目です。こればかりは学園に入れる私しかできませんから」

 「イレアちゃんと? 顔繋ぎしてもいいけど、人見知りだからねー」

 「てか同世代の巫女家でも知り合いとかじゃないんだな」

 「あら、お兄様たちはイレアーダスさんとお知り合いでして? そうして下さると助かります。本件でシルフィオ家はウンディーノ家と協力関係にありますので、ご挨拶をと思いまして」

 保守系のウンディーノ家はシルフィオ家の意見に賛成の立場だ。巫女家の繋がりは分からないが、協力しているならリギスティアさんに相談しても大丈夫そうだな。

 「でもイレアはウンディーノ家の中の話には関わってなさそうだから、あんまり詳しい話はしてやらない方が良いかもな」

 コンプレックスを刺激する事になりそうだ。まったく、この辺りもリギスティアさんには早く解決してもらいたいものだな。他にも最近の学園の様子などを話すうちに校門に到着した。

 「着きましたね。私は教員棟に行きますので、また後ほど。それでは失礼いたしますお兄様、お姉様」

 「だからお姉様じゃない!」

 車を降りてお辞儀をするセレナにヒナが叫ぶ。さて、俺達もやる事をやらなきゃな。


■□■□


 「リオ、あの話聞いた? ティフォ・ベントの事」

 「ああ。イレアはどこで知った?」

 「ソージア先生から。リオは?」

 「学長から直接。ちょっと大変な事になってきたな」

 翌日、週明けの教室でイレアから早速事情を聞かれた。

 「またすぐに本邸に行く事になりそうだ。……そろそろイレアも関わることになりそうだから、注意しててくれ」

 「私が? 家の事は関われないと思うんだけど……」

 「そうも言っていられなくなった。詳しい話は俺からはできないけどさ」

 クエスチョンマークを頭に浮かべるイレア。今まで家から遠ざけられていたイレアには実感が無いのだろう。だがリギスティアさんも動き出す頃に違いない。そうしたらイレアも無関係ではいられなくなる。

 「うん、分かった。私にできる事があったら言って」

 「ありがとう。また話すよ」

 それでも俺を信頼してくれているようで素直に嬉しいな。さて、次はソージア先生だ。



 その日の授業を終えて教員棟に行くと、何やら職員室が騒がしい様子だ。

 「あーもう急に予定組めなんて……しかもこんな時に学長はいないし……!」

 教員達は忙しそうにしており、ぶつぶつと独り言を言うソージア先生もそのうちの一人だった。今も目の前の立つ俺に気付いていないようだ。出直そうかな?

 「せんせーい」

 「ちょっと待って下さい、日程表は今から作ってますから……」

 顔も上げずに返事をする先生だが、誰か他の先生と間違えたのだろうか。仕方ないので暫く待つ事にした。

 「はいお待たせしましたケルヤ先生――きゃっ!」

 五分程経って勢いよく立ち上がった先生は軽く悲鳴を上げた。

 「ってリオ君ですか。驚かさないでください」

 「いや、ずっと目の前に立ってましたけど……慌ただしいですけどなんかあったんですか?」

 「ノーミオ家の方が視察に来る事になったんです。私は今日聞いたんですけど――明日、急にですよ! しかも演習の授業を見たいとの事で、授業予定を組み直さないといけなくなったんです。あっ、ケルヤ先生、日程表です」

 「ノーミオ家ですか……」

 通りかかった担任のケルヤ先生に紙を数枚渡し、また小走りに去って行った。

 「――まあノーミオ家の動きがあるとは私も予想していましたが、実務にまで影響が出るとは……。リオ君、例の件で話があるんですね。ここで話すのは少し危ないですし、私も忙しいですから放課後にしましょう。この店で待ち合わせるのはどうですか?」

 「了解です……ん?」

 そう言って走り書きのメモを渡され、ソージア先生は再びデスクに向かって資料とにらめっこを始めた。でもこの店……俺がバイトしてる所じゃん。しかも今日は入ってる日だし。

 「では、先に着いてると思いますのでまた放課後に」

 「はーい」

 上の空の返事を聞き、俺は寮に帰って支度をするのだった。サプライズをするつもりは無いが、困りはしないだろう。


■□■□


 「いらっしゃいませー、ご注文お決まりになりましたらまたお呼び下さい」

 「すいません、オーダーいいですか?」

 「はい今行きまーす!」

 夕方のご飯時は相も変わらずの忙しさだった。色々と立て続けに事件が起こる中で、この変わらぬ空気には落ち着きすら覚える。

 「そういえば先生って何時くらいに来るんだろ……?」

 「なんだ坊主、待ち合わせか?」

 「あ、はい。この店って言われてるんですけど、向こうは俺がここで働いてるの多分知らないんですよね。来るのは遅い時間になると思うので、休憩時間長めに貰っていいですか?」

 「構わんよ。ほれ、奥のテーブルに持ってけ」

 マスターとそんな話をしながら料理を運ぶ。少しピークを過ぎた頃、一旦休憩となった。俺は何の気も無しに世間話のつもりで聞いてみたのだ。

 「最近、ティフォ先輩来てませんね。ホントにどこ行っちゃったんだろ」

 「ティフォの奴なら昨日も来たぞ? また帰ってないのかアイツは」

 「へっ?」

 思わず変な声が出てしまった。

 「アイツ昨日も閉店までしこたま飲んだ挙句店の前で寝やがって。放っといて片付けてる間にいなくなってたが……なんだ、訳アリか?」

 「いえ、本当に来てたんですか? あと何か言ってましたか? 最後に見たのが昨日なら、まだ近くに――」

 「おい坊主何があったんだ。ティフォも昨日妙な事言ってたし、厄介事は御免だがせめて事情を教えてくれ」

 「えっとですね、どこまで話していいものやら……簡単に言うと、帰って来ないティフォ先輩を探してるんです。でも先輩は多分もう学園には来ないだろうし……」

 「なんかやらかしたのか? っと、話の続きは後だ。客が来たぞ」

 「あっはい、いらっしゃいませー!」

 挨拶をして振り返ると、小柄な人影。あ、来たな、としか俺は思わなかったのだが。

 「り、リオ君!?」

 エプロンを付けて食器を運ぶ俺を見て、ソージア先生は目を白黒させるのだった。



 「はあ……今日は疲れました。仕事は急に増えるし、リオ君には二回も驚かされるし……」

 「驚かそうと思った訳じゃないですよ、たまたまですって」

 どうやらソージア先生はここの常連らしい。前まではずっとティフォ先輩とは偶然会っておらず、以前に二人で来た俺と先輩に初めて鉢合わせて以来は通っていなかったそうだ。ティフォ先輩がいなくなったと聞いて久々に来ようと思ったらしいが、よもや俺が働いているとは考えもしなかったという。何とも不運な。

 「前からバイトしてますけどね。俺が平日しかやってないからですかね」

 「そうね、私は休みの日しか来ませんから。まあ、飲んでる時に会わなかったのは不幸中の幸いですか……」

 項垂れる先生を無視して俺は話を始める。ちょうど料理も到着したので勝手に食べ始めた。

 「まず、俺は学長から聞いたのですが――」

 何度目になるか分からない説明をする。何度か頷く先生も、ほとんど同じ認識のようだ。

 「私がご当主様に聞いた話だと、ノーミオ家は彼を排除する動きを強めています。ですが見つからないようで……今回の視察もその一環でしょう」

 「シルフィオ家はウンディーノ家と協力するそうですが、何か聞いていませんか?」

 「代替わりした巫女様が学園に戻って来るとしか。いずれ紹介しようと思っていましたが、先に会っていたんですね。彼女はなんと?」

 「自身で動いてティフォ先輩を探すそうです。イレアを紹介して欲しいと言われたんですけど……」

 「……そうね、そろそろイレアさんも無関係ではいられないかしら。リオ君が関わる以上、ウンディーノ家として動くなら仕方のない事ね。婚約の話は聞いてるわよ」

 イレアの付き人としてリギスティアさんから色々と聞かされているらしい。

 「また本邸に行きたいという事ですね。今度はシルフィオ家の巫女様もお招きして情報共有をしましょう。ヒナさんも連れて来ていいわよ」

 「ヒナもですか?」

 「ええ。公表までには時間がかかるでしょうけど、もう貴方達はウンディーノ家の一員なのよ」

 「まだ実感は湧かないけど……わかりました。それと最後に、今マスターから聞いた話なんですけど」

 「何かしら?」

 「ティフォ先輩、昨日ここに来てたらしいです」

 「! っげほっ、げほっ、! ほ、本当ですか?」

 「閉店まで飲みまくってたとか。案外この辺にいるのかもしれませんね」

 驚いて咽る先生に水を渡す。ワインを飲んでいる時に言ったのは悪かったな……

 「聞き込みでもしますか? 人員を割けるなら意外と早く見つかるかと」

 「驚かせないで下さい! 今日で三回目ですよ? まあ、てっきりもう国外にいるものかと思っていたので情報はありがたいですが。私の方から本邸に報告しましょう」

 他にもティフォ先輩が昔、シルフィオ家の先代巫女を倒したせいでセレナが会いたがっている事を話して、驚きを通り越して呆れさせながらも、話は纏まっていった。今週末にでも俺はウンディーノ家本邸に出向く事になりそうだ。



 「う~……リオくぅん、もっとちゃんと支えて下さい……ヒック……」

 「はいはい、荷物も俺が持ってますから大丈夫ですよ。はぁ、やっぱ酔っ払いめんどくせえな……」

 「何か言いましたか~! 生徒のくせに先生に文句言うんじゃありません~」

 「先生のくせに生徒に絡むのもやめて欲しいですけどね」

 明らかに飲みすぎだ。真っ赤になった先生に肩を貸す……つもりが高さが合わずに背負う羽目になり、俺は先生の家へと向かっていた。ヒナより軽いのが救いだな。

 「こっちですよね? おーい先生ー」

 「こっちー」

 歩かなくなったらその辺に捨てておけるティフォ先輩の方がまだ楽だな。なんとか道を聞き出し、小さいアパートの一室に辿り着いた。

 「ほら、鍵出して下さい」

 「……ん」

 鞄ごと差し出す先生。私物に目を瞑って中身を漁り、見つけた鍵を差し込む。

 「開きましたよー……寝てるなコレ」

 いくら小さくても女性の部屋はちょっと抵抗がある。だが仕方ないと思って扉を開けた。玄関も台所の片付いているが……酒瓶がやけに多い。

 「まったく、明日俺の顔見れなくなっても知りませんよ……?」

 そのまま先生をベッドに横たえ、そそくさと部屋を出ることにした時、

 「帰りますよーって聞こえてないか……ん?」

 カタン、と玄関から音がした。まずい。鍵が開けっぱなしだった。

 「気配は……もう無いな。なんだ?」

 今、確かに玄関の外に人がいた。神経を研ぎ澄ませて辺りを伺うが、もう誰もいない。しかしそこには入った時には無かったものが。

 「手紙……?」

 郵便受けに刺さっている白い封筒。俺は本能的にそれを手に取り、封のされていない中身を開けた。
しおりを挟む

処理中です...