上 下
42 / 113
第二章 月人《つきびと》

リフトオフ1

しおりを挟む
「翁じい、ちょとこの車垂直に立っているんだけど………」

 お屋敷に戻って来て、シールドが開くと白いリムジンは垂直になって浮かんだ。ここは自宅の庭だ、庭って言っても草原だけど………そして何かと合体して地上に着地した。

「こうしないと発車できません」
 運転席の翁じいの後ろ姿が見えている。
「これからどうなるの? 」
「すぐわかります。トランクの周辺には垂直になると同時に、補助の反重力ブースターを取り付けましたから、地球の重力などあっとういうまに、ぶっちぎります」

 そう言ってどや顔になっているのが、ルームミラーに映っている。

「ぶ、ぶっちぎるんだ」

「いぇい! ぶっちぎります」

「ははは………」

「お母様の時もお婆様の時も使用したリムジンと反重力ブースターです。バッチリです、ご安心ください」
「ご安心くださいって、そういう問題? 」
「ノープロブレム」
「でも私たちヘルメットも宇宙服を着てないよ、私なんかいつもの革パンとティーシャツにジャケット、翁じいは三揃いの背広に蝶ネクタイじゃん」
「余裕です」
「余裕なの、そうなの、余裕なの? 」
 私はあまりにも全てが普通すぎて焦っている。
「それに、戴冠式のお衣装は月人が全て用意して待っていてくれます。月までのお食事はトランクの冷蔵庫にしまってありますし、トイレ事情もバッチリ対処できます」
「さすが翁じい用意がいいね」
「眠たくなったらベッドにしますね、この間みたいに、でもシートベルトは外さないほうがいいですよ、宇宙に行ったら浮いちゃうから、ふぁっふぁっふぁっ」

「窓は? 」
「完全にロックされました。月に着くまで開きません」
「ドアは? 」
「叩こうが蹴ろうが開くことはありません」
「く、空気はどうなるの? 」
「姫! かぐや族が作ったリムジンですぞ、全く心配ありません」
「そ、そうなんだ………」
 翁じいは私よりかぐや族の技術に全幅の信頼を寄せている。
「その証拠にじいはまだ生きてます」
「そうだ! 翁じいが生きてる」
 そう言ってニヤリと笑ったのが、ルームミラーに映った。
 そして腕を上に上げると親指だけを突き立てて、手でグッドサインを作った。

「じゃあルナ、出発するよ、シールド開けて」
「はい翁じい、了解しました」

 と、お屋敷の上空に張られている青いシールドが解放された。
 ちょっとだけ欠けた月が見えている。
 星がまたたき静かな夜だった。

「やっぱりカウントダウンするの? 」
「しますよーいいですかぁ! 」
「う、うん」

 やっぱりドキドキしてきた。だってこれから月に行くんですもの、それも、車で………車ですよ! ドライブですよ!
しおりを挟む

処理中です...